
『Surviving the Future:Culture, Carnival and Capital in the Aftermath of the Market Economy』 David Fleming 2016
『未来を生き抜くために:市場経済終焉後の文化、カーニバル、資本』 デイヴィッド・フレミング 2016
目次
- 編集者序文 / Editor’s Preface
- 序論 / Introduction
- 第一部 コミュニティのための枠組み / Part 1:A Framework for Community
- 第1章 三つの原則 / Three Principles
- 第2章 リーン経済 / The Lean Economy
- 第3章 リーン文化 / Lean Culture
- 第二部 場所と遊びの人生の再発見 / Part 2:Rediscovering a Life of Place and Play
- 第4章 カーニバル / Carnival
- 第5章 スラック雇用 / Slack Employment
- 第6章 エロティシズム / Eroticism
- 第7章 ニーズとウォンツ / Needs and Wants
- 第8章 小規模性 / Small Scale
- 第9章 意図的廃棄 / Intentional Waste
- 第10章 宗教 / Religion
- 第11章 ユートピア? / Utopia?
- 第三部 ここからそこへの道 / Part 3:The Path from Here to There
- 第12章 成長 / Growth
- 第13章 人口と食料 / Population and Food
- 第14章 生命の輪 / The Wheel of Life
- 第15章 移行 / Transition
- 第16章 倫理と生態学 / Ethics and Ecology
- エピローグ:市場を悼む / Epilogue:Mourning the Market
本書の概要
短い解説
本書は、市場経済の崩壊後に訪れる「気候変動の転換期(climacteric)」において、コミュニティベースの「リーン経済」への移行を通じて生き残るための文化的・経済的枠組みを提示する。環境問題、経済学者、政策立案者、そして持続可能な未来を模索する活動家にとって不可欠な一冊である。
著者について
デイヴィッド・フレミング(1940-2010)は、英国緑の党の創設に関わった先見的な思想家であり、「トランジション・タウン運動」や「新経済財団」の形成に重要な役割を果たした。また、石油枯渇問題の早期警告者であり、「Tradable Energy Quotas(貿易可能なエネルギー割当)」システムの設計者でもある。彼の博識で遊び心のある文体は、経済学の常識に挑戦し、読者に深い洞察をもたらす。
テーマ解説
本書は、成長に依存する市場経済は必然的に崩壊するという認識のもと、その後に持続可能な社会を構築するための「Descent(下降)」の道筋を描く。
キーワード解説
- Climacteric(気候変動の転換期):2010-2040年に予測されるエネルギー、水、食料不足と気候変動が同時に発生する危機的な時期。
- Lean Economy(リーン経済):社会的資本と文化に支えられ、コミュニティの再発見を中心に組織された、スラック(余裕)のある経済システム。
- Slack(スラック):競争に縛られない、判断と選択のための余裕。リーン経済の基盤となる状態。
- Presence(プレゼンス):自らのコミュニティや場所の創造に積極的に参加する市民の姿勢。
- Intensification Paradox(集約化のパラドックス):経済発展が効率を高める一方で、その維持に必要な中間的な労働と資源を増大させる逆説的な現象。
3分要約
本書『Surviving the Future』は、デイヴィッド・フレミングがライフワークとして構想した『Lean Logic』からの編集版であり、市場経済の終焉後に訪れるであろう「Climacteric」をどう生き抜くかを論じる。フレミングは、現代経済が依存する成長は、環境の有限性と衝突する「ダブルバインド」の状態にあると診断する。成長を止めれば経済は崩壊し、続ければ環境が崩壊する。この袋小路から脱出する唯一の現実的な道は、計画的な「Descent(下降)」である。
著者は、下降の先にある「Lean Economy」を詳細に描き出す。それは、現在の市場経済の原則をほぼ逆転させるプロトコルに従う。競争的な「Taut(緊張した)」状態ではなく、コミュニティの結束と信頼に基づく「Slack(余裕のある)」状態を目指す。生産性よりも労働集約的な方法を選び、完全雇用ではなく仕事を分かち合い、透明性よりも「Congruence(一致性)」に基づく信頼を重視する。この経済の中心には、もはや価格メカニズムではなく、文化と社会的資本が据えられる。
第二部では、そのような社会における人間の生き方の豊かさが探求される。フレミングは、労働時間の短縮(スラック雇用)や「Intentional Waste(意図的廃棄)」といった概念を再評価し、成長資本を破壊することでシステムの健全性を保つ古代の慣習(ポトラッチなど)に言及する。また、コミュニティの結束と再生において「Carnival(カーニバル)」と「Religion(宗教)」が果たす儀礼的・実践的役割を強調する。欲求(wants)を単に悪と断罪するのではなく、社会的シグナルとしてのモノの価値を再発見する必要性を説く。
第三部では、現状からリーン経済への具体的な移行経路が論じられる。フレミングは、人口問題、食料生産の脆弱性、そして「Wheel of Life(生命の輪)」というシステムのライフサイクルモデルを分析し、現代社会が「Conservation(保全)」段階から「Release(解放)」段階へと移行しつつあると指摘する。最後に、市場経済がもたらした恩恵を認めつつも、その終焉を悼み、それに代わる新たな社会の枠組みとして、トランジション運動などの草の根の動きに希望を見出す。
各章の要約
第一部 コミュニティのための枠組み
第1章 三つの原則
リーン経済を理解するための三つの柱が提示される。「Manners(マナー)」は、アイデアを敬意と寛容さで扱う思考の作法である。「Scale and Presence(スケールとプレゼンス)」は、大規模システムの非効率性を批判し、個人が影響力を持てる小規模な「場所」への参加(プレゼンス)の重要性を説く。「Slack(スラック)」は、競争市場が強いる非情な効率性に対して、コミュニティが文化的な判断で価格以外の基準を優先できる余裕のことである。
第2章 リーン経済
市場経済の「完全競争」の7条件に対して、リーン経済の「不完全競争」の7条件を対比的に示す。それは、地域保護、製品の多様性、少数の売り手と買い手、退出障壁、複数の目的、生産要素の非流動性、不完全な知識である。これらは意図的に「非効率」を生み出し、コミュニティの結束を優先するためのプロトコルである。また、「集約化のパラドックス」を説明し、経済が複雑化するほど一人当たりの必要労働量が増えるという逆説を指摘する。
第3章 リーン文化
市場経済が衰退した後、社会の結束を担うのは「文化」である。著者は、透明性や説明責任だけでは信頼は生まれず、むしろ「一致性(Congruence)」——役割を超えた率直な対話——が信頼の基盤となると論じる。多文化主義がストレス下で脆弱になる可能性を指摘しつつ、異なる文化が共存するためには、それぞれが強いアイデンティティを持つことの重要性を強調する。
第二部 場所と遊びの人生の再発見
第4章 カーニバル
コミュニティ形成において中心的な役割を果たすのが「カーニバル」である。それは日常からの「根本的な断絶」、飼いならされた市民の中の野生の「第二の本性」、そして個体の死を超えたコミュニティの「生贄と継承」という三つの性質を持つ。カーニバルは遊びと笑いを通じて社会秩序を創造し、階級を一時的に無効にし、平和を促進する。市場経済はこのカーニバルを衰退させたが、未来のコミュニティはここから再生する必要がある。
第5章 スラック雇用
市場経済では、競争が余剰労働力を生み出し、失業は死を意味する。リーン経済では、失業ではなく「意図的なスラック」——すなわち労働時間の短縮と仕事の分かち合い——が基本となる。しかし、このような合意は「囚人のジレンマ」のように不安定であるため、それを可能にするのは強固な文化と社会的資本である。技術進歩を労働削減ではなく余暇増大に充てる社会の可能性が論じられる。
第6章 エロティシズム
エロティシズムは単なる性欲ではなく、あらゆる感情を駆動する「エネルギー源」である。現代社会は触覚や言語のエロティックな側面を喪失しつつあるが、リーン経済では、このエネルギーを詩、音楽、建築、そしてコミュニティへの奉仕へと昇華する必要がある。中世の修道院制度は、このエネルギーを賢く利用した歴史的なモデルとして参照される。
第7章 ニーズとウォンツ
環境運動はしばしば「ニーズ」を善、「ウォンツ」を悪と断罪するが、著者はこの二分法を批判する。問題は欲求そのものではなく、大規模社会が生み出す「中間財(インフラ、警察、物流など)」という「後悔すべき必需品」にある。リーン経済は、むしろウォンツ——装飾や工芸品——を肯定的に評価し、それらを通じて社会的シグナルと文化的豊かさを再構築する。
第8章 小規模性
幾何学の法則により、大規模システムは体積に対して表面積の比率が小さくなり、これは資源の獲得や廃棄物の処理において不利に働く。大規模化は必然的に複雑化(中間経済の肥大)を招き、優雅さ、判断力、参加を損なう。特に「分別(ソート)」作業は小規模で行う方が圧倒的に効率的である。産業革命は単に技術進歩ではなく、薪不足という危機への「集約化」の帰結だった。
第9章 意図的廃棄
健全な生態系は成長資本を定期的に破壊することでバランスを保つ。この知恵は「ポトラッチ」や「砂の曼荼羅」などの伝統に表れている。市場経済は余剰を再投資し続けることで成長資本を無限に増大させ、結果的にクラッシュを招く。リーン経済は、意図的な廃棄(カーニバルや記念碑建設など)を通じて成長資本を管理し、基盤資本(土壌、気候、文化)を保護する方法を再学習する必要がある。
第10章 宗教
宗教は物質的真理だけでなく、物語的真理、遂行的真理、自己否定的真理など、複数の真理の様式を包含する。著者は、宗教の本質は儀礼と物語を通じてコミュニティを「束ねる(religare)」ことにあると定義する。市場経済は宗教を個人化し、その社会的機能を弱体化させたが、未来のリーン経済では、宗教は再び文化の基盤として、信頼と互酬性を支える重要な役割を担う可能性がある。
第11章 ユートピア?
リーン経済は特定のユートピアを提示するものではない。トマス・モアの『ユートピア』がそうであったように、それは「完璧な場所」ではなく、「場所なき場所(nowhere)」であり、読者自身が考え、行動するための挑発である。ミレニアル主義(終末待望論)のような非現実的な幻想を退け、具体的で実践可能なコミュニティの構築に焦点を当てる。
第三部 ここからそこへの道
第12章 成長
市場経済は、1人当たりGDPで年率2〜2.5%の成長がなければ失業が制御不能になるという致命的な欠陥を抱える。これが「成長のダブルバインド」である。成長を止めれば経済崩壊、続ければ環境崩壊である。対照的に、歴史的な「水力文明(中国、エジプトなど)」は成長なしで数千年持続したが、それは専制政治と引き換えだった。リーン経済は、専制ではなく「脱集約化」と「インフォーマル経済」の成長を通じてこのジレンマを乗り越えようとする。
第13章 人口と食料
人口増加は「幾何級数的」に進むが、食料は「算術級数的」にしか増えないというマルサスの警告は、現代の「人口統計学的移行」によって修正された。しかし、現代の工業的農業は石油に依存しており、「ネオニコチノイド」のような農薬はミツバチの減少(ポリネーター危機)を引き起こしている。石油ピーク後の食料安全保障は極めて脆弱であり、人口は予測を超えて急減する可能性がある。
第14章 生命の輪
システムは「適応サイクル」を描く。「ポテンシャル」と「結合度」の二軸で定義されるこのサイクルは、成長(r局面)→保全(K局面)→解放(Ω局面)→再編成(α局面)と巡る。現代社会は「K局面」の終わりにあり、過度の結合が rigidity(硬直性)を生み、崩壊(解放)が目前に迫っている。このサイクルから逃れる唯一の方法は、システムの下位単位(コミュニティ)が自律的に小さなサイクルを回す「回復弾性(recovery-elastic resilience)」を回復することである。
第15章 移行
トランジション運動は、リーン経済への実際的な道筋を示す現代的実践である。それは、政府が人民を「世話する」という約束から、人民が互いに「世話し合う」という実践への移行である。未来のコミュニティは驚くほど多様な解決策を生み出すだろう。なぜなら、画一化を促進する商業が衰退するにつれて、場所ごとの固有の状況に適応した「非妥協的で、不道徳で、異常で、自然に反する」とさえ見える解決策が出現するからである。
第16章 倫理と生態学
環境倫理は、長期的な因果関係とタイムラグの中で機能するため、従来の分配的正義の枠組みでは捉えきれない。著者は、普遍的原則(マナー、スケール、弾性)と、特定の場所と時間に依存する特殊な倫理の両方を認める「道徳的相対主義」の複雑さを認める。最後に、北米先住民の虐殺の歴史を描いた短編『The Necklace』を通じて、「善き家庭人」の倫理がいかにして大量虐殺と共存しうるかを示し、倫理の絶対性への警告を発する。
エピローグ:市場を悼む
市場経済は「偉大な変革」であり、それ以前の社会が依存していた互酬性や文化を駆逐した。その数学的な精密さは魅力的だが、永遠の成長を前提とするという「幼児的な迷信」に基づいている。フレミングは、市場経済がもたらした簡素さ、価格メカニズム、そして自由を惜しみつつも、その終焉は不可避であり、私たちの課題は、その後に続くコミュニティの文化と社会構造を「修復または代替」することであると結論づける。
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