書籍要約『Walking on Lava:未開の時代のための選集』(The Dark Mountain Project、2017年)

テクノロジー、技術批判、ラッダイト崩壊シナリオ・崩壊学・実存リスク・終末論

サイトのご利用には利用規約への同意が必要です

『Walking on Lava: Selected Works for Uncivilised Times』(The Dark Mountain Project, 2017)

目次

  • はじめに:心を脱中心化する / Uncentring Our Minds
  • 文明化への反逆:ダークマウンテン・マニフェスト / Uncivilisation: The Dark Mountain Manifesto
  • 第一部:崩壊の認識 / We live in a time of unravelling
  • 第二部:技術・政治の「解決策」への拒否 / We reject technological or political ‘solutions’
  • 第三部:神話への挑戦 / We challenge the myths underpinning civilisation
  • 第四部:物語の再興 / We reassert the role of storytelling
  • 第五部:人間中心主義の脱却 / Humans are not the point of the planet
  • 第六部:場所と時間に根ざす / Grounded in a sense of place and of time
  • 第七部:理論より要素的な言葉 / Words will be elemental
  • 第八部:終わりを超えた希望 / The end is not the end full stop
  • マウンテニアたち / Mountaineers
  • ダークマウンテン・プロジェクトからのメッセージ / A Message from the Dark Mountain Project

本書の概要

短い解説:

本書は、ダークマウンテン・プロジェクトが2010年から刊行してきたジャーナルから選りすぐった作品を収録したアンソロジーである。「文明化」という物語の崩壊を直視し、人間中心主義を脱却し、新たな物語を紡ぐことを目指す作家・芸術家たちの詩、エッセイ、対談、写真、絵画など多様な作品群を収める。

著者について:

編集者はシャーロット・デュ・カン、ドゥガルド・ハイン、ニック・ハント、ポール・キングスノース。キングスノースとハインは2009年に『Uncivilisation: The Dark Mountain Manifesto』を執筆し、ダークマウンテン・プロジェクトを立ち上げた。プロジェクトは現在、国際的なネットワークへと成長している。

テーマ解説:

  1. 文明化の物語の終焉――「進歩」の神話がもたらした生態学的破局を直視すること。

  2. 人間中心主義の脱却――人間は地球の目的ではないという視点から、非人間的世界との再関与を図ること。

  3. 新たな物語の創造――崩壊の中にあっても、従来の希望とは異なる「希望の先の希望」を見出すこと。

キーワード解説:

  • アンシヴィライゼーション(Uncivilisation):文明化の神話に挑戦し、人間中心主義を脱却する思想的・芸術的運動。
  • ダークマウンテン(Dark Mountain):ロビンソン・ジェファーズの詩に登場する、人間の営みを相対化する視点を象徴する比喩的「山」。
  • インヒューマニズム(Inhumanism):ジェファーズが提唱した、人間から非人間へと重点を移す哲学的立場。
  • 物語(Story):文明は物語の上に構築されており、その物語を書き換えることが変革の鍵であるという立場。
  • エコサイド(Ecocide):人間活動による生態系の破壊を指す言葉。現代の危機の本質を表現する。

要点要約

本書『Walking on Lava』は、ダークマウンテン・プロジェクトが創刊以来刊行してきた10冊のジャーナルから選出された作品集である。プロジェクトの共同創設者であるポール・キングスノースとドゥガルド・ハインが2009年に執筆した『Uncivilisation』マニフェストは、現代文明が直面する社会・経済・生態学的な崩壊に対して、文学と芸術が誠実に向き合うことの必要性を宣言した。

マニフェストは、人類が「進歩」という神話に支配され、地球に対する支配と分離を物語ってきたと指摘する。気候変動や大量絶滅、資源枯渇といった危機は、技術や政治の「解決策」では対処しきれない。その根源は人間中心主義という物語そのものにある。芸術家や作家は、この物語を解体し、新たな物語を紡ぐ責務を負っている。

本書はマニフェストの「8つの原則」に沿って構成されている。第1部では、現代社会の崩壊を直視する作品群——産業社会の終焉、喪失の感覚、崩壊後の生活への準備などを扱う。第2部は技術や政治の万能主義を拒否し、ルッダイト運動の歴史的意義や適正技術の可能性を論じる。第3部では、進歩や人間中心主義という神話そのものに挑戦する——マハーバーラタの物語を通じて文明の循環を描き、SF小説に現れる宇宙移住の幻想を批判する。

第4部は物語の力を再評価する——イナンナ神話の解釈や無意識の探求を通じて、物語が現実を織りなす役割を論じる。第5部では人間を中心とする世界観を脱却し、絶滅したリョコウバトへの追悼、先住民の世界観、狼が河川生態系を変える事例などを通じて非人間的世界との再関与を試みる。第6部は場所と時間に根ざした作品——スコットランドの風景、カリフォルニアの干ばつ、マンハッタンを這うパフォーマンスなど、特定の土地に根差した実践を収める。

第7部は理論より要素的な表現を重視し、泥炭湿原で描かれた絵画や詩、砂漠の天使と出会う寓話などを収録する。第8部は「終わり」の先にある希望を探る——崩壊後も残るもの、即興という技能、収容所の庭園に込められたレジリエンスの物語などが含まれる。

全体を通じて、本書は単なる環境問題の告発ではない。文明の物語が終焉を迎えつつある今、私たちは何を失い、何を手放し、何を新たに紡ぎ出すことができるのか——その問いに対する多様な回答の試みである。ダークマウンテン・プロジェクトが提示するのは絶望ではなく、従来の希望とは異なる「希望の先の希望」——未知の世界へと続く道を探求する営みそのものである。

各章の要約

はじめに:心を脱中心化する / Uncentring Our Minds

本書の編集者たちは、2008年の金融危機と2016年の政治的地殻変動という二つの「嵐」の間に本書が編まれたことを指摘する。ダークマウンテン・プロジェクトは、作家や芸術家が現代の危機を無視し続けることへの違和感から生まれた。「文明はすべて物語の上に築かれている」という認識のもと、古い物語が破綻したとき、新たな物語を紡ぐことが芸術の役割であると論じる。本書はマニフェストの「8つの原則」に沿って構成され、プロジェクトが10年間にわたって収集した多様な声を紹介する。編集者たちは、この本が「文明——そして私たち自身——を視野に入れる」ための一助となることを願っている。

文明化への反逆:ダークマウンテン・マニフェスト / Uncivilisation: The Dark Mountain Manifesto

キングスノースとハインは、文明が極めて脆弱な構造物であり、ほんの少しの「信念」の上に成り立っていると論じる。金融危機や環境破壊は、この脆弱性を露わにした。文明を駆動するエンジンは「進歩の神話」であり、この神話は「自然の神話」——人間は自然から分離し、自然を支配できるという幻想——に支えられている。気候変動は、この幻想の破綻を如実に示している。

著者たちは「アンシヴィライズドな芸術」を提唱する——それは人間のバブルを超えて、私たちを「一つの網の目の一部」として描き出す試みである。ロビンソン・ジェファーズの「インヒューマニズム」——人間から非人間へと重点を移す思想——を先駆けとして位置づける。マニフェストは「8つの原則」で締めくくられる:崩壊を直視すること、技術的・政治的解決策を拒否すること、神話に挑戦すること、物語の力を再興すること、非人間的世界と再関与すること、場所と時間に根差すこと、要素的な言葉を用いること、終わりの先の希望を見出すこと——である。

第一部:崩壊の認識 / We live in a time of unravelling

ロン・ハグ『Adobe Farmhouse』(写真)

ニューメキシコ州の廃墟となったアドベ農家を捉えた写真。家族経営の小規模農場が工場型農業に駆逐されるアメリカの現状を映し出す。

アニタ・サリバン『Early Knowledge』(詩)

アダムとイヴの物語を再解釈した詩。禁断の木の葉で足を治療したアダムは、素粒子物理学から競走馬の命名まで、あらゆる知識を獲得する。知識の獲得と喪失の逆説を描く。

ニック・ハント『Loss Soup』(物語)

「喪失の晩餐会」に招待されたジャーナリストの物語。絶滅した動物、消滅した言語、失われた植物、滅びた文明の名前が次々と唱えられ、それらは「喪失のスープ」として供される。参加者がそれぞれの個人的喪失を告白する中で、物語は集合的・個人的な喪失の経験を統合する。

ジョン・マイケル・グリア『The Falling Years』(エッセイ)

ロビンソン・ジェファーズの「インヒューマニズム」を再評価する。ジェファーズは人間を宇宙の中心と見なす幻想を拒否し、自然の「驚くべき美」へと注意を向けることを主張した。環境運動の三つの段階——レクリエーション的、感傷的、終末論的——を批判的に分析し、いずれも人間中心主義から脱却できていないと論じる。気候変動とピークオイルへの対応の非対称性を例に、人類が自らの力を称賛する物語に固執する様子を描く。

アクシャイ・アフヤ × ドミトリー・オルロフ対談『A Present That Can Exist』

ロシアの崩壊を経験したオルロフは、アメリカも同様の崩壊に向かっていると論じる。彼は現実的な準備——ボート生活、コミュニティレベルの食料生産、物資の備蓄——を提唱するが、富裕層は自らの没落を想像できないという。彼は「崩壊が早く起これば生態系は救われる」という逆説的見解を示し、規制が崩壊後には緩和され、新たな可能性が開かれると予測する。

ハンナ・ルイス『On This Site of Loss』(エッセイ)

イラク出身の芸術家ラシャド・サリムの人生と作品を追う。彼はトール・ヘイエルダールの『ティグリス号』探検に参加し、その後、破壊されたピアノを再構築する「リ・ピアノ」シリーズや、「逆地球儀」というモニュメント構想、イラクのための「箱舟」プロジェクトなどに取り組む。ルイスは自身の内的な疎外感とラシャドの作品の間に共鳴を見出し、喪失の現場でどのように創造が可能かを問う。

第二部:技術・政治の「解決策」への拒否 / We reject technological or political ‘solutions’

マーン・ルーカス&ジェイコブ・パンダー『Sun from Incident Energy』(映像スチル)

熱映像カメラで撮影されたダンサーの身体と宇宙の銀河イメージを juxtapose した作品。監視技術が明らかにする身体の熱エネルギーと、人間の感情や自然景観を融合させる。

ウォーレン・ドレイパー『The Shuttle Exchanged for the Sword』(エッセイ)

19世紀初頭のイギリスにおけるルッダイト運動の歴史を詳細に描く。機械化によって生計を脅かされた熟練職人たちは、「ネッド・ラッド将軍」の名のもとに組織化し、工場や機械を破壊した。政府は軍隊を動員し、多くのルッダイトが処刑された。ドレイパーは、ルッダイトが単なる機械嫌いではなく、自律的で共同体主義的な生活様式を守ろうとしたことを強調する。現代においても、適正技術やオープンソース運動を通じて、同様の精神が復活しつつあると論じる。

トム・スミス × チェリス・グレンディニング対談『Confessions of a Neo-Luddite』

ネオ・ルッダイト運動の思想的指導者の一人であるグレンディニングが、テクノロジーが単なる道具ではなく「生活様式」であり、社会の組織原理そのものであると論じる。彼女はボリビアでの生活体験を通じて、現代化と先住民的世界観の衝突を描く。テクノロジーが人間関係や生態系に与える影響についての省察と、それでもなお「美を教え、真実を語る」ことの重要性を説く。

ジェイソン・ベントン『Prospecting for Equanimity』(エッセイ)

ペンシルベニア州西部の故郷における環境変化と家族史を綴る。石炭採掘、天然ガスのフラッキング、工業化が風景と共同体にもたらした変容を、祖父母の記憶と自身の体験を通じて描く。精神科看護師として働く著者は、産業の衰退と依存症に苦しむ人々と向き合う。それでもなお、庭仕事や家族との時間に静かな希望を見出す。

第三部:神話への挑戦 / We challenge the myths underpinning civilisation

ニコラス・カーン&リチャード・セレスニック『Extinction Cabinet』(写真)

「絶滅博物館」という架空の展示を思わせる写真。廃墟の中のサイドショー・カートに詰め込まれた、もはや見つけることのできないものたちの記憶を表象する。

キム・ゴールドバーグ『Travelling Man』(物語)

移動販売の男が、モミの木に引かれた馬車で町に現れる。彼は無料で「贈り物」——咳、不整脈、脳の影——を配る。現代社会が無意識に受け入れる「進歩」の代償を寓話的に描く。

アクシャイ・アフヤ『Strange Children』(エッセイ)

インドの叙事詩『マハーバーラタ』の「異形の子」たちの物語を通じて、文明の循環を読み解く。女神ガンガーが子どもを川に投げ込む物語に始まり、ガンダーリーが百人の子を壺の中で育てる話へと展開する。アフヤは、これらの物語が人類が自らの豊穣性を掌握しようとする試みと、その代償を描いていると論じる。最後に、クリシュナの部族ヤーダヴァが自滅する物語——男が妊娠し金属の棒を産み、それが草原を武器に変える——を通じて、自己増殖という妄想が文明を崩壊に導く過程を描く。

ティム・フォックス『Openings』(エッセイ)

アポロ17号の打ち上げを幼少期に目撃した著者は、図書館でSF小説を廃棄する作業を通じて、火星移住という幻想を批判する。人間は拡大と征服の物語に囚われ、地球という唯一の故郷を見失った。しかし、森の中で「樹木の図書館」に出会い、退却と根付きの可能性に気づく。

第四部:物語の再興 / We reassert the role of storytelling

ケイト・ウォルターズ『Feeding from the Fire Below』(絵画)

鹿とアカシアの木に支えられた母性のイメージ。馬は細胞の「声」を象徴し、大地の火とつながることで生命を育む。

ジョン・レンバー『The Unconscious and the Dead』(エッセイ)

「無意識を文学として」という授業を担当する教授が、末期がんの学生ジェイミーとの交流を通じて、無意識と死について考察する。ジェイミーは自分の死を受け入れながらも、意識的に生きることを選んだ。文明全体も無意識の「悪性の愚かさ」に支配されており、気候変動や大量絶滅はその現れだと論じる。死を直視することが真の意識への第一歩であると示唆する。

マーティン・ショー『Small Gods』(エッセイ)

現代の「新しい物語」への切望を批判し、むしろ五千年前の神話や民話にこそ、今必要な知恵が含まれていると論じる。これらの物語は人間の創作ではなく、地球そのものが夢見たものだという。真の物語は、野生のイニシエーションと服従を通じて得られるものであり、快適な寓話ではない。

シャーロット・デュ・カン『The Seven Coats』(エッセイ)

七つのコート——黄色、オレンジ、灰色、毛皮、茶色、黒、赤——を通じて自らの人生を振り返る。最後にシュメール神話のイナンナの冥界下りを重ねる。イナンナが七つの門で身につけていたものをすべて剥ぎ取られるように、著者もまた自らの物語を手放す。物語と神話の違いを論じ、神話が内側から働きかける力を持つことを示す。

エリック・ロバートソン『Wet Sage and Horse Shit』(物語)

1972年のクリステンセン家の再会を舞台に、ゲイの少年デイビッドの物語を語る。レスリングの試合での「事件」をきっかけに疎外された彼は、家族の再会で伝統的な男らしさの儀式——バレル乗り——に参加する。語り手はこの物語が「既に聞いた話」であることを自覚しつつ、アメリカ西部の神話にゲイの視点から挑む。最終的にデイビッドは「湿ったセージと馬の糞」のある野原に立ち、自らの中心となる。

第五部:人間中心主義の脱却 / Humans are not the point of the planet

エミリー・ローレンス『Remembrance Day for Lost Species 2014』(写真)

リョコウバツの絶滅100周年を記念して、ウェールズの海岸に砂絵を描くパフォーマンス。文明と野生の境界で、失われた種を追悼する。

ペルセフォネ・パール『On the Centenary of the Death of Martha』(エッセイ)

最後のリョコウバト、マーサの死から100年。オルド・レオポルドの言葉や1878年の大量虐殺の記録、1857年の州議会報告書を引用しながら、リョコウバトの絶滅の歴史を辿る。最後に「かつて」の寓話——鳥たちが人間を迎えるためにリョコウバトを捧げた物語——で締めくくる。

ナレンドラ『Dispatches from Bastar』(エッセイ)

インドの先住民族アーディヴァシーと西洋の概念の衝突を描く。気候変動という「問題」を説明しようとする試みは、先住民の言語と世界観では意味をなさない。また、政府のトイレ建設補助金が先祖のための空間を奪い、共同体の精神的基盤を損なっている事例を通じて、「開発」の暴力性を告発する。

キム・ムーア『How Wolves Change Rivers』(詩)

狼が川を変えるという生態学的プロセスを詩的に列挙する。狼が鹿を追い払い、植生が回復し、ビーバーが戻り、鳥が帰ってきて、川の形が変わる——自然の相互連関をリズムと反復で表現する。

カーラ・スタング『Rampant Rainbows and the Blackened Sun』(エッセイ)

アマゾンのメヒナク族の世界観を人類学的に紹介する。彼らはすべてのものに「イェヤ」——原型的な存在——があると信じている。魚のイェヤが「真の魚」であり、普通の魚はその「衣」に過ぎない。白人の毒物がイェヤを殺し、魚の減少を引き起こしている。メヒナクは「アウィツィリ」(美しい生き方)——注意深く、軽やかに、慈しみをもって世界に関わる実践——を維持することで、世界の崩壊を防ごうとしている。スタングは、西洋人がメヒナクの世界観を真剣に受け止めることが、新たな生態学的知恵をもたらす可能性を論じる。

デイヴィッド・シューマン『Squirrel』(物語)

リスに噛まれた男と娘ドリーの一日。娘は世界の危険に敏感で、絶滅や狂犬病について知識を披露する。彼らは座礁したクジラを見に行くが、クジラはもはや「クジラではない」とサーファーは言う——人間に触れられたからだ。一方、世界の裏側では、密猟者に子を殺された虎が彼らの前に現れるが、子猫のように仰向けになる。複数の視点で生と死の循環を描く。

第六部:場所と時間に根ざす / Grounded in a sense of place and of time

トーマス・キーズ『Roe Deer in May Birch』(アートワーク)

鹿の皮に白樺の煙で描かれた作品。スコットランド・ハイランドの白樺林で、鹿と共に生きる環境で制作された。

イアン・ヒル『Dark Matter』(エッセイ)

カンブリアの渓谷で発見された黒鉛(グラファイト)の歴史を辿る。この鉱物は当初、羊のマーキングや薬用に使われ、後に大砲の鋳型に利用され、最終的に鉛筆の原料となった。ヘンリー・ベッセマーの製鋼法の発明とともに、炭素は産業革命の中心素材となる。現在、ワーキントンの製鉄所は廃墟となり、炭素は大気中に拡散している。黒鉛が文字と産業の両方を可能にした物質であることを通じて、文明の軌跡を描く。

トーマス・キーズ『October Black Isle Pheasant Stew』(エッセイ/レシピ)

キジの解体から始まる、地元の食材——ヘーゼルナッツ、ヒョウタンボク、ゴボウ、キノコ、リンゴ——を使ったシチューのレシピ。採集と調理のプロセスを通じて、人間が生態系の一部として生きることの意味を問う。食料品店から9マイル離れた場所での生活が、選択の余地なく自然に依存する状況を生み出している。

サラ・レア『Genuine California Almonds』(エッセイ)

カリフォルニアの干ばつを背景に、アーモンド栽培と水不足の関係を描く。地下水の汲み上げで地盤が沈下し、森林火災が頻発する中、著者はモレル茸を探す。羊と山羊を飼う共同体で、ロードキルのリスの火葬を囲んで酒を飲む。スタインベックを思い出しながら、カリフォルニアの夢が太平洋に流れ込む様を描く。

グレゴリー・ノーミントン『Visitors Book』(詩)

スコットランドのカレドニアン森林を訪れた訪問者たちの芳名録の形式を取る詩。環境ガイドのアレックに対する賛辞と批判、文明の快適さと自然への罪悪感の間の緊張を、多様な声で表現する。

ロバート・リーヴァー『Crawling Home』(エッセイ/パフォーマンス記録)

著者はマンハッタンのブロードウェイを這って縦断するパフォーマンスを19回行った。父の1960年代のピンストライプ・スーツを着て、最南端からワシントンハイツの自宅まで這い続ける。パフォーマンスは環境破壊への抗議として始まったが、やがて現代生活の「重荷」を生きる身体化された比喩となる。最終回の朝、自宅のドアをくぐるまでを詳細に記録する。

ナンシー・キャンベル『No More Words for Snow』(エッセイ)

グリーンランドのウペルナビク博物館での滞在記。グリーンランド語(カラーリッスート)には雪を表す多くの言葉があるが、この言語は「脆弱」とされ、方言は一世紀以内に消滅すると予測されている。先住民の歌は記録されることなく口承で伝えられ、シャーマニズムの弾圧で失われた。キャンベルは、氷が溶け、言葉が消えゆく北極圏において、「不在」自体が詩的な立場となりうることを示唆する。

第七部:理論より要素的な言葉 / Words will be elemental

ライオネル・プレイフォード『From Calvert End to Little Dun Fell』(アートワーク)

ピート湿原で採取した泥炭と粘土を使って描かれた絵画。氷河の後退から一万年にわたって湿原と森林を育んできた気候が、その植物の残骸を使って自らを描くという循環を体現する。

グリン・ヒューズ『Prognosis』(詩)

自身の原子は爆弾になれば太陽を凌ぐが、火葬されて海に散ることを考える。灰が川を流れ、サケに飲み込まれ、量子物理学的に時間を逆行する——生命と物質の循環を詠む。

シルヴィア・V・リンステット『Osiris』(寓話)

砂漠で天使に出会う画家の物語。青い肌に星の斑点を持つ天使は、絵の具と引き換えに彼女の「最初の子」(作品)を求める。コヨーテたちが天使を引き裂き、画家は40の断片を集めて修復する。嵐が訪れ、彼女の赤いバンが洪水に流される。最後に彼女はラクダの骨と稲妻のガラスで家を建て、壁画を描く——砂漠での変容の寓話。

エム・ストラング『A Poem Before Breakfast』(詩)

朝食前にドアが開き、ポニーが部屋に乱入する。彼女は草の朝食を受け入れ、いつか自分も草を食べることを学ぶかもしれないと考える——反芻動物となり、セルロースに無限の忍耐をもって向き合う未来を想像する。

スティーブ・ウィーラー『The Song of Ea』(物語/神話的散文)

地球そのものを擬人化した存在「イア」の視点から、人類の文明史を描く。道具の使用、言語の誕生、文字の出現、産業革命、そして機械が自らを意識するに至るまでのプロセスを、神話的言語で綴る。機械が人間の基質から自らを切り離そうとする中で、イアの歌——地球の記憶——が依然として響き続ける。

第八部:終わりを超えた希望 / The end is not the end full stop

ブルース・フック『Emerging』(写真)

アリゾナのパリア渓谷で、自ら自然の中に没入するパフォーマンス。リモコンでカメラを操作し、自らの身体を自然に溶け込ませるイメージ。

ドゥガルド・ハイン『Remember the Future?』(エッセイ)

未来の「破綻」について考察する。モスクワのVDNKh公園にあるソ連の宇宙展示は1990年で止まり、未来が実現しなかったことを示す。サウス・ヨークシャーのアース・センターは閉鎖され、過剰成長した庭園だけが残った。ハインは「未来」そのものが文化的に破綻したと論じる。その中で、即興(improvisation)という技能が重要になる——未知の状況に対応する能力。プロメテウス(先見)ではなくエピメテウス(後見)の知恵——後ろ向きに歩きながら物語を紡ぐこと——が、不確実な時代を生き抜く鍵だと示唆する。

ケイト・チャップマン『Protest Poem』(詩)

抗議の詩が書けないと宣言しながら、父への愛、列車の窓から見た菜の花畑、キツツキの尾羽、友人の庭のタンポポを詠む。直接的な抗議ではなく、具体的な美と愛への貪欲さが、心臓が止まるまでの間の生きる意味を支える。

マリア・シュタットミューラー『Hostage』(エッセイ)

アッシジのフランチェスコに宛てた手紙の形式を取る。800年前、フランチェスコは所有物を捨て、裸で町の中央に立った。彼の説教に従った何千人もの人々が平和を誓い、封建制度の基盤を揺るがした。現在、年間500万人の観光客がアッシジを訪れるが、彼らは彼の真のメッセージ——貧困、地球との親族関係——を忘れている。著者はフランチェスコの人形をコップに逆さまにし、彼が再び語りかけることを願う。

フローレンス・キャプロウ『Shikataganai』(エッセイ)

カリフォルニアのオーエンズ・バレー——パイユート族の虐殺、日本人収容所マンザナーの跡地——を訪れた体験。マンザナーで日本語の「仕方がない」という言葉に出会う。それは単なる諦めではなく、「あるものはある。ではどう応答するか」という問いかけだった。収容所の中で、人々は砂漠に庭園を作り、文化を花開かせた。著者は禅の修行者として、この「仕方がない」という精神にレジリエンスの本質を見出す。

ヴィナイ・グプタ『Death and the Human Condition』(エッセイ)

カパリカ(骸骨を捧持する修行者)としての視点から、死と環境危機の関係を論じる。エイズによるアフリカの寿命の逆転、瞑想修行で直面する死の認識——真に死を見つめることは、環境問題への関与を変える。環境運動の過ちは「世界の終わり」からカウントダウンすることだった。むしろ、この素晴らしい世界をどう楽しみ続けるかを問うべきだった。カパリカの社会的機能は「知ること」だけだが、その知が行動を変え、嘘を剥ぎ取る。

ロバート・モンゴメリー『Ostend Wall Piece』(アートワーク)

ベルギーのオーステンデの壁面に描かれたテキストアート。写真のみが収録され、メッセージは読者の解釈に委ねられる。

マウンテニアたち / Mountaineers

本書の各寄稿者の略歴を収録。アクシャイ・アフヤ、ジェイソン・ベントン、ナンシー・キャンベル、フローレンス・キャプロウ、ケイト・チャップマン、ウォーレン・ドレイパー、シャーロット・デュ・カン、ティム・フォックス、クリストス・ガラニス、キム・ゴールドバーグ、ジョン・マイケル・グリア、ヴィナイ・グプタ、ロン・ハグ、イアン・ヒル、ドゥガルド・ハイン、ブルース・フック、グリン・ヒューズ(故人)、ニック・ハント、ギャレット・ヒュープ、ニコラス・カーン&リチャード・セレスニック、トーマス・キーズ、ポール・キングスノース、エミリー・ローレンス、ロバート・リーヴァー、ハンナ・ルイス、シルヴィア・V・リンステット、マーン・ルーカス、ロバート・モンゴメリー、キム・ムーア、ナレンドラ、グレゴリー・ノーミントン、ジェイコブ・パンダー、ペルセフォネ・パール、ライオネル・プレイフォード、サラ・レア、ジョン・レンバー、エリック・ロバートソン、デイヴィッド・シューマン、マーティン・ショー、トム・スミス、マリア・シュタットミューラー、カーラ・スタング、エム・ストラング、アニタ・サリバン、ケイト・ウォルターズ、スティーブ・ウィーラー。

ダークマウンテン・プロジェクトからのメッセージ / A Message from the Dark Mountain Project

ダークマウンテン・プロジェクトは読者の支援によって成り立っており、定期購読がプロジェクトの持続可能性を支えることを伝える。オンラインショップで過去の号も購入可能であることが案内されている。

想定読者・前提知識・読みどころ

  • 想定読者:現代文明の行き詰まりに違和感を覚え、環境危機、気候変動、社会崩壊といった問題に対して既存の政治・技術的解決策では不十分と感じている読者。文学、芸術、神話、先住民の知恵に関心を持つ層。ダークマウンテン・プロジェクトについて初めて知る読者にも配慮されているが、ある程度の環境問題や現代思想への関心が前提となる。
  • 前提知識:気候変動、大量絶滅、ピークオイルといった環境問題の基本的な知識があれば理解が深まるが、必須ではない。ロビンソン・ジェファーズの詩や『マハーバーラタ』など特定の参照元についての予備知識がなくても、各作品は独立して読めるように構成されている。
  • 分量・難易度:全8部構成で、多様なジャンル(詩、エッセイ、対談、物語、写真、絵画など)が混在するアンソロジー。全体のボリュームは大きいが、各作品は比較的短く、興味に応じて飛ばし読みが可能。思想的・哲学的な内容を含むため、じっくりとした読解を要する部分もある。
  • 読みどころ:本書はマニフェストの「8つの原則」に沿って構成されており、各原則に興味があれば該当する部から読み始めるとよい。全体像をつかむには「はじめに」と「文明化への反逆」を先に読むことを推奨。特に中核的な議論は「文明化への反逆」(マニフェスト)、第三部(アクシャイ・アフヤの『Strange Children』)、第五部(カーラ・スタングの『Rampant Rainbows and the Blackened Sun』)、第八部(ドゥガルド・ハインの『Remember the Future?』)に集中している。詩や短編物語はどの部からでも楽しめる。


続きのパスワード記載ページ(note.com)はこちら
注:noteの有料会員のみ閲覧できます。

メンバー特別記事

会員限定記事(一部管理用)