新型コロナウイルス感染症 はじめに3 議論のあるテーマについて

パンデミックのデマとは

ただの風邪?

多くの医師、専門家がひっかかってしまったのが、当初の致死率の低さから、コロナウイルスを「ただの風邪」だと決めつけてしまったことです。当時、コロナウイルスが長期的な病原性、つまり後遺症、特に発症までに何年、何十年とかかる神経変性疾患にどのような影響を与えるかはまったくわかっていませんでした。

実際、関連論文を読んでさえいれば、そこまで難解な話でもないはずなのですが??、遺伝的に高い相同性をもつSARS-CoV-1では、多くの患者が長期にわたり神経学的後遺症に苦しんでいることが報告されていました。また、初期のまだ限られた証拠しかない段階でも、症例や逸話情報から大多数の患者で(現在Long-COVIDと呼ばれる)長期症状が感染者の3分の1と非常に高い割合で報告されていました。(最近のメタ解析でも同様の結果が出ています)

ポストコロナ症候群における疲労と認知機能障害 システマティックレビューとメタ分析
Fatigue and Cognitive Impairment in Post-COVID-19 Syndrome: A Systematic Review and Meta-Analysis Available onlin ...

さらに神経変性とコロナウイルスの関連の病態生理学的研究においても、多数派の研究者がコロナウイルス感染症による神経変性および中長期的な疾患リスク増加の懸念を表明していたことも、論文を幅広く読んでいれば誰でも知ることでのできる事実です。

後に、SARS-CoV-2が細胞へ侵入する際に使うスパイクタンパクが、単なる受容体ではなく生理学的な活性をもち様々な組織へ損傷を与えることもわかりました。これは現在のワクチンの問題にもつながっています。

私たちは、専門家に対する信頼が損なわれた時代にいます。それは、専門家が自ら招いた傷であり、科学の政治化、科学雑誌に書かれた検閲や政治的な暴言、YouTubeやTwitter、Facebookで一般的な物語に疑問を呈するものを検閲することによってもたらされました。これはつまり、個人が自分で批判的な評価をする責任があるということです。

学術的な面でも被害が出ています。大学教授たちは、大規模なロックダウンではなく、対象を絞った保護などの選択肢を提示し、疑問を呈した人々を批判してきました。大学教授たちの反応の一部は、資格を持つ人々への信頼を破壊しました。つまり、資格は魔法のような最終手段ではないということです。重要なのは、批判的思考を持つことです。責任はますます個人にかかってきます。

Scott Atlas M.D,フーヴァー研究所シニアフェロー

持続的なLong-COVIDが非常に高い割合で発生しており、感染者のかなり高い割合で、将来的に莫大の神経障害患者を生み出す可能性があったことは、初期段階でも合理的に推察できたことです。

HSV-1など感染症と神経変性疾患の「強い」関連性は比較的近年浮上してきた研究課題であり、医師の方でも知らない方が多数かもしれません。神経変性のリスク因子の影響は10年後20年後に現れるため、現時点での疫学、臨床的な評価では推測することができません。

症例致死率はモデルや検査方法によって異なることはあるものの、統計学的な基礎知識と適切なデータがあれば把握できるのに対して、未来、生じうる可能性としてのリスクは血清指標、病理学的な診断、機序の理解、後遺症症状の分野ごとの知識など、より専門的な知識が求められます。そのため限られた研究者、専門家でなければ信頼性のある予想はむずかしいと思います。

「ただの風邪」論者が初期に間違っていたのは、当時はそのような高い不確実性があったこと、そして、そのリスク評価を将来にわたる時間軸で考えていなかったことです。つまり、初期の段階でのロックダウン(行動制限)は予防原則的な立ち場から正当化できる根拠があったかもしれません。(ロックダウンによる感染防御の効果は理論的なものに過ぎず、そもそも有効だという証拠は示されていないという専門家意見もあります。)

一方で、早期検査、早期治療、個人で利用可能な多剤併用治療が政策的に集団レベルで実行されていれば、ロックダウンやマスクよりも大きな効果を示していた可能性が高いと考えています。そのことから初期のロックダウン戦略が最善の選択であったと考えているわけでもありません。

長期フェーズのトレードオフ

ここで誤解してもらいたくないのは、私はコロナウイルスは無限に危険だと言おうとしているわけではありません。「ただの風邪」という言説に対して「それは違う」と反対しているだけで、コロナウイルスの危険性を過剰に見積もり、社会が過剰に(そして間違って)リソースをばらまいている問題は確かに存在します。

また、コロナウイルスが危険だと言う一部の医師や研究者に、ロックダウンに伴う社会的影響への理解の欠如があったようにも見えます。COVIDのリスクについて国民へ向けて丁寧に説明を行っていたかというと、けしてそうではなく、「ただの風邪」だと考える人達の思考回路や感情は理解できます。

私は、がん検診の遅れなどは、私が「Long COVID」と呼んでいる長期的な影響の一部に分類すると思います。

-Donald Boudreaux 、ジョージ・メイソン大学 経済学教授

現時点の情報に基づくとオミクロン株は一般的な感冒症状に近づいているようです。Long-COVIDの問題は確かにまだ残っていますが、Long-COVIDのリスクを強調する側がロックダウンにより生じる社会的リスクに言及していないことで、ロックダウン反対派への説得力を失っているようにも見えます。

結局のところ、コロナウイルス感染に不確実なリスクがあるのと同様に、ロックダウン政策やマスク義務化にもすでに顕在化している問題に加えて、将来的に生じうる不確実なリスクが合理的に想定できます。そして時間の経過に伴い後者のリスクの大きさと確実性が増大してきていると言えるでしょう。

例えば、赤ん坊が大人の表情を見て育つ重要な時期に、親がマスクをつけたままでいることが生来にわたってどのような影響を及ぼすか実証された研究はないでしょう、そして発達心理学の観点から、それが些細な問題であるとは言い切れません。こういったことは一例に過ぎませんが、マスクの非有効性と有害性に関する150以上の比較研究と論文が報告されています。

コロナウイルスの危機を煽りたい政治的理由が垣間見えることもあり、その際にLong-COVIDが利用される危険性があることも理解できます。(ただし、タバコを危険視する霊媒師の話を再び持ち出すなら、政治的利用の危険性とLong-COVIDに実際どれだけの驚異なのかという議論は分けて考えなければならないでしょう。)

私が言いたいのは、数学の方程式のようなものだということです。皆が証拠を見て、人類への害を最小限に抑えようという動機を持っているなら、その部分は方程式の両側で相殺されます。そして残るのは、証拠が何を示唆しているかについての意見の相違です。

-Bret Weinstein「89th DarkHorse Podcast」 Tweet

非対称性のトレードオフ

このように、言うまでもなく、社会において何か介入を行うということには、常に何かを犠牲にして何かを助けるという力学的なトレードオフが生じます。このトレードオフは、例えば、短期的有害性と長期的有害性というように非対称的な関係が多く、また、どちらの側にも、いわゆる質の高い証拠というものがありません。定量化も難しい不確実性同士の比較であることが判断の難しさにもつながっています。

※一方で難しさの強調は、特定のアジェンダを支援するために専門家の助言を選択的に利用したり、責任回避の言い訳にも使われるかもしれません。このような文脈でより重要になってくるのは、合理的な枠内(オヴァートンの窓)で国民への問いかけ、議論と意思決定の透明性をもち、信頼性を得ることではないでしょうか。私の知る限り、国民への問いかけは一切なかったと思います。それどころか、意思決定の議論を誰がどのように行ったのか、議論のテーブルの上に様々なリスクが検討されたのかどうかさえわかりませんでした。

パンデミック時に生まれた子どもは、言語能力、運動能力、総合的な認知能力の標準的な測定値が著しく低いことが、米国の研究者によって明らかにされた。 平均IQスコアが78となり、過去のコホートの平均よりも22ポイント低下していた。[R][R]

Long-COVIDを含めたコロナウイルス感染を心配する専門家はロックダウンによる副次的被害を軽視する傾向にあり、ロックダウンなど全体を見るタイプの専門家はLong-COVIDの問題に言及することはめったにありません。意図的なのかどうかよくわかりませんが、お互いが自分の見える世界だけから正当性を主張することで分断が起きているように見えることもあります。

私自身も、それぞれのリスクを正確に見積もり比較することができる専門性をもっていません。他方で、何百とあるイシュー、何千とある変数を比較検討できる専門家がいるとも思えませんし(下記グラフにある各トピックをテーブルにのせて議論をしているメディアや専門家を見たことがあるでしょうか?)、推論プロセスも不明のため、専門家の判断を信用していいのかどうか検証のしようがありません。考えれば考えるほど不可知論者に傾きたくなるというのが本音です。

COVID-19に関する 世界経済フォーラムの戦略的インテリジェンスマップ

COVID-19の治療法、パンデミックへの準備と対応、科学、バイオテクノロジー、イノベーション、健康とヘルスケアの未来、アジャイルガバナンス、グローバルヘルス、COVID-19の進化、ワクチン、グローバルガバナンス、誤報とCOVID-19、行動科学、価値観、人間の権利、インターネットガバナンス、インクルーシブデザイン、芸術と文化、コーポレートガバナンス、メディア・エンタテインメント・スポーツの未来、COVID-19とサプライチェーン、機関投資家、労働力と雇用、サプライチェーンと輸送、金融・通貨システム、銀行・資本市場、ジオエコノミクス、国際貿易と投資、個人投資家、国際安全保障、経済発展の未来、COVID-19のテストと監視、市民の参加、人道的行動、デジタル・アイデンティティ、データサイエンス、デジタル経済と新しい価値創造、ウイルスと病気、高齢化と長生き、メンタルヘルス、公的金融と社会保護、小売・消費財・ライフスタイル、感染を減らすための行動、航空・旅行・観光、ワクチンの配布、料金、義務化、社会的正義、不平等、保険、COVID-19の旅行への影響、米国、欧州連合、ビジネスのデジタルトランスフォーメーション、航空宇宙、マイグレーション、中国、地政学

早期治療・多剤併用療法そして基礎的な免疫強化策

早期治療・鼻腔洗浄剤、ビタミンD(+日常的な健康政策)といった早期のマルチセラピーは、戦略の全体に決定的な影響を与える変数、いや変数というよりも全体の戦略の方向性を変えるかもしれない関数に相当するものであり、ただちに取り入れるべきだというものです。後でまた詳しく述べますが、それが現在の政策意思決定において、なぜだかごっそりと欠落しています。

ロジスティック回帰分析を用いて推定したところ、1ミリリットルあたり50ナノグラムで死亡率がゼロになることがわかりました。連邦政府は、ビタミンD欠乏症、特に北部の低所得マイノリティが老人ホームに偏在していることを知っています。ですから、全国的にビタミンDのプロトコルを持っていなかったというのは、犯罪的なことなのです。

-Pierre Kory MD

政府や公衆衛生機関に、この第三の道を是非検討してもらえればと心から願っています。

短期処方のロックダウン的な政策は限界を迎えており、イデオロギーでははなく現実的な方向性として自然免疫に基づく集団免疫戦略に舵を切る時期にきていると私は考えています。

ロックダウン・行動制限の副作用
「COVID-19の心理学」 Side effects of quarantine 集団免疫についての議論は、次の章で紹介するエスポジートの社会的免疫(2011)の概念を思い起こさせる。つまり、生命は自分自身から守られる必要が ...

開放か封鎖か、どのような戦略を採用するにしても、この第三のアプローチ(早期・多剤併用療法)はゲームチェンジャーになるものです。ただ、このアプローチは先程述べたトレードオフの関係において、ロックダウン緩和による損失回避を、最小限の感染リスクによって享受することができます。簡単に言えばより行動制限解除の元に実行することでより大きい利益が見込めるということです。

ロックダウンを最小限にすべき3つの理由

COVID-19パンデミックのような生死に関わる問題では、経済的な問題に焦点を当てることは見当違いに思えるかもしれない。しかし、世界の貧困層にとって、COVID-19の経済的な影響は壊滅的で、はるかに差し迫ったものになります。

-Tarazi、CGAP.com

現在は様々な証拠が蓄積され、繰り返されるロックダウンによる副次的被害の影響も深刻化してきました。トレードオフを考える際、多くの変数が存在しますが、リスクベネフィットを大きく変動させる関数には以下のものがあります。

  • コロナウイルスがそもそも社会から根絶可能なのか
  • 自然免疫(またはワクチン)がどの程度、どれだけ保護効果をもつのか
  • 感染者(特にLong-COVID)の治療が可能なのか

現在では恒久的な根絶は非常に難しいと考える専門家が多数を占めています。(全世界各国の協調した行動が可能か??、ワクチンでは感染を防げない・公平に分配できない、完全な集団免疫はほぼ不可能、動物で保持される、常に変異株が発生している。)[R]

2020年には、コウモリ、ミンク、イヌ、トラ、フェレット、ネズミなど、人間が日常的に接している多くの動物がウイルスを保有していることが明らかになった。ミンクが人間に感染するという事実はすでに記録されていたが、他の多くのフェレット系動物も人間に感染する可能性があるのだ。感染した動物を一掃したり、ワクチンを接種したりすることは不可能である。ミンクやコウモリのような小さくて繁殖力の強い動物を一掃しようとした歴史は、失敗の連続であった。「The Great Covid Panic」

ワクチンでの長期的保護効果が期待できないことは実証されています。反対に自然免疫についてはより長くより高い保護効果を示す証拠が蓄積されています。[R][R]

「ただの風邪派」ではなく、「ただの風邪にする努力をしよう派」

治療による回復は介入時期に強く依存しますが、多剤併用による早期治療プロトコルが採用されるならほぼ全員が重症化することはありません。(議論があるように見えるのは公衆衛生機関の官僚主義と無能さに由来しています)ワクチン、治療薬には変異株によって有効性が変動しますが、早期介入の有効性はどのような変異株であろうと失われていません。

病気の原因は一つであるというドグマは、19世紀末に主流となった微生物学によって決定的に形成され、特定の微生物(ウイルス、細菌、真菌)が、コレラや結核などの集団伝染病を含む極めて明確な病気の原因であると宣言された。

この意味においてコロナウイルスは、早期検査&治療、鼻腔咽頭洗浄、ビタミンD、イベルメクチン(IVM)、フルボキサミン(FLV)などの多剤併用等、現実的な対策を採用していれば、社会としては「ただの風邪」として位置づけることがが可能だったでしょう。それは単なる推測ではなく、実際にインド、メキシコなど採用した世界の国々で実際に起こっていることです。

イベルメクチンがデリーの症例の97%を消し去る

イベルメクチンがデリーの症例の97%を消し去る
Ivermectin obliterates 97 percent of Delhi cases イベルメクチンでデリーの症例が97%減少したことは決定的だ。このグラフは、命を救い、人権を守るための壮大な闘いの ...

コロナ後遺症の治療及び回復はほぼ全員可能であるという医師の心強いデータと報告があります。またオミクロン株で感染力が非常に高まっていることから、ロックダウン戦略が時間稼ぎにしかならない、感染制御のための個人の権利制限の危険性などもあるでしょう。当然他にも考慮すべき論点は多くありますが、これらの主要な論点を考えた時、ロックダウン政策はすでに限界を迎えているのではないでしょうか。

台湾モデル vs スェーデンモデル

極論 vs 極論

繰り返しになりますが、これは対象を絞った感染対策とセットで考えなければなりません。早期検査・早期治療・在宅ホームキット、IVM、FLVなどの有効な適応外薬の前提をすっ飛ばして、スウェーデンモデルのような集団免疫戦略でいくのか、台湾のようなゼロコロナ路線を目指すのかという議論をしても、私には極論と極論をぶつけ合っているようにしか見えません。

ちなみに、台湾モデルは初期の段階では理想的だったように思えますが、ワクチンでは解決がつかないことがはっきりした今、今の鎖国状態をいつまで続けていくのかという問題と、未来のデジタル管理社会に伴うリスクが見過ごされています。現在の政権の信頼性とは別問題です、政権が邪悪なものに変わっていった時、残ったシステムによって今の信頼性が将来の仇になる可能性もあります。

結果論としてスウェーデンモデルは成功しているようにも見えますが、またLong-COVIDに苦しんでいる患者さんの声が報道されていない、見過ごされているという批判も存在します。

いずれにしてもデータと論文に基づいた出口戦略についての国民的な議論が必要ですが、なぜだかそういった議論を政府関係者からも、メディア上の専門家からも2年が経過して、耳にすることがないことは驚きです。

Waltner-Toewsらは、「通常の科学を「機能」させるために必要な認識上のコンセンサスが、いたるところで完全に崩壊しているのを目の当たりにしている」と書いている。これは、行動心理学、社会学、倫理学などの分野だけでなく、ウイルス学、遺伝学、疫学などの分野でも起きている。

つまり、「応用科学者」や「プロのコンサルタント」が自分のコンフォートゾーンではなく、ポスト・ノーマルな文脈に身を置くと、目的適合性の意味が変わってくるのである。また、確立された分野であっても、幅広い聴衆から意見の相違を隠したり、コンセンサスを得たりすることはできない。

例えば、現在の厳しい措置が正当化されるのかどうか?データが増えても(「信頼できるデータ」であっても)予測モデルが改善されても、「犠牲の分配」を解決することはできない。

これは、とりわけ、あらゆる規模で現れるジレンマの仲裁を伴うものである。科学の一般的な概念や「データの不足」の陰に隠れて、あたかもデータがこれらのジレンマを解決する力を持っているかのように言うのは、無謀で、弱く、混乱している」

-Mika Turkia

普遍主義からの脱却

ワクチンか、自然免疫かといった切り取られた二項対立ではなく、多様な予防、治療手段、そしてもう一方では、より広く見ていかなければならない全体像があることを示したいと思っています。それは「一律一剤一権力の解決策」、言い換えれば「普遍主義」という前提を見直す必要があるということです。

普遍的な行動は、紙の上では素晴らしいものであるが、実際には悲惨なものだ。なぜか?人間はローカルで実用的な動物であり、スケールに敏感である。小さなものは大きなものではなく、具体的なものは抽象的なものではなく、感情的なものは論理的なものではない。

マクロよりもミクロの方が効果的であると主張したように、ガレージの係員に挨拶をするときには、一般的な話にならないようにするのが一番である。

我々は身近な環境に焦点を当てるべきであり、シンプルで実用的なルールが必要なのだ。さらに悪いことに、一般的なことや抽象的なことは介入主義者のような独善的なサイコパスを惹きつける傾向がある。

言い換えれば、カントはスケーリングの概念を理解していなかったのだが、我々の多くはカントの普遍主義の犠牲になっている。

-Nassim Nicholas Taleb

  • ワクチン一律接種 vs ワクチン層別化・高リスク者限定接種
  • 病気全期での一律治療 vs フェーズ別治療
  • コロナ後遺症一律治療 vs 免疫プロファイルに基づく個別化治療
  • RCT偏重EBM vs パンデミック、状況に応じた統合的EBM

他にも、

  • 強制 vs 選択
  • 単剤 vs 多剤
  • 自宅放置 vs 在宅療法
  • 利益相反あり vs なし
  • 重症患者のみの治療 vs 予防と早期治療
  • mRNAワクチン vs 生ワクチン・不活化ワクチン
  • Sタンパクワクチン vs  Sタンパク以外
  • 功利主義 vs 義務論
  • 中央集権型の組織 vs 分散型のローカルコミュニティー
  • 命の数 vs 命の長さ vs 幸福度
  • ワールド・リスク・ソサエティ vs ワールド・レジリエンス・ソサエティ

、などの視点も可能でしょう。

これらの構造同士が複雑な多次元の方程式として関連しあっているため、我々がどの道を進むべきなのか、その方向性を問う議論であれば、複数の争点を同時に議論する必要があります。これらの対立構造のどれかひとつだけを取り上げてディベートすることに積極的な意味はありません。

マスク…

あえて、議論が多くコメントが難しいマスクについても意見を述べるなら、、リスクの高い人やある特定の室内環境では賛成ですが、屋外は非推奨、子供の装着の推奨には反対、推奨するならN95の普及を前提に使用すべきで、また早期検査&治療が導入され、鼻腔洗浄(より推奨です)が定期的に行われるならマスクはほぼ不要(むしろ非推奨)、法的な強制は反対といったように、サブトピックが多すぎるため、マスクが不要かどうかだけの議論にほとんど意義を見いだせません。またマスクを推奨するかどうかと関係なく、手術用マスクの感染防御の証拠が、いわゆるRCTに基づくなら弱いというのは事実です。(~10%)。

※ちなみに、日本で歩行者の交通事故による死亡は年間約1000人強、死傷者は45000人です。歩行中にヘルメットを義務化すれば、おそらくこの数を半数には減らせれる可能性があります(自転車でのヘルメット装着と非装着での死亡リスクは約3倍~の差がある)。

それでも私が初期に特定の状況で推奨していたのは、アジアでの観察データとこの感染症のいくつかの特性から、マスクが日本のXファクターのひとつを説明できる可能性があったこと、そしてそのトレードオフとして短期的なマスク装着に伴う有害性の可能性は、予防原則的な立場から許容できると考えたからです。

しかし、証拠をフェアに評価するなら、このような議論はビタミンDや、鼻腔洗浄剤、いくつかの安全な適応外薬にも認められなければならず、マスク装着の採用の根拠となった証拠にダブルスタンダードがあったことは明白です。この選択利用に何らかの政治的な思惑があったと疑われても驚きはありません。

マスクの効果はおそらくわずかに(10%~)あるとは考えていますが、長期フェーズにおいて社会へ与える影響とのトレードオフを考えた際、特に早期治療との比較においてメリットは完全に失われており、普遍的に装着しなければならないという公衆衛生機関の指示は説得力を失っています。

ジョン・メイナード・ケインズの言葉に、「情報が変われば、結論も変わる」とある。パンデミックが進行し、それに関する知識が増えるにつれ、公衆衛生政策は必然的に適応しなければならず、その根拠を一般市民や医療専門家がより容易に受け入れられるように、透明性を持って伝える必要がある。その根拠は単純明快で、人々はすぐに協力してくれた。この明確さが国民の信頼と支持を得たのは間違いない。しかし、多くの国では、その後の政策が新たな知識に適応していないため、メッセージが混乱し、時には相反するものになってしまった。[R]

ただしオミクロン株はその感染力の強さから一気に広がり病床逼迫のリスクの可能性があるかもしれないと言われていること、そしてマスクが(感染は防がなくとも)そのいくらかの時間稼ぎになるかもしれないと一部の専門家では考えられています。すでにマスク装着の義務化に馴染んでしまっていることを考えると、マスク解除の議論はもう少しだけ(数ヶ月?)待ってもいいのかもしれません。

ただし、これはつまり個人レベルのメリットデメリットの問題というよりも集団レベルでの利益の議論です。それを個人に推奨や強制できるかどうかはまた異なる倫理的問題です。

個別化

個別化という方向性は、マローン博士を中心とする世界的な専門化グループの間でも中核的な考え方として形成されつつありますが、政府やメディア上の医師、専門家では、どちらが正しいのかという以前にこの重要な概念についての議論自体を目にすることがありません。

個々の議論の是非を問うことももちろん重要ですが、環境や対象者が変われば、推奨の是非や強度も変わるというごく当たり前の考えをもっと浸透させていくべきではないかと思います。

狂気を終わらせるための20のステップ
Twenty Steps to End the Madness ロックダウン、学校閉鎖、マスク着用義務など、この1年半から1年半の間に社会が行ったCOVID-19パンデミックの制限政策は、すべて大失敗に終わった。政府は、非 ...

検閲と密室協議、高貴な嘘 によって、一律の議論しか聞こえてこないのだとすれば、どちらの側が科学的態度に反しているのかを考えることはそれほど難しくないはずです。

認知症とCOVID

新型コロナウイルスの神経障害リスクに早期に気がついたのは、サイトのテーマからして当然なのですが、認知症とCOVIDの関係に大きく焦点をあてていたことが大きいと思います。

しかし、当初は素朴に認知症と新型コロナウイルス感染症、この2つの疾患は素朴にまったく異なる病気として見ていました。月日が経過し、この2つの病気のリスク因子だけではなく、その複雑さ、そして発症に関わるメカニズムにも多くの重複が見られることがわかってきました。

COVID-19と神経変性疾患の間で共通するダウンレギュレーション遺伝子のGene-Disease Association network(diseasome)[R]

アルツハイマー病(AD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン病(HD)、多発性硬化症(MS)、パーキンソン病(PD)、てんかん性疾患(ED)

COVIDは非常に複雑な病気で、率直言って、私たちがこれまでに遭遇した中で最も複雑な病気だと思います。

-Paul E. Marik EVMS肺救命救急医学部長・医学教授

さらに驚いたことは、病気のメカニズムとは関係のない、認知症への対処に失敗し続けている医療システムと同型の問題が、新型コロナウイルス感染症への対処においても存在するように見えたことです。COVID-19治療に一発必中の解決策は存在しないこと、早期治療重要性も、人によっては耳にするようなってきたかと思います。これはまさに認知症や神経変性疾患の分野でもずっと言われ続けてきたことです。

共通する最大のリスク因子

認知症とCOVID-19の最大のリスク因子が加齢であることはけして偶然ではなく、免疫老化を始めとする多くの共通する代謝的な障害メカニズムを抱えています。以下の文が約10年前に書かれたことは興味深いと言っていいでしょう。

教科書によると、1900年にはほとんどの人が感染症で死亡していたが、現在ではほとんどの人が感染症ではなく、がんや心臓病、アルツハイマー病などで死亡していると書かれています。10年後には、『歴史上、ほとんどの人が感染症で亡くなり、現在もほとんどの人が感染症で亡くなっている』という内容に、教科書を書き換える必要があると思います。我々が感染症だと思っていなかった病気の多くが、結局は感染症の原因となっている可能性があるのです。

-Paul Ewald ルイビル大学生物学部教授

そして加齢による代謝障害だけではなく、肥満、高血圧、糖尿病と様々な基礎疾患、メカニズムとしても、免疫関連遺伝子反応性ミクログリア、など両者の疾患の高いリスクと関連することが多くの研究で示されています。またSARS-CoV-2のみならず、多くのウイルスがアルツハイマー病などの神経変性と関連するだけでなく、因果関係を示す優位な証拠が揃い始めており、繰り返しになりますが、これはCOVID-19においても複数の専門家から感染者の回復後の長期的な神経学的後遺症のリスク予想されています。

古代ギリシャの時代から、人は病気に「かかる」(Catch)のではなく、「入り込む」(slipped into)ものであった。「かかる」ということは、「かかるべきもの」があるということで、細菌説が認められるまでは、「かかるべきもの」はなかった。

-エドワード・ゴルブ 生物学教授「The Limits of Medicine」

放置され続ける健康格差

これらのことは、患者の基礎疾患などを含めたリスク評価が感染前と感染後の両方に必要であり、治療や予防も個人によって変化させていく必要があることを強く示唆しています。しかし、未だにそのような個別化された治療・診療(システム医学)が行われていないどころか、臨床研究でも限られた研究しか行われていません。

医療における研究の究極の目的は、患者のケアを改善することである。しかし、その研究結果を普及させるための効果的な戦略がないことが長年の問題となっている。1601年にレモン汁が壊血病の予防に効果があることが示されたが、イギリス海軍がこの治療法を採用したのはそれから約200年後のことであった。

また、すでに一年半が過ぎていながら基礎的な健康状態におけるリスク要因(肥満、糖尿病、高血圧)が放置され、ビタミンDといった安全かつ容易で効果的な介入の推奨も行われず、睡眠身体活動栄養科学微量栄養素)腸内環境、日光浴、ストレス汚染物質の回避(少なくともマスク装着と同程度かそれ以上に、抗COVIDのメカニズム的根拠があります)などのライフスタイルへの介入によるリスク軽減策への支援もなければ提言もありません。

免疫応答に影響を与える要因

COVID-19 将来のパンデミックを防ぐ(免疫の弱体化に寄与する2000の要因)
COVID-19: Preventing Future Pandemics ロナルド・N・コストフ(Ronald N. Kostoff)博士、ジョージア工科大学公共政策学部研究員、ジョージア工科大学ゲインズビル校、バージニア州 201 ...
本当にちょっとした知恵

一方で、そういった提言を行わない、治療方針を示さない政府、専門家、一部の医師たちを批判することに私の高い関心があるわけではありません。

私が気になって仕方がない、胸に何かが詰まった感情がこの一年半続いているのは、相当数の方が苦しんだり、場合によっては重大な後遺症につながったり、命を落としたりというようなことが、人々のちょっとした知識不足で起きているように見えることです。

ビタミンD欠乏とCOVID-19のリスクとの関連性を支持する相関研究および因果研究の証拠はすでに非常に強く、行動を支持するものである…. 太陽からビタミンDを製造する能力が限られているすべての集団に対して、1日2,000IUのビタミンDの摂取を広く推奨することは、実質的に害を及ぼす可能性がなく、多くの命を救う可能性が高いと考えられる。[R]

それは本当にちょっとした知識です。例えば近所のドラッグストアで簡単に手に入るビタミンDや亜鉛のようなものが、人によっては重症化に大きな違いをもたらすかもしれません。

塩水イソジン(ヨウ素)鼻うがいと言うと、一般の方が馬鹿にする傾向にあることはわかっています。しかし、感染直後にそれを行ったかどうかで、一過性の風邪で終わるか、何年も倦怠感と頭痛に苦しむかの違いを生むかもしれないと個人が信じるに足るだけの証拠があるのです。

「ポビドンヨードだけで死亡率を20倍に減少させた」とポールが言って問題になった試験です。その後、ある人があなたに「19倍しか減少してないじゃないか」と怒りのメールをしてきました。ポール博士、効果を誇張してしまったことを反省していますか(笑)?

-Pierre Kory

フタロシアニン・マウスウォッシュ + 歯磨き粉を使用したコロナ患者、良いサイズの無作為化試験(n=500)。広範囲で加速した症状の緩和。コロナ感染時に積極的に口腔衛生を行うことで、簡単に達成できることを再確認。[R]

なぜ標準的なケアではないのか? -Covid19Crusher

何かと話題のイベルメクチンは、もう少しハードルが上がるように思われるかもしれませんが、購入手続き自体はAmazonで新規購入する手間暇とほとんど変わりません。論争となっているワクチンも、その選択の判断だけでなく、副反応の予防や治療に関する知恵も、ひょっとすると案外、身近なものが保護してくれるかもしれません。

ノーヘルCOVID

それらが実際には思ったほどの効果がなかったという可能性も否定はしません。しかし、低価格で、安全性も高いレベルで確認されており、証拠も一定レベル満たしている場合、いわゆる「ダメ元で試す」ということは、少なくとも個人レベルでは十分に合理的な選択です。ダメ元と言っても、そのへんに転がっている民間療法や、症例データしかない高額な代替療法を提唱しているわけではないのです。こういった小さな、しかし正しい知識は組み合わせて繰り返された場合、最終的には命運を分けるような大きな利益につながります。

アメリカの社会学教授であるスティーブン・エプスタインは、微生物理論によって、「現代生物医学の基本的な処方、すなわち、単一の病気、単一の原因、単一の治療法という、単眼的で微生物的な出発点と、魔法の弾丸を探すための礎が築かれた」と書いている。[R]

これは少し常識を使えばわかる話です。私たちは日常的にリスク管理として、家を出かける時はドアに鍵をかけ、バイクに乗る時はヘルメットをかぶり、火事に備えて火災報知器を設置したりします。しかし、鍵をかけたからといって泥棒が入ることを確実に防ぐわけではありません。ヘルメットをつけても怪我を完全に防ぐことができるわけでもありません。確率的には火事が起こらない家のほうが多いでしょう。

それでも、万が一の際にかかるリスクが大きく、それに対して支払う費用的コスト、時間的コストがわずかだからこそ、私たちはこういった小さなツール、または小さな行動を日常的に習慣的に行います。これは上記で掲げたようなCOVID対策にも同じことが言えます。

 

私が言いたいのは、もしあなたが健全な科学的仮説を持っていて、それがデータによって実際に確認されたとします。そして、このパンデミックで最も無視されていると私が呼んでいること、つまり自然免疫の重要な役割と、その自然免疫が現在のワクチンによってどのように破壊されるかということについて、専門家や公衆衛生担当者が誰一人として公然と議論したり、科学的な議論をしようとしないことに気付いたのです。これに加えて、科学者たちが誰も真実を明らかにしておらず、利害関係も明らかにしていないという事実があるとしたら?

以上のことを考えると、誰を信じるべきかを真剣に考えるべきだと思います。そして、政治家や公衆衛生当局が今言っていることが、本当に人々の個人的な健康や社会全体の利益になるのかどうか、真剣に考えるべきだと思います。

私たちはこれを当たり前だと思っていました。もし、公衆衛生当局が、個人の健康や社会の健康のために最善ではない措置を取るということをあなたが想像もできなかったとしたらどうでしょう?残念ながら、今ではほとんどすべての個人が自分で調べなければならない状況になってしまいました。[R]

-Geert Vanden Bossche

歪んだCOVIDリスク・マネジメント

このような安全性と費用対効果に優れた効果的な介入方法が放置されたままであることに、棘がささったような感覚を覚えていました。津波警報がやって来るというのに、校庭に集まったまま高台へ避難しようとしない先生と児童の集団を横目で見て、一人で逃げているような気持ちです。

あまり知られていないことですが、確かに個人と集団での利益の考え方や証拠の捉え方には違いがあります。当初は、政府や厚労省も馬鹿じゃないだろうから、きっと専門家なりの考えられた理由があるのだろうと思っていました。繰り返しますがコロナはただの風邪ではありませんし、マスクも限られた条件において賛成です。

問題なのは、単純に彼らが間違っているというよりも(それもありますが)証拠論文が出版されてから実際に政策実行に移るまでの、お役所仕事的な遅さと、小回りの効かない一律の考え方です。

私の経験では、ほとんどの公衆衛生のリーダーがとる典型的な立場は、プロアクティブではなくリアクティブである。新しいデータに基づいた前向きな姿勢ではなく、成熟したデータに依存した慎重な姿勢である。この姿勢の問題点は、結果として得られる政策がほとんどの場合、古いものになってしまうことである。特に、「地上の真実」が曖昧で、流動的で、急速に変化する現実であるアウトブレイクの間はそうである。 このパラドックスは、リーダーシップを発揮して意思決定を行う際に、官僚的なグループのコンセンサスを得る必要がある場合には、さらに悪化する。

-Robert W Malone, MD

公衆衛生上の対策が、証拠が集まりだしてから半年~1年以上経過して、個人のリスク評価を無視して政策等が実行されるため、環境の変化によって機能しなくなる、関連性の低い人に害がおよぶという現象が起きています。

例えば接触による感染リスクは低く、ほとんどの状況では無視できるという証拠は十分に証明されていますが、未だに過剰な表面消毒が行われています。義務化は訴えるが義務化の解除が行わないか、曖昧な勧告で終わるため、非合理的な習慣だけが同調圧力によって残り続けていきます。

誤った情報があまりにも多いので、私たちが言っているのはまさに「情報源を確認しましょう」ということです。そして、これは私からのアドバイスでもあります。なぜなら、あまりにも多くの人がメッセージを盲目的に受け入れているからです。公衆衛生局の職員が何かを伝えている場合、その根拠を聞いてみてください。驚くほど根拠がないことが多いので、根拠を聞いてみてください。-Byram Bridle

コロナ後遺症についても早期に対応さえすればほぼ回復可能である可能性が高いことが、パターソン博士の研究からも示唆されています。ここはあまり話題になっていないのですが、マスク推奨や行動制限のリスクベネフィットを大きく変化させる一番大きなポイントであり、自然免疫、集団免疫を目指す方向へと舵を切る強い根拠のひとつとなります。

ビタミンDはデマか?

また、証拠の蓄積を比較するならビタミンDやイベルメクチンがはるかに、マスクよりも推奨の根拠が蓄積されています。一方が義務化され、他方が推奨さえされないという不公平性に対して、一度として合理的な説明を与えられたことはありません。(証拠の質が低いという意見にはすべて合理的な反論があります)

COVID-19 死亡リスクはビタミンD3の状態と逆相関し、理論的には50ng/mLの25(OH)D3で...
COVID-19 Mortality Risk Correlates Inversely with Vitamin D3 Status, and a Mortality Rate Close to Zero Could Theoretica ...

証拠の不確実性を元にした半強制的な要求は、少なくとも、その推奨に至った議論の透明性と公衆衛生への信頼性の2つがなければ成立しませんが、両方が欠如したまま推奨が続いており人々が疑心に思うのは当然です。

複雑な問題は、普遍的な(対象を絞らない)介入では解決できない。なぜなら、普遍的な介入は、対象となる人々に大きな変化をもたらすことはほとんどなく、既存の健康格差を永続させることになるからである。

したがって、保健政策の「戦略化」には、しっかりとした状況分析と、適切な参加者を得た包括的で透明性の高い政策対話が必要であり、健康問題の脆弱性を含む関連する基準に従って介入を優先し、最も費用対効果の高い介入に焦点を当て、問題の負担に比例するようにする必要がある。

また、公衆衛生政策には、公開性、透明性、メッセージの一貫性、国民の信頼を得るための決定に対する異議申し立ての機会、「合理性のための説明責任」の枠組みに従った不信感、パターナリズム、不安感の回避などが求められる。

COVID-19の危機は単なる健康問題ではなく、社会的な問題であり、社会のすべての人に何らかの影響を与えているため、包括性と多分野性がさらに必要となる。我々は、国や大陸を超えたCOVID-19政策の議論は、これらの基本的な公衆衛生の原則を無視したため、ほとんど失敗したと主張する。[R]

人が多く、狭い屋内、換気の悪い屋内空間など、対象者や場所を絞って、講習会を開くなどをしてでも、マスクは限定的な用い方が必要な時期に来ています。もちろん早期治療やパルスオキシメーターなどによる介入がセットであることは言うまでもありません。それらが完備されるなら、マスクの重要性はさらに一段、下がります。

とにかくすべてが官僚的で、画一的で鈍いのです。。マスクが配れてビタミンDが配れないということはありません。このことも報じられませんが、感染制御に成功しているインドやペルーを始め多くの国が実行できておりロジスティクスの問題でもありません。「官僚主義」というのは非常に好意的な表現であって、人の命をただの数字として捉え、利権、既得権益、権力を優先している人道的な罪であると批判する人もいるでしょう。

これは無能では説明できないことだと思います。無能であれば、ランダムな勧告のセットのようなものができますよね?そうではなく、私たちが得ているのは、正しい推奨の逆数に近いものです。

ビタミンDでコントロールされたCOVIDを防ぐことができる量は多く、ビタミンDの安全性は明らかです。また、仮に効果がなかったとしても、仮に私たちが間違っていたとしても、特に冬場にビタミンDを補給することで得られる副次的な効果は、それだけで十分に明らかです。

そして、見つけた証拠を何でも書き換えようとし、その1つの処方された治療法に代わるものをすべて退け、合理化しようとしているのです。ここでは、無能を超えた何かを見ているのです。[R]

-Bret Weinstein

発見する人 それを利用する人

もう少し俯瞰的な視点から述べると、新興感染症は動く標的であり、パンデミックは、環境もウイルスも刻一刻と一ヶ月単位で変化する不確定要素の多い中で、定量的な予測は困難であり、タイムリーに対処していかなければならない課題です。

人間に限らずあらゆる動物集団には新たな解決方法を見つけ出す探検者(Explorer)とすでにある解決方法を利用または改良していく開拓者(Exploiter)の二タイプがあると言われています。

探検者(Explorers)になりがちな人と開拓者(Exploiters)になりがちな人を区別することができる。開拓者は、世界の現在のモデルにとどまることを好み、別のモデルに切り替えることはしない。

仮説空間の小さな部分を検討し、最初に思いついた解決策を改良していく。対照的に、探検家は幅広さを好む。仮説空間のはるかに大きな部分を検討するので、局所的な最大値に囚われる可能性は低い。

人がどの程度探検するか、あるいは開拓するかは、部分的には性格と遺伝の問題である。ミツバチから人間まで、多くの動物グループには、探検者と開拓者が混在している。

このように困難で不確実性が高い時代には、FLCCCやマカロー博士のような探検家グループの協力が必須であり、狭い限られた領域だけに詳しい専門領や前例踏襲主義にたつ官僚的な組織、つまり開拓者グループだけで対応しようとしてしまったこと、言い換えればパンデミックの役割分担を間違えてしまったことが失敗の大きな原因のひとつだったのではないかと思うこともあります。

初期治療 vs 自宅放置

初期治療・早期治療がまさにそうでした。SARS-CoV-2の病態生理に関する論文をくまなく読んでいれば、早期治療・早期介入が重要な鍵になることは去年の4~5月の時点では、すでにわかり始めていたことです。

例えば、ヒトの知られている全ての肺炎は早期に治療すれば良くなります。インフルエンザもそうです。病院ではすべての患者を救うことはできないのです。早期治療は、感染の拡大を著しく抑制し、入院や死亡を劇的に減少させます。病院がCOVID-19に与える影響は、正直言ってごくわずかだと思います。すべては早期治療にかかっています。

60万人(の米国人)が亡くなったとはいえ、そのうち85%は早期治療で防ぐことができたことはすでにお伝えしたとおりですが、それを積極的に抑制して潰してしまったのです。

おそらく医療規制の歴史の中で最大の不正行為だと思います。権力者による不正行為の歴史に残るでしょう。なぜ、治療に関する最新情報がなく、入院や死亡を減らすための早期治療を促進しなかったのでしょうか?

Peter McCullough, MD

驚くことではありませんが、当時、世界中で様々な医師が治療を試みていました。FLCCCマカロー博士に、私が国内で最も早く着目できた理由は、彼らが早期治療の重要性を理解し、非常に早い時期からCOVID-19の病態生理に基づき治療プロトコルを作製し、論文を出版していた唯一のグループだったからです。

彼らの論文は逸脱でした。50を超える共著者、リスク層別化、伝染制御、曝露量の低減、併用療法の原則、栄養介入、在宅キットの提案、フェーズによるプロコトルの変動(ウイルス量の低減、炎症フェーズでの抗炎症剤、抗酸化剤投与)、また個人でも入手や実行が可能な治療手段も多く含まれていました。トップドクターであることは間違いありませんでしたが、「ここに答えがすでにあるじゃないか」と、論文を見たときの衝撃は今でも忘れられません。

ハイリスクSARS-CoV-2感染症(COVID-19)への早期外来(早期在宅治療)による多面的で高度に...
Peter A McCullough 1, Paul E Alexander 2, Robin Armstrong 3, Cristian Arvinte 4, Alan F Bain 5, Richard P Bartlett 6, ...
早期治療はいつからデマになったのか?

あなたは診断テストを手渡され、「あなたはコビッド陽性です、家にお帰りください」と言われます。

「何か治療はありますか?」「ありません」
「どこか連絡できるところはありますか?」「ありません」
「何か照会できるホットラインはありますか?」「ありません」
「研究のホットラインはありますか?」「ありません」

米国ではこれが標準的な治療法なのです。ワクチンにばかりに焦点があたっていますが、病気の人たちへの焦点はどこにあるのでしょうか?

この中で何人の方が、地元のニュースや全国ネットのケーブルニュースを見て、自宅での治療に関する最新情報を得たでしょうか?この中で何人の方が、COVID-19という診断を受けたときに何をすべきか、一言でも伝えてもらったことがあるでしょうか?これでは、あらゆるレベルで完全に失敗するのは当たり前です! -Peter McCullough, MD

医学的根拠のあるサプリメントの類や機序に即した多剤併用であっても、これまでの医療の伝統から軽んじられるだろうことは想像がつきました。想像できなかったのは、当時、国内でFLCCCやマカロー博士のようなドクターを目にしなかったこと、そして早期治療、早期介入までもが概念的にも見過ごされたことです。マスクや早期検査、ワクチンについては、賛成、反対の議論が今でも続いていますが、早期介入は反対どころから議論にすらなりませんでした。

それも在宅で人々が治療手段がなく亡くなっている中でです。これは驚愕でした。この早期治療を無視した自宅放置は今も続いています。ある意味ではマスクや検査よりも重要なイシューです。しかし、早期治療は世間で話題になることはなく、早期治療を推奨する少数グループもほぼ生まれず、完全に見逃されてしまいました。

mainichi.jp/articles/20211105/k00/00m/040/005000c

専門家とは一体?

ここで、政策に関与する専門家が、まともに海外の論文を読んでいない、という確信を深めました。(主要原因ではないと思いますが、指揮系統が機能していないということも考えられます。)

スタンフォード大学の疾病予防学講座の就任演説で、私は治療分野の講座を担当している善意の医師の同僚に、もし私が健康と幸福を促進するという目標に成功したら、彼らは職を失うかもしれないと言った。

-John P.A. Ioannidis

ビタミンDもそうです。仮に100歩譲って公衆レベル、集団レベルでビタミンDを推奨するまでの十分な証拠がないのだとしても、個人レベルでは十分に採用すべきだけの証拠、費用便益分析上のメリットは満たしています。

ビタミンD一つで問題のすべてを解決するわけではもちろんありませんが、全体の印象としては、こういった一定の効果と安全性があり費用便益も優れる何十もの手段をむざむざ捨ててしまっており、本来であればボヤで済んでいたものが、個人レベルでも公衆レベルでも大火事になってしまっています。

ヘルスケアの

こういった隙間に、企業などの利益を得ることが優先された健康情報ばかりが目に付き、より現実的で優先順位の高い健康情報や予防医療などの知識が人々に届かなくなっているというのが、元々ヘルスケアに関する分野で世界的に起こっていたことです。

エビデンスに基づく医療(EBM)は、患者のケアを改善するための「新しいパラダイム」として1990年代初頭に発表された。しかし、EBMがその目的を達成したことを示す証拠はほとんどないのが現状である。

簡単に言えば、業界がスポンサーとなっている証拠は不完全で偏っている。ほとんどの介入研究は産業界の支援を受けている。このことは、多くの介入についての全体的なエビデンスが不完全で偏っていることを意味する。その結果、患者は効果の低い、有害な、あるいは高価な治療を受けることになるかもしれない。-Susanna Every-Palmer

「エビデンスに基づく医療は、偏った試験と選択的な出版により、どのように失敗しているか」

認知症の研究が患者さんに真に向き合っていれば、現在国内にいる400万人の精神疾患患者さん、700万人の認知症患者さん、1370万人の2型糖尿病患者さんは、半数は救われていたというのは控え目な見積もりです。(Lancetの論文では45%、リコード法では90%)

最も影響を受けるのは、病気の人、貧しい人、教育を受けていない人たちであるため、自由市場の成功は、公衆衛生における社会正義に対して解決不可能な課題を突きつけているように見える。-Mayer Brezis(MD, MPH)

残念ながら、COVIDパンデミックにおいても、このような資本主義の構造的な問題を引き継いでしまった結果が、現在の機能不全を呈した公衆衛生のアプローチにつながっているようにも見えます。起こるべくして起こったのかはわかりませんが、失敗は必然だったのでしょう。

経済の関与を否定しているのではなく、総合的なヘルスケアの優先順位、ひいてはマネジメントが経済原理によってひどく歪んでいながら、集団思考によって当たり前のように受け入れられてしまっていることに気づいてほしいのです。この歪みは小さくありません。

自分たちに何ができるのか

さて、ざっと批判的な意見を書きましたが、これらはまだ全体像のごく一部に過ぎません。また、研究者や専門家、著名な医師の建設的な意見でさえ届かなくなっているこの状況で、一ブロガーの意見が権力組織に直接届き、影響を与える可能性はほぼないでしょう。

ネットによって誰でも簡単に発信できるようになったことで、逆説的に個々の意見が限りなくデフレ化しました。個人の力が強まったとか言われたりもしますが、その意見が届くかどうかは、炎上を狙って過激な言葉を使い、運良くバズれば届くかもね、というくじ引きのようなものでしょう。

このような状況の中で、私たちが組織の力をもたない個々人の存在であることを考えると、最終的には個人レベルで課題解決ができるものは何なのか、つまり「自分と隣人のために何ができるのか」、という問いに行き着くのかもしれません。

Think Global, Act Local

そして問題は、私たちに何ができるかということです。好むと好まざるとにかかわらず、正確な情報を提供する努力を続けなければなりません。

率直に言って、本当の問題は、私たちの社会が病んでいるということです。いろいろな意味で病んでいます。そこから抜け出して、私たちを癒すことができる唯一のものは、インテンショナル・コミュニティ(居住共同体)の背景にある「Think global, act local」という考え方だと思います。

-Robert W Malone, MD

そして、これは両立するからこその言葉ですが、自分と隣人のために自衛していき、その片方で、同じような懸念を抱える人たち同士ともコミュニケーションをとり連帯を築いていくことです。

「Think global, act local」は先にグローバルに考えることが先に来ていますが、私は日本人には、ローカルに動く、つまりまず地域活動があり、その先にグローバルな考え方をもつという順番のほうが相性がいいのではないかと勝手に思ったりしています。

世界ではまさに今、分散化されたコミュニティが立ち上がりネットワークを築いて行動を始めています。これらの大規模な抗議行動を主要メディアが揃って報じようとしない理由を是非考えてみてください。

オーストラリア 12/12

ロンドン 12/19

世界各国
フリーダム・コンボイ

 

資本主義と社会保障の間の隙間

もし、経済の仕組みに依存した形でしか人々があなたを助けようとしないのであれば、そしてセーフティーネットであるはずの国も、EBM主義にまみれた官僚的サポートしか行わないのだとすれば、貧しい人は自助で乗り切るしかありません。この隙間は見た目以上に高度に専門化しているため、ほとんどの人にとって、誰かの知恵や力を借りなければ克服することは難しいと思います。自分にできることは、一人分のサイズの隙間を埋めるためのヒントを考え、伝えていくことであり、これは個人的な哲学・認識論的責任に基づきます。

COVID-19パンデミックの問題と提案されている解決方法は百科事典が作れるのではないかというほど、広範囲に問題と原因が広がっていますが、その中で自分たちにできることは良くも悪くも限られています。世界をより良い場所にすることができるのかどうかはわかりません。しかし、考えて行動する一人の人生が変えていく力はあると信じています。

アルハカ

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