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Fentanyl, Inc.: How Rogue Chemists Are Creating the Deadliest Wave of the Opioid Epidemic
英語版 ベン・ウェストホフ (著)
4年間にわたる調査で、闇市場の工場から使用者や売人、害の軽減を目指す活動家まで、合成麻薬の世界を徹底的に取材し、明らかになったこと。
深く人間的な物語『フェンタニル社』は、世界的な流行を生み出し、地域社会を荒廃させ、これに対処する政府機関を圧倒し、困惑させている危険な違法産業を徹底的に調査した初の作品である。「まったく新しい種類の化学物質が、娯楽用ドラッグの状況を根本的に変化させている」とベン・ウェストホフ氏は記している。「これらは『NPS（新規向精神物質）』として知られ、ヘロイン、コカイン、エクスタシー、マリファナといった既知の薬物の代替品も含まれる。これらは合成物質で、研究室で製造され、従来の薬物よりもはるかに強力である。そして、あまりにも多くの場合、悲劇的な死をもたらす。
フェンタニル、K2、スパイスなどの薬物、そして25i-NBOMeのような難解な略語を持つ薬物は、すべて当初は合法的な研究室で、適切な科学的および医療目的のために考案された。その後、その製法は悪徳化学者たちに横取りされ、主に中国で製造されるようになった。悪徳化学者たちは法の目をくぐり抜けるために分子構造を変化させ、薬物の効果を予測不可能なものにしている。ウェストホフは、この闇の世界に潜入した。彼は、こうした薬物を開発し、何千人もの命を奪ったにもかかわらず、ほとんど知られていない科学者たちを追い、さらに、母国ニュージーランドで法を覆した謎の麻薬王も追った。ウェストホフは、こうした薬物の出所である中国の怪しげな工場を訪れ、中国の広大な化学産業がどのように運営されているか、中国政府がそれをどのように支援しているかについて、驚くべき独自報道を行った。また、彼は、米国およびヨーロッパにおける麻薬中毒者や売人、被害者の家族、法執行官、そして麻薬撲滅運動の地下組織の活動家の生活を痛切に描いている。 それらすべてを合わせると、私たちがようやく理解し始めたばかりのこの惨事の衝撃的で目を離せない全貌が浮かび上がる。 ウェストホフ氏によると、その深部から、多くの人々を苦しめてきた麻薬危機に長期的な解決策をもたらす可能性のある新たな戦略が生まれているという。
x.com/Alzhacker/status/1902742746076774780
「タイムリーで痛烈な…。調査報道の素晴らしい作品である。」—USAトゥデイ
「ウェストホフは、イーストセントルイスのストリートから中国の製薬会社、ミシガン州の森の奥深くで行われる音楽フェスティバルからバルセロナの『注射ルーム』まで、違法なオピオイドが蔓延する世界を、率直かつ洞察力に富んだ、時に痛烈な暴露記事として描いている。ウェストホフの綿密な取材と調査に基づいた作品は、人々の目を覚まさせ、反射的な反応を遅らせ、必要とされている対話を始めるきっかけとなるだろう。」—『パブリッシャーズ・ウィークリー』誌
「2019年の私たちの25冊のお気に入り」—『セントルイス・ポスト・ディスパッチ』紙
「2019年のベストブック」—『バズフィード』誌
「2019年のベストノンフィクション」—『カークス・レビュー』誌
「2019年のベスト50冊」—デイリー・テレグラフ
「2019年のベストノンフィクション」—タイラー・コーエン
「2019年のベストブック」—Yahooファイナンス
本書の要約
本書は現代の薬物危機、特にフェンタニルと新精神活性物質（NPS）がもたらした前例のない死亡率と社会的影響を調査している。著者は北米を中心に広がるフェンタニル危機の原因を、中国の化学工場から国際的なダークウェブ販売網、メキシコのカルテル、そして最終的に街角での販売に至るまで追跡している。
フェンタニルは1959年にベルギーの化学者パウル・ヤンセンによって開発された合成オピオイドで、医療用鎮痛剤として使用されている。しかし、ヘロインの50倍の効力を持つ致死的な物質として乱用されるようになった。2010年代半ばまでに、フェンタニルはアメリカでの薬物過剰摂取による死亡の主要原因となり、年間28,000人以上が命を落としている。
中国の化学工場はフェンタニル前駆体や類似物質を製造し、世界中に輸出している。特に武漢に拠点を置く「Yuancheng Group」は、税金控除や輸出リベートなど中国政府の支援を受けながら、フェンタニル前駆体を製造・販売している巨大企業である。
本書は、薬物依存症者の犯罪者扱いではなく、公衆衛生問題として対処する必要性を強調している。スペインやスロベニアなどのヨーロッパ諸国の成功例を挙げ、ハーム・リダクション（危害軽減）アプローチ—薬物チェッキング、監視下使用施設、代替療法—が薬物関連の死亡を劇的に減少させる可能性を示している。
序章の要約
2014年クリスマス、ベイリー・ヘンケとケイン・シュワントはノースダコタ州グランドフォークスから離れて、フェンタニル中毒から回復するための旅に出た。フェンタニルは医療用鎮痛剤として何十年も使用されてきたが、ヘロインの50倍の効力を持つ危険な合成オピオイドでもある。2015年1月、ヘンケは市内に戻った直後に乱用を再開し、過剰摂取で死亡した。
同時期にポートランドでは、ブランドン・ハバードがダークウェブを通じてフェンタニルを販売し、カナダの刑務所に収監されていたダニエル・ビバス・セロンから供給を受けていた。ヘンケの死は「作戦否認」を発動させ、32人が起訴されたが、中国人製造者の張建（Jian Zhang）は中国が引き渡しを拒否したため逮捕を免れた。
フェンタニルは現代の薬物危機の中心となり、ヘロイン、メス、クラックなど過去の薬物流行を上回る死亡率をもたらしている。この危機は国際貿易と地政学の問題であり、中国からの合成薬物の流入がアメリカとメキシコのカルテルを通じて増加している。著者はこの複雑な状況を理解するため、160人以上のインタビューを実施し、世界中の薬物現場や研究所を訪れ、中国の薬物製造業者に潜入調査を行った。
第一部：新しい薬物
第1章の要約
アメリカにおけるオピエート乱用の歴史は建国当初から存在し、南北戦争後には「兵士の病」と呼ばれる依存症が蔓延した。現代のオピオイド危機は1980年代に始まり、1980年にポーター・ジックが『ニューイングランド医学ジャーナル』に掲載した短い手紙が転機となった。この手紙は、病院での鎮痛剤使用では依存症はほとんど発生しないと主張した。
1990年代、医療界は痛みを「第5のバイタルサイン」とみなすようになり、オピオイド処方が増加した。パデュー・ファーマ社は1996年にオキシコンチンを市場に投入し、その依存性を過小評価した巨大な販売キャンペーンを展開した。処方薬依存症になった多くの患者は、処方が切れるとより安価なヘロインに移行した。
2010年、パデュー社は新しい「乱用防止」オキシコンチンを発売したが、これが状況を悪化させ、多くのユーザーがヘロインやフェンタニルに転向した。フェンタニルは次第にヘロイン市場に浸透し、多くの使用者は知らずにフェンタニルを摂取している。さらに、フェンタニルは偽の処方薬としても出回り、プリンスのような著名人も犠牲となった。コカインやメスに混入されるフェンタニルも増加し、アフリカ系アメリカ人コミュニティに不均衡な影響を与えている。
第2章の要約
歴史的に人類は自然界から精神活性物質を摂取してきたが、過去100年で科学者たちは実験室で新しい合成薬物を作り出す方法を発見した。最も危険な合成オピオイド、フェンタニルは1959年にベルギーの化学者パウル・ヤンセンによって合成された。
ヤンセンは「史上最も多作な薬物発明者」と呼ばれ、モルヒネの化学構造を変えることで新しい鎮痛剤を研究していた。フェンタニルはモルヒネより速く効き、より強力で、吐き気を引き起こしにくかった。ヤンセン・ファーマシューティカは1961年にジョンソン・エンド・ジョンソンに買収され、フェンタニルは世界で最も広く使用される麻酔薬となった。
1970年代末、カリフォルニア州オレンジ郡で謎の過剰摂取死が発生した。調査の結果、「チャイナホワイト」と呼ばれる新しい街頭薬物—アルファ-メチルフェンタニル—が原因だった。これは「デザイナードラッグ」と呼ばれる新しいタイプの薬物の先駆けで、既知の違法薬物に化学的に類似しているが法的には異なる物質だった。
1986年、米国はフェデラル・アナログ法を制定し、スケジュールI/II薬物に「実質的に類似」する物質を自動的に違法化した。しかし、この法律にもかかわらず、新精神活性物質（NPS）の数は急増し続けている。
第3章の要約
1991年初頭、「タンゴ・アンド・キャッシュ」と呼ばれるフェンタニル製品が米国北東部で多数の死者を出した。2年間の捜査の末、DEA（米国麻薬取締局）はカンザス州ウィチタでジョセフ・マーティアとジョージ・マルカートを逮捕した。マルカートは非常に優秀な化学者で、北東部で126人の死亡を引き起こしたフェンタニルの製造者だった。
大学の研究者も時にフェンタニル類似物を作り出した。ミシシッピ大学のトーマス・ライリー教授が開発した3-メチルフェンタニルは、研究用途のために設計されたが、ペンシルバニア西部で18人の死亡につながった。2002年、ロシア当局はモスクワの劇場占拠事件で、チェチェン人反乱軍を鎮圧するためにフェンタニル誘導体のガスを使用し、約120人の人質が死亡した。
3-メチルフェンタニルはエストニアで大きな問題となり、アフガニスタンからのヘロイン供給が減少した2000年以降、フェンタニルがヘロイン市場に取って代わった。スウェーデンでも2016年にアクリルフェンタニルが43人の死亡を引き起こし、フェンタニル類似物がヘロインを上回る死亡原因となった。中国からの合成薬物の流入がヨーロッパ各国にも広がっている。
第4章の要約
1986年の連邦アナログ法は医薬品研究にも影響を及ぼした。サシャ・シュルギンはこの法律が革新的な研究を妨げると批判した。彼は「サイコノート」（精神的冒険者）として知られ、何百もの新しい精神活性物質を合成して自ら試した化学者だった。
シュルギンはダウ・ケミカルで働いていたとき、1965年にMDMA（エクスタシー）を合成したが、当初はその効果を認識していなかった。後に再合成し、その特性を発見した彼は、心理療法のための道具として推進した。1985年にDEAがMDMAを規制薬物に指定すると、シュルギンは人間の臨床試験機会が失われたと批判した。
1991年、シュルギンは妻アンと共に『PiHKAL』（Phenethylamines I Have Known and Loved）を出版し、230以上の合成サイケデリック薬物のレシピを公開した。DEAは1994年にシュルギンの研究所を急襲し、DEAライセンスを剥奪した。
シュルギンの薬物は多数の合法的な会社によって製造され、インターネットの発達により、技術に精通した愛好家が彼の創造物をメニューから選ぶように利用できるようになった。彼の薬物の多くは比較的安全だが、彼のレシピは中国の研究所によってより危険な薬物を作るためにも利用されている。
第5章の要約
2000年代初頭、国際的な取り締まりによってMDMA（エクスタシー）の供給が激減した。MDMAの主要前駆体であるサフロールオイルはカンボジアや東南アジアの森林から違法採取され、環境破壊を引き起こしていた。2007年と2008年、当局は大量のサフロールオイルを押収・焼却し、MDMAの供給に打撃を与えた。
この空白を埋めるため、ニュージーランドの起業家マット・ボーデンはベンジルピペラジン（BZP）という合法的な代替品を開発・販売し始めた。元メタンフェタミン中毒者だったボーデンは、中国のメーカーから仕入れたBZPを使用して「パーティーピル」事業を立ち上げた。彼はこれらの薬物が安全に使用できるよう業界団体も設立した。
2004年、ニュージーランド政府はBZPを18歳以上に対して合法化し、製造と販売を規制した。しかし、メディアの否定的な報道と公衆の懸念から、2008年にBZPは禁止された。それでもボーデンは諦めず、2013年の「精神活性物質法」の成立に貢献した。この革新的な法律は新しい精神活性物質の安全な製造と販売を許可した。
しかし、2014年に激しい反対が起こり、この法律は事実上撤回された。ボーデンの事業は倒産し、タイに亡命した。その後、ニュージーランドでは50人以上が違法な合成カンナビノイドで亡くなった。
第6章の要約
エクスタシー（MDMA）の不足を埋めるため、2000年代後半に新しい合成カチノン類が登場した。最も人気のあったのはメフェドロン（「ミャウミャウ」）で、イスラエルの化学者「Dr. Zee」によって再発見され、インターネット上のフォーラムで広められた後、中国の工場で大量生産された。イギリスでは2010年に禁止されたが、上海の張磊（Eric Chang）のような製造者は大量生産を続けた。
メフェドロンの禁止後、「フラッカ」（α-PVP）のような他の合成カチノンが登場した。中国で禁止されると、わずかな分子構造の変更によって新しい類似物（α-PHP、α-PHPP、4-Cl-PVP）が次々と開発された。これは「モグラ叩き」のようなゲームとなり、禁止されるたびに新しい物質が登場した。
ボーデンのニュージーランドでの経験と同様に、これらの薬物を禁止するだけでは問題は解決せず、むしろ地下市場に追いやることになる。一方、2013年にニュージーランドで導入された革新的な精神活性物質法は、安全基準と規制の下で新しい薬物の合法販売を許可し、世界的な注目を集めた。しかし、2014年の選挙を前に、政治的圧力によってこの法律は事実上廃止された。
ボーデンは現在、財政的に破綻し、タイに移住している。彼の事例は禁止政策の限界と、より革新的なアプローチの可能性を示している。
第7章の要約
合成カンナビノイド（K2、スパイス）の原点は、学術研究の世界にある。ジョン・ウィリアム・ハフマン教授はクレムソン大学で1990年代に400以上の合成カンナビノイド化合物を開発し、「JWH」系列として知られる物質を生み出した。彼の研究は当初、受容体研究と医薬品開発が目的だった。
2000年代後半、これらの化合物は世界中のスマートショップやヘッドショップで合法的に販売されるようになり、「スパイス」や「K2」などのブランド名で販売された。マリファナより強力で予測不能な効果を持ち、従来の薬物検査に検出されないため人気を博した。これらは植物材料に化学物質を噴霧して作られ、多くはドイツやニュージーランドの企業によって販売された。
2012年、オバマ大統領は合成薬物乱用防止法に署名したが、化学構造を少し変えた新しい物質がすぐに出現した。同年、テキサス州マッキニー・ボイド高校でNBOMe（Nボム）と呼ばれる危険な合成幻覚剤が広まり、多くの若者が過剰摂取で入院した。これは実際には2C-Iの類似物で、LSDとして販売されていた。
2013年12月、15歳のモンタナ・ブラウンはNBOMe過剰摂取で死亡した。父親のエリック・ブラウンは、これらの物質を開発した学者デイビッド・ニコルスを非難したが、ニコルスは研究目的で開発したもので、レクリエーション使用を意図していなかったと主張した。
第8章の要約
2000年、カンザス州の廃ミサイル基地で世界最大級のLSD製造所が発見された。所有者のトッド・スキナーと化学者のウィリアム・レナード・ピカードは、何百万回分ものLSDを製造していた。ピカードはサシャ・シュルギンの仲間で、ハーバード大学ケネディスクールで学び、フェンタニルの乱用について研究していた。
この研究所の急襲により国内のLSD供給が激減し、新たな幻覚剤が市場に登場する道を開いた。テキサス郊外では、LSDの入手困難を受けてカリフォルニア大学デイビス校の薬理学教授デイビッド・ニコルスが開発したNBOMe化合物が人気を博した。これらの合成幻覚剤はLSDと似た効果があるが、遥かに危険で死亡例も報告されている。
2013年12月、テキサス州フリスコの15歳モンタナ・ブラウンは、LSDだと思って購入したNBOMe服用により死亡した。彼の死は家族や友人に深い傷を残し、父親のエリック・ブラウンは新しい合成薬物の危険性について啓発活動を始めた。LSDのようにほとんど致命的でない従来の薬物が手に入りにくくなったことで、より危険な代替品への移行が進んだことが危機の一因となっている。
第二部：使用者と販売者
第9章の要約
セントルイスの古いマジックシェフ工場は、かつては優れたストーブ製造のメッカだったが、今では廃墟となり薬物使用者の避難所となっている。ジャック・サンダース（仮名）は2013年頃からここで過ごし、10年以上のヘロイン依存症に苦しんでいた。2013年、フェンタニルがセントルイスの薬物市場に到着し、状況が激変した。
セントルイスの過剰摂取死は2012年の92人から2017年には256人に増加した。DEA（麻薬取締局）のリカルド・フランクリン刑事によると、「セントルイスには純粋なヘロインはもはや存在しない」という。ジャックは自身もフェンタニル流通に関わっていた。彼はメキシコ人から薬物を受け取り、「F」とラベル付けされた不思議な白い粉末を提供された。これがフェンタニルで、ヘロインよりはるかに安価で効果的だった。
イリノイ州イーストアルトンのブリーとマイク（仮名）もフェンタニルに苦しめられている。ブリーは妊娠中も使用し、激しい離脱症状を経験した。「フェンタニルは悪魔の薬です」と彼女は言う。多くのユーザーはフェンタニルを望んでいないが、ヘロインの代わりに売られ、入手可能な唯一の選択肢となっている。
第10章の要約
ドイツのhigh_as_fxck_GERはダークウェブで幻覚剤を販売し、週に約500ユーロを稼いでいる。彼のようなダークウェブ販売者は「Tor」ブラウザを通じて匿名で、ビットコインで取引を行う。
アメリカでは、U4IA（仮名）がフェンタニル類似物を販売している。彼は中国から仕入れた材料をナノスプレーに加工し、ダークウェブで販売している。かつてのコカインとメス中毒者だった彼は、合成オピオイドを「抗うつ剤」のように感じ、今では専業の販売者になっている。彼は自分の商品を「オピオイド中毒者にとって費用対効果の高いソリューション」と考えている。
東ヨーロッパ出身のDesifelay1000は、カルフェンタニルとケタミンをダークウェブで販売している。彼は中国に渡航し、サプライヤーの研究所を直接訪問した。中国から米国への薬物郵送は増加しており、米国税関は対策を強化しているが、年間4億以上の国際小包のうち一部しか検査できない。中国当局も協力を約束しているが、実効性は不明だ。
米国への未知の薬物流入を防ぐことは難しいが、実験的なハーム・リダクション（危害軽減）アプローチを検討する必要がある。これには監視下使用施設や、薬物のテスト・キットの提供などが含まれる。
第11章の要約
オピオイド（特にフェンタニル）の新たな供給源として、メキシコのカルテルが浮上している。スィナロア・カルテルやハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンなどは、中国から原料を調達し、自前の研究所でフェンタニルを製造している。フェンタニルはヘロインより製造コストが低く、利益率が高いため、カルテルにとって有望なビジネスとなっている。
メキシコのカルテルはもともとコカイン取引で富を得たが、後にメタンフェタミン、マリファナ、ヘロインの流通も支配するようになった。エル・チャポ（ホアキン・グスマン）指揮下のスィナロア・カルテルは、巨大な国際組織へと成長した。2018年末、メキシコシティでフェンタニル製造所が発見され、スィナロア・カルテルの関与が疑われた。
カルテルのフェンタニルは中国からの原料で製造され、主に陸路で米国に密輸される。典型的な輸送経路は、メキシコの港で船から受け取り、その後米国との国境の公式検問所を通過する。カリフォルニア州サンディエゴとティファナの間の国境はフェンタニル密輸の主要経路となっている。
薬物は米国内部で分配され、セントルイスのような中継地点を経由して全国に広がる。地域レベルではギャングや家族経営の販売網が形成され、最終的に街角で販売される。この複雑な流通網を遮断することは困難だが、公衆衛生対策の強化が必要とされている。
第12章の要約
ジャック・サンダースの証言によると、フェンタニルは2000年代半ばにセントルイスの薬物市場に現れ、メキシコのカルテルがヘロインのカットに使用し始めた。彼と上司のマーカスは東セントルイスのトラックステーションでメキシコ人から薬物を受け取り、「F」とラベル付けされた白い粉末状のフェンタニルを初めて見た。
フェンタニルはヘロインの半額以下のコストで、より強力な効果があったため、ビジネスとして魅力的だった。彼らはミスター・コーヒーのグラインダーでフェンタニルとヘロインを混合し、「ビーン」と呼ばれるカプセルに詰めて販売した。初期は7:1の比率でヘロインにフェンタニルを混ぜていたが、徐々に濃度が高まっていった。
サンダースは主にセントルイス北部のキングズハイウェイ周辺で販売し、「トラップハウス」と呼ばれる安全な場所で取引を行った。10代の少年たちが実際の取引を担当し、見張り役がいた。「中毒になると良心は消える」と彼は説明する。
メキシコのカルテルは今や40カ国以上で活動し、マクドナルドのようなビジネスモデルで運営されている。エル・チャポの逮捕後も、スィナロア・カルテルは最強の組織であり続けている。米国西部ではヘロインの形状の違いからフェンタニルの混入は少なかったが、最近は西部でも増加傾向にある。カルテルは最終的にヘロインを完全にフェンタニルに置き換える可能性があるとDEA元国際作戦責任者のマイク・ビジルは予測している。
第三部：源流
第13章の要約
中国における薬物文化と政策は西洋とは大きく異なる。マリファナは最も一般的な娯楽用薬物ではなく、最も使用されている薬物はヘロイン、メタンフェタミン、ケタミンである。歴史的に中国は二度のアヘン戦争を経験し、アヘンはその国民的アイデンティティに深い傷を残した。
共産党が1949年に権力を握った後、強力な取り締まりを実施し、1950年代初頭に「中国は薬物のない国となった」と宣言した。しかし1980年代の経済改革で国が開放されると、薬物が再び流入した。ヘロインはミャンマーから、メタンフェタミンは国内や北朝鮮からもたらされた。
中国は極めて厳しい薬物政策を持ち、50グラム以上のヘロインやメスの所持は死刑となりうる。毎年6月26日の「国際薬物乱用・不正取引防止デー」には、取締り活動が強化され、薬物犯罪者の処刑が行われることもある。
しかし、フェンタニルやその前駆体の製造・輸出は異なる扱いを受けている。多くの中国企業は法的に「灰色地帯」で運営され、西洋では違法でも中国では合法の化学物質を販売している。例えば、ヘブライ省の張建と武漢の閻暁兵という二人の中国人がフェンタニル製造で米国から起訴されたが、中国は「十分な証拠がない」として引き渡しを拒否した。
中国の化学産業は40万社以上の製造業者・流通業者を抱え、世界最大の業界となっている。多くは合法的に運営されているが、規制の不備から違法薬物の製造も行われている。
第14章の要約
フェンタニルの創造者、パウル・ヤンセンは1926年ベルギーに生まれた天才化学者だった。4歳の時に結核性髄膜炎で妹を亡くし、医学への道を選んだ。1953年、父親の会社の3階で「ヤンセン・ファーマシューティカ」を創設した。
彼は既存の薬物の化学構造を微調整することで、新しい医薬品を開発する手法を確立した。1959年、ヤンセンとチームはモルヒネの化学構造を実験的に変更し、フェンタニルを合成した。マウスの実験では、モルヒネよりも効果的で副作用が少なく、特に手術での使用に優れていることがわかった。「フェンタニルとその後継薬がなければ、現在行われているような開心術は不可能だっただろう」とヤンセンは後に述べている。
1961年、ヤンセン・ファーマシューティカはジョンソン・エンド・ジョンソンに買収され、ヤンセンは引き続き新しいフェンタニル誘導体（類似物）の開発に取り組んだ。獣医用薬として使用されるカルフェンタニルはその中でも最強の誘導体で、フェンタニルの100倍の効力を持つ。
フェンタニルは医療用麻酔薬として大成功を収めたが、米国FDAはその高い効力による乱用懸念から承認を躊躇した。1968年、別の鎮静剤と併用することで「悪い高揚感」を生み出すという妥協案で承認された。しかし1986年に特許が切れた後、医療用フェンタニルパッチ「デュラジェシック」の販売が拡大し、オピオイド危機の一因となった。
第15章の要約
2017年、中国の合成薬物製造業者であるダウソン・リーと接触するため、著者は偽の身分を作り出した。リーの会社「Chemsky」は医薬品を専門とすると公式サイトで主張しているが、実際には合成カンナビノイド、フェンタニル前駆体、フェンタニル類似物などの新精神活性物質（NPS）を販売している。
2018年1月、著者は上海でリーと対面し、彼のアパートを訪れた。リーは自社の薬物リストを見せ、その中には医療用途のないBUF-フェンタニル（ベンゾイルフェンタニル）などの物質が含まれていた。リーは著者に研究所を見せることに同意し、上海郊外の事務所ビルに案内した。
建物内部では、リーと彼のパートナー（両者とも大学で製薬工学を学んだ）が研究所を案内した。黄色い粉末の山が実験台に広がり、1キログラム単位で梱包された合成カンナビノイド5F-ADBが確認できた。リーによると、これらの物質はヨーロッパや特にロシアで人気があるという。
リーは中国で規制されている物質は取り扱わないと強調したが、西洋諸国での違法性については無頓着だった。「これらの化学物質は人体に有害です…合成されたものなので安全ではありません」と認めながらも、ビジネスを継続している。このような小規模な操業でも大量の危険な薬物が生産されており、世界的な新薬市場の規模の大きさを示している。
第16章の要約
中国武漢に本拠を置く「Yuancheng Group」は、世界最大級のフェンタニル前駆体メーカーである。創業者の葉傳発（Ye Chuan Fa）は1953年生まれ、もともと病院薬剤師だった。1978年の中国経済改革に乗じて起業し、1990年代に武漢に戻り、化学工業に参入した。
2013年頃から同社はフェンタニル前駆体NPPと4-ANPPの販売に重点を置くようになった。これらの化学物質は医療用途がなく、フェンタニル製造にしか使用されない。同社のセールスマンたちはこれらの物質がメキシコと米国に主に販売されていることを認めている。
驚くべきことに、Yuanchengは中国政府から補助金や税制優遇を受けている。同社は「新興高技術企業」として認定され、研究開発に対する還付金を受け取っている。さらに、中国の付加価値税（VAT）還付制度により、フェンタニルと少なくとも10種類のフェンタニル類似物は10〜13%の輸出税還付を受けている。
中国政府はフェンタニル危機への対応を約束しているが、実質的にフェンタニル関連化学物質の輸出を奨励する政策を続けている。米中経済安全保障審査委員会の前委員キャサリン・トービンは「この奨励構造は、中国規制当局と政策立案者がフェンタニル製品の生産と輸出を見て見ぬふりをしている可能性が高いことを示している」と述べている。
第17章の要約
Yuanchengグループは何百人ものセールススタッフを雇い、世界中にフェンタニル前駆体を販売している。著者は武漢の同社本社を訪問し、ホテルに併設されたオフィスを見学した。セールススタッフは「アミー」と名乗る若い女性たちで、ステロイドやフェンタニル前駆体を販売していた。
2017年11月、中国がNPPと4-ANPPを規制したことを受け、Yuanchengはこれらの販売を停止したが、「類似製品」を提供できると述べた。同社の共同設立者である葉傳発（イエ・チュアン・ファ）も職場におり、著者と簡単に会話した。
セールススタッフによると、従業員は同じホテル内の寮に住み、週6日・1日9時間勤務している。同社は中国国内の40以上の支店を持ち、英語力のある若い大卒者を雇っている。2018年、同社はウェブサイト上で「製品は企業や機関にのみ販売され、個人には販売できない」という方針を発表したが、セールススタッフはこの方針を無視して個人にも販売し続けている。
規制後、Yuanchengはすぐに新しいフェンタニル前駆体（N-フェニルピペリジン-4-アミン、4-アニリノ-1-ベンジルピペリジンなど）の販売を開始した。これらの物質からフェンタニルを作るには追加の工程が必要だが、メキシコのカルテルにとって十分魅力的であり、1回の注文で50kgを購入している。中国が新しい前駆体を規制しても、まだ16の異なるフェンタニル前駆体化学物質があり、ほとんどが未規制のまま残っている。
第四部：新しいアプローチ
第18章の要約
リチャード・ニクソン大統領は1971年に「麻薬との戦争」を宣言した。しかし、この政策は人種差別的な側面を持ち、効果よりも政治的な目的で導入された。レーガン政権とクリントン政権は厳罰化を進め、非暴力の薬物犯罪者（特に黒人やラテン系）の投獄が増加した。
この政策はメキシコで12万人以上の死者を出し、年間580億ドルの費用がかかっているが、薬物問題を解決できていない。従来の法律は合成薬物の出現に対応できず、DEA（麻薬取締局）の取り締まりも限定的な効果しかない。
シカゴは特にフェンタニル危機の影響を受けており、DEAによる2016年の大規模摘発にもかかわらず、過剰摂取死は増加し続けている。シカゴDEA特別捜査官デニス・ウィチャーンは30年の経験を経て「中国からのフェンタニルの追加により、30年前よりも多くの死と破壊がある」と結論づけた。
警察や医療関係者の間では、薬物依存症を犯罪ではなく疾病として扱うべきだという認識が広がっている。トランプ政権は治療へのアクセス拡大を目指したが、資金は不十分だった。一方、ハーム・リダクション活動家たちは「ノーと言え」キャンペーンではなく、より実用的な解決策を提案している。若者が薬物を使用するのを阻止できないなら、安全な使用方法を教えるべきだという考え方だ。
第19章の要約
デンバーを拠点とするハーム・リダクション組織「DanceSafe」は、フェスティバルやレイブで薬物に関する情報提供、水、耳栓、コンドーム配布を行い、参加者の安全を確保している。しかし2015年のエレクトリック・フォレスト・フェスティバルでは、主催者によって撤去させられた。
この背景には2003年の「レイブ法（Illicit Drug Anti-Proliferation Act）」があり、コンサート主催者に規制薬物が使用される場所を提供した罪で訴追される恐れがある。そのため、大手プロモーターのInsomniacはDanceSafeのような組織を締め出し、薬物検査キットの販売を禁止している。
代わりにアダム・オクター率いる「Bunk Police」が秘密裏に活動している。彼らはフェスティバル会場にフェンスを越えて検査キットを持ち込み、参加者に販売している。オクターは2011年、テキサス州オースティン近郊のレイブで多数の過剰摂取を目撃して以来、この活動を始めた。彼の調査では「エクスタシー」として販売されている物質の約90%がMDMAではなかった。
実際のEDMイベントや薬物市場では、PMAやPMMAという危険な物質が「エクスタシー」として販売され、100人以上の死亡につながった。Bunk Policeは8種類の検査キットを開発し、特にフェンタニル検査に注力している。2017年のバンクーバーの研究では、フェンタニルが検出された場合、使用者は用量を減らす可能性が10倍高まり、過剰摂取のリスクが25%低下することが示された。
第20章の要約
スロベニアの首都リュブリャナは、先進的な薬物ハーム・リダクション政策を実施している。個人使用のための少量の薬物所持は小額の罰金のみで、使用者は犯罪者ではなく患者として扱われる。
「Drogart」のようなハーム・リダクション団体は、音楽イベントでカウンセリングや薬物検査を提供し、利用者と率直に関わることで安全な使用方法の情報を広めている。警察も協力し、利用者が持ち込んだサンプルを検査して結果を返送している。
その結果、スロベニア（人口200万人）では2016年の過剰摂取死は40人のみで、米国の人口比死亡率の4分の1未満となっている。この成功は、薬物問題を公衆衛生の問題として扱い、依存症者を犯罪者として扱わないアプローチによるものだ。
リュブリャナを拠点とするBunk Policeの研究室では、世界中の新薬を分析し、詳細な薬物反応ガイドを作成している。地元の薬物専門家ユリアン・ピチェイは、「アイスクリーム」と呼ばれる合成カチノン3-MMCの流行を紹介した。この薬物はバニラプロテインパウダーで希釈され、その風味が人気の理由となった。
ヨーロッパではこのような進歩的なハーム・リダクション戦略が広がっており、特にスペインのEnergy Controlは最先端の薬物検査施設と情報提供サービスを持ち、世界中から参考にされている。
第21章の要約
ハーム・リダクションの観点からの薬物政策は、依存症を犯罪ではなく健康問題として扱い、安全な使用環境を提供することで被害を最小限に抑える。スイスやオランダでは、依存症者に無料で医療グレードのヘロインを提供するプログラムが犯罪率や死亡率の低下につながっている。
スペインのバルセロナにある「Baluard」のような監視下使用施設は、使用者に注射や喫煙のための安全な場所、清潔な針、医療ケアを提供している。2004年開設以来、施設内での死亡は一件もなく、街頭で回収される使用済み注射器は12,000本から1,000本に減少した。また、依存症者のHIV感染率も大幅に低下した。
このような施設はカナダやヨーロッパ、オーストラリアで増加しているが、米国では連邦法の障壁があり設置が進んでいない。しかし、フェンタニル危機に対応するため、いくつかの都市で試験的な取り組みが検討されている。
フェンタニル危機に対応するもう一つの重要な戦略は、薬物検査キットの提供と代替療法へのアクセス拡大だ。ロードアイランド州やカリフォルニア州などではフェンタニル検査キットの配布を開始している。代替療法（メタドンやブプレノルフィン）の提供は過剰摂取死亡リスクを大幅に減少させることが研究で証明されている。
第22章の要約
フェンタニル危機からの回復の兆しがいくつかの地域で見られている。マサチューセッツ州、ロードアイランド州、バーモント州では2017年に過剰摂取死亡率が低下した。これは治療プログラムの拡大と公衆衛生キャンペーンの効果と考えられる。ロードアイランド州では受刑者への代替療法提供が命を救っている。
セントルイスでは、WISH（Women and Infant Substance Help）センターが妊婦の薬物依存症治療に革新的なアプローチを取っている。所長のジェイ・シャイケン医師は薬物補助療法（MAT）を提唱し、ブプレノルフィン（スボクソン）を処方して依存症者を支援している。「薬物を別の薬物に置き換えているだけではないか」という批判に対し、シャイケンは「その通り。それで何か問題がありますか？命を救っているのです」と反論する。
ノースダコタ州グランドフォークスでは、ベイリー・ヘンケの死をきっかけに、市長主導の総合的な対策「グランドフォークス行動要請」が立ち上げられた。公衆衛生部門のマイケル・デュリッツはフェンタニル検査キットの配布を行い、州はテレメディシン（遠隔医療）で代替療法へのアクセスを拡大した。さらに、過剰摂取の通報者を訴追から保護する「善きサマリア人法」も改正された。
ヘンケの友人タナー・ゲルゼフスキはフェンタニルの危険性を訴える活動を始め、ヘンケの母ローラも奨学金を設立して息子の記憶を残している。彼らの取り組みは、他の種類の依存症に対する地域社会の見方も変えつつある。
エピローグの要約
2017年、米国の平均寿命は3年連続で低下し、CDCはフェンタニルをその一因として挙げた。危機の解決には、薬物乱用を犯罪としてではなく疾病として扱う根本的な認識変化が必要だ。
イーストアルトンのブリーは妊娠中のフェンタニル依存症からWSIHセンターの支援で回復し、健康な女児を出産した。セントルイスのジャック・サンダースも最終的に断薬し、就労している。モンタナ・ブラウンの父エリックは息子の死後、若者向け薬物対策に取り組んでいる。
ノースダコタ州グランドフォークスでは、フェンタニル検査キットの提供やマイケル・ブラウン市長の主導でハーム・リダクション対策が進み、過剰摂取死亡を防いでいる。かつてヘンケとともに薬物を使用していたケイン・シュワントも刑務所から出所し、仕事に集中して薬物を避けている。
ベイリー・ヘンケの母ローラは、地元のピザ店の壁に残る息子の名前「Bailey Henke Forever」の下に「Laura Henke Forever Also!!」と書き加えた。悲しみの中にも、息子の思い出を大切にし、同様の悲劇を防ぐための情報提供に努めている。
この危機は国際的な協力、革新的な公衆衛生政策、そして何より薬物使用者を犯罪者ではなく治療を必要とする患者として扱う認識の転換によってのみ解決できるだろう。多くの生命を救うためには、従来の「麻薬との戦争」から「ハーム・リダクション」へとパラダイムシフトが必要なのだ。
AI：「フェンタニル危機と新薬物の台頭」についての考察
この本『Fentanyl, Inc.』から、現代の合成薬物危機、特にフェンタニルと新精神活性物質（NPS）について深く考察していきたい。まず、この本の核心を把握することから始めよう。
著者のベン・ウェストホフは、フェンタニル危機の全体像を描くために、その源流から国際的な流通経路、そして最終的な使用者への影響までを追跡している。この危機の中心にあるのは、医療用に開発された合成オピオイド「フェンタニル」が、違法市場に流出し、世界中で前例のない数の死者を出しているという事実だ。
まず気になるのは、フェンタニルがどのようにして誕生したのかという点だ。ベルギーの化学者パウル・ヤンセンが1959年に医療用鎮痛剤として合成したフェンタニルは、もともとは開心術などの医療現場で革命をもたらした。ヤンセンはモルヒネの化学構造を実験的に変更することでフェンタニルを発見した。このアプローチ自体は科学的には革新的であり、多くの重要な医薬品をもたらした。しかし、同時にこの「分子構造の微調整」というアプローチが、後の数十年で「デザイナードラッグ」と呼ばれる危険な薬物の波を生み出す土台にもなった。
これはある意味皮肉な結果だ。医療の進歩を目的とした研究が、最終的に公衆衛生上の危機をもたらしたという点で。しかし、ヤンセン自身に悪意はなかっただろう。彼は単に科学的好奇心と医療への貢献を目指していたと思われる。
フェンタニルはヘロインの50倍の効力を持つとされている。この強力さが医療用途では利点となるが、乱用された場合、致命的な危険性を持つ。たった2ミリグラムという目に見えないほどの量で致死量になりうる。これは正確な投与が難しいことを意味し、過剰摂取のリスクが非常に高くなる。
次に考えるべきは、なぜフェンタニルが現在の危機を引き起こしているのかという点だ。要約から見えてくるのは、複数の要因が重なっている：
- オキシコンチンなどの処方薬オピオイドの過剰処方と乱用が、オピオイド依存症の基盤を作った。
- 処方薬へのアクセスが制限されると、多くの依存症者が安価なヘロインに転向した。
- 中国の化学工場がフェンタニルおよびその前駆体を大量生産し、世界中に輸出し始めた。
- メキシコのカルテルがこれらの前駆体を使ってフェンタニルを製造し、利益率の高いビジネスモデルを確立した。
- インターネットとダークウェブの台頭により、個人が直接これらの薬物を注文できるようになった。
特に興味深いのは、中国の化学工場の役割だ。著者は武漢の「Yuancheng Group」について詳細に調査している。この会社はフェンタニル前駆体を大量生産し、世界中に輸出しているが、同時に中国政府から補助金や税制優遇を受けている。これは非常に複雑な状況を示している。
中国政府はフェンタニル危機への対応を約束しているが、実際にはフェンタニル関連物質の輸出を奨励する政策を続けている。これは単なる規制の不備なのか、それとも意図的な政策なのか。著者は明確な結論を出していないが、歴史的なコンテキストを考えると興味深い。アヘン戦争で中国は西洋諸国（特にイギリス）からアヘンを押し付けられ、国家的な屈辱を経験した。現在の状況はその逆転とも解釈できる。
中国の化学産業は世界最大で、40万社以上の製造業者・流通業者が存在するという。この巨大な産業を効果的に規制することは、技術的に非常に困難な課題だ。同時に、中国は国内の薬物問題に対しては極めて厳格な姿勢を取っており、薬物犯罪者には死刑も適用される。この二重基準は単なる偽善なのか、それとも実用的な政策なのか、議論の余地がある。
次に、新精神活性物質（NPS）の問題について考えてみよう。フェンタニルだけでなく、合成カンナビノイド（K2、スパイス）、合成カチノン類（「バスソルト」）、新しい幻覚剤（NBOMeなど）が世界中で出現している。これらの物質は多くの場合、既存の違法薬物の効果を模倣するように設計されているが、その化学構造は異なるため、多くの国の薬物規制法を回避できる。
これらのNPSの多くも、もともとは医薬品研究の副産物だった。例えば、ジョン・ウィリアム・ハフマン教授の合成カンナビノイド研究や、デイビッド・ニコルス教授のNBOMe化合物の研究は、医療や科学の進歩を目的としていた。しかし、これらの研究成果が学術誌に発表されると、「地下」化学者たちがそれらを模倣して違法薬物を製造し始めた。
このジレンマは現代科学の根本的な課題を示している：科学的知識の公開と透明性は進歩に不可欠だが、同時にその知識が悪用される可能性も生む。ニコルス自身が「オープンな学術出版の原則」と「危険な薬物の拡散防止」の間で葛藤していることが述べられている。
サシャ・シュルギンの例も興味深い。LSDやMDMAなどの薬物を研究・開発し、その化学式を公開した彼は、科学的好奇心と医療応用の可能性に動機づけられていたようだ。しかし、彼の著書『PiHKAL』と『TiHKAL』は、後の違法薬物製造のマニュアルとして使用された。
次に、対応策について考えよう。著者は伝統的な「麻薬との戦争」アプローチの限界を指摘し、ハーム・リダクション（危害軽減）の重要性を強調している。これは薬物使用を犯罪ではなく公衆衛生の問題として扱い、使用者の安全を最優先する考え方だ。
スペインやスロベニアのハーム・リダクション政策の成功例は注目に値する。例えば、スペインのバルセロナにある「Baluard」施設では、使用者に安全な使用環境、清潔な器具、医療ケアを提供している。その結果、過剰摂取死亡やHIV感染率が大幅に低下した。スロベニアでは、個人使用のための少量の薬物所持は小額の罰金のみで、警察も薬物検査サービスに協力している。
これらの成功例は、従来の禁止主義的アプローチとは全く異なる考え方に基づいている。禁止と処罰ではなく、リスク低減と情報提供を中心とした政策が、実際に命を救う可能性がある。米国ではこのようなアプローチへの抵抗が強いが、オピオイド危機の深刻化に伴い、少しずつ変化が見られ始めている。
薬物検査キットの提供や監視下使用施設の設置など、具体的な対策が各地で検討されている。しかし、これらは根本的な解決策ではなく、より包括的なアプローチが必要だろう。
処方薬依存症の治療における薬物補助療法（MAT）の有効性も重要な点だ。メタドンやブプレノルフィン（スボクソン）などの代替療法が過剰摂取死亡リスクを減少させることが研究で証明されている。「薬物を別の薬物に置き換えているだけ」という批判もあるが、命を救うという観点からは有効な戦略と言える。
では、この危機の根本的な原因は何だろうか？医療システムの問題、製薬会社の不適切なマーケティング、中国の化学産業の規制不足、メキシコのカルテルの存在など、複数の要因が絡み合っている。しかし、より根本的には、現代社会における薬物需要の問題がある。なぜ多くの人々がこれらの危険な薬物を求めるのか？
米国とカナダは世界で最も高いオピオイド消費量を誇る。文化的、社会的要因が大きく影響していると考えられる。痛みの管理に対する期待の高さ、医療システムの問題、社会的孤立、経済的不安など、複雑な要因が絡み合っている。
著者は物語を通して、薬物使用者を単なる統計ではなく人間として描いている点も重要だ。ベイリー・ヘンケ、ジャック・サンダース、ブリーとマイクなど、実名または変名で登場する人々の経験を通して、この危機の人間的側面が浮き彫りになる。彼らの多くはフェンタニルを意図的に選んだわけではなく、不純物の混入や代替品の不足などの理由で、知らず知らずのうちに危険な状況に陥った。
また、この本は米国中心の視点から書かれているが、フェンタニル危機は国際的な問題だ。カナダ、オーストラリア、エストニア、スウェーデンなど、他の先進国でも深刻な問題となっている。各国の対応は異なり、ヨーロッパ諸国はより公衆衛生中心のアプローチを取る傾向がある。
ここで、技術の役割についても考える必要がある。インターネット、特にダークウェブの台頭により、違法薬物の国際取引が格段に容易になった。同時に、暗号通貨の普及も匿名での取引を可能にした。技術の進歩が新たな課題をもたらしている一方で、解決策の一部にもなりうる。例えば、フェンタニル検査キットの普及は過剰摂取リスクの低減に貢献している。
この本から得られる最も重要な教訓は何だろうか？おそらく、複雑な問題には単純な解決策はないということだ。法執行機関による取り締まりだけでは不十分であり、公衆衛生、教育、国際協力など、多面的なアプローチが必要だ。同時に、薬物使用者を犯罪者ではなく、支援を必要とする人々として扱う視点の転換も重要だ。
さらに、フェンタニル危機は現代のグローバル経済と国際関係の複雑さを映し出している。中国からの薬物前駆体の流入、メキシコのカルテルの役割、インターネットを通じた国際取引など、この問題は一国だけでは解決できない。
最後に、この危機は科学技術の両義性を示している。医療の進歩を目的とした研究が、予期せぬ形で公衆衛生上の危機をもたらした。科学的知識の公開と応用に関する倫理的枠組みの重要性を改めて認識させる事例と言える。
最後に、この問題の根本にある社会的、経済的要因にも目を向ける必要がある。薬物乱用は多くの場合、より広範な社会問題の症状だ。失業、貧困、社会的孤立、メンタルヘルスの問題など、これらの根本的要因への対応なしには、薬物危機の完全な解決は難しいだろう。
この本から浮かび上がるのは、フェンタニル危機が単なる「薬物問題」ではなく、医学、化学、国際関係、経済、公衆衛生などが複雑に絡み合った現代社会の縮図だということだ。そして、この問題への対応は、私たちの社会が科学技術の進歩、国際協力、公衆衛生、個人の自由と安全のバランスをどのように考えるかという、より広範な問いを投げかけている。
フェンタニル危機は、私たちの社会が直面する最も複雑で緊急の課題の一つであり、その解決には従来の思考の枠を超えた創造的かつ協調的なアプローチが必要だ。この本はその複雑さを丁寧に解きほぐし、より効果的な対応への道筋を示唆している。
しかし、ここでもう少し考えてみたい。この問題のもう一つの側面は、薬物依存の本質に関わるものだ。なぜ人は薬物に依存するのか？単純な快楽追求や自己破壊的傾向だけでは説明できない複雑な現象だ。トラウマ、精神疾患、社会的疎外感などが関連していることが多い。ジェイ・シャイケン医師が「私の患者の100%が幼少期のトラウマか精神疾患を抱えている」と指摘している点は重要だ。
また、薬物政策における「道徳的パニック」の問題も無視できない。新しい薬物が出現するたびに、メディアや政治家はしばしば過剰に反応し、科学的証拠よりも感情的な反応に基づいた政策が採用されることがある。この本では、ニュージーランドのBZP（ベンジルピペラジン）の例が示されている。最初は規制の下で合法化されたが、メディアの否定的な報道と公衆の懸念から禁止に至った。結果として、より危険な代替品が街頭に出回ることになった。
さらに、薬物危機における人種と階級の問題も考慮する必要がある。米国のオピオイド危機は当初、白人中流階級の問題として注目されたが、フェンタニルの流入により、アフリカ系アメリカ人コミュニティも深刻な影響を受けている。薬物政策の歴史は人種差別との関連が深く、「麻薬との戦争」が特定の人種やコミュニティを標的にしてきた側面は無視できない。
また、製薬会社の責任も重要な問題だ。パデュー・ファーマ社のオキシコンチン販売戦略が現在の危機の発端となったことは広く認識されている。しかし、ジョンソン・エンド・ジョンソン傘下のヤンセン・ファーマシューティカ（フェンタニル製造会社）の責任についてはあまり議論されていない。医薬品産業の利益追求と公衆衛生のバランスは難しい問題だ。
そして、技術進歩の加速が新たな課題をもたらしている点も重要だ。新しい合成技術により、化学者は無数の新しい精神活性物質を作り出すことができる。法規制が追いつかないスピードで新しい物質が登場し、「モグラ叩き」のような状況が生まれている。この技術と規制のギャップをどのように埋めるかは、大きな課題だ。
最後に、フェンタニル危機は単なる薬物問題ではなく、現代社会の苦痛と快楽に対する姿勢を反映している面もある。痛みを薬で素早く解決しようとする傾向、精神的・感情的苦痛からの逃避、即時的満足を求める文化など、より広範な社会的問題と関連している可能性がある。
振り返ってみると、この本から浮かび上がる最も重要なメッセージの一つは、複雑な問題には単純な解決策はないということだ。医療、法執行、教育、国際関係など、多面的なアプローチが必要だ。同時に、薬物依存者を「問題」ではなく「人間」として見る視点の転換も重要だ。
ベイリー・ヘンケ、モンタナ・ブラウン、ジャック・サンダース、ブリーとマイク—彼らはみな、この危機の人間的側面を示している。彼らは単なる統計ではなく、希望と夢と苦悩を持った個人だ。効果的な対応策を見つけるためには、この人間的視点を失わないことが重要だろう。
最後に、この問題への対応は私たちの社会の価値観を反映している。科学の自由と責任、公衆衛生と個人の自由のバランス、国際協力と国家主権、利益と倫理—これらの複雑なトレードオフをどのように考えるかが、私たちの対応策を形作る。
フェンタニル危機は、薬物政策だけでなく、より広範な社会的、倫理的問題について私たちに再考を促している。この危機から学び、より効果的で人道的な対応を見つけることが、今後の同様の課題に対応する上でも重要だろう。