「試験結果は何かを示唆しているだけで、決して断定しているわけではない」
タフツ大学医薬品開発研究センター(CSDD)所長
ケン・カイティン博士
新薬を待つという偽の希望
新薬承認までの長い道のり
よくテレビ番組などで希望を与えるような新薬開発状況が放映されたりしますが、そういった薬がすでに申請されていたとしても承認を得て使用可能になるまでに平均的に7~8年の歳月がかかります。前臨床試験を含めると13年です。[R]
アルツハイマー病と診断されて亡くなるまでの年数は8~10年です。。
https://alzhacker.com/mmse/
承認試験の異常な失敗率
治験などに参加して希望をつなぎたいと思っても、承認試験の失敗率を見ていると、そこに大きな期待を寄せれるとは、とうてい思えません。
記事 アルツハイマー新薬、フェーズ3の高い壁…過去16年、成功確率わずか3.1%
※フェーズ3 = 治療薬の承認試験の最終段階
第一相臨床試験からの開発薬の成功確率は、がんの治療薬で約20%、アルツハイマー治療薬は1%以下です。
〇〇の投与でマウスのアルツハイマー病が回復したというニュースもよく耳にしますが、新薬の治験申請段階に達する確率は1%、薬が承認されて利用可能になる可能性は1%×1%=0.01%であり、万が一利用できることになるとしても10年以上先の話になります。
治療薬の進歩が絶望的に遅い
他の疾患と比べて、アルツハイマー病、血管性認知症が異常なほど薬剤や医療の進歩の恩恵を受けていないことが以下のグラフを見ておわかりでしょうか。。
1%という難関をくぐり抜けて合格した認知症薬であるガランタミンやメマリーでさえも、回復どころか進行抑制さえも持続的にできるわけではなく、その抑制期間も1~2年とアリセプトとほとんど差がないものです。
このグラフの貢献度も、何を基準にしたのかわかりませんが、今の抗認知症薬の貢献度が40%に位置するというのはこじつけにしか見えません。
論文(英語)
「医学的に有効ではない」という言葉の誤解
統計が示すことを信じる前に、統計に示されていないことを注意深く考慮せよ。
ウィリアム・ワット
少しむずかしい話しになりますが、認知症またはアルツハイマー病の薬剤が「医学的に有効ではない」と言われるとき、その意味は実は多義的なのですが、通常製薬の承認の最終試験において、ADAS-cogや面接などの臨床評価による指標(エンドポイント)という統計結果によって基準を満たさなかったことを意味します。
医学的根拠は白黒で決まるのではない
試験結果の「医学的に有効ではない」という判定を受けた場合、それは統計情報として認められないということを意味しています。
これはどういうことかというと、薬剤の効果は白黒ではっきり決まるのではなく、P値という設定による可能性の高さ(通常95%以上)で判断されます。
つまり効果はグレーの濃さで決まるため、実際には改善する可能性が94%あったとしても、基準値以下とみなされ失格となってしまいます。
この95%という数字自体は線引にすぎず、その数字そのものに深い根拠はありません。あるのなら93.6%とかいった数字になっているでしょう。
20歳からあなたは成人です、というのとたいして変わりはありません。
有意症 Significantosis
「“統計的に有意差なし”もうやめませんか」 Natureに科学者800人超が署名して投稿
線引が不要だと言っているのではありません。そうではなく「疾患の深刻さ」「治療法の経済性」「利便性」「副作用の強さ」などは一切考慮されずに白黒でP値が確定的に決められてしまっており、そのことの制度的な是非はともかく、95%を下回るやいなや、
根拠がない > 効果がない > 治療として取り入れるべきではない。
までに医療の制度の下では排除されてしまっていることです。
※一方で、世の中のごまんとある怪しいサプリメントを擁護する論法でもないことに注意してください。
なにをもってして効果があるとするのか
また効果があるとするための評価項目(エンドポイント)をどのように選ぶのか、この事自体は通常統計的な処理で選ばれるわけではありません。臨床試験施設によって評価方法が異なるため、データに意図しないもばらつきが生じています。
さらに、認知機能の評価は主観的なエンドポイントに依存しており、治療薬以外の様々な影響を受けるため、短期的な評価ではそれら二つの要因が組み合わさることで、第II~III相試験で有効性を証明することはほぼ不可能となっています。
さらに、例えば、ランダム化比較試験において、プラセボ郡よりも有意な効果をもたらしたものの、臨床的に有意な効果をもたらさなかったというような事例があり論争の対象となっていますが、この問題は少なくとも統計処理の問題で解決できるようには思えません。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15611488
何重もの階層性
さらに、アルツハイマー病などの中枢神経系疾患の治療開発には、ヒトの脳の複雑さ(+脳への薬物送達)という固有の課題があります。
単体の化合物が代謝され > 神経生理学的な変化が起こり > さらには認知的な変化 > 行動レベルでの症状が改善 > 個体差を無視した被験者全員の平均値が有意に改善
までの因果関係または相関関係に階層性がありすぎて、
そもそも論として、認知症という疾患が、「単体の化合物」によって改善結果に反映しうるような病気なのか?という疑念があります。
少しむずかしい言い方をすると、神経生理学的変化と認知的変化は1対1の対応関係にあるとは思えないのです。
この例えが妥当かわかりませんが、今認知症医療がやっていることはペットボトルをリサイクルして、その結果温暖化が防止できたかを人々にアンケートをとって判断しているみたいな感じです。
仮に大気中のCO2を精密に計測したとしても、おそらくペットボトルのリサイクルだけではCO2濃度低下の判定(有意差)はつかないでしょう。
その結果に基づいて、ペットボトルのリサイクルはすべきではないと判断すべきでしょうか?
ペットボトルリサイクル不要論もあるようですが、、
短期的効果の優先
そして、試験期間は数ヶ月長ければ数年ということもありますが、試験の性格上、短い期間で判断せざるを得ないため、10年前後という病気の長さに対して短期間の間に一定の効果をあげなければ試験をパスしないということにも、ひっかかるものがあります。
代謝障害が認知症との発症に関連していることは疑いようがありませんが、創薬研究ではそういった病気の幹にある病因については、ほぼほったらかしです。
短期間のP値追求は対処療法優先
一部代謝障害の改善をターゲットにした認知症治療研究は存在しますが、やはりすぐには成果があがらないため試験でのスコアを満たすことができず失敗に終わります。
この試験期間の短さと、P値をクリアしなければならないというプレッシャー、そして単一の化合物や治療法で効果をあげようとしているために、対処療法的な治療方法が採用される傾向となっているのではないかという疑念も強くあります。
ドネペジルはなぜ成功したのか
「アミロイド仮説こそが本命だ」と言われたりもしますが、現在唯一認められている抗認知症薬はアセチルコリンを増強する薬であって、アミロイド阻害薬ではありません。
アルツハイマー病のコリン仮説も過去には存在しましたが、その仮説が正しいと現在でも考えている研究者はほとんどいません。
貧困と犯罪率には直接的な因果関係は存在しません。そして、街中の監視カメラの数と犯罪率には因果関係が存在しえます。極度の貧困状態の中でハイテク監視カメラを増やしていけばひとまず犯罪は減るでしょう。
実証容易な治療ばかりがはびこる
情報バイアス、選択バイアスはもとより確証バイアス、出版バイアス、報告バイアスとまあ多くのバイアスが情報にはつきまといます。現代の医学はもとより科学の考え方はどれだけバイアスを除去できたかによって、その情報の客観性が担保されます。
しかし、真の客観性とは、バイアスの除去が全情報に対して均等に行える場合だけです。
つまりバイアスが本当にあらゆる情報に対して平等に除去できるのであれば、バイアスを除去しようという行為は正当性をもつのですが、事象には明らかに定量化が原理的に難しい、再現性が難しい事象とそうでないものが原理的に内在しており、かつ情報に対してのバイアス除去をどの情報に対してどこまで行うかということ自体にも研究コスト、ビジネス化、研究者の恣意性などが入ります。(新薬のプロセスにかかる歳月は12~15年であり、一般的な費用は2700億円です。。)
バイアスの除去という努力は尊重されるべきでしょうが、そこに潜むメタバイアスは(特に前者は)けして解決できません。
特に治療の組み合わせという医療領域を含めると、潜在的治療候補は文字通り天文学的な数にまで増加します。(100種類の薬剤から10の組み合わせパターンを抽出すると約17兆パターンの投与方法が生まれます。。)
局在的な合理性・実用性の欠如
まだ他にも多くのリアリティーのない認知症治療研究に対する不満がありますが、こういった不備が目につきだすと、今の医学が、局所的な合理性と均一性に基づく実証性を追求しすぎて、包括的な合理性、または実際性(プラクティカリティー)を見失っているようにも見えます。
実証不可能な隙間を理解で埋めていく
ですので、「医学的に効果がない」もしくは「医学的に効果がある」と言われても、背景にある研究や、臨床試験の詳細内容がわからなければ、少なくとも個人が活用していく際には情報としてはほとんど役に立ちません。
こういった白とも黒とも判定できない情報を、個人が活用していくためには、その証拠の意味合い、そして作用メカニズム理解する能力が求められます。
グレー領域の治療手段が放置される
巷にはあまりにも怪しく利益優先の治療法が広まっているため、それらに傾倒する人たちと、それらに反発して強固確実なエビデンスばかりを主張する人たちに分かれてしまって、
中間的な証拠をもつ治療法が現実的に扱われていません!
ちなみに医学論文の検索サイトPubMedで、アルツハイマーの治療法を検索すると約4万件ヒットします!
そして、今市場に出回っている治療薬は4つです……
まずはエビデンスレベル
ガイドラインの類は参考程度にはなるが、状況が複雑なときには役に立たない
PRAインターナショナル ヴォルマー副社長
そういった臨床試験の厳格すぎる基準ではじかれてしまった治療方法にも、エビデンスレベルやエビデンスグレードと言われる評価手法があり、研究などの分類によって信頼度の基準がガイドラインとして作られたりもしています。
ただし、ガイドラインにも多くの問題があることに気がついてきます。
つまるところはガイドラインで信頼されるものも、薬剤の臨床試験同様、再現性、実証性を重視することには変わりなく、証拠の厳格さと研究の数、そして専門家のコンセンサスで決まってしまいます。
メタエビデンスの不在
あれだけエビデンスの重要性が強調されながら、エビデンスの階層性そのものはエビデンスで決定されていないのです。
あらゆる治療法が平等にテストされるのであれば、基準の高いものほど単純に良いと言えるかもしれませんが、信頼性の高い研究ほどコストがかかり研究対象を選択する時点で利益が得られるかどうかの選択バイアスが入らざるをえません。
また、実証性に難しさが伴う研究の多くも、メタアナリシスには最初から入っくる余地がありません。ガイドライン作成者の興味のあるエビデンスばかりが引用されているなど、主観的な影響が入り込んでいるという指摘もあります。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30941880
利益にならない薬には信頼性の高い証拠も少ない
薬の開発段階から第三相試験を経て承認に至るまでの費用は平均的に500億円以上の費用がかかります。[R]
このことが何を意味するか考えてもらいたいのですが、まずこれだけの資金を投入して試験が行える組織は実質的に資金力のある大手の製薬会社だけです。そして製薬会社はこの投資にかかった費用を、後に販売によって回収していかなければならないわけです。
例えば、ココナッツオイルが仮に病院での処方薬として扱われるようになったとしても、多くの人は一般のお店で安く入手する可能性が高いため、製薬会社がそれによって利益をあげることが難しいことは容易に想像できます。
承認までの研究コストをどうやって捻出するのか?
仮にココナッツオイルに大きな治療効果がある可能性が高いということを見出されたとしても、100億円単位の費用をメーカーが投資して臨床研究を行うでしょうか?
製薬会社の味方をするつもりはさらさらありませんが、会社のトップは心の奥底ではこう思っているでしょう。「われわれは会社組織を、そして数千人という社員を養っていかなければならない、そのためには利益の得られる薬を開発しなければならない、また次の薬を開発するための研究費用も必要だ、それとも会社が潰れたら誰かその面倒を見てくれるのか?」と。
※研究開発費に使われる費用は3割程度で、ほとんどが営業・宣伝費用のようですが。。
qmir.wordpress.com/2018/11/05/製薬企業の費用構造%E3%80%80日本の製薬会社は販管費比/
現代医療の「構造的な」裏事情
その他にも単一の化合物が特定できない、プラセボを除外できない伝統療法、特許がとれない化合物、リコード法のような多剤療法、単に知られていない薬物、医療倫理に反する、短期的な効果が現れない、等々多くの理由により研究対象が限られてしまう傾向があります。
治療効果があるのならとっくに病院で使われているはずだよっといった意見を時々に耳にするのですが、そういった現代医療の裏事情が完全に見過ごされています。
エビデンスガイドラインだけでも数年間なら抑制可能
とはいえ、医療情報に詳しくない人が、最初はガイドラインを基準に、推奨グレードの高いものを選んでいくことも1つの良い選択肢だと思います。
私自身も、今ほどには医療事情に詳しくなかった最初の頃は、エビデンスグレードから比較的上位にあるものを抜き出して、それらを組み合わせた改善策を実行していました。
リコード法を知った今振り返れば、ずいぶん稚拙な方法であったものの、それでも母の命を数年は繋いだと思います。もし、なにもわからずに雑誌や新聞などに掲載されるようなコマーシャルな治療薬に飛びついていたらと思うと、今でもゾッとするものがあります。
そして、医療情報にもっと詳しくなっていくことで、上記図にあるピラミッドの階層を降りてゆき、証拠の弱い情報であっても読み解き、自分たちで医療情報を駆使して治療していく人々や世界があることもわかってきました。
次の記事
リコード法について説明していきます。少し専門的な話しになりますので、むずかしければ次の記事は飛ばして読んでもらってもかまいません。