リコード法を構成する3つの軸

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ウィリアム・ジェームズ

ブレデセンプロトコルを構成する3つの軸

ポストアミロイドβ仮説 + 多因子・症候群説 + 機能性医学

管理人の理解では、ブレデセン博士の主張をまとめると、リコード法の(思想体系ではなく)”具体的な治療アプローチ”への論理展開には3つの軸があるように思います。

A. ポストアミロイド仮説

ブレデセン博士のAPP依存性受容体仮説は、アミロイドβが生体防御に必要な機能的役割を果たしているメカニズムを明らかにした理論であり、少なくともこの理論はアミロイドβがアルツハイマー病の中心にあること自体を否定するものではありません。

36の因子も、アミロイドβの機能的な役割に基づいて治療を行うべきであるという主張に沿っており、言ってみればアミロイド仮説2.0(ポストアミロイドβ仮説)とも言えます。

ひとつは上記で述べたようにAPP依存性受容体仮説の基礎研究からアミロイドの機能や多彩な相互影響に基づいて、治療を行うべきであるという提案です。

ただ、アミロイドβがおよぼす(またはおよぼされる)代謝への影響は非常に広範囲であり、あらゆる標的をアミロイドと関連付けることも可能なため、どういった基準でどこまで拾っていくのかという疑問点はあります。

ネガティブフィードバックループは一つではない

ブレデセン博士のAPP依存性受容体仮説と関連するにしても、ある程度独立して生じているであろうと見なすことができる代謝障害も存在します。わかりやすい例だと毒性物質が生体防御因子としてのアミロイドを増産させるという3型の理論がありますが、アミロイドを介さずに毒性により認知機能障害を引き起こす機序もごく普通に存在します。

アルツハイマー病は漫然と多数の危険因子が関与するという表現も間違ってはいませんが、プリオニックループだけではなく複数の代謝ネットワークのフィードバックループが破綻して、そのループが何重にもオーバーラップしており、最終的にアミロイドに圧力点がかかり閾値を超えてしまった疾患(病態生理)という印象を抱いています。

レイヤー構造となっている36の屋根

36の屋根の穴の例えはもちろん比喩なのでその表現方法で構わないのですが、実際のアルツハイマー病患者さんの屋根は何重ものレイヤー構造になっており、屋根の下地や支える材木の損傷も加わってアルツハイマー病の発症に寄与する、というモデルでの理解がより正確であろうと考えています。

単純化した36の屋根の穴モデルとの相違点は、例えば瓦のどこかに穴があれば、それは大小はあれど必ず漏れるのに対して、レイヤー構造の屋根モデルでは、下地が多少損傷していても、瓦に損傷がなければ雨漏りの心配はないところです。

B. 多因子・症候群説

実際にブレデセン博士が提案されている様々な治療方法は、アミロイドと直接的な関連がそこまで強くない、比較的独立したアルツハイマー病のリスク寄与因子を含めています。ここにはAPP仮説だけでは説明しきれない多因子説、症候群説という強調が2つ目の軸としてあります。

多因子説自体は昔からある説でしたが、ブレデセン博士らグループほど徹底してその因子を拾い上げたグループは存在しないと思います。さらに各因子を炎症、糖毒性、萎縮性、毒性のサブクラスにカテゴライズして割り振っていったことも画期的でした。

すべてのADリスク因子はカバーしきれていない?

とはいえ、これまで継続的に調べてきて、他にもまだリコード法が対象としていないADリスク因子であったり、(特に初期やMCIの段階では)アミロイドやAPPのスイッチング機構とは独立して、発症に寄与すると考えることのできる代謝メカニズムもないわけではありません。

リソソーム障害、TDP-43(LATE)、αシヌクレインなどその他の異常タンパク質、シャペロン(HSP90阻害)、ERストレス、Ca2+恒常性の破綻、DMN障害、NMDARのバランス、細胞内アミロイド、脂質代謝に関わる受容体の標的化、キヌレニン経路の最適化、液液相分離、骨形成因子、など、細かく拾っていくと36の因子に含まれていないものや、含まれているとしても治療内容にそれほど明確には反映されていないものもあったりします。(引用論文がないため、治療プロトコルからの予測ですが)

実際問題として進行した患者さんでは、リコード法のアプローチであっても改善や回復に歯止めがかかることも事実です。

まだアルツハイマー病という病気をブレデセン博士以外の仮説から掘り下げていく余地はあり、すべての発症に結びつく因子を救済することができるようになった暁には、末期の患者さんも含めて認知症が本当に治ると言える時代がやってくるのかもしれません。

C. 機能性医学・ライフスタイルの提唱

そして3つ目は、多因子に対処するために複数の標的へ働きかける、ライフスタイルの改善を中心とした機能性医学の採用です。

ブレデセン博士の治療が誤解されがちなポイントでもあるのですが、根本で生じている多数の障害をピンポイントで同時に塞ぐことは現実的ではなく、生活習慣の改善によって治療を試みるしかないだろうという洞察から端を発しており、倫理でもイデオロギーでもない合理的な選択にすぎません。

包括的な視点で組み立てられた治療プログラム

このA,B,Cの3つの軸はすべて論理的につながっており(プラス、進化医学を背景とした考察)、ここにブレデセン博士の理論の際立つ特徴、そしてパラダイムシフトと言っていい改革的な医療モデルがあります。

ただ、このA-B-Cのつながりは、論理構成として直線的につながっているというよりは、A≦B<Cと拡張されています。

Aだけでアルツハイマー病のメカニズムのすべてを説明できるとは思えず、Bで拡大された発症機序の取り入れに漏れはないのか?、Cのライフスタイルや食事の介入自体は欠かせないとしても、どこまで厳格性が求められるのか、他のより効果的または効率的な選択肢、軸の組み合わせパターンはないのかについては、まだ断定はできません。

正しい翻訳の必要性

Cの生活習慣の改善はコンプライアンス、アドヒアランスの課題、コストも障壁となるため、AとBの軸に立つとしても、Cについては現実的な解として、医学的、薬理学的なアプローチをより積極的に組み合わせてゆく道も残しておく必要はあるでしょう。

また、ブレデセン博士はたしかに現実主義者ではあるものの、現在のリコード法はアメリカ人のアッパーミドルクラスレベルの資産とリテラシーを前提とせざるを得ず、二重の意味で(経済的により貧しく、医療リテラシーも低い)日本にそのまま流通させることは難しいかもしれません。

そして、現在日本で流通しているリコード法のおそらく半分以上は、過度な簡略化や、我流の治療法をねじ込んだりと、リコード法のプリンシプルを省略しており、低いレベルの改善しか示さない事例も多く見受けられます。

ここがリコード法の複雑さゆえの欠点でもありますが、「本家はむずかしすぎる」「日本版のリコード法を」という言葉でごまかすことが可能であり、フェイクがまかり通ってしまう問題もあります。

リコード法は日本国内の特殊事情を考慮して作られていないため、たしかに手間暇やコストを考えると、そこは優先順位としてひとまず後回しでも良いだろうというポイントもあるように思えますが、それを実証的に正当化することはできません。ここで実証医学から距離を置くことの原理的問題が生じるということは認めざるを得ません。

リコード法とは結局何なのか

「なぜ」に答えていく21世紀の医療?

ブレデセンプロトコルの、もうひとつの大きな特徴に、これまでの医療が「何であるか」という機序(メカニズムの)解明ばかりにフォーカスしていた還元主義型の医療に対して、ApoE遺伝子の進化論的経緯、アミロイドβの生物学的な役割など、「なぜ病気になるのか」という医療哲学またはその切り口から見ていく新しい治療の提案があります。

わたしがよくわからないのは、ブレデセン博士が現在の還元主義型の医療から完全に切り替えていくことを提案しているのか、それとも両輪の輪のような形で考えているのか、それともどちらかが補助的な役割をすると主従関係を想定しているのか?といった従来の医学との関係性です。

自分にはこの新しい医療哲学が本当に21世紀の医学とまで言えるのか、まだちょっと判断がついていません。ある因子のより広く捉えた生物学的機能であったり、進化医学の視点や解釈は重要だとは思うもの、アルツハイマー病で現実に起こっている多数の障害が、その視点だけで拾えるのかと疑問に思うところもあるからです。

基礎研究で還元主義的に出された答えを「なぜ」という視点からパズルのようにつなぎ合わせ、そのバランスから見て均衡を整えていくという医療のあり方であれば賛同できます。

しかし「なぜ」の問いから出発して演繹的に治療手段を選択してしまうと(そうブレデセン博士が主張しているのかはわかりませんが)、逆にイデオロギー的に引きずられて、東洋医学がそうであるように、細部を見逃してしまうのではないかという心配も少しあります。

「なぜ」と「なに」の不明確な混在

リコード法を実際につぶさに見てみると、例えばアミロイドβに関しては「なぜ」に答える形で治療方法が構築されていますが、レクチン回避は、リーキーガットと抗菌作用のトレードオフ関係がおそらくあると思いますが、どちらを優先するのかについて、それは「なぜ」の答えから導き出されるのかはっきりしません。

リコード法で提案されているケトンダイエット、ケトン代謝には進化化的に導かれた飢餓モードとしての「なぜ」があるはずですが、それについてはあまり明快な説明がないまま、治療として採用されているような印象もあります。

現代医療を必ずしも否定しているわけではない

そのことと関連して、ブレデセン博士も、多くの認知機能低下させる可能性のある治療薬について否定的見解をとっており機能性医学を強く提案しているため、現代医療を真っ向から敵視しているようにも見えるのですが、これまでの言及から、必ずしもそういった薬理学的介入のすべてを否定しているわけではありません。

表向きにはあまり情報として出していませんが、HSV陽性患者への抗ウイルス薬投与、または記憶障害のケースでのAChE阻害薬であるフペルジンAの利用、欠乏に対するホルモン補充療法など、機能性医学の範疇では解決がむずかしいと考えている要所要所では、医薬の提案も行っています。

抗アミロイド薬も幹細胞治療も、前提となる複数の代謝障害が解決された後であれば、素晴らしい薬になるだろうと述べています。

リコード法もライフスタイルが強調される、「理想主義的なリコード法」と、あらゆる合法的治療手段が投入される「実践主義的なリコード法」の二面性があります。

ライフスタイル介入は治療の基礎であり土台ですが、実際にはその上に立つ建具や壁面も注意深く活用されており、ブレデセン博士を生活習慣の改善ばかりを強調している研究者と見るイメージは大きな誤解があります。(その誤解が生じる理由も理解できますが)

実用医学であるリコード法

リコード法とは何か、あえて一言で語るなら、「理想主義的でもある機能性医学を中心に、現代医学や代替的療法などあらゆるツールをゼロベースで見直し、臨床の場では実際主義的な形でアルツハイマー病へ応用した体系的治療プロトコル」であるというのが私の解釈です。

基礎医学から臨床への治療の橋渡しにおいて、明白に生じているギャップを、臨床症状ではなく各種生化学的検査をターゲットとしその最適化をはかることで、実証医学から実用医学へシフトしていったと言えるかもしれません。

リコード法は、言わば天才的な職人芸によって完成された、言わば発売されたばかりの初期のアイフォーンのようでもあり、大衆はまだ手にとってどうすれば良いか使いこなせない治療法となっていることも否めません。

とはいえ、アルツハイマー病を大きく改善(根治療法)させるためにはその機能をフルに活用しなければ果たせません。そこでまずは、実行可能なぎりぎりのベストオプションを、優先順位を設定して提示しようとするブレデセン博士の姿勢もよく理解できます。

D. 薬理学的選択?

どちらかの極に振るしかない?

管理人の勝手な憶測ですが、初期の段階では、実践者が増えていった際の医薬使用に伴う制御できない確率的リスクが高まることから、ブレデセン博士は慎重な態度をとっていたようにも見えます。

また、機能性医学と現代医療にはある種の相性の悪さがあることも事実であり、迫られた選択として機能性医学に方向性を大きく舵取りしている?のかとも想像していますが、ちょっとわかりません。

あくまで患者の実利を取ろうとしていることは理解できますが、その領域中でもより現実社会との折衷をはかる方向と、より理想主義的な解決をはかる二つの方向性がありますが、後者によりかかっている印象はあります。ただし、これは利用可能な検査体制や様々な治療ツールやオーガニック食品などの入手性など、日本とアメリカでの得られる環境の違いも大きいと思います。

組織と個人で異なる最適解?

個人レベルでの差し迫った状況での現実解としては、私は洗練された薬理学的介入は必要だと考えていますが、これはブレデセン博士と私では組織活動と個人レベルでの活動という立場の違いが大きく影響しているかもしれません。

実際、私の母がリコード法などで提唱されているライフスタイルへの取り組みを本格的に始めたのはリコード法の書籍が出版された2年前からであり、(その時にはすでに発症から8年が経過していた。)、それまではサプリメントとオフラベル医薬で踏ん張っていたことも事実です。

単一標的の薬理学的介入による改善効果には懐疑的ですが、多標的かつ場合によっては低用量での組み合わせ、そして概日リズムやホルミシス応答、脱感作の回避なども設計に含めた薬理学的介入やサプリメント投与が可能なのであれば、より現実的な、進行した認知症患者さんへも効果的な認知症治療は開かれるはずです。少なくとも私はその方向性での医療の実効性に現実味を感じています。

ただし、それはあくまでライフスタイルに関わる改善を治療の土台とすべきであり、すべき優先順位をすっ飛ばして、大きな利潤を得られる薬剤の研究に集中するのも本末転倒の議論です。

安心して勧められるリコード法

いずれにしても、一般の患者が、自力で未承認またはオフラベル医薬を取り入れるというのはハードルが高く現実的ではありません。

私が母にやってきたことというのは、言ってみれば命を賭けたジェイルブレイクのようなものであり、自己責任に基づいた選択は許容されるべきだとは考えていますが、公共的にすべての人へ推奨できる治療法でもありません。(特に医療パターナリズムの支配する日本においては)

合法的に利用可能なあらゆる治療手段が選択肢とされる「実践主義のリコード法」は、個人ではなく組織として安全性を確保して実行できる限界を追求した治療アプローチという側面もあり、(証拠が弱いから勧められないという見解とは裏腹に)その意味において、万人に勧めることが可能な治療方法です。

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