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アルツハイマー病介護の悲痛な日々
「辛い、とても辛いわ… 同じ人なのにまったく違う人を見るというのは」
「わたしの母はとても元気で快活な人だったわ、今の彼女は何もしようとしない」
「他の人が母を見る時、彼らは彼女を今の見たままの人として見るでしょう。でも私が彼女を見る時、私の知っている過去の元気な母の姿を思い浮かべて見てしまうの。」
「まるで毎日喪に服しているかのようだわ、、だって、毎日母を見る度に、母の小さな何かが死んでいく、少しずつ奪われるのよ。」
「自分をもっとも深く知る人が消えようとしている、自分が生まれる前から自分のことを知っていた人が… その人と自分のつながりが失くなることで、私も少しずつ死んでいる… 娘である私が死んでしまうことでもあるの」
「失うのは本当に辛い… 目の前に存在する人と、つながりを感じることができないのは」
「他のすべての闘う病気は、肉体的なものでしょう。ガンだったり、でも他の病気はその人のままだわ、その人が昔もそうであったように今も同じ人だわ、そしてまだ話もできる。そしてまだその人を見ても、その人のキャラクターや性格はそこに生きている。でもこの病気は、新しい人と毎日会っているような気になるの」
「時々、私はとても孤独な気持ちになるわ。というのも私はいつもみんなをハッピーにしようとしているの。母へ自分のベストを尽くそうとしている。父へもできる限りのことを尽くそうとしているけど、父は母に対して一日中不満をもっているの。」
お父さん… 私はだれ?
娘「私が誰だかわかる?」
父「わからない」
娘「顔をあげて私を見て」「私は誰?」
父「眼鏡がどこにいったかわからない」
娘「ほら、私が近づくから、まっすぐ私を見て、私の手を見てみて、私は誰?」
「指を噛まないで、噛まないでお父さん、お父さん」
「私が誰だかわかる?」
父「わからない」
娘「あなたには娘がいる?」
父「私に娘がいる?私には娘がいたか、いないと思う」
娘「いないの?」
父「本当にわからない。どうして覚えているんだ?わからないんだ。」
「なんて名前なんだ」
娘「キャリアン」
父「キャリアン?」
娘「そう、思い出した?」
父「そういう意味じゃないんだ」
娘「わからない?」
父「わからない…」
娘「私がキャリアンなの」
父「……」
娘「聞いてる?」
父「キャリアン…」
娘「そう、私がキャリアンなの、私の名前はキャリアン、あなたの娘よ」
父「わからない…、でもそれはいいことだ」
アルツハイマー病中期に進行した父の行動
10分の間に起きたこと
息子
「ゴミをトイレに捨てたらだめだよ、ゴミはここ」
「(猫のトイレ砂)手で触らないで、病気になるよ」
「石鹸を使ったら手を水で流して」
「もう片方の手も洗い流して、反対の手も水で洗い流さないと、お願いだから」
「何を探しているの」
「落ち着いて、むこうにいってテレビを見よう」
「何かベッドに問題がある?」
アルツハイマー病の父の週末 自宅での15分間
この15分間はとてもベストな状態だった。
この日の朝、父は自分のベッドの上で用を足した。
アルツハイマー病の母とわたし
www.youtube.com/watch?v=_ZbHPhqXxAo
アルツハイマー病、母、私
“母はほとんどいつも歯ぎしりをしている。”
“母の握る力は驚くほど強い…”
“母への訪問はこういう感じで何年もたつ…”
“時々私は彼女の歯ぎしり”活動”に我慢ができなくなる。”
“今日は…我慢ができた…”
“母の歯は文字通り歯ぎしりで壊れている。”
“顎と歯を守る医療的な予防処置は役にたたなかった。”
“時々私は母のことを「ジョアン」と呼んだり、別のときには「お母さん」と呼んだりする。どちらかの名前で呼ぶことで母から反応をもらえることがある。”
“会話は意味をなさない。”
“母が60代の時にすべては始まった。”
“私は母のことを理解したふりをする。”
“彼女はまだ「ジョアン」だわ。”
“そしてまだ「私の母」…”
“私は本当に母を愛している。”
“…そして、母はそのことをまだわかっていると思う。”
若年性アルツハイマー病 わたしの母 コーラ
コーラを飲む若年性アルツハイマー病の母
わたしの母のアルツハイマー病
彼女は飲み込むことを忘れてしまい、食べ物を食べることができなくなっている。
胃ろうで栄養を投与するか、このまま自然に任せて餓死させるか家族は迫られている。