Why Leaders Lie: The Truth About Lying in International Politics
『リーダーはなぜ嘘をつくのか?:国際政治における嘘の真実』ジョン・ミアシャイマー 2011年
「国際政治において指導者の嘘は不可避的なものであるが、実は国家間で嘘をつくことは一般に考えられているほど頻繁ではない。むしろ指導者は外国よりも自国民に対してより頻繁に嘘をつく傾向がある」
— Alzhacker ᨒ zomia (@Alzhacker) April 19, 2025
本書の要約
『Why Leaders Lie』は国際政治において指導者が嘘をつく理由、方法、影響について分析した本である。著者ジョン・ミアシャイマーは、国際関係における嘘を戦略的な側面から分析し、嘘は完全に避けられるものではなく、時に国家安全保障のために必要とされる行為であると主張している。
本書では5種類の戦略的な嘘(国家間の嘘、恐怖煽り、戦略的隠蔽、ナショナリスト的神話、リベラルな嘘)を詳細に分析している。特に注目すべき発見として、国家指導者は互いに嘘をつくことは比較的少なく、むしろ自国民に対して嘘をつく傾向が強いことを指摘している。また、自国民への嘘は国内政治に悪影響を及ぼす「吹き返し効果」と外交政策の失敗につながる「裏目効果」のリスクを伴うと警告している。
イラク戦争前のブッシュ政権による嘘や、冷戦期の様々な事例を通じて、特に民主主義国家が「選択的戦争」を行う際に恐怖煽りを利用する傾向があることを明らかにしている。現代のアメリカ外交政策へのインプリケーションとして、世界的関与を続ける米国が今後も恐怖煽りを行う傾向にあることを懸念している。
本書は国際政治における嘘についての理論的枠組みを提供し、重要だが見過ごされがちな外交政策の側面に光を当てている。
目次
第1章 嘘とは何か(What is Lying?)
第2章 国際的な嘘の目録(The Inventory of International Lies)
第3章 国家間の嘘(Lying between States)
第4章 恐怖煽り(Fearmongering)
第5章 戦略的隠蔽(Strategic Cover-ups)
第6章 ナショナリスト的神話(Nationalist Myths)
第7章 リベラルな嘘(Liberal Lies)
第8章 国際的な嘘をつくことの欠点(The Downside of Telling International Lies)
第9章 結論(Conclusion)
第1章 嘘とは何か(What is Lying?)
嘘とは、話し手が偽りだと知っている事柄を相手に真実と思わせる意図をもって述べる行為である。事実を捏造・否定するだけでなく、事実を意図的に配置して虚偽の結論に導くことも嘘に含まれる。欺瞞にはこの「嘘」の他に「スピン(事実の強調・過小評価による歪曲)」と「隠蔽(情報の意図的な非開示)」があり、嘘は最も悪質な欺瞞形態とされる。その理由は嘘が見抜きにくく、信頼を著しく損なうためである。(198字)
第2章 国際的な嘘の目録(The Inventory of International Lies)
国際政治における嘘は7種類に分類される:1)国家間の嘘、2)恐怖煽り、3)戦略的隠蔽、4)ナショナリスト的神話、5)リベラルな嘘、6)社会的帝国主義、7)卑劣な隠蔽。これらは国益に役立つ「戦略的嘘」と個人や集団の利益に資する「利己的嘘」に大別される。本書は前者の5種類の戦略的嘘に焦点を当てる。嘘は複数の目的を同時に果たすことがあり、一つの嘘が複数の分類に該当することもある。(199字)
第3章 国家間の嘘(Lying between States)
国家間の嘘は予想よりも稀であり、指導者は互いに嘘をつくよりも真実を語ることが多い。その理由として、国際関係において他国を簡単に欺くことは難しく、バレた場合のコストが高いという点がある。国家間の嘘の例としては、1)軍事力の誇張、2)軍事能力の過小評価・隠蔽、3)敵対意図の隠蔽、4)挑発の回避、5)空脅し、6)挑発目的の嘘、7)同盟国の注意喚起、8)スパイ活動の隠蔽、9)戦時の軍事作戦、10)交渉での嘘などがある。(197字)
第4章 恐怖煽り(Fearmongering)
恐怖煽りとは、指導者が自国民に対して外国の脅威を誇張する嘘である。指導者は国民が脅威を十分に認識していないと判断し、率直な説明では納得させられないと考える場合に恐怖煽りを行う。例として、1941年のルーズベルトによるグリア号事件の嘘、1964年のジョンソン政権によるトンキン湾事件の嘘、2003年イラク戦争前のブッシュ政権による嘘が挙げられる。特に民主主義国家、遠方の敵と対峙する国家、予防戦争を計画する指導者が恐怖煽りに走りやすい。(199字)
第5章 戦略的隠蔽(Strategic Cover-ups)
戦略的隠蔽には失敗した政策を隠す場合と、賢明だが議論を呼ぶ政策を隠す場合がある。前者の例として第一次世界大戦中のジョフル元帥の無能さを隠した仏政府、後者の例としてキューバ危機解決のためのケネディ大統領のトルコ・ミサイル撤去の秘密取引がある。戦略的隠蔽は戦時や危機の際に増加し、敵国よりも自国国民向けに行われることが多い。特に民主主義国家では指導者が説明責任を負うため、議論を呼ぶ政策の隠蔽が多く発生する。(199字)
第6章 ナショナリスト的神話(Nationalist Myths)
ナショナリスト的神話とは、エリートが自国の過去について創り出す虚偽の物語である。これらは「自己賞賛」「自己の汚点を消す」「他者を悪者にする」という3種類に分類される。この嘘の目的は国家としての結束を強め、国民に誇りを持たせ、必要なら国のために命を捧げる意識を作ることにある。また国際的正当性の獲得という副次的目的もある。国家建設過程での残虐行為が多いほど、またその国の誕生が最近であるほど、ナショナリスト的神話造りは活発になる。(199字)
第7章 リベラルな嘘(Liberal Lies)
リベラルな嘘とは、国家がリベラルな規範や国際法に反する行為をした際に、その行動を覆い隠すために用いられる嘘である。例えば第二次世界大戦中に英米両国はスターリンと協力するために彼の暴虐性を隠し、「ジョーおじさん」と呼んだ。同様にナチスドイツはポーランド侵攻を自衛行為と偽り、英国は第二次大戦中の都市爆撃政策が民間人を標的にしていることを否定した。国民は自国が常に正義の側にあると信じたいため、リーダーはこのような嘘をつく。(197字)
第8章 国際的な嘘をつくことの欠点(The Downside of Telling International Lies)
国際的な嘘には「吹き返し効果」(国内政治への悪影響)と「裏目効果」(外交政策の失敗)という二つの危険がある。国家間の嘘は国内への影響が比較的少なく、失敗してもダメージが限定的であることが多い。一方、恐怖煽りと戦略的隠蔽は両方の危険が高い。これらは国民への軽蔑を示し、国内政治の腐敗を招く恐れがある。また実際には脅威を正確に評価している国民を欺く可能性もあり、政策失敗のリスクも高い。ナショナリスト的神話とリベラルな嘘は比較的害が少ない。(199字)
第9章 結論(Conclusion)
国際政治における嘘は完全に避けられるものではなく、時に国家の利益のために必要となる。ただし、指導者たちは互いに嘘をつくよりも、自国民に対して嘘をつく傾向が強い。特に恐怖煽りと戦略的隠蔽は国内政治の腐敗や外交政策の失敗を招く危険性が高い。アメリカのような世界大国は特に恐怖煽りを行う傾向があり、これは民主主義国家が「選択的戦争」を正当化する際に顕著である。このような嘘は国内の民主主義制度を腐食させ、イラクやベトナムのような政策的失敗を招くリスクがある。(198字)
国際政治における嘘の戦略的活用に関する分析と考察 by Claude 3
ジョン・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)の著書『Why Leaders Lie』は、国際政治における嘘の役割を体系的に分析した先駆的研究である。この重要な著作を深く考察するために、まず嘘の定義から始めて、国際政治における嘘の様々な形態、その理由と影響について検討していきたい。
嘘の概念と国際関係における位置づけ
ミアシャイマーは嘘を「話し手が偽りだと知っている事柄を相手に真実と思わせる意図をもって述べる行為」と定義している。これは単なる事実の捏造だけでなく、事実を意図的に構成して虚偽の結論に導く行為も含んでいる。この定義は重要だ。なぜなら、国際政治における嘘を考察する際に、「スピン(事実の強調・過小評価による歪曲)」や「隠蔽(情報の意図的な非開示)」といった他の形態の欺瞞と区別することができるからである。
特に注目すべきは、ミアシャイマーが国際政治における嘘を主に功利主義的観点から分析していることだ。彼は嘘の道徳的側面を否定しているわけではないが、現実主義者(リアリスト)としての立場から、国家指導者が嘘をつく戦略的理由とその結果に焦点を当てている。
国際政治における嘘の本質的な特徴は、国内政治とは異なる「ルールブック」で運営されているという認識である。国内では嘘は一般的に非難されるが、国際関係においては時に必要な外交政策のツールとみなされる。この二重基準は、国際システムがアナーキー(無政府状態)であることに起因している。つまり、国家間には上位の権威が存在せず、各国は自国の安全を確保するために必要なことを行わなければならないという現実がある。
この視点は、ホッブズの「リヴァイアサン」の考え方に通じるものがある。ホッブズは「共同体のないところでは、何も不正ではない」と述べている。国内では確立された権威が存在し、規範や法律が機能するが、国際システムではそのような上位権威が欠如しているため、生存が最優先事項となる。
国際政治における嘘の分類と特徴
ミアシャイマーは国際政治における嘘を7つのカテゴリーに分類している:
- 国家間の嘘: 他国の指導者や外交官に対して語られる嘘
- 恐怖煽り: 外部の脅威を誇張することで自国民を特定の政策支持に動員する嘘
- 戦略的隠蔽: 失敗した政策や議論を呼ぶ政策を隠すための嘘
- ナショナリスト的神話: 国家アイデンティティを強化するための歴史に関する嘘
- リベラルな嘘: リベラルな規範や国際法に反する行為を隠すための嘘
- 社会的帝国主義: 国内問題から注意をそらすための嘘
- 卑劣な隠蔽: 個人的利益のために失敗を隠す嘘
これらの中で最初の5つは「戦略的嘘」として、集団(国家)の利益のために行われるものであり、後の2つは「利己的嘘」として個人や特定グループの利益のために行われるものとして区別されている。著者が本書で焦点を当てているのは、国益のために行われる戦略的嘘である。
特に興味深いのは、著者の主張の一つである「国家指導者は互いに嘘をつくことは比較的少なく、むしろ自国民に対して嘘をつく傾向が強い」という点である。この主張は直感に反するように思えるが、著者は歴史的事例の検討からこの結論に至っている。国家間で嘘をつくことが少ない理由として、次の点が挙げられる:
- アナーキーな国際システムでは、国家は互いに不信感を持っており、重要な問題について嘘をつくことは難しい
- 嘘がばれた場合のコストが高い
- 低政治(経済や環境問題)では嘘をつくことによる利益が小さい
- 頻繁に嘘をつくと、将来の取引や協力が困難になる
これに対して、指導者が自国民に嘘をつくことが比較的容易なのは、国民が自国政府を信頼する傾向があり、政府が情報を統制できるためである。ロバート・マクナマラの言葉を引用すれば、「我々の社会や政府システムを少しでも知っている人なら、戦争を挑発するための陰謀が存在するなどと疑うことは考えられない」という認識が一般的である。
恐怖煽りの危険性
恐怖煽り(fearmongering)は、指導者が自国民に対して外国の脅威を誇張する嘘であり、特に注目に値する。著者は、ルーズベルトのグリア号事件(1941年)、ジョンソン政権のトンキン湾事件(1964年)、ブッシュ政権のイラク戦争前の主張(2003年)など、アメリカ史における重要な事例を分析している。
恐怖煽りが発生しやすい条件として、著者は次の要素を挙げている:
- 民主主義国家(指導者が公衆の意見により敏感であるため)
- 地理的に遠方の敵と対峙する国家(「オフショア・バランサー」)
- 予防戦争を計画している指導者
特に、アメリカのような民主主義国が「選択的戦争」を行う場合、公衆の支持を得るために恐怖煽りが行われる傾向がある。2003年のイラク戦争前の状況はその典型例であり、ブッシュ政権はサダム・フセインとアルカイダの関係についての嘘、大量破壊兵器に関する確実性の誇張、9.11テロとイラクを関連付ける暗示的言説などを用いた。
恐怖煽りの危険性は、「吹き返し効果」(国内政治への悪影響)と「裏目効果」(外交政策の失敗)の二つの側面がある。恐怖煽りは公衆を軽視する態度を示し、国内政治の腐敗を招く恐れがある。また、実際には脅威を正確に評価している国民や専門家を無視することで、誤った政策判断につながる可能性がある。ベトナム戦争やイラク戦争の失敗は、恐怖煽りが招いた悲劇的結果の例と言える。
戦略的隠蔽の複雑性
戦略的隠蔽には、失敗した政策を隠す場合と、賢明だが議論を呼ぶ政策を隠す場合がある。前者の例として、第一次世界大戦中のジョフル元帥の無能さを隠した仏政府の行動が挙げられる。この場合、戦時中の国民団結を維持するために、軍事的失敗を隠す必要があると判断された。
賢明だが議論を呼ぶ政策を隠す例として、キューバ危機解決のためのケネディ大統領のトルコ・ミサイル撤去の秘密取引がある。この場合、核戦争を回避するための合理的な妥協であったが、政治的には受け入れられにくい内容であったため、秘密にされた。
戦略的隠蔽は、特に民主主義国家において増加する傾向がある。これは、民主主義国家の指導者が選挙を通じて説明責任を負うため、物議を醸す政策を隠す強いインセンティブを持つためである。しかし、戦略的隠蔽も、恐怖煽りと同様に国内政治と外交政策の両方に悪影響を及ぼす可能性がある。
ナショナリスト的神話とリベラルな嘘
ナショナリスト的神話は、エリートが自国の過去について創り出す虚偽の物語である。これらは「自己賞賛」「自己の汚点を消す」「他者を悪者にする」という3種類に分類される。ナショナリスト的神話の目的は国家としての結束を強め、国民に誇りを持たせることにある。例えば、イスラエル建国時のパレスチナ人追放に関する神話や、第二次世界大戦後のドイツ国防軍(ヴェアマハト)の「清潔な手」の神話などがこれに該当する。
リベラルな嘘は、国家がリベラルな規範や国際法に反する行為をした際に、その行動を覆い隠すために用いられる嘘である。例えば、第二次世界大戦中に英米両国はスターリンと協力するために彼の暴虐性を隠し、「ジョーおじさん」と呼んだ。また、英国は第二次大戦中の都市爆撃政策が民間人を標的にしていることを否定した。
ナショナリスト的神話とリベラルな嘘は、恐怖煽りや戦略的隠蔽に比べて国内政治や外交政策への悪影響が少ない。これは、国民が自国を肯定的に見たいという心理的傾向があり、これらの嘘が容易に受け入れられるためである。
ミアシャイマーの分析の限界と批判的考察
ミアシャイマーの分析は国際政治における嘘についての先駆的研究であるが、いくつかの限界も存在する。
まず、著者は嘘を主に功利主義的観点から分析しており、嘘の道徳的側面についての深い考察が欠けている。国際関係における嘘が時に「必要悪」であるという前提は、より厳格な倫理的基準から批判される可能性がある。特に、カント的な絶対主義的倫理観からすれば、嘘は常に悪であるという立場もある。
次に、著者の「国家間の嘘は比較的少ない」という主張は、限られた歴史的事例に基づいている。著者自身も認めているように、国家間の嘘の全体的な頻度を測定することは方法論的に困難である。また、一部の嘘は長期間にわたって隠され続けている可能性もある。
さらに、著者の分析は主に米国とその同盟国の経験に基づいており、非西洋国家や非民主主義国家における嘘の実践についての詳細な分析が不足している。これにより、分析に西洋中心的バイアスが生じている可能性がある。
最後に、インターネットとソーシャルメディアの時代における嘘の影響についての考察が限られている。現代のデジタル環境では、嘘はより速く広がり、より長く持続する可能性があり、これが国際政治における嘘の力学を変えている可能性がある。
現代の国際関係への示唆
著者の分析は、特に米国の外交政策に重要な示唆を与えている。世界唯一の超大国である米国は、その地位と世界的関与によって、恐怖煽りを行うインセンティブを持っている。イラク戦争前の嘘の事例が示すように、これは深刻な政策的失敗につながる可能性がある。
特に懸念されるのは、民主主義国家における恐怖煽りと戦略的隠蔽の増加である。これらの嘘は、短期的には支持を獲得するために効果的かもしれないが、長期的には民主主義制度自体を弱体化させる可能性がある。公衆の情報へのアクセスと健全な政策議論は民主主義の基盤であり、これらの嘘はその基盤を損なう。
また、今日のハイブリッド戦争や情報戦の時代において、国家間の嘘の性質と影響が変化している可能性もある。ロシアのウクライナ侵攻に関する偽情報キャンペーンや、中国の「戦狼外交」など、国家による組織的な嘘の使用が増加している。
結論
ミアシャイマーの『Why Leaders Lie』は、国際政治における嘘の複雑な役割を理解するための重要な基盤を提供している。著者は、嘘が国際関係における常設の特徴であることを認めつつ、その異なる形態、原因、結果を明らかにしている。
特に重要なのは、著者の主張する「国家指導者は互いに嘘をつくことは比較的少なく、むしろ自国民に対して嘘をつく傾向が強い」という点と、「恐怖煽りと戦略的隠蔽は特に危険である」という指摘である。これらの洞察は、我々が国際政治における嘘を批判的に評価し、その悪影響を最小限に抑えるための重要な視点を提供している。
現代世界における情報の信頼性と透明性の重要性を考えると、ミアシャイマーの研究は単に歴史的な関心事ではなく、現在の国際関係と民主主義の健全性に関わる重要な問題に光を当てている。嘘が常に外交政策の一部となるとしても、その使用は慎重に評価され、可能な限り制限されるべきである。それは国際的な平和と協力だけでなく、国内の民主的制度の健全性のためにも重要である。