日常の改善策・伝統療法の復権

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少し食べ、少し飲み、早くから休むことだ。これは世界的な万能薬だ。

ドラクロア

伝統療法

東洋医学

偶然ではあったのですが、病気を発症する前に、素晴らしい東洋医学の先生と知り合いになる機会をもっていたため、自分の闘病生活の中で、様々な伝統療法・民間医療の世界も探索し試みてきました。(思想的にというよりは、強い好奇心を原動力に、あれやこれや試していたといったほうが正しい気もします(汗))

マクロビオティック、玄米菜食、ハタヨガ、断食、西式健康法、東城百合子の自然療法、ビワの葉温灸、赤本、等々まあ、他にも多くのことに手を出していました。

この時、通常の医療機関で常時検査を受けながら治療を行っていたことも幸いしましたが、サイトカインや炎症性マーカーなどの変動をつぶさにチェックしながら改善策を試行してきてたため、伝統療法の一定の有効性と限界について、感覚だけに頼るのではなく生化学的な知識をベースにした自分なりの理解というものが形成されていきました。

伝統療法の強み、弱み

伝統知、経験知というものは、分析的なスポットライト思考が見落としてしまう穴を、多く拾ってくれます。施術者の語る理屈だけに焦点をあてると、多くの代替療法はトンデモ療法となりかねませんが、後から生理学的な仕組みがわかってくると「なるほど」と思うことが少なくありません。

東洋医学はブラックボックスを包摂

施術者も、なぜその伝統療法が効果をもたらすのかということを「メタ解釈」で捉えており、その複合的な要素要因を生化学的な因果関係では捉えてないケース(または単に未解明)がほとんどです。

そこで研究者が、こういう仕組みではないかと機序を部分抽出して臨床試験が行われるため、「効果がない」「有意差がつかない」と判定されてしまっている伝統医療も多いのではないのか?と思っています。

ブレイクスルーが難しい伝統療法

また、伝統療法は経験の積み重ねで生まれた知恵でもあるため、経験で対処できない新しい未知の問題に対しては頭打ちをしてしまう傾向もあります。

母の場合、さほど実践していないため、アルツハイマー病に関する民間療法の有効性がどこまであるか、わかりませんが、そもそもアルツハイマーの場合、経験談で治ったという話を聞かないので、(これは西洋医学も同様ですが)民間療法に頼り切るというのは明らかに最良のアプローチだとは言えません。

認知症は東洋医学が得意とする自己免疫疾患、慢性病、不定愁訴よりもさらに高次元で込み入っており、複雑系疾患のコングロマリットのようです。

時間とお金のコストパフォーマンスを考える

ただ、伝統療法も最近は作用機序が解明されて見直されているものもあり、そういったものは単純に効くか効かないかではなく、36のどの穴を埋めるのかということと、手間暇などのコストに対してどれだけ貢献してくれそうかということを、経験とエビデンスの両面から考え、取捨選択していくことは重要です。

※認知症患者の多くの方は少ない年金で生活をやりくりしている方たちであり、介護殺人に追い込まれている方も金銭的事情を無視しては語れません。その中でお金がある人間にしか実行できないような治療にはなんの意義も見いだせないため、コストをどう削減して多くの人に実行してもらえるようにするかという点については、ブログ作成の上で強くこだわっています。

臨床結果だけで判断しにくい東洋医学

民間療法の臨床研究は絶対数が少なく、プラシーボとの区別も容易ではないものが多いいため、わたし個人は、臨床結果は参考程度に、どちらかと言えば生化学的な作用機序と経験知、伝統知から推論して有効性を判断します。

認められていないに等しい「併用療法」での承認テストが標準化し、誤解の多いプラセボ効果なども、もっと実践的に取り入れられれば、これまで多くの効果がないと決めつけられていた多くの民間療法が、息を吹き返すだろうという予測もしています。

もちろん、過去の承認試験失敗薬も、そして、このことは医療の世界に大きな変革をもたらすと期待しています。

日常の改善策

価値があるものなのに、それを無視して、もっと良いものを探していると、すでに持っているものを無くしてしまうことがあります。

パラケルスス

誤解されている日常の改善策

また、治療効果が明確でなくても、例えば緑茶を飲むといったような、コストや副作用が小さく、入手も簡単、実行の手間もかからなければ、それらを利用しない理由もないと思います。

※ちなみに化合物に対する理解がすすむと、緑茶がもつ認知機能への改善作用は多くの機序的裏付けがあるので、例えとしてはよくありませんが。

当たり前すぎて軽んじられる

ブログに書かれる治療法の中には運動や睡眠など、日常的にありふれたものも多いので、人によって多少効果はあるにしても、「まあ焼け石に水程度だろう」と考える方がいるかもしれません。

わたしも、似たような思い込みをもっていた時期がありましたが、医学的な理解や実体験を通して、軽んじがちな改善策が実行の仕方次第で、実は治療薬を上回る大きな認知症改善効果をもっている、とだんだん気がつくようになってきました。

※定性的には、アセチルコリンの不足を補うためにアリセプトを摂って増加するアセチルコリンは、思考活動や食事、運動によって増えるアセチルコリンと分子化合物そのものに違いはありません

「大事なのはわかっている」という言葉が一番危険

そういった日常の行動療法を、お母さんが「野菜をもっと食べなさい」と言うような、一般的な健康予防策の延長のように受け取ってしまうのは、間違いどころか、大変危険です!

※自動車を運転するのに、車の構造やエンジンを知る必要はありません。我々が今生きている社会は、こういったやり方だけを受け取って実行するということが、ごくごく普通のこととなっているため、命に関わる医療や健康情報にしても同じことを適用してしようとしてしまいます。

諸君がどれほど沢山な自ら実行したことのない助言を既に知っているかを反省し給え。

聞くだけ読むだけで実行しないから、諸君は既に平凡な助言には飽き飽きしているのではないのか。

だからこそ何か新しい気の利いたやつが聞き度くてたまらないのじゃないか。

小林秀雄

日常生活の改善策はDIY

「diy drug movement」の画像検索結果

おそらく中には「緑茶を毎日に飲んでいたけど認知症になった」とか「徘徊していたらそれで結構な運動になっているけど治らないじゃないか」というような批判もあるかもしれません。

行動療法や睡眠、食事の改善、サプリメントも含めて、薬のように飲めば誰にでも効くというようなものと違って、それぞれ効果を最大化させるためのコツやポイント、個人差、組み合わせ方があり、それぞれを抑えて実行しないと効果が発揮されません。

日常改善策は知識と創意工夫が必要

これは医薬も同様です。ただし病院でもらう薬というのはその成分だけに目がいきがちですが、実は処方薬というのは「どういった人に」「どのタイミングで」「どれだけ摂ればいいか」が、添付文書や薬剤師さんの説明などを含めて、すべて厳格にパッケージ化されていることも含んでいます。

サプリメントは医薬ほど厳格に用いなくてもいいのではないか、と思っている方もいらっしゃいますが、一概にそうともいえないのです。

 

たしかに薬理作用の有効域の狭さだったり、他の薬物との化学的拮抗作用といった話になると、医薬品にはシビアな扱いが必要です。

その点においてサプリメントや日常改善策は、摂取量や実行方法を少し間違えたからといって致命的な副作用が生じるといったことは通常ありません。

調整項目の多さ

しかしサプリメントの効果を治療域にまで効かせようとすると、話は大きく変わってきます。

この場合検査と相乗効果がほぼ前提となるため、検査結果を読み解き、優先順位を設定して、生体吸収率をあげるための組み合わせを考えたり、概日リズムを壊さないための摂取タイミング、薬物耐性を防ぐための摂取量など、細かい自己調整パラメーターが逆に医薬よりも増えてくるのです。

これはサプリメントだけでなく、運動や睡眠、食事、絶食などもそうです。

つまり、日常生活的な改善策というのは、それを本当に効果のあるものとして活用しようとする場合、個々の自己調整項目が増加するうえに、それが多剤型の治療プログラムでは二桁の数にもおよぶため、その点もハードルを高める要因となってしまいます。

新薬でなければ効果がないという思い込み

新規開発された化合物、抗体薬のようなものは当然入手できないため、当時はそのほとんどがサプリメントや行動療法など個人で実行可能なものを選んでいました。

中にはサプリメント、ハーブという言葉を聞くだけで怪訝な顔をする方もおられると思いますが、医療研究をつぶさに見ていると、入手可能なサプリメント・ハーブでも、一定の臨床的な改善効果を得ていると思うものも少なくありません。

ココナッツオイルの中鎖脂肪酸やクルクミンなどが天然化合物の認知症治療薬候補として有名ですが、市場に出回っている薬と比べると、たしかに単体としての効果だけを見ると劣る面もあるのですが、それ以上のメリットが多く存在することが考慮されていないように思います。

情報のすき間を悪徳業者が埋める

怪しい健康情報に飛びついて業者のカモとなってしまっている消費者をバカにする人たちがいますが、中間を埋めるまともな情報が正当な位置づけがなされて一般社会に出回っていないわけですから、認知症と宣告された人たちにとっては飛びつくしかないわけです。

どんなにそのサプリメントが詐欺としか見えないにしても、希望という名の心理的な行動理由を見れば本人にとっては筋が通っているわけです。(ここは、自分も経験したことがあるので、そういったものに飛びつきたくなる気持ちは痛いほどわかります)

業者の儲けることだけしか考えていない製品作りはわたしも嫌悪をおぼえますが、今の資本主義社会でそこだけ批判してもあまり生産性は無いように思うのです。

本当に批判すべきは、「中間的証拠の医療情報を体系的、合理的に提供するシステム」が社会の側に存在しないことじゃないでしょうか。

相乗効果

例えば、認知症の治療薬として有名なアリセプトとガランタミン、リバスチグミンという薬がありますが、これらはみな作用する仕組みが似ているため併用できないとされています。

しかし、多くのその他の改善策は、異なる仕組みで認知機能の改善にむすびつくものが多いため、併用して用いることが可能であり(アドオン治療)単純な相加作用だったり、効果を増強し合う相乗作用が可能になります。

入手性

いくら効果があると言われても完全な新規開発薬、抗体薬、静注が必要といったような薬は当然入手できません。既存薬だとしても認知症と診断されていない認知症の一歩手前の段階の方や、ApoE4遺伝子をもつ高い認知症発症リスクを抱える方が予防目的では医薬を処方してもらうことはむずかしくなります。

実はアリセプトやメマンチンと似たような仕組みをもつ漢方薬、ハーブもあり、市場に流通しているため認知症予防を目的として誰でも入手ができます。

費用対効果

もちろん完治させる薬があればお金の問題は二の次になってきますが、そんな薬はどこにも存在しません。いくら効果があるといわれる薬やサプリメントであろうと、単体で見るならアリセプトなどの薬とそれほど直接的な効果に大差はありません。

そうなってくると、最終的にはすべての認知症治療方法は、現実問題としては効果に対するコストの問題になってくるのです。

サプリメントの費用対効果

よくあるサプリメントに対する批判として、費用対効果の観点でなされるものがあります。例えサプリメントにいくらかの効果がるとしても、その効果の割に高い出費となり、消費者、患者の生活を圧迫してしまうというものです。

これにはサプリメントにもよりますし知識と工夫が必要になってきますが、入手経路や摂取方法などの工夫によって、8~9割のサプリメントは十分に費用効果のある価格での入手が可能となってきます。

身もふたもないことを言うと、サプリメントは高い医療費を招くという意見は、国内のサプリメント市場がぼったくり市場になってしまっているせいであるからにすぎません。

そして、そのわずかな効果というものはすべて単剤投与での効果を前提にして語られています。少なくともアルツハイマー病に関しては個別化や相乗効果、生活習慣を前提に比較していく必要があります。

コストを論じない認知症治療はフェイク

医師は本来、貧しき者たちの弁護士のようなものだ。

ウイルヒョウ

そのことについては当ブログを読み進めていけば、理解されていくと思いますが、コストの問題は多因子的な認知症治療を維持してくために本当に重要なため、当サイトはいかに本当に効果のある方法を低価格、または無料で実行できるかということに努力を費やしています。

はっきりいうと、コストの問題を論じない認知症改善策は、有効性を伴わないか、一般所得の人にとっては現実的ではない治療金額になるかのどちらかであるため、ほぼ意義を失います。

これはもちろん個人の経済的事情に限った話だけではなく、600万人以上存在する認知症治療対象者の経済的コストを考える際にはより大きな意味をもちます。

ただしコストというのはお金だけではありません。時間コスト、人的資源コストも考えていく必要があります。いくら無料だからといっても効果の割に手間暇がかかりすぎるものもやはり問題です。

副作用の低さ

医薬じゃないからといって副作用がないというわけではありません。しかし適切な用い方をする限り、例えばアリセプトなどと比べてみても副作用(有害事象)が少ないのも事実です。

しかも、この副作用は効果と単純比例をしません。例えばサプリメントの効果がアリセプトの半分あるからといって、じゃあ副作用も半分になるのかというと、そうでもなくむしろより低い傾向にあります。

 

医薬の有害な副作用(忍容性の低さ)は、その測定自体に実証性が求められるため、患者が薬を止めてしまうほどの有害事象ばかりがピックアップされがちですし、個人差で生じる副作用なども統計の影に隠れてしまいがちです。

低侵襲性、つまり多くのサプリメントや運動などの改善策は適切に実行することで、医薬よりも大きな効果をもたらし、生体的な恒常性の撹乱を最小限に抑えてくれます。

代替策は総合ポイントで既存薬を超える

したがって代替策には、臨床試験上の臨床的な改善レベルに達していないというだけでは判断できないメリットを多く含むため、総合的に見ると既存薬を凌ぐ可能性も十分にあります。

こういった目に見えにくい評価が、臨床試験で承認にあたって深く考慮されることは通常ありません。

これは再現性、実証性であったり、現在の臨床研究の承認システムにつきまとう原理的な問題ともつながってくるので単純に是非では論じれないのですが、明らかに行き詰まっている側面があることは多くの識者が述べているところです。

サプリメントと行動療法

現在母は、認知症適応外の医薬品なども使っていますが、そういったものはけっこう後になってからです。

母が特異なアルツハイマー病患者ではないことを考えると、個人で実行可能なサプリメントと非薬理学的療法を組み合わせることで(それが最善の方法かどうかについては個人のバイアスがあるかもしれませんが)、改善であったり進行抑制効果を発揮する可能性は十分にあると考えています。

※もちろん例外のケースも存在します。このことについて後ほど詳しくリコード法の紹介で説明していきますが、そういった方も含め、プログラム内容は運動や食事管理、サプリメントを主体としており体系的に実行することで、進行抑制といったレベルを超えて完全な改善回復をめざすものです。

個人レベルでの実行可能性

ただ、病院での治療基準とは違って、個人が治療法を考えていく際には、個人レベルで実行可能かどうかといった現実的なことも含めていかないといけないため、改善方法を考えていく上で、学術的な臨床研究の信頼性だけを重視していくわけにもいかなかったりします。

実際には、臨床結果、作用機序(メカニズム)以外にも、過去に使われてきた実績、副作用(忍容性)の大きさ、エビデンス情報特有の偏り、入手性、実行の容易さ、コスト、など、それらを総合的に考えた上で、かつ計画的に実行していくことが、個人で行う認知症治療においては重要となってきます。

 

次の記事

次の記事は、認知症がなぜ治療に成功しないのか、多因子疾患特有の考え方や、認知症治療の将来について考えてみたいと思います。

多因子疾患へ思考法を切り替える