
『Sustainable Agriculture and Resistance:Transforming Food Production in Cuba』:『持続可能な農業と抵抗:キューバの食料生産変革』
Fernando Funes, Luis Garcia, Martin Bourque, Niida Perez, Peter Rosset (編) 2002
目次
- プロローグ:キューバにおけるアグロエコロジーの原則と戦略 / The Principles and Strategies of Agroecology in Cuba
- 序論:キューバのレジスタンスの教訓 / Lessons of Cuban Resistance
- 第一部 歴史、文脈、変革の構造 / History, Context, and Structures of Change
- 第1章 キューバにおける有機農業運動 / The Organic Farming Movement in Cuba
- 第2章 1990年以前のキューバ農業 / Cuban Agriculture Before 1990
- 第3章 キューバ農業と食料安全保障 / Cuban Agriculture and Food Security
- 第4章 キューバ農村の変革:所有権、市場、技術変化 / Transforming the Cuban Countryside
- 第5章 キューバ小規模農業の社会的組織と持続可能性 / Social Organization and Sustainability
- 第6章 アグロエコロジー教育と訓練 / Agroecological Education and Training
- 第二部 新農業のための代替実践 / Alternative Practices for a New Agriculture
- 第7章 生態学的病害虫管理 / Ecological Pest Management
- 第8章 キューバにおける混作 / Intercropping in Cuba
- 第9章 機械化、畜力利用、持続可能な農業 / Mechanization, Animal Traction
- 第10章 有機的土壌管理の進歩 / Advances in Organic Soil Management
- 第11章 作物と家畜の統合 / The Integration of Crops and Livestock
- 第三部 事例とケーススタディ / Examples and Case Studies
- 第12章 グリーンメディシン:豊かさの選択肢 / Green Medicine
- 第13章 都市農業の成長 / The Growth of Urban Agriculture
- 第14章 「大衆栽培」:小規模米生産 / Small-Scale Rice Production
- 第15章 キューバにおけるサトウキビと持続可能性 / Sugarcane and Sustainability
- 第16章 ケーススタディ:二つの新協同組合の混合経験 / Case Studies
- エピローグ:キューバ開発の独自の道筋 / The Unique Pathway of Cuban Development
本書の概要:
短い解説:
本書は、ソ連崩壊と米国の経済封鎖強化という危機に直面したキューバが、いかにして持続可能な農業への転換を達成したかを、キューバ人研究者自身の視点から詳細に分析する。
著者について:
編者のフェルナンド・フネスらは、キューバ農業技術者協会(ACTAF)やハバナ農科大学持続可能農業研究センター(CEAS)に所属するキューバの第一線の農業研究者・実践者である。彼らは自らの経験と研究成果に基づき、国家規模での農業転換の実態を描き出す。
テーマ解説
経済危機と封鎖という外部からの圧力に対する「抵抗」として、キューバがいかにして従来の化学依存型農業から、アグロエコロジーに基づく持続可能な農業へと変革を遂げたかを多角的に分析する。
キーワード解説
- アグロエコロジー:生態学的原理を農業デザインに応用する学問。単なる代替技術の導入ではなく、農業生態系全体の再設計を目指す。
- 特別期間:1989年から始まったキューバの深刻な経済危機期。ソ連崩壊による貿易崩壊と米国の封鎖強化により、農業投入財が激減した。
- UBPC(基本協同生産単位):1993年に旧国営農場を再編して創設された新たな協同組合形態。労働者による土地の無償使用権と自主管理が特徴。
- 生物防除:天敵や病原微生物を利用した病害虫管理。キューバでは全国的規模で生産センター(CREE)ネットワークが構築されている。
- 都市農業:都市内の未利用地を活用した有機野菜生産。特別期間中に爆発的に拡大し、ハバナの生鮮野菜消費の90%を賄う。
3分要約
本書は、キューバが1990年代初頭の深刻な経済危機を乗り越え、持続可能な農業への大規模な転換を達成した過程を、キューバ人研究者自身が体系的に解説した画期的な論文集である。ソ連崩壊により化学肥料や農薬、燃料の輸入が70%以上減少し、米国の封鎖強化で外部からの支援も期待できない中、キューバは「自給と抵抗」を掲げた農業変革に着手した。
この変革は単なる「代替資材への置き換え」ではなく、土地所有制、市場メカニズム、技術体系、教育制度に及ぶ包括的なものであった。1993年の国営農場解体とUBPC(基本協同生産単位)の創設は、大規模単作から小規模多様型農業への構造転換をもたらした。同時に、農民市場の再開は生産インセンティブを高め、都市農業の爆発的拡大はハバナの食料自給に大きく貢献した。
技術面では、化学農薬に代わる生物防除が全国276か所のCREE(天敵・病原微生物生産センター)で実践され、バチルス・チューリンゲンシスやトリコグラマなどの生物農薬が100万ヘクタール以上で使用されている。堆肥や緑肥、ワームキャスティングなどの有機肥料の利用も拡大した。また、トラクターから畜力への回帰は、土壌保全と化石燃料節約の両面で効果を発揮した。
本書の特筆すべき点は、単なる技術紹介に終わらず、教育・訓練の重要性を強調していることである。アグロエコロジーは知識集約型の農業であり、農民から大学教授までを含む大規模な再教育プログラムが実施された。農民間交流(ファーマー・トゥ・ファーマー)手法やアグロエコロジカル・ライトハウス(模範農場)ネットワークは、持続可能な技術普及に大きな成果を上げた。
最終章では、サトウキビやタバコの事例を通じて、転換の困難と可能性が具体的に描かれる。エピローグでリチャード・レヴィンズは、キューバの経験を「社会主義的エコ社会システムの創造」と位置づけ、単なる技術移転ではなく社会関係そのものの変革の重要性を論じる。本書は、環境保全と社会的公正を両立する農業の可能性を、国家規模の実証データに基づいて示した貴重な記録である。
各章の要約
プロローグ:キューバにおけるアグロエコロジーの原則と戦略
アグロエコロジーは単なる投入財代替ではなく、生物多様性を活用した複合的農業生態系の設計である。キューバでは、栄養循環の強化、土壌生物活性の活性化、多様化による生物的相互作用の最適化などの原則が適用されている。これらの原則は、自然生態系を模倣した農業の持続可能性の基盤となる。
序論:キューバのレジスタンスの教訓
世界の食料危機に対して、キューバは独自の抵抗を示した。投入財の激減にもかかわらず、小規模農家と都市農業が生産回復の主役となった。ここから抽出される代替パラダイムは、アグロエコロジー技術、農民への公正な価格、土地再分配、そして地域生産重視である。この経験は、化学肥料なしでも国を養えることを実証している。
第1章 キューバにおける有機農業運動
キューバの有機農業運動は、革命前のアグロエコロジー的先駆者たちの伝統を引き継ぎ、1993年のACAO(キューバ有機農業協会)設立で本格化した。特別期間中の危機を契機に、研究・教育・生産の各現場で有機農業への転換が加速。現在ではGAO(有機農業グループ)として正式認証され、2000年にはライト・ライブリフッド賞(代替ノーベル賞)を受賞した。今後の課題は、単なる投入財代替から真のアグロエコロジーシステムへの深化である。
第2章 1990年以前のキューバ農業
革命前のキューバ農業は、米国資本による単一作物(サトウキビ)依存と極端な土地集中が特徴だった。革命後の農地改革で土地の70%以上が国有化され、大規模国営農場体制が確立された。畜産や柑橘類では生産拡大を達成したが、化学肥料や輸入濃厚飼料への依存度が高く、効率性の面では課題を残していた。
第3章 キューバ農業と食料安全保障
特別期間による輸入激減(75%減)は農業生産に壊滅的打撃を与えたが、1994年以降は回復傾向にある。農民市場の再開やUBPC創設などの構造改革に加え、都市農業や小規模米生産の拡大が食料安全保障に貢献した。栄養摂取量は完全には回復していないが、社会政策による配給制度や社会的弱者へのケアが最低限の食料アクセスを保障している。
第4章 キューバ農村の変革:所有権、市場、技術変化
1993年以降の農業改革は、国営農場のUBPCへの転換、農民市場の再開、そして持続可能技術への転換という三つの柱からなる。これにより農業労働力の社会構成は多様化し、協同組合員が多数派となった。市場メカニズムの導入は生産インセンティブを高めたが、同時に農民間の経済的格差も拡大させた。技術面では「技術的多元主義」が採用され、最新バイオ技術から畜力利用までが状況に応じて併用されている。
第5章 キューバ小規模農業の社会的組織と持続可能性
キューバの非国有部門は、CPA(農業生産協同組合)、CCS(信用サービス協同組合)、そして個人小農で構成される。CPAは土地を共有する集団的所有だが、CCSは個人所有の農地を維持しながら共同でサービスを受ける形態である。ANAP(全国小農協会)は「農民から農民へ」という参加型普及手法を通じて、アグロエコロジー技術の拡散に中心的役割を果たしている。
第6章 アグロエコロジー教育と訓練
持続可能農業への転換には知識集約型の人材育成が不可欠である。キューバではハバナ農科大学のCEASを中心に、学部から博士課程までの体系的なアグロエコロジー教育プログラムが整備された。農業高校(IPA)では実践的な有機農業教育が行われ、ANAPの農民学校では数千人の農民リーダーが訓練を受けた。参加型学習と「Learning by Doing」が教育方法の基本原則である。
第7章 生態学的病害虫管理
キューバの病害虫管理は、1970年代のモニタリング網構築、1980年代のIPM導入、そして1990年代の生物防除全国展開という三段階を経て発展した。現在では276か所のCREE(天敵・病原微生物生産センター)が全国的ネットワークを形成し、Bt菌やボーベリア菌、トリコグラマ寄生蜂などを生産している。ニームなどの植物性農薬も導入され、都市農業では化学農薬を完全に排除した生産が実現している。
第8章 キューバにおける混作
混作(ポリカルチャー)は、従来の単作モデルがもたらした生物多様性喪失への対策として復活した。キャッサバとトウモロコシ、サトウキビと大豆などの組み合わせで土地等価比(LER)は1.6~2.0を示し、単作より効率的である。混作は害虫抑制効果も持ち、特にサツマイモゾウムシに対してはトウモロコシとの混作がアリ類の天敵を増加させるメカニズムが確認されている。
第9章 機械化、畜力利用、持続可能な農業
特別期間以前の重機械化農業は土壌圧縮や侵食を引き起こした。燃料不足を受けて、キューバは畜力利用へ大転換し、1990年から1997年の間に役牛数を2.5倍に増やした。新開発の「マルチプラウ」は土壌反転を行わず、土壌層を保存しながら耕作できる。現在では農業機械化研究所(IIMA)が中心となり、畜力用の多機能農具の開発・生産が進められている。
第10章 有機的土壌管理の進歩
キューバの土壌劣化は深刻で、侵食・塩類化・圧縮などが広範囲に及ぶ。これに対し、サトウキビ粕(カチャサ)の還元、微生物肥料(アゾトバクター、リゾビウム、菌根菌など)、緑肥(カナバリア、セスバニアなど)、ミミズ堆肥の活用など多様な有機的土壌管理技術が導入された。これらの技術は化学肥料の50~70%を代替可能であり、土壌の物理性改善にも効果を示している。
第11章 作物と家畜の統合
従来の集約的畜産は輸入飼料に依存し、エネルギー効率が極めて低かった(投入カロリー5.7に対し産出1)。特別期間後は、放牧主体への転換、在来種の活用、農場内での飼料自給が進められた。作物-家畜統合システムでは、 citrus園での放牧による雑草抑制と有機物還元、作物残渣の飼料利用と糞尿の堆肥化による栄養循環が実現している。これらの統合システムはエネルギー効率が高く、生産性も持続的に向上することが確認されている。
第12章 グリーンメディシン:豊かさの選択肢
キューバのグリーンメディシン(薬用植物)プログラムは、軍の戦略計画として始まり、特別期間中の医薬品不足への対応として拡大した。現在では全国に薬用植物農場があり、300種以上の植物が有機栽培されている。これらは薬局で販売されるフィト医薬品や蜂蜜配合の「メリトス」などに加工され、国民医療に貢献している。このプログラムは伝統知識と現代科学の融合の好例である。
第13章 都市農業の成長
キューバの都市農業は特別期間中に爆発的に拡大し、現在ではハバナの生鮮野菜消費の約90%を賄うまでになった。オルガノポニコス(有機栽培用高畑)や集約的菜園、職場の自己供給農園など多様な形態がある。全ての生産は有機農法で行われ、生物農薬と堆肥のみを使用する。16万人以上の雇用を創出し、都市景観の改善にも貢献している。国家目標は1人当たり年間300gの野菜生産である。
第14章 「大衆栽培」:小規模米生産
小規模な天水稲作(「大衆栽培」)は、特別期間中の米不足への草の根的対応として広がった。現在では全国で約10万ヘクタールがこの方式で栽培され、年間11~13万吨を生産する。セスバニアなどの緑肥利用や、苗の移植栽培による雑草抑制など、低投入で持続可能な技術が開発されている。このプログラムはMINAGとANAPの支援を受け、種子配布や技術訓練を実施している。
第15章 サトウキビと持続可能性
キューバのサトウキビ産業は、従来の集約的農業から有機的・持続可能な生産への転換を進めている。グリーン収穫(焼却なしの収穫)の導入で除草剤使用が35~50%削減され、残渣は家畜飼料や堆肥原料として利用される。生物防除による害虫管理、品種改良による耐病性強化、そしてサトウキビ由来の多様な副産物(紙、エタノール、酵母など)の開発が進められている。2000年には初の有機砂糖が欧州へ輸出された。
第16章 ケーススタディ:二つの新協同組合の混合経験
タバコUBPCとサトウキビUBPCの比較は、作物の歴史的特性が有機農業への移行速度を規定することを示す。タバコは伝統的に小規模・労働集約的で、多くの伝統的技術が保存されていたため移行がスムーズだった。一方、サトウキビは大規模・機械化・工業化的で、投入財依存から脱却できず、有機的実践の導入が遅れている。この対比は、UBPCメンバーが「農民になる」プロセスに時間が必要であることを示唆する。
エピローグ:キューバ開発の独自の道筋
キューバの農業変革は、社会主義的目標に導かれた独自の発展経路である。優先順位は「国民全体を養うこと」「経済的持続可能性」「人々の健康保護」であり、利潤最大化ではない。研究も商品ではなく社会的課題解決のために行われる。土地所有形態は多様だが、搾取的農業企業は排除される。このプロセスは、環境保全と社会的公正を両立する新しい「社会主義的エコ社会システム」の創造であり、人類全体への希望である。
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