
英語タイトル:『Stories Are Weapons: Psychological Warfare and the American Mind』Annalee Newitz 2024
日本語タイトル:『物語は武器である:心理戦争とアメリカの精神』アナリー・ニューウィッツ 2024
目次
- 第一部 心理作戦 / Psyops
- 第1章 精神爆弾 / The Mind Bomb
- 第2章 偽りのフロンティア / A Fake Frontier
- 第3章 権利剥奪の広告 / Advertisements for Disenfranchisement
- 第二部 文化戦争 / Culture Wars
- 第4章 悪しき脳 / Bad Brains
- 第5章 学校の規則 / School Rules
- 第6章 汚らわしい漫画 / Dirty Comics
- 第三部 武装解除 / Disarmament
- 第7章 歴史は贈り物 / History Is a Gift
- 第8章 民主主義のための脱洗脳 / Deprogramming for Democracy
- 第9章 未来の公共圏 / Public Spheres of the Future
本書の概要
短い解説:
本書は、アメリカにおいて物語が心理戦争の武器として利用されてきた歴史と現状を分析し、民主主義の公共圏を再構築する道筋を探る。現代の分断と混乱の背景にある「文化戦争」の本質を理解したい読者に向けられている。
著者について:
著者アナリー・ニューウィッツは、科学ジャーナリストでありSF作家でもある。軍の心理作戦マニュアルの作成に関わったポール・ラインバーガーなど、歴史的な人物の分析を通じて、プロパガンダとフィクションの密接な関係を明らかにする。実証的研究と物語の力を組み合わせた独自の視点から、アメリカ社会の精神的混乱の根源に迫る。
主要キーワードと解説
- 主要テーマ:心理戦争と文化戦争の連続性 [軍事作戦として開発された心理戦術が国内の文化対立に転用される過程]
- 新規性:武器化された物語 [感情に訴え行動を変容させるよう設計された物語が、政治や社会を動かす武器となる]
- 興味深い知見:心理的武装解除 [心理戦争によるトラウマから回復し、民主的な公共圏を再建するための実践的なプロセス]
3分要約
本書『物語は武器である』は、アメリカ合衆国において、物語がどのように心理戦争の武器として利用され、国民の精神が戦場と化してきたかを描く歴史的かつ現代的な分析である。著者は、パンデミック、選挙干渉、議事堂襲撃事件など、現在のアメリカを覆う混乱と絶望感の背景には、人々の感情や行動を操作するために仕組まれた「物語」の蔓延があると指摘する。
この「心理戦争」の起源は古く、その原型は19世紀のインディアン戦争におけるプロパガンダに見出すことができる。合衆国は、先住民族を「消えゆく種族」とする神話をでっち上げ、新聞や歴史書、大衆小説を通じて彼らを土地から追い出す正当性を世論に植え付けた。これが、事実に基づきながらも虚構を織り交ぜる、効果的なプロパガンダの手法の始まりであった。
20世紀に入ると、この手法はフロイト心理学の大衆操作への応用、そして冷戦下の軍事的心理作戦へと発展する。軍の心理戦マニュアルを執筆したポール・ラインバーガーは、SF作家としても活動し、フィクションの世界構築がプロパガンダの説得力を高めることを熟知していた。彼の思想は、敵の士気を削ぎ、味方を増やすための「物語」の重要性を説くものだった。
そして現代、この軍事由来の心理戦術は、国内の「文化戦争」に流入した。特定のアメリカ人集団——黒人、LGBTQ、先住民族、女性など——が「外部の敵」として描き出され、彼らに対する嘘、スケープゴート化、暴力の威嚇が、「物語」としてソーシャルメディアを通じて拡散されている。ベルカーブ論争に代表される人種と知能を巡る疑似科学、学校での「ゲイであることを口にするな」法をめぐる攻撃、ワンダーウーマンなどのポップカルチャーを巡る「精神的衛生」論争は、いずれも相手の精神の健全性を否定し、民主的議論を不可能にする心理戦の様相を呈している。
しかし著者は、絶望だけが未来ではないと主張する。本書の第三部では、「心理的武装解除」への道筋が示される。それは、コキール族が公文書の発掘を通じて自分たちの歴史と主権を取り戻したように、真実の歴史と向き合うことから始まる。スタンフォード・インターネット観測所による選挙偽情報対策のように、専門家と市民が連携して情報環境を整備することもその一環である。あるいは、公共図書館のような、多様な意見に静かに触れ、自分自身で考えることを可能にする「社会的インフラ」を守り、育てることこそが、武器化された物語に抵抗し、民主的な公共圏を再構築する礎となるのである。
各章の要約
第一部 心理作戦
第1章 精神爆弾
現代の心理戦争の源流は、フロイトの精神分析と、その甥エドワード・バーネイズによる広報業にある。バーネイズは大衆の無意識の欲望に働きかける手法を広告に応用し、さらにこれを利用してグアテマラのクーデターを演出した。冷戦期、ポール・ラインバーガーは軍の心理戦マニュアルを執筆し、プロパガンダの成否は感情に訴える物語の力にかかっていると説いた。彼はSF作家としても活動し、フィクションにおける世界構築の技術が、現実の心理作戦の説得力を高めることを示した。ラジオを用いたナチスのプロパガンダや、「洗脳」という概念の流行は、言葉が爆弾と同じ破壊力を持つことを証明した。
第2章 偽りのフロンティア
アメリカにおける組織的な心理作戦の起源は、19世紀のインディアン戦争に遡る。ベンジャミン・フランクリンは独立戦争中、偽の新聞を作成して先住民を残虐な敵として描き、世論を操作した。合衆国は「明白な運命」の名の下に西部拡大を進め、先住民を強制移住させた。この過程で、ニューイングランドの歴史家たちは「最後のインディアン」という神話をでっち上げ、先住民の文化的絶滅を喧伝した。これに対し、先住民はゴーストダンス運動といった文化的抵抗で応じたが、米軍はこれを弾圧し、ウンデッドニーの虐殺へと至った。フロンティアは、先住民の排除と抹消を正当化するための法的虚構であった。
第3章 権利剥奪の広告
21世紀の心理戦争の主戦場はソーシャルメディアとなった。ケンブリッジ・アナリティカはFacebookのデータを不正に収集し、有権者の性格プロファイルを作成、権威主義的傾向を持つ人々を特定してトランプ陣営に有利な広告を配信した。同時に、黒人有権者を標的とした「投票抑止」広告も展開した。一方、ロシアのインターネット・リサーチ・エージェンシーは、人種的对立をあおる偽アカウントを用いてアメリカ社会の分断を図った。これらの作戦は、民主的な合意形成を不可能にする「正当性の危機」を招き、議事堂襲撃事件のような確率的テロリズムを引き起こす土壌を作った。
第二部 文化戦争
第4章 悪しき脳
文化戦争においては、特定の集団の精神的劣等性が主張され、彼らを「アメリカ人らしくない」他者として烙印を押す。1994年に出版された『ベルカーブ』は、黒人や貧困層の知能指数が低いという疑似科学的データを提示し、福祉政策やアファーマティブ・アクションが社会を「劣化」させると主張した。この議論は優生学の系譜に連なるもので、一見科学的な装いをまとうことで、人種的偏見に「理性的な」正当性を与えた。しかし、黒人コミュニティは歴史的にこうしたプロパガンダに対するレジリエンスを持ち、またN・K・ジェミシンのようなSF作家はフィクションを通じて人種主義的プロパガンダへの抵抗を試みている。
第5章 学校の規則
LGBTQの人々は、冷戦期の「ラベンダー恐怖」以来、国家への忠誠心が疑われる「安全保障上のリスク」として扱われてきた。この構図は現代の学校現場でも繰り返されている。テキサス州アービングの高校では、LGBTQの生徒を支援する「レインボーステッカー」が剥がされ、それを疑問視した教師が解雇される事件が起きた。学校側は「中立的な視点」を理由に掲示を禁止したが、これはLGBTQの存在そのものを政治的に偏向したものと見なす姿勢を示していた。こうした動きは、「グルーマー」というレッテル貼りや、「ゲイであることを口にするな」法といった立法化を通じて、LGBTQの存在を公教育の場から抹殺しようとする文化戦争の一環である。
第6章 汚らわしい漫画
ワンダーウーマンの生みの親ウィリアム・モールトン・マーストンは、このヒロインを「新しい女性のための心理的プロパガンダ」として位置づけた。彼は女性の解放と性的自由を擁護する心理学者だったが、その家族形態を理由にアカデミアを追われた。一方、精神科医フレデリック・ワーサムは『無垢の誘惑』の中で、コミックが青少年の暴力や性倒錯を引き起こすと非難し、コミックス倫理規定委員会の設立を促した。ワーサムのデータは歪曲されたものであったが、この「精神的衛生」をめぐる戦いは、ポップカルチャーが人々の精神状態をめぐる戦場となることを示した。現代の「ウォーク」批判や多様性をめぐる炎上は、この構図の延長線上にある。
第三部 武装解除
第7章 歴史は贈り物
心理的武装解除の第一歩は、真実の歴史と向き合うことである。オレゴン州のコキール族は、人類学者ジェイソン・ユウンカーらによる研究プロジェクトを通じて、自分たちの土地と権利を証明する「失われた地図」をはじめとする膨大な公文書を発見した。これらの文書は、合衆国が条約を反故にし、先住民を「消滅した」存在とするプロパガンダを展開してきた事実を明らかにする。ユウンカーらは発見した資料をポトラッチの儀式に則って関係部族に寄贈し、先住民自身がデータを管理し物語を紡ぐ「先住民データ主権」の実践を示した。歴史は、心理戦争による傷を癒し、未来への連帯を構築する贈り物なのである。
第8章 民主主義のための脱洗脳
ソーシャルメディア上で蔓延する偽情報に対処するには、影響工作の「キルチェーン」を断ち切る必要がある。2020年の選挙において、スタンフォード・インターネット観測所を中心とした選挙誠実性パートナーシップは、多様な関係者からなるチケット報告システムを構築し、偽情報の拡散を監視し、事前に警告を発する「事前反論」を試みた。その分析によれば、偽情報の大部分はごく少数の「超拡散者」によって拡大されていた。専門家は、アルゴリズムの修正や「スロー・メディア」への移行など、情報生態系そのものを健全化する構造改革を提案する。また、ルース・エムリス・ゴードンのSF小説『ハーフ・ビルト・ガーデン』のように、健全な公共圏の可能性を探る「応用SF」も、未来への道筋を示す。
第9章 未来の公共圏
心理的平和が実現した未来の公共圏のモデルとして、公共図書館が挙げられる。図書館は、多様な意見に静かに触れ、自分自身で考えることを可能にする「社会的インフラ」である。サンフランシスコのプレリンガー図書館のような場は、刺激の多いデジタル環境とは対照的に、人々が思考を深め、共同体の絆を育むための安全な空間を提供する。心理的武装解除とは、武器化された物語に翻弄されることをやめ、他者の精神的主権を尊重することを学ぶプロセスである。それは、単なる情報ではなく、修復と成長に焦点を当てた物語を共有し、民主的な公共圏をともに再構築していくことに他ならない。
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