
英語タイトル:『Three Felonies a Day:How the Feds Target the Innocent』Harvey A. Silverglate 2009
日本語タイトル:『1日に3つの重罪:連邦検察はいかにして無実の人々を標的とするか』ハーヴェイ・A・シルヴァーグレイト 2009
目次
- 謝辞 / Acknowledgments
- 序文(ペーパーバック版への序文)/ Preface to the Paperback Edition
- 前書き(アラン・ダーショウィッツによる)/ Foreword by Alan M. Dershowitz
- 序論:無警戒な無実者への罠と絡繰 / Introduction: Traps and Snares for the Unwary Innocent
- 第1章 大白鯊を釣り上げる、そして州・地方議員を釣るためのその他の物語 / Reeling in the Great White, and Other Tales of Fishing for State and Local Pols
- 第2章 医師への指令 / Giving Doctors Orders
- 第3章 医療機器・製薬企業の不健全な追及 / The Unhealthy Pursuit of Medical Device and Drug Companies
- 第4章 資金を追跡する(あるいは嫌がらせをする?)/ Following (or Harassing?) the Money
- 第5章 ビジネス支援サービスを脅かす危険:アーサー・アンダーセン社の顛末とその余波 / Accounting for the Perils Facing Business Support Services: The Late Arthur Andersen & Co. and Its Repercussions
- 第6章 弁護士:最善の防御に対する政府の攻撃 / Lawyers: Government Offense Against the Best Defense
- 第7章 義務を果たす(それともスパイ行為を働く?)とその他のメディアのトワイライトゾーン / Doing Their Duty (or Committing Espionage?) and Other Media Twilight Zones
- 第8章 国家安全保障:商人、芸術家、教授、学生、非営利団体ロビイストから国家を守る / National Security: Protecting the Nation from Merchants, Artists, Professors, Students and Lobbyists for Non-Profits?
- 結論 / Conclusion
本書の概要
短い解説:
本書は、連邦刑事法の膨張と曖昧化が、いかにして一般市民を予測不能な刑事訴追の危険に晒しているかを、多数の実例を通じて明らかにする。著者は、連邦検察が曖昧な法律を駆使し、無実の医師、会計士、弁護士、ジャーナリスト、政治家、学者、実業家などを標的にする現状を告発する。
著者について:
ハーヴェイ・A・シルヴァーグレイト(1942- )は、ボストンを拠点とする著名な刑事弁護・市民的自由弁護士。ハーバード・ロー・スクール卒業後、半世紀近くにわたり連邦刑事裁判の最前線で活動してきた。数多くの冤罪事件や検察権力の濫用事例に関与し、『ボストン・フェニックス』紙に長年コラムを執筆。本書はそのキャリアの集大成とも言える告発の書である。
テーマ解説:
- 連邦刑法の膨張と曖昧化:米国法典には4,500以上の連邦犯罪が存在し、さらに無数の行政規制が刑事罰を伴う。これらの法律はあまりに曖昧で、平均的な市民が知らず知らずのうちに違反している可能性がある。
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検察権力の濫用:連邦検察は曖昧な法律を武器に、「まず人物を選び、それから法律を探す」という手法で標的を追い詰める。司法取引や証人買収(協力取引)のシステムが冤罪を量産する。
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社会的コスト:このシステムは医師-患者、弁護士-依頼者、企業-従業員などの社会関係を破壊し、独立した市民社会を政府の恣意的権力に対して脆弱にする。
キーワード解説:
- 曖昧な法律(Vague Statutes):一般人が理解できないほど不明確に書かれた法律。連邦刑法の多くがこの問題を抱える。
- 司法取引(Plea Bargaining):約97%の連邦刑事事件が司法取引で解決される。無実の被告でさえ、裁判のリスクを回避するために有罪答弁を余儀なくされる。
- 協力証人(Cooperating Witness):減刑と引き換えに検察に協力する証人。しばしば検察の望む証言をするよう「作曲(compose)」するよう教えられる。
- 梯子登り(Ladder Climbing):下位の共犯者を脅して上位の標的を告発させる検察の手法。
- ハムサンドイッチ(Ham Sandwich):「連邦検察はハムサンドイッチさえも起訴できる」という格言。大陪審が検察の言いなりになる現状を諷刺する。
- 誠実なサービス詐欺(Honest Services Fraud):連邦郵便詐欺法の一部で、公務員や企業幹部の「誠実なサービスを奪う」行為を犯罪とする。そのあまりの曖昧さから、2010年に連邦最高裁が適用を制限した。
要点要約
本書は、連邦刑法の膨張と曖昧化が、無実の市民を日常的に刑事訴追の危険に晒している実態を、著者自身が関与した事例を含む数多くのケーススタディを通じて明らかにする。
著者はまず、連邦刑法が伝統的なコモンロー(慣習法)の枠組みから乖離し、4,500以上の犯罪規定と無数の行政規制を生み出した歴史的経緯を概説する。ロバート・H・ジャクソン元司法長官が1940年に警告した「検察がまず人物を選び、それから法律を探す」という危険性が、まさに現実のものとなった。
各章では、医師(疼痛治療における麻薬処方の問題)、医療機器・製薬企業(FDA規制の曖昧さ)、投資銀行家(証券取引の不確かな境界線)、会計事務所(書類保存ポリシーを巡る司法妨害罪)、弁護士(依頼人の守秘義務と証拠隠滅の境界線)、ジャーナリスト(国家安全保障情報の公表とスパイ法の適用)など、様々な職業の事例が検討される。
これらの事例に共通するのは、被告たちが自分たちの行為が合法だと信じていたにもかかわらず、検察が曖昧な法律を拡大解釈して訴追したという点である。さらに、連邦検察が司法取引と協力証人制度を駆使して、無実の被告に有罪答弁を強いる仕組みが詳細に分析される。
結論部では、この問題が単に「ホワイトカラー犯罪」の問題ではなく、民主主義社会の根幹に関わる問題であると論じられる。曖昧な法律と検察権力の濫用は、市民社会の独立した諸組織(弁護士会、報道機関、企業、学術機関など)を政府の恣意的権力に対して脆弱にし、結局は全ての市民の自由を脅かす。著者は、連邦裁判所が「曖昧さゆえに無効(void for vagueness)」の法理を強化し、検察の行き過ぎを抑制するよう求める。
各章の要約
第1章 大白鯊を釣り上げる、そして州・地方議員を釣るためのその他の物語
連邦ホッブズ法(恐喝禁止法)の曖昧さが、いかにして州・地方の政治家を検察の格好の標的にするかを、フロリダ州ヒアレア市長ラウル・マルティネスとボストン市長ケヴィン・ホワイトの側近セオドア・アンザローネの事例を通じて示す。両者とも、地元の政治文化ではごく普通の行為(ビジネスと政治の親密な関係)が、連邦検察によって「恐喝」として訴追された。前者は3度の裁判の末に無罪を勝ち取ったが、キャリアは破壊された。後者は控訴審で逆転無罪となったが、起訴された時点で市長の政治生命は終わった。連邦検察が「梯子登り」手法で下位の汚職容疑者を脅し、上位の政治家を標的にする危険性が浮き彫りにされる。
第2章 医師への指令
疼痛治療医ウィリアム・ハーウィッツの事例を中心に、連邦薬物取締局(DEA)の規制がいかに医師の合法的な医療行為を犯罪とみなすかを論じる。ハーウィッツ医師は慢性疼痛患者に麻薬を処方したことで「麻薬密売人」として起訴され、初審で25年の刑を宣告された(後に控訴審で逆転)。DEAの「適正な医療行為」の基準は不明確で、医師は自らの専門的判断と検察の判断の間で板挟みになる。疼痛治療の過小処方による患者の苦痛増大という副作用も指摘される。前章の政治家と同様、専門職の日常的行為が連邦刑事法の罠にかかる構造が明らかにされる。
第3章 医療機器・製薬企業の不健全な追及
FDAの医療機器規制の曖昧さが、いかにして企業幹部を刑事訴追の危険に晒すかを、リー・ライヒターの事例で示す。ライヒターは心臓カテーテルの製造・販売に携わったが、FDAへの報告義務の解釈を巡って392の重罪で起訴された。8年に及ぶ法廷闘争の末、最終的に軽微な罪に問われたが、その間に仕事を失い、家庭も崩壊した。製薬会社タップ・ファーマシューティカルズとセロノの事例では、企業は巨額の罰金支払いに同意したが、個別の従業員は陪審によって無罪となった。この対照的な結果は、企業が「取引」によって生き残りを図る一方で、司法の実質的審理が回避される構造的問題を露呈する。
第4章 資金を追跡する(あるいは嫌がらせをする?)
マイケル・ミルケン(投資銀行家)、フランク・クアトローネ(投資銀行家)、マーサ・スチュワート(起業家)、ケネス・レイ(エンロン会長)の事例を通じて、連邦証券法・郵便詐欺法・電信詐欺法の曖昧さを論じる。ミルケンは弟の起訴を回避するため、実際には犯罪でない行為に有罪答弁せざるを得なかった。クアトローネは会社の通常の書類保存ポリシーに従っただけで司法妨害で起訴された(後に控訴審で逆転)。マーサ・スチュワートはインサイダー取引の嫌疑で捜査され、実際には取引自体は合法だったが、捜査官への虚偽説明で有罪となった。前章までと同様、問題は「何が犯罪か」が事前に誰にもわからないという構造的欠陥にある。
第5章 ビジネス支援サービスを脅かす危険:アーサー・アンダーセン社の顛末とその余波
エンロン会計監査を担当したアーサー・アンダーセン社が、通常の書類保存ポリシー(定期的な書類廃棄を含む)に従っただけで司法妨害罪で起訴され、実質的に会社が消滅した事例を詳述する。連邦最高裁が最終的に全会一致で有罪判決を覆したが、その時点で会社は既に崩壊していた。KPMGの事例では、同様の税務処理を巡る捜査で、会社が取引に応じて生き残る道を選び、個別のパートナーが検察に「売られる」構図が描かれる。連邦検察が企業に対して「会社ごと破滅させるか、協力するか」という選択を迫るパターンが確立され、この脅威が業界全体に波及する様子が示される。
第6章 弁護士:最善の防御に対する政府の攻撃
弁護士フィリップ・ラッセルの事例を中心に、司法妨害法と守秘義務の衝突を論じる。ラッセルは依頼者(教会)から児童ポルノ画像が保存されたハードディスクを預かり、それを破棄したことで起訴された。児童ポルノは所持自体が犯罪(禁制品)であるため、弁護士が「証拠」を保存することも破棄することも違法となる「キャッチ22」の状況が生じた。前章の会計士と同様、専門職が通常の業務の遂行において、法的に正しい行為が刑事訴追の対象となる危険性が示される。アンギウロ・マフィア事件での弁護士シントロの事例では、複数の依頼者を同時に弁護することが「司法妨害」とみなされた。弁護士の独立した役割が検察によって脅かされる構造が浮き彫りになる。
第7章 義務を果たす(それともスパイ行為を働く?)とその他のメディアのトワイライトゾーン
ジャレッド・ポール・スターン(ゴシップ記者)の事例では、情報源に近づくための通常の営業活動が「恐喝」として捜査された。より深刻なのは、ペンタゴン・ペーパーズ事件とニューヨーク・タイムズのNSA盗聴疑惑報道である。これらは、国家安全保障情報の公表がスパイ法違反として訴追される可能性を示している。連邦検察が報道機関に対して発する召喚状や、秘密情報源の保護を巡る問題は、ジャーナリストの活動を萎縮させる。前章の弁護士と同様、本来民主主義の要であるべき職業(ジャーナリスト)が、曖昧な法律によって政府の統制下に置かれようとしている構造が明らかにされる。
第8章 国家安全保障:商人、芸術家、教授、学生、非営利団体ロビイストから国家を守る
輸出管理法の曖昧さが、いかにして合法的なビジネスを「スパイ行為」に変えるかを、ラックマン&スビリアの事例で示す。彼らは二重用途(民生・軍事両用)の装置の輸出に関して、商務省自身が曖昧な定義を採用していたにもかかわらず起訴された。スティーヴン・カーツ(アーティスト)の事例では、無害な細菌を芸術作品に使用したことが「詐欺」として起訴された(後に裁判官が却下)。サミ・アル=フサイン(大学院生)は、イスラム系慈善団体のウェブサイト運営が「テロへの物的支援」として起訴されたが、陪審は無罪を言い渡した。エマディン・ムンタッサーは、非営利団体の税務申告における「重要な情報の省略」で起訴された。これらの事例は、国家安全保障の名の下に、全く無実の市民の日常的行為が刑事訴追の対象となる危険性を示す。
結論
連邦刑法の曖昧化と検察権力の拡大は、単に「ホワイトカラー犯罪」の問題ではなく、民主主義社会の根幹を脅かすものである。著者は、この問題を解決するために、連邦裁判所が「曖昧さゆえに無効(void for vagueness)」の法理を強化し、検察の行き過ぎを抑制すべきだと主張する。また、報道機関が検察の主張を鵜呑みにせず、より批判的な姿勢で連邦刑事司法制度を監視する必要性を強調する。さらに、異なる立場の団体(例えば労働組合と反中絶団体)が共通の利益(恣意的な検察権力からの保護)のために連携する必要性を、AFL-CIOの「法廷助言者意見書(amicus brief)」の事例を引いて論じる。最終的に、この問題は全ての市民に関わることであり、「誰のために鐘は鳴るのか」という問いに対する答えは「全ての人のため」であると結論づける。
想定読者・前提知識・読みどころ
- 想定読者:アメリカの刑事司法制度に関心を持つ一般読者、弁護士、法曹志望者、ジャーナリスト、ビジネスリーダー。特に、連邦検察の権力とその濫用の実態に関心のある読者。
- 前提知識:米国の刑事手続きの基本(起訴、裁判、司法取引、大陪審)についての予備知識があると理解が深まる。法律専門用語(ホッブズ法、RICO法、郵便詐欺法等)は本書内で説明されるが、基礎的な法律知識があるとなお良い。
- 分量・難易度:約400ページの分量。法廷闘争の詳細な記述が多いため、ペースを落として読む必要がある箇所もあるが、著者の語り口は平易で臨場感がある。各章が独立した事例研究の性格を持つため、興味のある章から読み始めることも可能。
- 読みどころ:核心的な議論は序論と結論に集約されている。各章の事例は独立しているため、自分の関心領域(医事法、証券法、言論の自由など)に応じて選択的に読むことができる。特に第2章(医師)、第4章(金融)、第5章(会計)は、それぞれの分野の実務家にとって示唆に富む。第7章(メディア)と第8章(国家安全保障)は、現代の言論の自由と安全保障の緊張関係を理解する上で重要である。
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