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日本語タイトル:『相互依存する世界における社会結束の創造:オーストラリアと日本の経験』アーネスト・ヒーリー、ダルマ・アルナチャラム、水上徹男編 2016年
英語タイトル:『Creating Social Cohesion in an Interdependent World: Experiences of Australia and Japan』Ernest Healy, Dharma Arunachalam, and Tetsuo Mizukami (eds.) 2016年
学術書『相互依存する世界における社会結束の創造:オーストラリアと日本の経験』 2016年
1990年代以降、国際機関が推進する社会政策は根本的に変質した。「構造改革」「国際協調」「多文化主義」という名の元に、実際には国の責任を個人に押し付ける仕組みが完成していた。… pic.twitter.com/QRaZdw7Jus
— Alzhacker (@Alzhacker) August 29, 2025
目次
- 第一部 社会結束と国際化の挑戦 / Social Cohesion and the Challenge of Globalization
- 第1章 社会結束とグローバル化の挑戦 / Social Cohesion and the Challenge of Globalization
- 第2章 移民問題に関連する日本の社会結束 / Japan’s Social Cohesion in Relation to Immigration Issues
- 第3章 オーストラリア多文化主義—「自然な移行」か社会的強制か? / Australian Multiculturalism—”Natural Transition” or Social Coercion?
- 第4章 現代オーストラリアの移民に対する態度 / Contemporary Australian Attitudes to Immigration
- 第5章 日本における移民の挑戦:日本社会はいかに移民に対処してきたか? / Immigration Challenges in Japan: How Has Japanese Society Coped With Immigration?
- 第二部 統合と多様性の実践 / Integration and Diversity in Practice
- 第6章 なぜ半数の市町村政府が国家合併政策の下で消失するのか?「グローバル化する」日本における地方基盤の変化 / Why Half the Municipal Governments Disappear Under a National Mergers Policy? Changing Local Bases in “Globalizing” Japan
- 第7章 「離散的」ムスリム、「少数派的」イスラム、現代民主的市民権:調和と統合の交渉 / “Diasporic” Muslims, “Minoritarian” Islam, and Modern Democratic Citizenship: Negotiating Accommodation and Integration
- 第8章 ベトナム系オーストラリア人コミュニティにおけるボランティア活動と市民参加 / Volunteering and Civic Participation in the Vietnamese-Australian Community
- 第9章 国際結婚、言語使用、移民の統合 / Intermarriage, Language Use, and Integration of Migrants
- 第10章 国際結婚と日本のアイデンティティ / Intermarriage and Japanese Identity
- 第三部 教育と労働市場の変容 / Education and Labor Market Transformation
- 第11章 グローバル化への対応としての高等教育の国際化:1980年代以降の日本の政策課題 / Internationalization of Higher Education as a Response to Globalization: Japan’s Policy Challenges since the 1980s
- 第12章 高等教育と社会結束:大学、市民権、指向性の空間 / Higher Education and Social Cohesion: Universities, Citizenship, and Spaces of Orientation
- 第13章 日本における個別労働関係紛争処理制度—政策意図と個人労働者の願望 / Individual Labor-Related Dispute Mechanisms in Japan—Policy Intention and Individual Worker Aspirations
- 第14章 日本の若年労働市場 / The Youth Labor Market in Japan
- 第15章 グローバル化、移民政策、オーストラリアの若年雇用 / Globalization, Immigration Policy, and Youth Employment in Australia
全体の要約
本書は、グローバル化の進展が社会結束にもたらす挑戦について、オーストラリアと日本の経験を通じて分析した研究書である。編者らは、1990年代以降に国連やOECDが推進した新自由主義的な小さな政府論と国際主義的政策が、必ずしも社会結束を強化するものではなかったと論じている。
第一部では、グローバル化が社会結束に与える影響の理論的枠組みを提示し、日本とオーストラリアの移民政策と社会統合の歴史的展開を検討している。日本は長らく民族的同質性の神話に基づく社会を維持してきたが、人口減少と高齢化により移民受け入れの必要性が高まっている。一方、オーストラリアは戦後早期から多文化主義政策を採用し、移民を積極的に受け入れてきたが、この政策は必ずしも草の根レベルでの広範な支持を得ていなかった。
第二部では、具体的な統合と多様性の実践について分析している。日本では「平成の大合併」により多くの地方自治体が統合されたが、これは中央政府主導の空間的再編成であった。オーストラリアでは、ムスリムコミュニティの統合問題や、ベトナム系住民のボランティア活動など、多様な統合パターンが見られる。国際結婚の分析では、オーストラリアでは高い異族間結婚率により統合が進んでいるが、日本では外国人配偶者の日本文化への同化が期待されている。
第三部では、教育と労働市場の変容に焦点を当てている。日本の高等教育国際化は経済的動機が強く、国際競争力向上を主目的としている。オーストラリアの大学は「グローバル大学」として変容し、国境を越えた市民権の形成に寄与している。労働市場では、日本で個別労働関係紛争が増加し、若年雇用環境の悪化が深刻化している。オーストラリアでも移民の増加が若年雇用に圧迫をかけている。
両国の経験から、グローバル化の圧力の下で社会結束を維持するためには、単純な新自由主義的処方箋ではなく、各社会の歴史的・文化的文脈を考慮した多面的なアプローチが必要であることが示されている。また、移民統合においては、単なる多文化共生の理念だけでなく、実際の社会経済的条件や制度的枠組みが重要な役割を果たすことが明らかになった。
各章の要約
第一部 社会結束と国際化の挑戦 / Social Cohesion and the Challenge of Globalization
第1章 社会結束とグローバル化の挑戦
Social Cohesion and the Challenge of Globalization
1990年代以降、社会結束への関心が急速に高まったのは、グローバル化による不安感の高まりが背景にある。国連とOECDは新自由主義と国際主義を結合した政策を推進したが、これは必ずしも社会結束を強化しなかった。むしろ民族多様性と社会不平等が組み合わさることで社会結束が阻害される可能性が高まった。著者らは、社会が外部圧力に適応する際に、自らの歴史的・文化的文脈から出発する内生的アプローチの重要性を強調し、オーストラリアと日本の対比分析を通じてこの問題を検討すると述べている。
第2章 移民問題に関連する日本の社会結束
Japan’s Social Cohesion in Relation to Immigration Issues
日本は世界最高水準の長寿社会である一方、極端な少子高齢化により労働力不足と地域社会の衰退に直面している。1980年代以降、アジア系移民が急増し、特に1990年の出入国管理法改正により日系南米人の受け入れが拡大した。しかし日本政府は移民国家であることを公式に認めず、外国人労働者を一時的滞在者と位置づけている。地域レベルでは外国人住民への支援が行われているものの、国レベルでの統合政策は限定的である。人口減少により日本社会は移民受け入れの必要性に直面しているが、民族的同質性の神話と実際の多文化社会化の間にギャップが生じている。
第3章 オーストラリア多文化主義—「自然な移行」か社会的強制か?
Australian Multiculturalism—”Natural Transition” or Social Coercion?
オーストラリアの多文化主義政策は1970年代以降の国際化戦略の中核を成してきたが、これは自然な社会発展ではなく政治的エリートによる上からの変革であった。戦後の移民受け入れ当初は同化政策が前提とされていたが、1970年代にアジア系移民が増加すると多文化主義が推進された。しかし世論調査では教育水準の低い層を中心に多文化主義への反発が根強く存在した。1996年のポーリン・ハンソン現象は、こうした草の根レベルでの不満が爆発した例である。人種差別禁止法の制定により多文化主義の制度化が進んだが、これは強制的な側面も持っていた。
第4章 現代オーストラリアの移民に対する態度
Contemporary Australian Attitudes to Immigration
2007年以降のスキャンロン財団調査によれば、オーストラリアは移民受け入れに比較的寛容な国である。移民数を「多すぎる」と答える割合は35-47%で推移し、多くの国民が現状維持または増加を支持している。しかし移民の出身地により態度に差があり、レバノンやイラク出身者への負の感情は27%、ムスリムへの負の感情は25%に達する。多文化主義については85%が「良い」と評価するが、政府による少数民族文化維持支援には33%しか賛成していない。全体として寛容だが、特定の集団への警戒感と、多文化主義の「軟い」解釈が併存している状況である。
第5章 日本における移民の挑戦:日本社会はいかに移民に対処してきたか?
Immigration Challenges in Japan: How Has Japanese Society Coped With Immigration?
戦後日本の経済発展は国内人口移動で労働力需要を満たしてきたが、1980年代以降は外国人労働者に依存するようになった。1990年の入管法改正で日系人の就労が可能になり、研修・技能実習制度も拡大した。しかし多くの外国人労働者は非正規雇用に従事し、経済変動の影響を受けやすい。日本の雇用制度は企業別組合と終身雇用を特徴とするため、外国人労働者は内部労働市場から排除されがちである。地方自治体やNGOが支援活動を行っているが、国レベルでの統合政策は不十分である。日本は事実上の移民社会になりつつあるが、政府は依然として移民国家であることを否定している。
第二部 統合と多様性の実践 / Integration and Diversity in Practice
第6章 なぜ半数の市町村政府が国家合併政策の下で消失するのか?「グローバル化する」日本における地方基盤の変化
Why Half the Municipal Governments Disappear Under a National Mergers Policy? Changing Local Bases in “Globalizing” Japan
2000年代初頭の「平成の大合併」により、日本の市町村数は3,231から1,730へと半減した。この大規模な空間再編成は、グローバル化と国内経済停滞への対応として実施された。1980年代の「世界都市」東京構想が頓挫した後、1990年代の長期不況により公共投資が急増したが効果は限定的だった。企業の海外展開が進む中、国は「三位一体改革」により地方財政を締め付け、小規模自治体の合併を促進した。この政策は国主導の「上からの」空間再編成であり、周辺地域の自立性を奪う結果となった。グローバル化の圧力と国内制度改革が組み合わさった複合的危機管理の事例である。
第7章 「離散的」ムスリム、「少数派的」イスラム、現代民主的市民権:調和と統合の交渉
“Diasporic” Muslims, “Minoritarian” Islam, and Modern Democratic Citizenship: Negotiating Accommodation and Integration
イスラム系移民の統合問題は、イスラムの「多数派統治主義」的世界観と西欧民主主義社会の価値観の衝突に起因する。預言者ムハンマドの肖像禁止やヴェール着用などの宗教的実践をめぐる論争は、少数派的状況と多数派的思考様式の不適合を示している。著者は、ユダヤ人の歴史的経験と対比して、ムスリムが少数派として生きる経験の蓄積が不足していることを指摘する。民主的市民権は顔と顔を合わせた相互認識を前提とするため、全面的ヴェール着用は市民的社会性の拒否を意味する。統合には、受け入れ社会の寛容と移民側の「少数派的」心構えの両方が必要である。
第8章 ベトナム系オーストラリア人コミュニティにおけるボランティア活動と市民参加
Volunteering and Civic Participation in the Vietnamese-Australian Community
ベトナム系住民へのインタビュー調査により、彼らのボランティア観と市民参加の特徴を分析した。多くは「心からの助け合い」としてボランティアを理解するが、オーストラリアの公式定義とは齟齬がある。言語障壁と文化的差異により、主流社会での活動参加は限定的で、コミュニティ内での相互扶助が中心となっている。宗教組織が重要な役割を果たし、難民としての経験に基づく恩返しの気持ちが動機となっている。エスニック・アイデンティティと多文化的オーストラリア・アイデンティティが併存し、内集団結束と外集団との橋渡し両方の機能を持つ市民参加が展開されている。
第9章 国際結婚、言語使用、移民の統合
Intermarriage, Language Use, and Integration of Migrants
オーストラリアでは国際結婚率と英語使用率が移民統合の重要な指標である。第二世代では大多数が異族間結婚を行い、第三世代では90%以上が家庭で英語のみを使用する。ヨーロッパ系移民は統合が最も進んでおり、アジア・中東系がそれに続く。中国系とインド系の第二世代は50%以上が異族間結婚を行っているが、トルコ系、レバノン系、ベトナム系、アフガニスタン系、パキスタン系は統合が遅れている。しかし第三世代になると、ほぼすべての集団で75%以上が異族間結婚を行っている。高い国際結婚率は、本質主義的多文化主義よりも統一的国民アイデンティティの可能性を示唆している。
第10章 国際結婚と日本のアイデンティティ
Intermarriage and Japanese Identity
日本の国際結婚は2006年の44,701組をピークに減少傾向にある。日本人男性とアジア人女性の組み合わせが圧倒的多数を占め、その背景には農村地域の嫁不足問題がある。日本のアイデンティティは国籍、血統、文化の三要素から構成され、外国人配偶者の包摂・排除はこれらの要素により決定される。明治期の「日本人種改良論」から植民地期の同化政策を経て、現在でも外国人配偶者、特にアジア系女性には日本文化への同化が期待されている。国際結婚の子どもたちは日本人として育てられることが前提とされるが、近年は多文化的アイデンティティを尊重する動きも見られる。日本社会の真の多文化化には、相互の差異を尊重する社会の構築が課題である。
第三部 教育と労働市場の変容 / Education and Labor Market Transformation
第11章 グローバル化への対応としての高等教育の国際化:1980年代以降の日本の政策課題
Internationalization of Higher Education as a Response to Globalization: Japan’s Policy Changes since the 1980s
日本の高等教育国際化は1983年の「留学生10万人計画」に始まり、2008年の「留学生30万人計画」に至る。当初の国際貢献目的から、経済競争力向上を主目的とする政策に変化した。2000年代以降は「グローバル人材育成」が重視され、産業界の要請により英語能力、異文化理解力、基礎的社会人力を備えた人材育成が目標とされた。2014年の「スーパーグローバル大学」事業では、世界ランキング100位以内入りを目指すタイプAと国際化拠点を目指すタイプBに分けて支援している。しかし経済的動機が強すぎるため、国際化の多面的価値(多文化理解、地域調和、持続可能発展など)が見落とされる危険性がある。
第12章 高等教育と社会結束:大学、市民権、指向性の空間
Higher Education and Social Cohesion: Universities, Citizenship, and Spaces of Orientation
モナシュ大学を事例に、グローバル化が大学の役割をどう変化させているかを分析した。大学は「指向性の空間」として機能し、学生の学習とアイデンティティ形成に影響を与える。モナシュ大学は「グローバル大学」として自己規定し、5つの国にキャンパスを持つ。卒業生の資質として「責任ある効果的なグローバル市民」を掲げ、国境を越えた市民権形成を目指している。留学生同士の交流やオンライン教育により、国民国家の枠を超えたトランスナショナルな学習空間が創出されている。これは従来の国民的社会結束に代わる、新たな形の国境横断的社会結束の可能性を示している。
第13章 日本における個別労働関係紛争処理制度—政策意図と個人労働者の願望
Individual Labor-Related Dispute Mechanisms in Japan—Policy Intention and Individual Worker Aspirations
2001年の「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」により、労働者個人と使用者間の紛争処理制度が整備された。集団的労使関係の衰退により、個別紛争が急増している。都道府県労働局を中心に、相談、助言・指導、あっせんの三段階の手続きが用意されている。相談件数は年間約25万件だが、あっせんに進むのは2%程度にとどまる。解雇関連、労働条件、いじめ・嫌がらせが主要な相談内容である。派遣労働者の利用率が高く、雇用身分による格差が影響している。都道府県により利用率に差があり、地域的要因も存在する。制度は労働者保護に一定の効果を上げているが、根本的な労働環境改善には限界がある。
第14章 日本の若年労働市場
The Youth Labor Market in Japan
1990年代以降、日本の若年労働市場は深刻な悪化を経験している。35歳未満の労働力は2001年の2,300万人から2014年の1,700万人に減少したが、失業率は15-24歳で6.3%、25-34歳で4.6%と高水準である。非正規雇用率も上昇し、NEET(就学・就労・職業訓練のいずれにも参加していない若者)やフリーターが増加している。正規・非正規雇用間の格差は深刻で、賃金、研修機会、社会保険適用で大きな差がある。日本の「メンバーシップ型」雇用制度により新卒時の就職失敗が長期的不利益をもたらし、「就職氷河期世代」が生まれた。「ブラック企業」問題も深刻化し、若年労働者の5分の1が劣悪な労働環境に置かれている。
第15章 グローバル化、移民政策、オーストラリアの若年雇用
Globalization, Immigration Policy, and Youth Employment in Australia
オーストラリアでは2011年以降、労働力の伸びが雇用の伸びを上回り、失業者が13万人増加した。年間24万人の純海外移住により、2011年以降の雇用増加分のほぼ全てを最近到着した移民が占めている。技能移民プログラムは機能不全に陥り、不足職種リスト(SOL)に掲載された職業の移民は4割未満である。会計士、料理人、美容師など供給過剰の職業で大量の移民が受け入れられ、国内卒業生と競合している。457ビザなどの一時滞在者も100万人を超え、若年層の参入レベル職種で激しい競争が生じている。政府は労働市場への影響を無視して高水準の移民受け入れを継続しており、オーストラリア在住者、特に若年層の雇用機会を圧迫している。
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