2020年2月16日放送 NHK BS1「あなたの大切な記憶は何ですか?」を視聴しての雑感

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BS1スペシャル「大切な記憶は何ですか?~アルツハイマーと戦う~」

人間には“三つの死”がある、という考えを聞いた。一度目は心臓が止まった時、二度目は埋葬や火葬をされた時、三度目は人々がその人のことを忘れてしまった時だ。

僕の心が最も痛んだのは、三度目の“最終的な死”だった。生きている人たちの中に、自分のことを覚えている人がもう誰も残っていない時、人は永遠に死ぬんだ。

それは本当だ。僕たちには皆、もう知らない遠い昔にさかのぼる親戚たちがいる。彼らはある意味、失われ、忘れ去られている。

映画「リメンバー・ミー」 アンクリッチ監督

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はじめに

番組案内
NHKドキュメンタリー - BS1スペシャル「大切な記憶は何ですか?~アルツハイマーと戦う~」
大切な記憶は何ですか?~アルツハイマーと戦う~
インターネットでの視聴(有料)

現時点では、視聴可能か未確認(まだ視聴できないと聞いている)

NHKスペシャル 「認知症の第一人者が認知症になった」 -NHKオンデマンド
自ら認知症であるという事実を公表した医師がいる。認知症医療の第一人者、長谷川和夫さん(90)。「長谷川式」と呼ばれる早期診断の検査指標を開発、「痴ほう」という呼称を「認知症」に変えることを提唱するなど、人生を認知症医療にささげてきた。認知症専門医が認知症になったという現実をどう受け入れ、何に気づくのか。誰もが認知症にな...

見終わった感想

いい意味での複雑な感情

やっとNHK、BS1スペシャルのリコード法特集を見ることができた。

非常に多くのことが盛り込まれていて、それぞれの場面で理性と感情が動かされて、なんて言ったらいいのかわからない感情。ぐるぐるとさまざまな想いが胸中を回り続けている。

ちょっと(勝手に)捕捉しておきたいと思ったことがあったので、そのことと、ざっとした感想を交えて忘れないうちに書いていきたい。

 

まず、「大切な記憶は何ですか?」というタイトル、このセンスは好き。

一般の人には割とどうでもいいことかもしれないが、番組で使われていた書体(フォント)も、うまく映像とマッチしていたと思う。

オープニングも、いきなりアルツハイマー病患者さんじゃなくて、普通の人へのインタビューっていうのが良かった。

多くの埋め込まれたメッセージ

全体を俯瞰しての感想は、とにかく難しい素材をよくまとめたなと。難しくも要点をよく掴んでいて、気になる点がないわけではないけど、隠されたメッセージも含め、NHKという枠の中でできる、ぎりぎりのことを表現してくれたなっていう関係者の血と汗の爪痕を感じる番組だった。

リコード法理解している関係者が製作に携わっている

知らない人が見るとなかなか気が付かないと思うけど、リコード法は非常に多くポイントがあるため、全部を番組内で紹介することは不可能で、どれかをピックアップしていかざるを得ない。

番組では、ピックアップして取り上げる形にはなっているが、重要な睡眠時無呼吸症候群であったり、突如の服薬中止の危険性、患者さん「あるある」の糖質過多(ご飯を二膳)や、野菜不足、大量の飲酒、運動を継続していくが本当に効果があるのかという疑問、アドヒアランスの難しさなど、これらは(民法とは対照的に)リコード法を理解している人間が番組製作に関わっていないと盛り込まない要点ばかりだ。

そのあたりの番組内での扱う多くの題材は、よく練られているので、もちろん番組の放送内容だけで完結するわけではないが、リコード法を学ぶ教材のひとつとして、さらっと流さずに少し意識して見てもらうと、より多くのことを学べると思う。

現代の医療のゴールドスタンダードであるランダム化比較試験を、リコード法で行うことが難しいことを、番組で丁寧に解説したところも個人的にポイントが高い。

登場人物について

ブレデセン博士

ブレデセン博士の義父の話だったり、家族の繋がりにまで入っていった撮影は興味深く見させてもらった。不思議はないが、一流の研究者が健康ギークになるとこうなるんだなという(笑)、無敵のリコード法が生まれた一端を知ることができた気もする。

知る限りアメリカでもブレデセン博士の家族をここまで紹介した動画はなくて、多分世界初じゃないかな。世界やアメリカの彼を慕う多くの人にとっても貴重映像だと思う。

過去に、彼は認知症患者の苦しみを知らないという批判もあったが、今回の番組で彼の義父が認知症だったということも初めて知った。

彼の行っている活動を見れば、それをもっと早く伝えても良かったはずだが、今まで口外しなかったという選択を取る気持ちもわかるような気がする。

仙台の蘇武さん

蘇武さんは、こういう言い方は失礼かもしれないけど、いいキャラ。人の良さと知性を感じさせる。これからも頑張ってほしい。

自分も過去に自転車少年だったので、北極圏へ自転車で行ったという話に親近感を感じた。

憶測だが3型がちょっと関連してそうな気がしていて、適切に取り組めばMMSE24点ということも踏まえると、これからのチャンスは大きいと思う。

大切な思い出を蘇武さんが思い出せない場面では、多くの人もそうだったと思うが、自分も涙せずにはいられなかった。

痛みなどと違って、記憶を失うことの苦しさを映像で伝えるのはとてもむずかしいのだが、タイトルとも一致してそのことを伝える良いシーンだった。

リコード法のコミュニティ管理人 黒澤うにさん

フェイスブック・リコード部を立ち上げた、黒澤うにさん。

家族がテレビ番組に出演した時に感じるような感覚とでも言えば良いだろうか、身内のような意識で見てしまったので、客観視しにくい。(笑)

番組の構成上だけではなく、リコード法の普及はコミュニティ形成が鍵であることを関係者が理解していて、その路線にそってリコード部を取り上げてくれたのだろう。

なかなか他で顔出しできる人がいない中、コミュニティの代表として手をあげてくれて、ありがたかった。

リコード部員のみなさん

急遽、番組の撮影会となってしまったリコード法&アルツハッカーのオフ会(汗)。

単に相談したくて来た人も多かったと思うけど、カメラが回る中で言いにくいだろうなーと。それでも切実な困りごとを積極的に発言してくれたみなさんに感謝です。

BS1スペシャル「大切な記憶は何ですか?~アルツハイマーと戦う~」より

ヘルスコーチの山口さん

ヘルスコーチとして登場してくれた「アルツハイマー病真実と終焉」の翻訳者でもある山口さん。

詳しくは知らないのだけど、番組の登場人物としてだけではなく、成立そのものを影で支えていたらしく?、山口さんの的確なアドバイスが、番組の(リコード法のツボを抑えた)レベルの高さに貢献したのかなと勝手に想像している。

気になった点・勝手な捕捉

アルツハイマー協会のコメントについて

断片的な反論

アルツハイマー病協会の反対意見を載せたことも、ぼくは重要なことだと思う。

ただ、ちょっと、「ブレデセン博士のやっていることは科学的探求ではない」という言葉だけが、その具体的な批判内容がわからず2度も強調気味に切り取られるのはひっかかった。

まあ、時間が制限されている以上、しょうがないと言えばしょうがないけど。

その伏線として、番組内のランダム化比較試験の解説があったのだと見ているが、ツイッターの投稿でもあったけど、見る側はそのまま言葉だけを受け取ってしまっている危険性を少し感じた。

科学的的探求ではないという言葉の違和感

番組側がピックアップしたとは言え、「科学的探求ではない」という発言は、それだけでは意味をもたない。

ランダム化比較試験の不備を指摘するであれば、そこに内在する原理的な問題について言及できる。

再現性がないというなら、その妥当性や、昨今議論されている「再現性の危機」について議論もできる。

しかし、「科学的探求ではない」という言葉だけが、強調されると、それは単なるレッテル貼りにしか聞こえない。反論しようがない(point by point discussionができない)という点において、それは逆に科学から遠ざかってしまう。

もし反証可能性を問うているのであれば、科学的探求の方法論そのものについてどうすれば反証可能なのか聞いてみたかった。

つまりそもそも「科学とは何なのか?」「科学的探求とは何なのか?」というテーマだ。番組上では問題が広くなりすぎて、その題材は扱えないのかもしれないが、掘り下げていくべきテーマではなかろうか。

それはブレデセン博士が「これは21世紀の医療」だ、と述べていることとも通じるからだ。

正しい科学の探求?

科学というのは、一見壮大に見える無駄を積み重ね、ある時点でそういった失敗や知見のもと、進歩を進めてきたという歴史があるから、もちろん成果が出せないことから、即それが無意味だと言うつもりはない。ここでは一般論として、アミロイド研究の無駄がおかしいと言っているのではない。

アルツハイマー病に関してはアミロイド仮説があまりにも支配的すぎた。他の研究が遅れてしまっただけではなく、実利のある治療を積極的に行っていこうとする仕組みが今の医療の仕組みには不足している。

もう少し難しい言い方をすると、基礎研究と臨床研究という2つの歯車がアルツハイマー病などの複雑系の疾患に対して上手く回っていないのが現状だ。

これまでの研究のピースをつなぎ合わせれば、アルツハイマー病が多因子疾患であることは明白なのだが、そのことを理解できる人間が限られており、このことは研究分野が細分化されてしまった現代の医療研究のシステム的な欠点とも言える。

これまで注がれてきた何兆円というアルツハイマー病の治療研究費と時間に対して得られた成果の乏しさは、患者の犠牲を正当化できるレベルを超えてしまっている。

議論が成立していない

ただ、この議論は不毛になりがちでもある、最終的に何か魔法の特効薬が見つかれば、たしかに還元主義医療が正当化できる側面はあるが、その予測は誰にもできないからだ。

そして、このアルツハイマー病治療の将来性についての議論が成立するためには、議論するもの同士が、アルツハイマー病に関する膨大な研究をある程度、理解していなければむずかしい。アルツハイマー病に関する研究を行っている研究者は数万人はいるだろうが、おそらく、包括的に同レベルで議論ができる人間は、世界でも一握りしかいないだろう。

アルツハイマー病のある特定の分野での専門家というのは多数存在するが、実はアルツハイマー病の36の穴を含めたあらゆる分野における専門家は存在しないと言ってもよい。この区別は一般の人から見るとまったくわからない。

一見、番組であったように専門家同士の対立構造に見えても、実は大人と子供ぐらいに知識レベルが違ってて、議論がまるで噛み合っていないということがある。

見る人が見ればアルツハイマー病の還元主義的なアプローチはほぼロジカルに詰んでいて、個々の治療法の細部に関してはまだ詰めることのできる余白はあるだろうが、古い土俵に載った上で行ってもそれは原理的な批判にはならない。リコード法に批判的な立場をとる人間が攻撃する方法は、核心の議論を無視して、これまでのルールブックを教条的に訴える方法しかない。

バトンは向こうにある

現状の結果論から言えば、抗アミロイドβ薬は失敗続きで、一部承認となったかとされた抗アミロイド薬でさえ極めて限定的な効果しかもたらさない。ブレデセン博士の患者改善症例の足元にもおよぼない。

またプロセス論として見た場合についても、まだ、ブレデセン博士らが論文を発表した時点で、詳細に内在的な考察や検討を加えていたのであれば、まだ正当化できたかもしれない。しかし、自分の知る限り存在しない、あったのは単一で用いた場合の薬剤の証拠能力に対する批判だ。

現在に至るまで、学会全体が包括的な視点から捉え直した個々の治療の妥当性に対して無視を決め込んでいるあたりが、逆説的に、これまでの科学的探求の機能不全を露呈してしまっているようにも見える。

患者救済の最大化

ブレデセン博士に対するビジネス批判も、それが成立するなら、製薬会社のやっていることはどうなるのだ?と思わずにはいられなかった。たぶん、そう思った視聴者も少なくないはずだ。

また、ブレデセン博士のこれまでの動きを、最初の頃から見てきたからわかるけど、患者さんの救済の最大化を目的としたものだ。

ビジネス化しているかどうかはどうでもよく、そのビジネス内容だ、原価や個々の治療効果、重要なポイントは大体理解できるので、利益を優先させる事業に走れば、それはわかる人にはすぐにわかる。

例えばビジネスをして儲けたいたいのならサプリメントの販売が手っ取り早い。サプリメントは、特に患者側の強いニーズが最初からあった。しかし、他で代替できるからと判断したからだろうと推測しているが、彼はそれにはあえて手を出してこなかった。

 

一方でリコード法のヘルスコーチの育成は、他で代替できるものがないことから、早期の段階で取り組んだのだろう。これをどうやって資金援助が得られない中、ビジネスモデルに落とし込まないで実行できるのか、ビジネス批判をする人たちに聞いてみたい。

おそらく、「それは私の問題ではない」と答えるだろう、そう、結局、アルツハイマー病とは何なのか、何をすれば多くの認知症患者さんが助かるか、わかってない人間の戯言なのだ。

疑問符のつく点

ただし、彼が携わるビジネスのすべてを手放しで肯定できるわけではない。

現在はサプリメント販売の事業にも関わっており、肯定的に見ることができるものとそうではないものが混ざっている。

日本では、リコード法という名前や、ヘルスコーチの宣伝が先行してしまっており、聞き及んだ患者の多くは頼る場所がなく、高いレベルの自助努力が求められる状況に置かれてしまっている。

日本での告知と普及を願うならリコード法認定医やヘルスコーチの資格も、日本語での取得が可能なようにするべきだろう。補助的な翻訳であれば予算的にも技術的にも、それほど難しいことではないはずだ。

どこまで彼自身がリコード法のビジネスをコントロールできているのか定かではないが、見てると少しムラを感じることはある。組織を動かしている以上、仕方がない面もあるのかもしれないが、だからといってそれを認めてしまうとダブルスタンダードになるので、そこはフェアに注意深く見ていきたい。

その他のライフスタイル介入研究

アルツハイマー病協会の人が語っていた、ライフスタイル介入試験であるUSポインターは、まあこういう方向性で研究が進むこと自体は否定しないが、過去の事例から見ていけば限定的な結果に終わるだろう。

リコード法は、みんなが研究の質にこだわって、もたもたしているうちに、ぶっちぎりで、他のライフスタイル介入研究を引き離してしまっている、ということに気づいていない人は多い。

認知症予防のための多因子標的治療 マルチドメイン-ライフスタイル介入研究
サイトご利用には利用規約・免責事項への同意が必要です多因子標的LipiDiDiet/多種類の栄養素投与複合栄養素サプリメント Souvenaid(スーベネイド)の効果癌での多標的介入の...

番組内で語られていた費用について

リコード法のコストの高さが取り上げられていたため、番組を見た人は気になったかもしれない。

リコード法を実践しているサリーが、番組内で10年以上で700万円かかったと述べていて、そんなにかかるのかと。(実際にそういった感想をもらった)

700万円は年間で割れば、70万円以下のはずだが、その計算が意外とできない人がいて、700万円!という数字だけがちょっと独り歩きしてしまっている。

認知症が進行するともっと費用は高く付く

これには3つか4つ言いたいことがある。まず一つは、10年以上で700万円というコストが高いか安いかということだが、少なくとも認知症で患者さんが実際に支払う費用よりも少ない金額であるということ。(10年以上というの期間が何に基づくのか少し気になった。最も長く実行している患者さんで7~8年程度だと、どこかでブレデセン博士が述べていたのを記憶している。)

前提として抜けているのが、認知症は疾患の中でも非常に高額で、生活費を圧迫する病気のひとつということ。この認識がほとんどの人に欠けている。

リコード法 個人的課題(費用・時間・他)
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特に疾患が進行すると、保険以外にも多くの費用がかかってくるため実際の支払い費用も700万円ではとても賄えない。

家族が無償で提供する介護費用(インフォーマルケアコスト)だけでも、1年で(10年ではなく)382万円という目に見えない費用がかかる。

日本における認知症の社会的コスト 佐渡充洋(精神・神経科)|KOMPAS
Analysis reveals economic cost of Alzheimer's disease and dementia are 'tip of the iceberg'
A new research review highlighting the hidden costs of dementia suggests that traditional measures only show the 'tip of the iceberg' of the cost impact on soci...
抗アミロイドβ薬の5分の1の費用

そして2つ目は、これは患者さん視点とは異なるが、社会的コストとして見た時、製薬会社のアミロイドβ抗体薬などよりは全然安くつくということは本当は示してほしかった。700万円かかったとしてもリコード法10年分の費用は、アミロイド抗体薬の1~2年分にすぎない。

抗アミロイド薬の候補として取り沙汰されているアデュカヌマブの価格はわからないものの、年間コストは4万ドルではないかと囁かれている。[R]

仮に10年で計算すると4400万円になる計算だ。。、700万人存在する認知症患者のうち100万人だけが利用したとしても、4.4兆円が製薬会社に流れる計算になる。

現在国民の認知症に関する医療費は約1.9兆円、介護サービス費用は6.4兆円だ。[R]

ほとんど効果を示さないアミロイド抗体薬で、いきなり認知症にかかっていた医療費が倍になり財源を食いつぶす可能性もあるのだ。

つまり、リコード法的なアプローチがもし保険適用されるなら、仮に700万円という金額がかかったとしても最終的には患者も国もwin-winだ。概算してみたがQALYで見ても実際の投資効果は現在の抗認知症薬よりも高い。

薬価はいずれ下がっていくという意見もあるかもしれないが、リコード法の特殊な検査内容や、競合のない市場によって高額となってしまっているサービスなども多く、広く普及することで価格が下がっていくだろう。

副次的な効果・新たな市場の創出

さらにそのお金が、リコード法と関連する産業やメーカー、有機農農家へと流れれば、ここからは仮想的な話ではあるが、ヘルスケア産業の新たなマーケットを作り出し、日本の社会構造を変え、イメージアップを図れる可能性まで秘めている。

そして、総じてかかる費用の一部は(例えば食材であったり、衛生設備、フィットネスバイクの購入費用など)、シェアできるものも少なくなく、介護者家族にとっても恩恵が得られる。

リコード法は複雑さのデメリットに目がいきがちだが、反対に、その複雑さゆえに得られる副次的な効果も少なくない。

ライフスタイル介入は、認知機能だけではなく、精神疾患であったり、心血管や悪性新生物などその他の三大疾患にも良い効果を及ぼすと考えることのできる証拠は数多くあり、リコード法は単にアルツハイマー病を防ぐということだけにしてしまうには、もったいなさすぎる素晴らしい副作用がある。

より安価な方法がある

そして4つ目は、もっと、工夫次第で安くする方法もあるということ。リコード法はお金をかけようと思えばいくらでも注ぎ込むことができるため、個人によってばらつきが激しい。

例えば運動で個人トレーナーをつければ、それだけで年間30万とか50万とかいった金額になるだろう。市のスポーツセンターを利用すれば、3~5万円程度で、近所をランニングすれば0円だ。ヘルスコーチも必須ではないため、利用するか自力で行うかでリコード法の費用を大きく左右する要素のひとつだ。

食事も、たしかに有機や無農薬野菜はスーパーで売っている野菜よりも高いが、普段外食ばかりしていた人がオーガニック野菜に変えて自分で自炊すれば、むしろ安くつくだろう。

そのため総費用の平均がどれくらいとか、この人がこれくらいかかったと算出しても、参考にはならないわけではないが、そのまま受け取ってしまうと微妙だ。

自分がアメリカで働くときにいくら給料がもらえるのか、アメリカ人の平均給与を参考にしているような感じとでも言えばよいだろうか。

リコード法 個人的課題(費用・時間・他)
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継続的な検査費用とサプリメントに限定してこれくらいというのであれば、おそらくもう少し偏差の少ない平均値が得られると思うが、欲を言えば、費用を抑えて実行している人や、ヘルスコーチを利用した場合など、いくつか費用がかさむ場合と低コストですむ場合というように、シナリオがあると嬉しかった。

研究の質をとるか、患者さんの命をとるか

あくまでアルツハイマー病の治療研究に関してだが、研究の質をとれば、助かる人の数は大幅に減少する。助かる人の数を優先すれば研究の質は下がる、という相反する関係がある。

通常、そこは治療必要数で(NNT)として計算され、研究による犠牲者は多くても、後でより多くの人が助かるのだから良しとする功利主義的判断がなされる。

しかし、アルツハイマー病におけるリコード法は効果の証明が難しく、認可されるまでに何十年かかるかわからない。

冷静に天秤にかけて大局的な視点で見たときに、どちらがより多くの人を助けられるか、いわゆる一般的な臨床研究のスタイルでの研究の質を確保しようとすると、単に目の前にいる患者さんの問題だけではなく、世界規模に広がる認知症患者の犠牲が多大なものとなる。と、ブレデセン博士は判断したのではなかろうか。

影の英雄 ヴィクトル・ジダーノフ

人類最高の偉業のひとつに天然痘の根絶がある。この立役者は誰か? 1966年WHOに就任した世界天然痘根絶対策部長のD・A・ヘンダーソン医師の名前が上がることがある。[R]

しかし、ヘンダーソンが就任した時点で、天然痘を根絶するという政治的な意志はすでに決定されており、その席に彼がいなくても他の誰かが彼の役割を果たしていただろう。

天然痘の根絶を提案した、ヴィクトル・ジダーノフというウクライナ人ウイルス学者がいる。彼はそれよりももっと早い時期、1958年に、世界保健総会で天然痘の根絶という空想的な計画を提案する。

当時、誰も根絶が可能かどうかわからず、まさかソ連がそんな提案をするとは期待していなかった。しかし彼は、楽観的に情熱をもって10年以内に天然痘は根絶できると言い切った。彼の説得力ある主張により、WHOは根絶計画に同意し乗り出すことになる。

天然痘は重大な問題であったため、ヘンダーソン同様に、彼がWHOに働きかけなくてもいずれは根絶していた。しかしジダーノフが提案していなければ、天然痘への解決は相当に遅れていた、10年早めたとすれば彼は一人で1000万人から2000万人の命を救った計算になる。

ジダーノフのおかげで天然痘の根絶が10年早まったとしよう。

そうだとすれば彼は一人で1000万から2000万の命を救った計算になる。これは30年間の世界平和に匹敵する。

「効果的な利他主義宣言」より要約

10年で1億人の認知症患者が誕生

ブレデセン博士は、現代医療の問題や、自分に何ができるかという立場も含め、このことを遂行することが合理的にも倫理的にも正しいと見切ったのではなかろうか。

例えそこまで考えていなかったとしても、彼が実行していなければ、世界各国が現在取り組んでいるライフスタイルに介入する研究の本格的始動が10年は遅れていた可能性がある。(現在進行形ではあるが)

1年遅れる間に認知症患者は世界で1000万人誕生する。10年で1億人だ。。

目に見える数字では数千人の患者さんを救ったヒーローだが、彼はすでにライフスタイルの重要性を喚起した点において(例えそれがわずかな影響であっても)歴史上の偉人となりつつある。

誰もそれを述べないため、ジダーノフ同様、(知る人だけが知る)影のヒーローとなってしまうのかもしれないが、、

研究の質と患者救済の逆相関

研究の質を落としてもいいという主張ではなく、質と効果の逆相関関係を理解し、研究にもその比率に多様性をもたせるべきではなかろうか。

実際、研究の質を従来の意味で担保する手法は、彼がしなくても、勝手に多くの研究機関が取り組んでいる。

良きことを行ううえで重要な価値とは、他の人でもできる直接的な利益ではなく、他の人にはできない差分によって生じる。

改善の可能性

改善の可能性の表現はとても難しい

リコード法では効果があるのは、MCIと早期アルツハイマー病で、中期、後期では効果は低くなる。と番組でナレーターが語っていた。

改善の可能性というのは、表現がすっごく難しいパート。定義や前提条件など、誰が言うのか、情報を受け取る人は誰なのか、変数が多すぎて、どうしても曖昧な言い方になってしまう。

中期、後期は効果がないからやっても意味がないんだと思った人がいたかもしれない。中期、後期への効果については、もう少しその中身には細部がある、自分の解釈ではあるけれども以下の記事にまとめてあるので、読んで参考にしてもらえたらと思う。

リコード法 進行ステージにおける改善可能性と課題
MCI・初期・中期・末期でのリコード法サイトご利用には利用規約・免責事項への同意が必要です関連記事リコード法 難易度を決定する10の要因リコード法 進行ステージにおける改善可能性と...
MCI患者で70% 早期アルツハイマー病で30%という改善率

MCI患者では70%、早期アルツハイマー病患者では30%の改善率が番組内で示された。ここはNHKの番組としては踏み込んで表現してくれたと思う。

気になったのは改善率、というのも自分がブレデセン博士らから(最近の発言も含め)繰り返し聞いてきた改善率よりも明らかに低いからだ。

リコード法はリコード法の実行してみたという人をどこまで取り込むかで、改善率は大きく変化する。例えば書籍「アルツハイマー病真実と終焉」を購入してちょっとできることをやってみました、という人まで含めると、改善率は数%まで落ち込むかもしれない。

十分に実行できなかった人を含む改善率?

想像にすぎないが、番組で放映された改善率は、クリニックにかかった患者さんの改善割合ではなかろうか? そうだとすれば、そこには実行が十分にできていない人を含むだろう。

もちろん、実行があまりできなかった人を含めた数字を示すことにも意味はある。だが、(そうであるのなら)コンプライアンスの問題も含めた(もしくはその他の前提条件)数字として、示してほしかったという思いはある。

あらゆることを実行した結果、改善可能性が30%あるというのと、実行すれば90%近い確率で改善するが、十分に実行できる人は30%ぐらいしかないというのとでは、受け取る側の印象はまったく違うからだ。

とはいえ、この数字は、むしろ、一般の医療関係者からすれば、文書化されていないとか、対照群が設定されていないとか、おそらく自分とは反対方向(70%の改善率はミスリーディングだといった)批判がでてくるような気がしている。

有意水準?

もう一つの可能性は、改善の定義が有意水準に達したかどうかというライン引きだ。

例えばMMSEが22点だったのが23点となった場合に、一般の患者さんは改善したと捉えるかもしれないが、通常医療研究の世界ではこれは統計的な誤差の範囲として捉える。

MMSEであれば3点以上、上昇して初めて、それはたまたまの誤差ではなく本当に症状として改善した確率が高いと見なしたりする。この統計的有意性を満たさないため早期アルツハイマー病では30%の改善率という表現になった可能性もある。

まあ、このあたりはみな憶測になってしまうけれども。

最後に

困難な番組製作

いくつか番組内の誤解を生じさせる可能性がある部分を解きたかったので、細々取り上げて書いたけど、NHKらしく脚色性も薄く、個人的には映画を見ているような気持ちになる評価の高いドキュメンタリー番組だった。戸田恵子さんの淡々とした、解説も好ましく感じた。

テレビを何十年も見ていない人間が言うのもなんだが(笑)、NHKの良さが現れる番組だったと感じている。(昔の記憶で語っている)

 

冒頭でも書いたけど、リコード法はまだ世の中に認められていない治療法で議論の段階にあり、加えて患者視点、医療側の視点、視聴者視点、さらにアメリカと国内の温度差など、多数の切り口があるから、構想段階からして紆余曲折があったと思う。

表現者としてだけではなく、おそらく外交的な駆け引きも必要だったはずで、その難しい状況の中であれだけの真摯な番組を作ってくれた監督の時川さん、そして問題の大きさを理解して、背後で製作を支援していた山口さんや関係者にもお礼を述べたい。

蘇武さんはすごい!

アルツハイマー病患者さんが番組に出演するというのは、とても勇気がいることだ。

例えば、出演したがん患者さんなら、ガンを克服できたかどうかの寛解年数があるからその目標に向かって闘病していくことができる、仮にガンを克服できなかったとしても死の寸前まで人格を保って、みなからのエールを受け取りながら最後を過ごすことができる。

だが、アルツハイマー病患者さんは、そうはいかない。特に蘇武さんのようなまだ年齢的に若い方は、残りのおそらく長くなる人生を、リスクを抱えたまま送っていかなければならない。適切にリコード法を行えば今の段階なら大丈夫だと思うが、本人のプレッシャーは大変なものだと思う。

勇気をふり絞って出演してくれた、蘇武さんには心から感謝したい。

もし何かできそうなことがあれば是非声をかけてほしい。

「大切な記憶は何ですか」

さて、番組のテーマである、「大切な記憶は何ですか?」

あらため自分の大切な記憶は何だろうと振り返ってみた。

冒頭でも少し書いたが、ぼくも昔、自転車が好きな時期があって、学生時代に北極圏ではないが、ロスからバンクーバーまでを自転車で縦断したことがある。

彼の自転車旅行のセリフで、そのことを思い出したのかもしれないが、その旅途上でのある瞬間の情景がパッと思い浮かんだ。今でも、とても特別な記憶として残っている。

ただ、時間が経過してきたせいか、または自分の感性が変わったからなのかわからないけど、言葉として描写はできるのだが、身体感覚として思い出すことがちょっとむずかしくなってきている。

大切な記憶のはずなんだけど、それが今の自分ではない、あたかも前世の記憶を思い出しているような気持ちだ。

蘇武さんが大切な記憶を思い出すことが難しくなってしまったシーンがあって、それとはまた違うんだろうけど、重ね合わせて深く考えてしまった。

あれは何だったのだろうか?

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