
『The New Complete Walker』要約
タイトル
英語タイトル:『The New Complete Walker: The Joys and Techniques of Hiking and Backpacking』Colin Fletcher (1974)
日本語タイトル:『新版 完全なるウォーカー:ハイキングとバックパッキングの喜びと技術』コリン・フレッチャー (1974年)
目次
- なぜ歩くのか? / Why Walk?
- 背負う家 / House on Your Back
- 基本設計 / Ground Plan
- 基礎(靴・足) / Foundations
- 壁(パックフレーム・パックバッグ) / Walls
- 台所 / Kitchen
- 寝室 / Bedroom
- 衣類 / Clothes Closet
- 家具と器具 / Furniture and Appliances
- 家事とその他の諸問題 / Housekeeping and Other Matters
- 緑の世界を学ぶ / Learn of the Green World
- 付録I-VI / Appendix I-IV
本書の概要
短い解説:
本書は、バックパッキングの実践的ノウハウを網羅した決定版ガイドである。靴選びから調理器具、テントの張り方までを詳細に解説しつつ、著者は「道具は目的ではなく手段」であることを繰り返し強調する。単なる技術書を超え、歩くことの本質的な喜びと、自然との調和を取り戻す哲学的視座を提供する。
著者について:
コリン・フレッチャー(Colin Fletcher)は、ウェールズ生まれの英国人で、東アフリカやカナダでの長年の野外経験を経てカリフォルニアに移住。グランドキャニオンを横断し、カリフォルニア縦断の千マイルウォークを達成した「アメリカで最も権威のあるウォーキングの権威」。本書は1968年の初版を大幅に改訂した第二版(1974年)であり、「歩くこと」に関する実践的・哲学的バイブルとして広く認知されている。
テーマ解説:
- 実践的ノウハウと哲学の融合:装備・技術の詳細な解説と、歩くことの本質的価値への考察を並置する。
-
「手段」としての技術の相対化:装備や技術に没頭するあまり、本来の目的(自然との交感)を見失う危険性を繰り返し警告する。
-
荒野倫理の提唱:急増するバックパッカーに対し、最小限の痕跡しか残さない「新しい倫理」の実践を呼びかける。
キーワード解説:
- バックパッキング(backpacking):必要な装備をすべて背負って行う野外旅行。本書の中心主題。
- ウェストベルト(waistbelt):荷重を肩ではなく腰に伝えるパックフレームのベルト。背負い心地を革命的に改善した要。
- マミーバッグ(mummy bag):人間の体形に沿った形状の寝袋。効率的な保温を実現する。
- フリーズドライフード(freeze-dried food):軽量・長期保存可能な野外食。本書では重量対カロリーの観点から詳細に検討される。
- ウォーキングスタッフ(walking staff):著者が常に携行する竹製の杖。バランス保持・シェルター設置・パックの背もたれなど多用途に活用される。
要点要約
本書『新版 完全なるウォーカー』は、バックパッキングの実践的知識を余すところなく解説した「歩く人のバイブル」である。しかし著者コリン・フレッチャーは、単なるハウツー本の域を超え、歩くことの本質的意義を哲学的に問い直す。冒頭の「なぜ歩くのか?」では、歩行が単なる移動手段ではなく、精神の解放と自己発見の手段であることが語られる。著者は「歩くことは中毒になる」と断じつつ、その中毒性こそが現代生活の歪みを矯正する「唯一の治療法」だと主張する。街中の雑踏を離れ、山や砂漠を一人で歩くことで、思考は澄み渡り、世界との調和が回復される。
続く「背負う家」では、装備の全容が建築の比喩で展開される。靴と足のケア(基礎)、パックフレームとパックバッグ(壁)、調理器具と食料(台所)、寝袋とテント(寝室)、衣類(クローゼット)、そして各種付属品(家具と電化製品)——各章は単なる商品紹介ではなく、著者が自身の経験から抽出した選択基準と使用哲学を提示する。特に靴の章では、足への負担が歩行全体の成否を左右するとして、フィッティングや履きならしの細部にまで言及する。パックの章では、ウェストベルトの革命的意義を強調し、荷重を肩から腰へ移すことで背負い心地が根本的に変わることを実証する。
台所の章では、栄養学と実践の狭間で試行錯誤した著者の軌跡が克明に記録される。カロリー計算表や1週間分の食料リストを提示しつつ、理論と現実の乖離を率直に認める。実際の野外調理では、味よりも「手間の少なさ」と「持続するエネルギー」が重視されるべきだと説く。フリーズドライフードや即席スープの具体的評価、そして著者自身が考案した「フレッチャーシチュー」のレシピまで披露される。
寝室の章では、屋根なしで星の下で眠ることの価値が熱弁される。テントは必要悪であり、可能な限り自然と直接触れ合うべきだと著者は説く。しかし過酷な気候下ではテントが生存に不可欠であり、その選択基準から設営技術までを詳細に解説する。
本書の真骨頂は、装備の解説が単なる物的記述に終わらない点にある。各章の随所に挿入される警句——「工具を使う種族として、我々は常に道具に支配される危険と隣り合わせだ」「装備は目的ではなく手段だ」「リズムを壊すな」——は、技術への没頭がもたらす落とし穴を常に警告する。著者は、装備に夢中になるあまり、本来の目的(自然との交感)を見失うことを「最初の落とし穴」と呼び、もう一つの落とし穴として「専門家の化石化」——知識や経験が固執に変わる危険性——を指摘する。
後半では、川の渡渉技術や遭難時のサバイバル方法、さらに毒蛇や害虫への対処法までが網羅される。グランドキャニオンでの実体験を基にした水流横断法は、単なる理論ではなく生きた知識として説得力を帯びる。また「生態学」や「新しい倫理」といった標語に対し、著者は「言葉ではなく行動が重要だ」と慎重な態度を示す。急増するバックパッカーの数が荒野に与える圧力を認識しつつ、説教じみた態度が反発を生む危険性を自戒する。
最終章「緑の世界を学ぶ」では、著者の哲学が結実する。装備や技術の詳細はすべて「緑の世界」——自然と人間を包含するより大きな全体性——への入り口に過ぎない。著者は自身の記憶を辿り、砂漠の夕焼けや山頂の夜、川辺で出会ったビーバーやコヨーテの情景を詩的に再現する。歩くことによって得られるのは、単なる運動不足の解消ではなく、「自分が生命の網の一部であること」の確かな実感だと結論づける。この感覚は都市生活に戻っても持続し、日々の煩雑さに埋没しがちな真実を想起させる。
本書は、バックパッキングの「やり方」を徹底的に教えながらも、常に「なぜ歩くのか」という根源的問いを読者に突きつける。道具と技術はあくまで手段であり、目的は「緑の世界との交感」——このメッセージが全編を貫く。
各章の要約
なぜ歩くのか? / Why Walk?
歩行は「中毒」であり、その中毒性こそが現代生活の歪みを矯正する「最も確実な治療法」だと著者は断言する。10分のドライブでたどり着く草の生えた尾根での散歩でさえ、思考を明晰にし、決断を「発見」させてくれる。しかし真の歩行とは、都市の公園を超え、道路のない「本物の荒野」へと向かうことだ。そこには「未知への恐怖」という精神的障壁が存在するが、適切な装備と技術、体力、そして自己の限界への理解さえあれば、この恐怖は克服可能である。著者は「一人で歩くこと」を基本としながらも、二人で歩くことの素晴らしさも認める(特に恋愛中の二人は「最良の歩行」だと)。歩行を通じて得られるものは、単なる健康や達成感ではなく、単純さへの回帰、世界との調和の感覚、そして都市生活に戻った後の新たな視点である。歩行を「現実逃避」と非難する声に対して著者は反論する——砂漠のタンポポや白いペリカンの群れの方が、埃っぽい歩道よりも「現実的」ではないのか?と。章末では、「実用的な細部に支配されるな」という二つの警告が提示される。すなわち「手段が目的化するな」と「専門家は化石になるな」という戒めである。
背負う家 / House on Your Back – 基本設計
バックパッキング装備は「背負う家」として構想される。本書は著者が長年の経験から編み出した「標準構造」を提示し、読者が自身のニーズに合わせて簡素化・修正できるようにする。著者は「本書は高度に主観的な本だ」と断り、自身の選択はあくまで一例に過ぎず、読者それぞれが自分に合った装備を見つけることが重要だと強調する。装備市場は1968年の初版以降も革命的な変化を続けており、特にパックフレームや寝袋の素材、調理器具の分野で進歩が見られる。著者は特定ブランドを推奨するが、それは地理的条件や個人的経験に基づくものであり、絶対的な「最良」ではないと断る。重量に関する原則は「必要なものは持ち、各項目の重量を容赦なく削減せよ」——オンス単位の節約がポンド単位の軽量化につながる。理想的な荷重は体重の3分の1程度だが、実際の荷重は計画よりも常に重くなる。ウェストベルトの登場により荷重は肩から腰へ移行し、背負い心地は革命的に改善された。装備の価格については「最善のものを買い、さらに一段階上のものを買え」と助言する。天候計画には気象統計の活用を推奨し、出発前には必ず信頼できる人物に旅程を知らせるよう厳命する。
背負う家 – 基礎(靴と足)
靴は「背負う家」の基礎であり、その選択が歩行全体の成否を左右する。著者はイタリア製ピベッタ・アイガー靴を長年使用し、その詳細な評価を提供する。靴のソールはビブラム製が標準的で、アッパーは良質のレザーが最良。フィッティングでは「つま先に指一本分の余裕があり、かかとが固定される」ことが重要だと説く。新しい靴は徐々に履きならすべきで、短い散歩から始めて距離と荷重を徐々に増やす。靴の手入れにはワックスやシリコン系製品を用い、特に縫い目部分の防水に注意する。
靴下はウール製が最適で、ナイロン補強が耐久性を高める。著者は重ね履きよりも一重履きを好むが、二重履きを推奨する者も多い。キャンプ用の履物としてモカシンを携行し、足を休めることの重要性を強調する。
ウォーキングスタッフ(杖)は「第三の脚」として著者が最も重視する装備の一つだ。竹製の杖はバランス保持、危険な地形の探査、シェルターの支柱、パックの背もたれなど多用途に活用され、著者は「杖なしでは歩けない」とまで言う。
靴下の予備は常に3足携行し、汗で濡れた靴下はパックの上で乾かす。足のケアでは事前のアルコール塗布や練習歩行による皮膚の硬化が推奨され、水ぶくれが生じた場合はモールスキン(絆創膏状の保護材)で早期に対処する。歩行のリズムとバランスについても詳細に論じられ、特に「リズムを壊さない」ことが長距離歩行の鍵だと説かれる。
背負う家 – 壁(パックフレームとパックバッグ)
パックフレームは「背負う家」の壁であり、不適切なものは歩行旅行全体を台無しにする。現代の標準はアルミニウム製のS字型フレームで、軽量で強靭、背中の通気性も確保する。ウェストベルトの登場により荷重の大部分が肩から腰へ移行し、背負い心地は革命的に改善された。著者は15年間トレイルワイズ製のパックを使用し続けており、その耐久性と信頼性を証言する。
パックバッグは大きければ大きいほど良い。著者は仕切りのない「遠征型」を好むが、多くの歩行者は3分の2長さのバッグに寝袋を下部に縛り付ける方式を採用している。バッグの素材は強靭で耐水性が高くなければならず、外部ポケットは多くあるほど便利だ。パックの選択では「シンプルさ」が最も重要な基準であり、過剰な機能は故障のリスクを高めるだけだと警告する。
パックのフィッティングでは、ウェストベルトを可能な限りきつく締めることが推奨される——「ほとんど痛いぐらいがちょうど良い」。荷重は背中に近く、可能な限り高く配置するのが理想的だが、状況に応じて低くすることで安定性が増す場合もある。パックを背負う動作にはコツがあり、重い荷物の場合は座った状態で装着するのが最も効率的だとされる。
背負う家 – 台所
野外での食事は「陸で生活する」というロマンチックな幻想を捨て、実用的なアプローチを取るべきだと著者は説く。現代の解決策は脱水食品(特にフリーズドライ食品)であり、2.25ポンド未満で1日の栄養要求を満たせる。栄養学と実践の間には大きな乖離があり、著者はカロリー計算やタンパク質・脂肪の必要量を詳細に分析した後、結局は「試行錯誤で自分に合った食事を見つけるのが最善」と結論づける。
1週間分の標準的な食料リストが提示され、朝食(シリアルとフルーツ)、昼食(スープ)、夕食(「フレッチャーシチュー」——ミートバーと野菜の煮込み)というシンプルなメニューが推奨される。軽量・高カロリーの携行食としてミントケーキやチョコレート、ナッツ類が挙げられ、ビーフジャーキーやエネルギーバーも推奨される。
水の確保は砂漠歩行で最も重要な課題であり、脱水症状の危険性とその防止策が詳細に説明される。緊急時用の太陽熱蒸留器の作り方も図解付きで紹介される。調理器具は最小限に抑え、著者は2つの調理鍋とステンレス製カップ、スプーン、ナイフのみを携行する。ストーブはガソリン式のスベアが最も信頼できるとされ、その使用方法とメンテナンスが詳細に解説される。
背負う家 – 寝室(寝袋とテント)
「最良の屋根は空である」——著者は屋根なしで星の下で眠ることの価値を強調する。テントは人間を自然から隔離するが、過酷な気候下では不可欠であり、状況に応じて適切な選択をすべきだと説く。テントの詳細な解説では、山岳用テントの特徴(透湿性素材、フライシートの重要性、内部の換気)が説明され、著者はシエラデザインズ製のテントを高く評価する。
非テント型のシェルターとして、フライシート、ビスクランプ付きビニールシート、ポンチョを利用した簡易シェルターが紹介される。特にビスクランプシステムは多様な形状に変形可能で、著者は「準備された屋根」として常に利用している。
寝袋はマミーバッグ型が最も効率的で、体の形に沿った形状が保温性を最大化する。ダウン製が最良の断熱材だが、濡れた場合の問題点も指摘される。合成繊維(ダクロン・ファイバーフィルII)も進歩しており、コストパフォーマンスに優れる。寝袋の温度評価は個人差が大きく、風や湿度の影響も考慮する必要がある。
エンソライト製やオープンセルフォームのパッドが断熱と快適性を提供し、エアマットレスは快適だが断熱性に劣る。寝袋の手入れと収納方法、そして夜間の温度調節方法(ジッパーやドロースタリングの活用)も詳細に解説される。
背負う家 – 衣類
最良の歩行服は「裸」だが、現実には気候とプライバシーの制約がある。衣服選択の基本は「最悪の条件下でも暖かくいられること」であり、重ね着システムが推奨される。自然素材(ウール、コットン)は吸湿性に優れ、合成繊維(ナイロン)は耐久性と防風性に優れる。
魚網状アンダーウェアは、暖かさと涼しさを両立する優れた素材として紹介される。ダウンジャケットとダウンパンツは軽量で保温性が高く、著者は常に軽量ダウンジャケットを携行する。防水・防風用のポンチョは多用途で、雨具としてだけでなくシェルターとしても活用できる。
帽子は日射病予防に不可欠であり、特に砂漠では生死を分ける。著者は帽子を失った経験を語り、その重要性を強調する。手袋、スカーフ、バラクラバなどの付属品も、保温性と快適性に大きく貢献する。
背負う家 – 家具と器具
照明器具として小型プラスチック製懐中電灯(マロリー)が推奨され、アルカリ電池の効率性が説明される。キャンドルランタンやガスカートリッジランタンも状況に応じて有用だ。
双眼鏡は「歩行者の最も過小評価されている装備」であり、遠くの景色や野生動物の観察を劇的に向上させる。カメラは軽量・コンパクトなものを選び、著者は「写真を撮らない喜び」——被写体を記憶に刻むことの価値——を説く。
地図とコンパスは必須装備であり、USGSの地形図の入手方法やコンパスの使い方が説明される。ガイドブックについては著者は強い批判を展開し、「自然を発見する喜びを奪う」として嫌悪感を露わにする。
応急処置キットの内容と、緊急時の信号(鏡、フレア、ホイッスル)の使用方法も説明される。
背負う家 – 家事とその他の諸問題
パックの整理整頓は、利便性と効率的な重量配分の妥協点を追求する。頻繁に使用するアイテムは上部や外部ポケットに配置し、重いものはフレーム近くに収納する。
川の渡渉は最も危険な作業の一つであり、徒歩渡河と泳ぎ渡りの両方の技術が詳細に説明される。特にグランドキャニオンでの実体験に基づく水流横断法は説得力がある。ライフベストとエアマットレスを活用した安全な渡河法が図解付きで紹介される。
衛生管理では「キャットサニテーション」(排泄物を穴に埋める方法)の重要性が強調され、適切な場所選びと処理方法が説明される。近年のバックパッカー増加に伴い、この問題の重要性は十倍に増大している。
長期旅行での物資補給方法(キャッシュ、エアドロップ、郵便局での受け取り)も詳述される。特にエアドロップの実践的ノウハウ(パイロットとの連絡方法、地上からの信号送信)は貴重な情報だ。
ガラガラヘビへの対処法は詳細かつ冷静に解説され、恐怖を知識で克服することの重要性が説かれる。毒蛇に関する俗説(「復讐する配偶者」「死後も危険」など)を科学的に論破する。
低体温症(ハイポサーミア)の危険性とその予防法、雷雨時の安全対策も重要なトピックとして扱われる。著者は「安全第一主義」の行き過ぎが生きる喜びを損なうことを警告しつつ、合理的な危険管理の必要性を説く。
緑の世界を学ぶ / Learn of the Green World
最終章では、これまでの実践的知識がすべて「緑の世界」——人間を含む生命全体の網——への入り口に過ぎないことが明らかにされる。山、砂漠、雪原、海岸——それぞれの風景には固有の魅力があるが、それらはすべて一つの全体の一部だ。著者は自身の記憶を詩的に綴る:太平洋からの風が吹き荒れる海岸での3日間、テントの半分が雪に埋まった嵐の後の朝、アラバマの森で出会ったホタルの魔法、砂漠の村で見たペンテコスタル教会の賛美歌、ゴーストタウンの玄関に咲く野生のアイリス。
歩行を通じて得られるのは、単なる健康や達成感ではなく、深い認識の変容だ。それは「自分が生命の網の一部であり、その生命の網は先生命の岩や空気や水の一部であること」の確かな実感である。荒野での孤独は時として絶望をもたらすが、それ以上に頻繁に高揚をもたらす。リスが木々の間を飛び移る瞬間、2羽のツバメが断崖から弧を描いて飛び立つ瞬間、ビーバーが静かに水辺で草を食む瞬間——これらの瞬間に、人間は「単なる人間」ではなくなる。
都市生活に戻ると、一時的に適応期間が必要だが、やがて「突き進む力、方向性、希望、驚嘆」といった重要な感覚が回復される。歩行は単なる娯楽ではなく、現代人が忘却した「人間が生命の最先端であること」を想起させる行為なのだ。「緑の世界を学べ、そこに汝の場所がある」——エズラ・パウンドのこの言葉が本書を締めくくる。
エピローグ/結論
歩行とは単なる身体運動でも娯楽でもない。それは現代文明の歪みを矯正する「中毒性のある治療法」であり、人間が自分自身を「生命の網の一部」として再認識するための最も確実な手段である。装備や技術はすべてこの目的のための手段に過ぎず、手段が目的化することは最大の落とし穴だと著者は繰り返し警告する。
バックパッキング人口の急増は荒野に深刻な圧力をかけているが、著者は説教じみた態度が反発を生むことを自戒する。真の解決策は、一人ひとりが「最小限の痕跡」という倫理を内面化し、自然との調和を実践することにある。
本書全体を通じて、著者のメッセージは一貫している。歩くことは、世界との関係を再構築する行為であり、その過程で得られる認識の変容こそが、人間の生を真に豊かにするのだ。道具と技術はそのための「地図」に過ぎず、最終的な目的地は「緑の世界」——より大きな全体性——との交感である。
想定読者・前提知識・読みどころ
- 想定読者:バックパッキング初心者から経験者まで。特に「歩くこと」の本質的価値に関心を持つ読者。
- 前提知識:特になし。基本的な野外活動の経験があればなお良いが、本書はゼロからのスタートを想定して書かれている。
- 分量・難易度:総ページ数約470ページ(本文約400ページ)。難易度は中程度。技術的記述と哲学的考察が交互に現れるため、集中して読む必要がある。各章は独立しているので、関心に応じて飛ばし読みも可能。
- 読みどころ:
- 装備選びに関心がある場合:「基礎」「壁」「台所」「寝室」の各章が核心。各項目の選択基準と著者の実体験が詳細に記述されている。
- 歩行の哲学に関心がある場合:「なぜ歩くのか?」と「緑の世界を学ぶ」の二章が最も重要。著者の世界観が凝縮されている。
- 実践的テクニックを知りたい場合:「台所」の調理法、「寝室」のテント設営、「家事とその他の諸問題」の川渡渉・サバイバル技術が特に有用。
- 初心者:「基本設計」と「付録I(装備チェックリスト)」から読み始めると全体像が把握しやすい。その後、関心のある章に進むと良い。
続きのパスワード記載ページ(note.com)はこちら
注:noteの有料会員のみ閲覧できます。
メンバー特別記事
