書籍『マキアヴェリアンたち:自由の擁護者』ジェームズ・バーナム 1943

官僚主義、エリート日本の政治、自民党権力民主主義・自由

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英語タイトル:『The Machiavellians: Defenders of Freedom』James Burnham 1943

日本語タイトル:『マキアヴェリアンたち:自由の擁護者』ジェームズ・バーナム 1943

目次

  • 第一部 ダンテ:願望としての政治 / Dante: Politics as Wish
    • 第1章 『帝政論』の形式的意味 / The Formal Meaning of De Monarchia
    • 第2章 『帝政論』の真の意味 / The Real Meaning of De Monarchia
    • 第3章 政治思想の典型的方法 / The Typical Method of Political Thought
  • 第二部 マキアヴェリ:権力の科学 / Machiavelli: The Science of Power
    • 第1章 マキアヴェリの実践的目標 / Machiavelli’s Practical Goal
    • 第2章 マキアヴェリの方法 / Machiavelli’s Method
    • 第3章 政治的人間 / Political Man
    • 第4章 マキアヴェリの歴史観 / Machiavelli’s Conception of History
    • 第5章 マキアヴェリの評価 / Machiavelli’s Reputation
  • 第三部 モスカ:支配階級の理論 / Mosca: The Theory of the Ruling Class
    • 第1章 マキアヴェリアンの伝統 / The Machiavellian Tradition
    • 第2章 支配階級 / The Ruling Class
    • 第3章 支配階級の構成と性格 / Composition and Character of the Ruling Class
    • 第4章 支配階級における傾向 / Tendencies in the Ruling Class
    • 第5章 最良と最悪の政府 / The Best and Worst Governments
  • 第四部 ソレル:神話と暴力についての覚書 / Sorel: A Note on Myth and Violence
    • 第1章 神話の機能 / The Function of Myth
    • 第2章 暴力の機能 / The Function of Violence
  • 第五部 ミシェルス:民主主義の限界 / Michels: The Limits of Democracy
    • 第1章 ミシェルスの問題 / Michels’ Problem
    • 第2章 指導の事実 / The Fact of Leadership
    • 第3章 指導者の専制 / The Autocracy of Leadership
    • 第4章 寡頭制の鉄則 / The Iron Law of Oligarchy
  • 第六部 パレート:社会行動の本質 / Pareto: The Nature of Social Action
    • 第1章 論理的行為と非論理的行為 / Logical and Non-logical Conduct
    • 第2章 残基と派生 / Residues and Derivations
    • 第3章 社会効用 / Social Utility
    • 第4章 エリートの循環 / The Circulation of the Elites
  • 第七部 政治と真理 / Politics and Truth
    • 第1章 現在の本質 / The Nature of the Present
    • 第2章 民主主義の意味 / The Meaning of Democracy
    • 第3章 政治は科学的であり得るか / Can Politics Be Scientific?

本書の概要

短い解説

本書は、マキアヴェリに始まる政治学の科学的伝統を現代の政治学者らの業績を通じて体系化し、権力の現実的分析による自由の擁護を目的としている。

著者について

著者ジェームズ・バーナム(James Burnham)は、アメリカの政治学者・政治評論家として知られ、『経営者革命』の著者でもある。元トロツキストから転向した経験を持ち、冷静な権力分析に基づく現実主義的政治学の立場を貫く。

主要キーワードと解説

  • 主要テーマ:支配階級理論、エリート循環論、政治的現実主義
  • 新規性:非論理的行為、政治的公式、寡頭制の鉄則
  • 興味深い知見:形式的意味と実質的意味の区別、ボナパルティズム、自由の条件

3分要約

本書は、16世紀のマキアヴェリから20世紀初頭の社会学者まで、政治を科学的に分析する思想家たちを「マキアヴェリアン」と称し、その伝統を体系化したものである。バーナムは、政治の理想論や願望的思考を排し、権力の現実を冷徹に分析することこそが真の自由を守る道であると主張する。

第一部では、ダンテの『帝政論』を題材に、政治思想における「形式的意味」と「実質的意味」の乖離を明らかにする。ダンテが普遍的平和や統一世界帝国を説いた形式的議論の背後には、フィレンツェから追放された政治的敗者の復讐願望という実質的動機が隠されていた。この分析は、政治言説を額面通りに受け取ることの危険性を示している。

第二部では、マキアヴェリを政治科学の創始者として位置づける。マキアヴェリは、イタリア統一という具体的で実現可能な目標を掲げ、事実に基づく分析を行った。彼の『君主論』は道徳と政治の分離を説いたとされるが、バーナムはこれを誤解だと指摘する。マキアヴェリは科学と同様に客観的事実を重視したのであり、これこそが真の倫理的態度だという。政治的人間の分析では、支配者タイプと被支配者タイプの区別、権力への意志(ヴィルトゥ)、力と詐術の重要性が論じられる。

第三部のモスカは、あらゆる社会に存在する支配階級と被支配階級の区別を普遍的法則として提示する。少数の支配階級が多数を統治するのは、組織化された少数が組織化されていない多数に対して持つ優位性による。支配階級は政治的公式(神授権説、民衆の意志など)によって自らの支配を正当化する。モスカは、自由は様々な社会勢力間の均衡によってのみ保たれると結論づける。

第四部のソレルは、政治行動における神話と暴力の機能を分析する。ゼネスト神話のような統合的神話は、合理的プログラムよりも強力な動員力を持つ。暴力もまた、偽善的な人道主義よりも社会の健全性を保つ要素として機能する場合がある。

第五部のミシェルスは「寡頭制の鉄則」を提示する。民主的組織であっても、技術的・心理的必然性によって指導層が形成され、やがて大衆を支配するようになる。この法則は、社会主義政党や労働組合といった民主的を標榜する組織にも等しく適用される。真の民主主義は不可能であり、可能なのは異なる支配形態の選択のみである。

第六部のパレートは、人間行動を論理的行為と非論理的行為に分類する。政治・社会領域では非論理的行為が圧倒的に優勢であり、人間の行動は意識的目標よりも深層的な感情(残基)に支配される。エリートの循環理論では、狐型(策略重視)と獅子型(力重視)のエリートが歴史的に交代し、この循環が社会変動の主要な要因となる。

第七部では、これらの原理を現代に適用する。現在の世界革命は、資本主義支配階級から経営者階級への権力移行として理解される。民主主義は自治の神話としては不可能だが、自由(反対派の存在権)の現実としては重要である。ボナパルティズムの台頭は、民主主義的公式の論理的帰結でもある。

政治の科学化について、バーナムは大衆レベルでの科学的政治行動は不可能だが、エリートの一部による科学的政治は限定的に可能だと結論する。ただし、権力の腐敗作用や社会統合に必要な神話との矛盾により、完全な科学的政治は困難である。

本書の核心的主張は、政治権力の現実を直視し、権力の相互制約によってのみ自由が保たれるということである。理想主義的な政治思想は、しばしば専制への道を開く危険性を孕んでいる。マキアヴェリアンの冷徹な現実主義こそが、逆説的に自由を守る最良の方法なのである。

各章の要約

第一部 ダンテ:願望としての政治

第1章 『帝政論』の形式的意味

ダンテの『帝政論』は表面上、普遍的平和と世界統一を目指す理想的な政治論である。しかし、その論証は宗教的権威や抽象的類推に依存し、実際の政治問題の解決には何ら寄与しない。永遠の救済という超越的目標から演繹された議論は、現実の時空間的世界では無意味である。この形式的意味は、真の政治的意図を隠蔽する役割を果たしている。

第2章 『帝政論』の真の意味

『帝政論』の実質的意味は、フィレンツェから追放されたダンテの復讐願望にある。教皇派に敗れた白党の一員として、ダンテは神聖ローマ皇帝による征服を通じてフィレンツェへの復帰を夢見た。彼の「理想」は実際には反動的で復古主義的な目標を隠蔽している。普遍的平和の名の下に、商業的発展を遂げる都市国家を封建的支配に引き戻そうとする企図が隠されていた。

第3章 政治思想の典型的方法

政治思想の典型的方法は、形式的意味と実質的意味の乖離を特徴とする。形式的目標は超越的・不可能・曖昧であり、その論証も現実の政治問題とは無関係である。実質的目標は隠蔽され、責任を逃れている。この方法は真理の探究ではなく、権力者の利益に奉仕する欺瞞の技術である。フランス革命やナチズムの例が示すように、この構造は歴史を通じて反復される。

第二部 マキアヴェリ:権力の科学

第1章 マキアヴェリの実践的目標

マキアヴェリの目標はイタリアの国民統一という具体的で実現可能なものだった。当時のヨーロッパでは、フランス、イングランド、スペインが既に統一を達成しており、イタリアも同様の道を歩む必要があった。彼は統一には君主が必要だと結論したが、これは君主制への嗜好ではなく、歴史的証拠に基づく判断だった。マキアヴェリ自身は共和制を最良とし、自由を究極の理想としていた。

第2章 マキアヴェリの方法

マキアヴェリは政治学に科学的方法を初めて適用した。彼は言語を認知的に使用し、政治を権力闘争として明確に定義し、豊富な事実を収集し、それらを法則化しようと試みた。事実が原理と矛盾する場合、常に事実を優先した。形式的意味と実質的意味が一致し、隠された意図は存在しない。この透明性こそが科学的言説の特徴である。

第3章 政治的人間

マキアヴェリは人間一般ではなく「政治的人間」を分析した。支配者タイプと被支配者タイプの区別が基本的である。支配者タイプはヴィルトゥ(権力への意志)、力、詐術、時代への適応能力を持つ。被支配者である大衆は政治的に受動的で、変わりやすく、確固たる権威を求める。人間には完全に善い者も悪い者もおらず、支配者も被支配者も同様に欠陥を持つ。

第4章 マキアヴェリの歴史観

歴史は絶えざる変化の過程であり、循環的性格を持つ。善い国家は堕落し、堕落した国家から再び善い国家が生まれる。これは人間の権力への無限の欲望に基づく。運命(フォルトゥナ)は理性的統制を超えた歴史変化の要因だが、ヴィルトゥによってある程度は活用できる。宗教は国家統合に不可欠だが、その政治的機能のみが重要である。マキアヴェリの理想は自由であり、それは対立する勢力の均衡によってのみ保たれる。

第5章 マキアヴェリの評価

マキアヴェリは政治と道徳を切り離したとして非難されるが、これは誤解である。彼は科学が道徳から独立すべきだと主張したに過ぎない。人々がマキアヴェリを忌避するのは、政治的真理の暴露が権力者の利益に反するからである。権力者とその代弁者は、マキアヴェリの分析が民衆を覚醒させ、支配の仕組みを暴露することを恐れる。真理に対する情熱こそが自由の基礎である。

第三部 モスカ:支配階級の理論

第1章 マキアヴェリアンの伝統

現代マキアヴェリアンは、社会革命期に政治の科学的分析の必要性から登場した。モスカ、ソレル、ミシェルス、パレートは第一次大戦前後に活動し、資本主義社会の危機を背景に権力の現実を分析した。彼らは歴史の単一原因説(気候、人種、経済決定論)を批判し、相互依存的因果論を採用した。政治科学は他の社会科学と同様に可能だが、その限界も認識すべきである。

第2章 支配階級

すべての社会は支配する少数と支配される多数に分かれる。これは普遍的法則である。組織化された少数は組織化されていない多数に対して必然的に優位に立つ。民主主義も例外ではなく、選挙は民衆が代表を選ぶのではなく、代表が自分を選ばせるプロセスである。支配階級内では、最高指導層と中間指導層があり、後者の質が社会の安定性を決定する。

第3章 支配階級の構成と性格

社会における「卓越への闘争」が支配階級の構成を決める。成功には勤勉、野心、冷酷さ、幸運が必要である。各社会で高く評価される特質(戦争、宗教、富、教育など)が社会勢力となり、支配階級の各部分がこれらを代表・統制する。支配階級は政治的公式(神授権、民衆の意志など)によって自らの支配を正当化するが、これは社会統合に必要な神話である。

第4章 支配階級における傾向

支配階級には専制的原理と自由主義的原理、貴族的傾向と民主的傾向が常に作用する。専制的原理は上からの任命、自由主義的原理は下からの選出を意味する。貴族的傾向は既存支配階級の世襲化、民主的傾向は下層からの新規参入を促進する。健全な社会には両傾向の適度な混合が必要である。極端な貴族化は硬直化を、極端な民主化は無秩序をもたらす。

第5章 最良と最悪の政府

最良の政府は「相対的正義」を実現するものである。モスカは絶対的正義を否定し、法による統治(司法的防御)を重視する。これは個人を権力の専横から守る具体的権利の保障を意味する。高い文明水準の維持には、複数の社会勢力の均衡が不可欠である。19世紀議会制民主主義がこの条件を最もよく満たしていたが、第一次大戦後は危機に瀕している。

第四部 ソレル:神話と暴力についての覚書

第1章 神話の機能

ソレルは革命的サンディカリズムの立場から、政治行動における神話の重要性を論じる。ゼネスト神話は科学的仮説でもユートピアでもなく、行動への決意の表現である。神話は反駁不可能で、集団の信念と一体化している。合理的プログラムでは大衆を動員できず、包括的神話のみが真の革命行動を可能にする。原始キリスト教、宗教改革、フランス革命の例が示すように、神話の力は実現の有無とは無関係である。

第2章 暴力の機能

ソレルは暴力を擁護するが、これは単なる軍事的暴力ではない。人道主義的平和主義は、実際には詐欺と腐敗の増大を意味する。暴力の公然たる承認は、偽善的な操作よりも社会の健全性を保つ。暴力が神話と結合するとき、それは英雄主義と犠牲を生み出し、野蛮な残虐さを防ぐ。逆説的に、暴力の承認は実際の暴力を減少させる効果を持つ。ソレルはこの「悲観主義」の倫理的価値を擁護する。

第五部 ミシェルス:民主主義の限界

第1章 ミシェルスの問題

ミシェルスは組織と民主主義の関係を分析する。既存の政府や保守政党が非民主的なのは明らかだが、民主主義を標榜する社会主義政党や労働組合はどうか。もしこれらの組織でも寡頭制が支配的なら、民主主義は一般的に不可能だということになる。ドイツ社会民主党と労働組合の詳細な分析により、この仮説を検証する。

第2章 指導の事実

大規模組織では技術的・心理的理由により指導層の形成が不可避である。直接民主主義は物理的に不可能で、迅速な決定が要求され、専門的技能が必要となる。指導者には慣習的地位権が生まれ、大衆は指導への心理的依存を示す。指導者は組織運営において真の優越性を持ち、この不可欠性が彼らの権力の源泉となる。

第3章 指導者の専制

指導者は組織の財政、宣伝機関、規律機構を支配する。労働組合指導者の高額報酬はその権力の象徴である。大衆との対立では、団結した指導部が常に勝利する。指導者の心理的変貌も重要で、権力意識が自己と組織の同一視を生み出す。これがボナパルティズムの基盤となり、指導者は民衆の意志の体現者として無制限の権力を主張する。

第4章 寡頭制の鉄則

国民投票、放棄、サンディカリズム、アナーキズムなど、民主主義を守る諸方策はすべて失敗する。組織の技術的・心理的・文化的条件が寡頭制傾向を必然的に生み出すからである。これが「寡頭制の鉄則」である。社会革命が起きても社会主義ではなく新たな寡頭制が生まれるに過ぎない。ただし、民主主義の理想を追求する努力自体に価値があり、完全な実現は不可能でも相対的改善は可能である。

第六部 パレート:社会行動の本質

第1章 論理的行為と非論理的行為

パレートは人間行動を論理的行為と非論理的行為に分類する。論理的行為は明確な目標と適切な手段を持つが、政治・社会領域では稀である。非論理的行為が圧倒的多数を占める。政治的目標は多くが曖昧で実現不可能である。同じ目標を掲げながら正反対の行動を取ったり、異なる目標から同一の行動が生まれたりする。人間は行動を合理化したがるが、これが非論理的行為の認識を妨げている。

第2章 残基と派生

非論理的行為は比較的恒常的な「残基」と可変的な「派生」に分析できる。残基は社会行動の安定した核であり、派生はその表面的表現である。6つの主要残基クラスのうち、第1類(結合本能)と第2類(集団持続)が最も重要である。派生は残基を論理的に見せかける言語的説明だが、社会変動への影響力は小さい。政治理論、道徳体系、宗教教義などは派生の例であり、その「真偽」は社会科学的には無意味である。

第3章 社会効用

社会の「効用」は共同体の生存価値と内部福祉に区別される。両者はしばしば一致しない。また、共同体は異質な諸集団からなるため、特定の政策が全ての集団に等しく有益ということはない。道徳哲学が説く「個人の幸福と社会の福祉の一致」は派生に過ぎない。真理の普及が常に社会に有益とは限らず、虚偽の信念が社会統合に寄与する場合もある。

第4章 エリートの循環

社会均衡を決定する主要因は、物理的環境、残基、経済的利益、派生、エリートの循環である。エリートは能力による階層化であり、社会の性格はそのエリートの性格で決まる。エリート循環の障害(特に貴族的原理)は社会の退化をもたらす。第1類残基優位者(狐)と第2類残基優位者(獅子)の交代が歴史の基本パターンである。最適な組み合わせは、大衆に第2類残基、エリートに第1類残基を主とし、第2類残基を従とする構成である。

第七部 政治と真理

第1章 現在の本質

現在は世界的社会革命の時代である。革命の前提条件(制度的不適応、支配階級の文化への逃避、階級循環の停滞、支配的公式への信頼失墜、暴力の忌避)がすべて揃っている。資本主義支配階級に代わって「経営者」階級が台頭し、国家による経済統制と超国家的政治組織が形成される。この革命は国際戦争と国内社会闘争の二重性を持つ。軍人の政治的重要性が飛躍的に高まるだろう。

第2章 民主主義の意味

自治としての民主主義は不可能だが、自由(反対派の権利)としての民主主義は重要である。現在の民主主義的公式はボナパルティズムへと発展している。民主的全体主義者たちは国家と人民を同一視し、国家への批判を反民主的として糾弾する。しかし、自由は対立する社会勢力の均衡によってのみ保たれる。権力を制約するのは権力のみであり、反対派の存在こそが専制への唯一の防波堤である。

第3章 政治は科学的であり得るか

政治科学は可能であり、既にある程度存在している。大衆の科学的政治行動は不可能だが、エリートの一部による科学的政治は限定的に可能である。しかし、権力の腐敗作用と社会統合に必要な神話への依存が、完全な科学的政治を困難にする。科学的支配階級は長期的には被支配者の利益にもなるが、指導者は真理と神話の間のジレンマに直面する。現在の指導者たちは非科学的で、破滅的な方向に社会を導いている。


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