新型コロナウイルス感染症 はじめに1

The past does not repeat itself, but it rhymes.  -Mark Twain

歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む。-マーク・トウェイン

はじめに

当ブログは当初、認知症に特化した情報サイトでしたが、その後、その他の神経変性疾患について、そして2020年2月からは新型コロナウイルス感染症と関連する情報発信も始めました。現在、大きくその二本立てで構成されています。一部、他の医療情報、難病、社会問題、趣味等も含めています。

まず最初に、私は何か自分の意見を強く主張することに強い関心をもつ性格ではなく、またそこに自分の積極的な社会的役割があるとも感じていません。サイトでは私個人の感情の吐露、敵対的な批判、教説は控え、みなさんの判断の役に立つ情報を提供することに集中しようとしていることをお伝えしたいと思います。

この記事では私の個人的意見や主張を開示していますが、私の基本的なスタンスは「ここに、このような意見、データ、証拠、事実があります。どのように考えるか、解釈するかは皆さんの判断です。」というものです。

とはいうものの…

とは言え、当然、何も無いわけではありません。感染後に「自宅療養」と言われ、何の疑問も持たずに「自宅放置」を受け入れる人びと、「勤務先でうつしてしまったのではないか」と悩むメモを残し自殺した女性、ワクチンを勧めて息子を亡くし、それでも反ワクチンではないことを表明する…父親、何かがおかしい、、そして、それ以上に何かできることがあったのではないかという思いに駆られることもあります、、

よりショックなことは、長期化し、システムが部分的に狂い始め出していながら、人々のおかしいと感じる感覚や判断能力が徐々に麻痺してしまっているかのように見えることです。

今、全国で何千人もの医療従事者が、ワクチン接種を拒否したために解雇されようとしている。なぜこれほど多くの医療従事者が、必要のないワクチンを拒否しているのか考えてみたことはあるか?1年前あなたはこれらの人々を 「我々を守るために最前線で働くヒーロー 」と呼んだことを忘れたのだろうか?

看護師は社会の中で最もまともで人道的人たちだ。彼らが全員「トランプ派」だと思うほど、あなたは脳みそが腐っているのだろうか?今、あなたは彼らの解雇を応援している。恥を知れ。「The Corruption of My Liberal Tribe

www.nhk.or.jp/fukuoka-roku-blog/4000/457191.html

統計上のノイズ?

これは、穏やかな言い方です。また、「緊急事態だからしょうがない、誰が指揮をとっても同じだ」という話でもありません。これは、また個人の事例をを見て、それが世界全体で起こっていることだと過剰に一般化してしまう人々の話でもありません。

問題がないと考えている専門家らは、「人口集団を対象にしているのだからそこで生じている個別の事件は何もなくても起こったに違いない」と、すべてを統計上のノイズとして片付けています。

問題を複雑化させている理由のひとつには、このグループには、教科書に書いてないことが起こっている現象を教科書でしか理解できないタイプの(善意で言っているかもしれません)グループと、何らかの思惑があって意図的に無視している権威的なグループの2種類あるということです。

マローン博士は、相当な個人的リスクがあるにもかかわらず、声を上げる理由は単純だという。

「それは、私がひどく腹を立てているからです。正しくありません、不公平です、人々を傷つけています。ルールを破り、一貫性がなく、嘘をつき続け、データを操作しています」 「本当にショックです」

「悪は意図的に行われることもあれば、意図せずに行われることもあります、しかし、今、私たちが目にしている子供たちに起きていることは、根本的に悪なのです。」

Robert W Malone, MD

専門家にもいろいろ…

そして警告を発している専門家らも一枚岩ではなく、いわゆる陰謀論的な情報、または陰謀論とまで言わないにしても不確実性の高い情報を基に結論を断定してしまうグループと、陰謀論の中に紛れ込んでいる本当の問題を見抜くグループがあることに注意してください。前者陰謀論グループの発言(ロジック)をいくら批判しても、後者の専門家らが提起している問題事実や推論を批判したことにはまったくなりません。

「タバコは呪いがかかっている!」というお告げをする霊媒師に対して、あなたがいくら非科学的だと批判しても、「喫煙リスクに関する証拠や事実」にはなんの影響も及ぼさないのこと同じことです。

霊媒師とその信者が多数派であろうと、メディアで目立っていようと、合理的に推論された事実の確からしさが増えるわけでもなければ減るわけでもありません。こういった結論は適合しているが推論プロセスが非合理的なタイプの人々を取り上げて主張の全体をおかしなものと見なす手法は、非常に古典的ではあるのですが今でも強力に通用するようです。

言葉の裏にあるもの

「一体、世界はどうなってしまったんだ」と絶句した方がいましたが、私も何が起こっているのかを深く理解した時には同じような気持ちを抱きました。現実を読み取る能力をもつ真の専門家らは、おそらく一度は認知的不協和を経て、事の重大さに震撼しています。

彼らも様々な事情があることから断定的な表現は避けていますが、しかし社会に向けて明確にシグナルを発しています。我々は今、その裏にある意味合いを読み取らなければならないゲームの上に置かれています。

もはや起こっている現象をどちら側から解釈するのかという時期は過ぎており、事実と権威のどちらに基づくのか、そして事態がすべて明らかになった新世界がどうなっていくのかという問題に移行しています。

医学生にインフォームド・コンセントの原則を何年も教えてきました。朝起きたときに、良心の呵責に耐えられないだろうと思いました。

-Aaron Kheriaty カリフォルニア大学 医療倫理学 教授

中間層の人々が鍵を握っている

陰謀のジレンマ

難しいのは、今、何よりも今、声を届けなければならないのは、どちらが正しいのかよくわからない、またはさほど関心をもっていない人口の60%を占める中間層の人々です。ここで私が抱えているジレンマは、解明されているデータを提示しただけでは技術的な難しさから伝わらず、次から次へと出てくる異常な結論を短い言葉で伝えれば、中間層の人々の事実認識と乖離が大きいことから陰謀論的に捉えられることです。どちらにしても、それ以上踏み込まれなくなります。

より強い表現や過激な言葉を使えば、グループ内の結束は高められるかもしれませんが、中間層の人々は遠ざかってしまうでしょう。

「何かがおかしい」

とはいえ、すでに、「何か、おかしくないか?」と気づき始めている人々が増加し始めていることは、SNSやアンケート、世界各国で起こっている抗議活動などから明らかにうかがい知ることができます。

信じられないですよね。毎日のことです。目が覚めるとトワイライトゾーンにいるような気がします。

あの狂ったプロパガンダのパンフはとってありますか?「なぜ心筋炎は子供にとってそれほど悪くないのか?」とか、何なのそれ? もうクレイジーとしか、、

-Jessica Rose博士

部屋の中の象

主要メディアがこれだけの大規模な抗議行動の報道をまったくしない不自然さに、さすがに違和感を感じている人も増えてきたようです。

同調圧力と自己検閲

一方で、おかしさに気づいた人々の多くは、支えなければならない仕事や家族、生活、人間関係があり、特に、人一倍、同調圧力の強い日本では、思ったことを表明できない状況にあります。みなが正義感をもって行動を貫くことができるわけではありませんし、そうしなければならないわけでもありません。

社会システム、有り体に言えばしがらみによって身動きが取れない状況にある方々の気持ちもよく理解できます。特に日本では、批判や炎上といった現象が自分の身に起こることを心配する方も多いでしょう。

ぼくは両サイドから激しく叩かれています。僕はただの男で、正しいことをしようとしていて、自分の話を共有したいだけなんです。でも、今の状況では何も言えないんです。そして、もうどうしたらいいのかわからなくなりました。この2週間は自殺願望が強かったので、ただ必死になってこの事態を乗り切ろうとしています。自分の話をしようとしただけで、いつも人から非難されるのはつらいです。-Kyle

アウトサイダーとしての役割

しがらみがない人間の強さ

私の場合、運が良かったと言っていいのかよくわかりませんが、利益相反のある組織との関係もなければ、失うような高い社会的地位をといったものも最初からありませんでした^^; こういった点が、機関や社会からの誹謗中傷、スケープゴート化、キャリアや評判の低下を犠牲にして患者や社会のために闘っている医師たちと決定的に違うところです。(彼らに対しては尊敬の念しかありません)

時間という武器

また、しがらみの自由さだけではなく、時間を工面することもできました。単純なことのようです、リサーチ時間をどれだけ「継続的に」確保できるかは今回の情報戦において決定的な役割をもっていました。というのもあまりにもデタラメな情報が出回っていたため、専門外の人間が一つのトピックの真偽の妥当性を知るだけでも、一次情報まで掘り下げ、何百の論文や記事、専門家の意見を読み込み、比較する必要性があったからです。

論文を何日もかけて読んで理解する人だけが、その論文を理解できるのです。だからこそ、医師が自信を持ってエビデンスを語ることができないという、大きな問題があるのです。あのような論文にあれだけの時間をかけて深入りする医師の数は?ええ、ゼロです。

まず、彼らには時間がありません。そして、医学部では製薬業界に洗脳されていて、論文を一定の方法で見て、次に進むように教えられています。専門分野の人に話を聞くと、彼らは論文をもっと上手に読めるが、これは彼らが勉強したことのないレベルの統計分析なのです。

「シンプソンズのパラドックス」とか、「情報のある打ち切り」というのは、数年前に生物医学で名付けられたもので、生物医学以外の分野では、分析問題とか、条件問題とか、ウォール街の分析でよく出てくるようなものです。しかし、そのようなレベルの統計は、医師の教育には到底届きません。

しかし、それとは全く逆のことが起こっています。製薬会社は独自の偽の統計を持っているのですね。話せば長いのですが、統計学では実際には全くの誤りであることを教えられています。これらの人々は皆、これらの人々が本当の統計を行っていないと考えています。医者はそのことに気づかないんですよ。

-Matthew Crawford  統計学者

権威ヒューリスティック

私たちは病気にかかったとき、社会的ヒューリスティックを使って白衣の着たお医者さんの判断に任せてしまうように、多くの医師や専門家の多くもまた、権威ヒューリスティックに基づいて権威団体や研究著者によってまとめられた情報源を利用します。

その際どこの、または誰がまとめた情報を利用するかによって、見解が極端に別れてしまうという現象が起きているようにも思います。不正や腐敗は論外ですが、ひょっとすると、リサーチ時間が専門家に無尽蔵に与えられれば、ここまで善意に基づいて行動する医師の間で分断してしまうことがなかったのかもしれません。

幸い、私には時間が作れただけではなく論文ベースで問題を探求する習慣もありました。また、非主流的な医学論文、専門記事もリサーチ範囲にありました。EBMが抱えている様々な課題に対して、またはコロナウイルスが影響をおよぼしうる神経障害の代謝経路などについて、ある程度の背景的知識もありました。こういった個々には可能でも、これた3~4つの条件すべてを持ち合わせている人間は限られているという直感がパンデミックの当初からありました。

日本の課題

エリートとメディア

悪の勝利に必要な唯一のことは、善人が何もしないことである

-エドモンド・バーク

さて、まず最初に、今回、一般の人ではなく、政府、レガシーメディアや知識階級に所属する人々が、おかしさに気がついていながら恣意的に黙ったままでいることに対しては、強い反感を覚えました。判断能力を持つはずのエリート層、エスタビリッシュメント層のほとんどが、傍観者の立ち場を貫いたことは本当に残念なことでした。私の行動の源泉には彼らに対する反感も含まれています。

我々は驚かされた。想像してみてほしい。国家の批判者として名を馳せた知識人が、長い間反対してきたことの操り人形になっているのだ。

知識人の責任 2.0
The Responsibility of Intellectuals 2.0 ノーム・チョムスキーが1967年に発表したエッセイ『知識人の責任』(ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス)の驚くべき力の一部は、支配階級の二枚舌とガ ...

例えはっきりとした結論を出すだけの証拠がない、またはその能力がないとしても、これだけ様々に異常性が散らばっていれば疑問を提示することぐらいはできたはずです。(話題性はあるが優先順位の低い議論について豪語することではありません。)あからさまな検閲や倫理違反は、そもそも証拠の確かさの問題でさえありません。それらに対して疑問を挟む能力もなかったのでしょうか?

「沈黙している者は同意しているとみなされる」という古い言葉がありますが、私たちは沈黙しているのでしょうか、それとも声を大にしてはっきりと真実を語るのでしょうか。マーティン・ルーサー・キングは、私たちには不当な法律に背く道徳的義務があると言いました。

私たちは同意しないようにと声を上げるのでしょうか?私たちは不正な法律には従わないのでしょうか?そして、もし私たちがそうしないとしたら、一体、私たちは何者なのか? -Neil Oliver

最も好意的な解釈は、彼らが不可知論を仮定していることだと思いますが、それが能力の欠如から生じているのだとすれば、同様に能力の欠如から反射的に陰謀論に飛びつき主張している人との違いは何なのかという疑問も湧きます。

プレ分断にある日本

日本は、表向きは、諸外国と比較すれば二極化はまだひどくは進んでいないようにも見えます。分断というよりも同調圧力とメディア検閲によりフラグメント化しているというのが実態に近いでしょう。潜在的にはけして少数ではない数のLong-COVIDやワクチンに苦しむ人々がいることが強く推察できながら、あたかも存在しないか、ごく少数派のような印象が作られています。

彼らは他者とつながることが制限されている状況の中で、病院に相談しても白い目で見られ、身近な人に相談すれば陰謀論者のように扱われ、誰に頼ればいいのか、どこに頼ればいいのか?そしてこの苦しみがいつ終わるのかわからないという不安は絶望をもたらします。自分が特殊な病気にかかった時がまさに同じ状況でした。

私が考える最大の犯罪は、気弱な高齢者がウイルスに感染して病院に行き、「いいえ、あなたはまだ病気ではありませんから、家に帰ってください。」ということです。-Peter McCullough, MD

特にネットを利用できない高齢者の不調と不安は、その潜在的な数を考えると集団的虐待と言っていいような状況です。彼らに陽をあてない権限は、いつメディアに与えられたのでしょうか?彼らが助けを求める代替手段はどこにあるのでしょうか?

現在は、プレ分断とでも呼ぶような状況であり、彼らが実態に気づき連携を深めれば目に見える分断化は一気に広がる可能性が高いでしょう。何も知らずにいた人々にとっては唐突感を感じるはずです。

そして、それは暗示された形ですでに起こっています。カナダでのトラック運転手を中心とした市民の抗議行動とその世界的広がり、そしてメディアの沈黙、ファイザーやモデルナの株価がなぜ下がったのか、

ファイザーとモデルナの投資家は出口に殺到する
Pfizer & Moderna Investors Run for the Exits by Justus R. Hope, MD Feb 21, 2022 ウォールストリートの投資家は、世界が義務化をなくすよりも ...

3回目の摂取希望者がなぜこうも突然減ったのか、強い証拠が示されているにも関わらず武漢研究所ウイルス起源説やファウチの告発本はなぜ取り上げられないのか?

彼らが答えたくない100の質問
100 questions they don't want to answer 私が考えるパンデミックの最も厄介な点は、透明性と説明責任が欠如していることである。当局は、我々が従わなければならない義務を作るのが好きであるが、責任を ...

結局、我々は敵の言葉ではなく、友人の沈黙を覚えているものなのだ。

-Martin Luther King

明らかに、恣意的というだけではなく、統一してコントロールされたかのようにしか見えない報道のあり方によって分断の種を植え続けているとしか思えません。そして、「なぜ分断が起きるのか」と、あたかも他人が起こしたかのようにお題目をたてるメディアがいるようです。彼らのレトリックには十分注意してほしいと思います。

日本は、歴史的に見ても、国単独では大きく変化する力をもっておらず常に外部の力を利用して大きく変化してきたということはよく言われるところです。今回、世界各国で起きていることを目にしている人なら、日本もダイナミックに変化していく可能性があることに気づくでしょう。

この26歳のオーストラリア人は、コロナ症例の「接触者」として認識されていたが、陽性反応が出たことはなく、ダーウィン郊外の収容所に14日間、同意なしに拘束された。 法的な手続きも依頼もなかった。 リベラル派の皆さん、どこにいますか?

この記事は世界中の「右翼」チャンネルで報道されているのに、BBC、Guardian、NYTなどでは全く報道されていなことに少し落ち込んでいます。 適正手続きや恣意的な拘束など、あなたが何年も支持してきたことに対する怒りはどこに行ったのか?  [Twitter]

著名人の方に(そして一般の方にも)これ以上の犠牲を少しでも抑えるために、明言はできないとしても、人々が?となるような示唆的な発言を残しておくようお願いしたいと思います。良心にだけ訴えようとしているのではありません。有耶無耶に終わらせることができたスペイン風邪の時とは違い、デジタル記録によってあなた個人の行いが半永久的に残る可能性があることは心に留めておいたほうが良いかと思います。

「人権」とは言葉遊びだったのか?

私は、どちらかと言えば、普段、「人権」や「倫理」という言葉の使われ方にピンときていなかったタイプの人間です。それらの言葉を棍棒のように使う人に対して胡散臭いとさえ思っていたかもしれません。そのため、「人権がー」と言い出すことに、ある種のためらいを感じているのも事実です。

しかし、今回、人生で初めて、なぜ倫理、人権というものが存在するのか、そしてそれを世代を通して守っていかなければならないのか、その重要性を肌感で理解したように思います。

EUA下でのCOVID実験用ワクチン展開の生命倫理:そろそろ立ち止まって、何が起こっているのかを見てみよ...
2021年5月30日 ロバート・W・マローン(MD)MS1) 私がこの短いエッセイをTrialSiteコミュニティに提供するのは、皆さんが人を対象とした臨床研究に関わっているか、少なくとも関心があるからである ...

つまり、パンデミック下の異常事態において人権侵害が行われやすい最も緊張した時期にあり、今がまさに、戦時中に起きたことと同様に、最後の防波堤として「生命倫理」を守っていかなければならない時でもあったはずです。少なくとも功利主義的な手法と倫理の間に「緊張関係」がなければならなかった。

コロナ禍で感謝を実感。保護者から保育士へ「ありがとう」の声集まる。 -時事ドットコムニュース

ワクチン 打たない選択の先に・・・追い詰められる人たち

「保育士をしています。ワクチンを打っていないので、別の仕事をしてほしいと言われました。給与もかなり下がるとのこです。」 -NHKニュース

普段「人権」を叫んでいる人々や専門家、メディアが、突然、その議論さえ提示しない、疑問さえ提示せず、報道において完全に黙殺してしまったことです。これは私には衝撃でした。BLM問題で彼らがとった行動やコメントは何だったのでしょうか?お得意の同調圧力によるものだったのでしょうか?

実験ワクチンについてもインフォームド・コンセントさえ行われておらず、それをメディアも倫理学者も指摘しないというのは一体どういことなのでしょうか?「誠実な倫理学者が声を上げ、職を失ったことに対して何のコメントを発さないのは情報収集能力の欠如でしょうか?それとも自己保身でしょうか?学校の教室内外で唱えられていた「人権」は、おまじないだったのでしょうか?

医療の課題

既知だった医療問題

私自身は立ち場としては平凡な一市民に過ぎません。やってきたことは、自身の持病、そして母のアルツハイマー病と闘うために、加齢や代謝に関わる基礎、臨床医学のみならず、EBM、医療倫理、疫学、生物学など分野を問わず10年以上にわたって論文を読んできたことです。(まったく異なる病気でありながら自分、母ともトップ1%以下の改善または進行維持のグループに入っています。)

そして、実際に行われている神経変性疾患の医療研究(おそらくは慢性疾患全般)と患者さんの臨床応用との間(bench-to-bedside)に、凄まじいギャップと課題があることを学術論文ベースで気づいていた人間の一人でもありました。

嘘、とんでもない嘘、そしてマーケティング:ある編集者の嘆き
2015 Apr 概要 ICC コラムに掲載された記事の多くは、世界中の呼吸器患者が適切な薬剤や医療を満足に受けられないという苦境を強調している。主な問題点は2つある。1つ目は、高額な費用のために多くの患者が治療を受けられな ...

大きな陰謀論に陥るのは簡単であるが、経験的な科学を批判的に利用するのははるかに難しいようである。

医学的証拠の評価は一様ではなく、医学史の紐を解けば、RCTやエビデンスピラミッドの概念がけして盤石ではないことはパンデミックの前から認識していました。ヒル基準に基づく因果関係評価が時代遅れ気味となっていること、WHOの改定されたAEFI分類に対する懸念の論文も通読しています。

医療が現代医療(分子生物学)の根底にはコッホやパスツール、フランシス・クリック(もしくはデカルト)から続く還元主義生物学とホーリズムの根深い対立が続いていることも学んでいました。

生物学における正当化されていない形而上学的な考え方は、因果関係には特権的なレベルがあるというもので、それはほぼ疑いなく分子レベルであると想定されていた。このような形而上学的な立場が、現代の強力な遺伝子中心の生物学観につながっているのである。この考え方では、生物学における主体性は、最終的に自然淘汰の対象である遺伝子に由来する。さらに極端な例では、この考え方は生物から主体性を奪ってしまう。生物はデカルトのオートマタになってしまうのである。

-Denis Noble

コッホの仮定は、特定の生物が問題となっている病気を引き起こすことを合理的に確信するための、最低限の要件である。しかし、これを実現するのは難しく、もはや適用できないと主張する人も出てきている。皮肉なことに、現代の「エビデンスに基づく」医療の新しい考え方は、多数の非特異的な寄与因子を伴う多因子疾患の考え方に回帰しているように見える。

「Tarnished Gold: The Sickness of Evidence-based Medicine」

医学の堅牢性と限界

疫病に対抗する唯一の手段は正直である

-アルベール・カミュ『ペスト』(1947年)

科学それ自体がどれだけ頑健なように見えても、学問体系の根底には、常に曖昧さというものを抱えていると思います。おそらくどの専門分野においても底を深く掘りさげていくと、その分野を支える基底部には、けして枝葉の問題ではない未解決問題や、原理的な不確実性があることが見えてくるでしょう。

公衆衛生政策の意思決定は集団の利益を重視しますが、個人から見た利益とは相容れないことが多く、差をどのように埋めていくのかは解決できるような問題に見えません。医療の倫理的判断においても義務論と功利主義の矛盾に妥協点をどう見つけていくのかは、長年議論されていながら明瞭な線引ラインは見つかっていません。

命の数を重んじるのか、それとも命の長さ(QALY)に焦点をあてるのか、または幸福度、メンタルヘルスなどの質を重視するのかは、最終的には是非の問題ではなく価値判断です。EBMそのものを問う議論もありますが、善意から生まれたEBMが製薬会社によってハックされていたという直面する現実もあります。いずれも理論的には修正が可能ですが、一筋縄で解決する問題ではないでしょう。

無作為化試験は、市場に出回っている多くの役に立たない治療法から我々を守るために導入されたが、奇妙なことに、知識生産の究極の力を大手製薬会社に与えてしまい、ほとんど価値のない、有害すぎる治療法の承認を得るために利用されている。

-Peter C. Gøtzsche 元北欧コクランセンター理事長

公表されている臨床研究の多くを信じることも、信頼できる医師の判断や権威ある医療ガイドラインに頼ることも、もはや不可能である。この結論は、20年間の編集者生活の中で、ゆっくりと不本意ながら導き出したものであり、喜びはない。

-Marcia Angell New England Journal of Medicine誌の元編集者

加速化する無知領域

また、そこまで根本的な話をしなくとも、もっと手前の段階にある科学の問題もあります。それは、一人の専門家がパンデミックに関するすべての専門分野に精通することは原理的に不可能という意味においてです。

よく巷で言われるように、COVID-19パンデミックは社会にとって始めての出来事であり、この専門家は存在しないというのは、その通りでしょう。直接コロナと関連する論文だけでも約2000本/週出版されており、これは学ぶスピードよりも、無知領域の広がるスピードが早いため、時間をかければなんとかなる問題でもありません。政治経済等、社会に影響を与えている領域を含めるなら、その広がりに追いつくことは絶望的ですらあります。

自分の頭で考える?

こういった学習を通じて、逆説的ですが、いかに自分がモノを知らないのか、ということの強い自覚がありました。自分にできる最善のことは浅知恵でアイディアや結論をひねり出したり、弱い議論を見つけ出して批判し満足することではなく、真の専門家は誰なのかを見極めることにあると考えています。

これは専門家の言うことをうのみにすることとは違います。どれだけ論文を読み、一次情報を確認し、議論のロジックを理解するか、さらに言えばそれらにどれだけ時間的リソースをバランスよく効率的に注げるかが最適解へ近づく鍵だと考えています。誤解を恐れずに言えば、自分の頭で考えるのはその後です。そして自分の頭で考える作業というのは、自分にとっては多様性のあるメタ認知を意味します。

我々は情報に溺れ、知恵に飢えている。これからの世界は、適切な情報を適切なタイミングでまとめ、それについて批判的に考え、重要な選択を賢明に行うことができる人々、すなわち統合する人(シンセサイザー)によって運営されることになるであろう。

-Edward Osborne Wilson 生物学者

「自分の頭で考える」という単調なフレーズが、あまりものを考えていない自己言及的なパラドックスを抱えているようにも感じることもあります。パスカル的な倫理観を別にすれば、「自分の頭で考える」ことは手段であって目的ではないはずです。

現在の状況は「自分の頭で考えて」そりゃ、わかるだろうというほどに問題が深刻かつ顕在化しているターニングポイントにあり、集団思考に陥っている状況を抜け出すために「自分の頭で考える」ということの重要性につながっています。AIが知識階級を含む人々の思考に取って代わろうとしている中で、「自分の頭で考える」とはどういうことなのかということを考えるメタ的な思考や、合理性から離れた視点もこれからは必要になってくると思います。

ちなみに、今回のパンデミックでは「教科書に従う官僚思考」の人々だけではなく、初期には「自分の頭で考える」系の人たちが揃って間違った結論を導き出したように見えたことは興味深くあり、社会的に考察する価値のある現象として見ています。

思想的対立?

還元主義 vs 統合的アプローチの対立?

別の角度から見ると、今回の専門家同士の対立にはある種の思想的な対立として見ることもできないこともないでしょう。例えば、還元主義に基づき科学技術で工学的にパンデミックを攻略できると考えるグループと、複雑系である自然や人の身体やウイルスの進化は常にそれを凌駕しており、統合的なアプローチが重要だと考えるグループの間の対立といったようにです。

つまり、インフルエンザワクチンの有効性が年々低下しているのは、インフルエンザワクチンに対する抗原原罪のような反応を引き起こしているからであり、そのため、私たちは常に時代に遅れをとっているのだという考え方があるのです。そして、私たちはとても頭が良いという論理が根底にあります。ワクチン学と免疫学はよく理解されているので、そこに手を加えて、より良いものにすることができるという考えがあります。

私は、それは少し傲慢だと思います。私たちは本当に慎重でなければならないと思います。私たちの知識や理解力の限界を認識する必要があります。免疫系は実に複雑です。

-Robert W Malone, MD

遺伝学者であるバーバラ・マクリントックは、現在の科学の概念では、自然界のあらゆる生命体の巨大で複雑な構造とその秘密を十分に説明できないと考えていた。ノーベル医学賞を受賞した彼によれば、生物はそれぞれの人生を歩み、科学では部分的にしか理解できない秩序に従っているという。「生物が自らの生存を確保するための方法や手段を見つけ出す驚異的な能力は、我々が考えたモデルでは初歩的にも表現できない」

ボトムアップ型とトップダウン型

または、大手製薬会社や公衆衛生機関が行うトップダウン型の研究と小さなグループが分散したネットワークで行うボトムアップ型の研究の対立も考えられるかもしれません。

個人的な視点では、このトップダウン型のグループは最初から過剰な還元主義的思考に陥っていたようであるのに対して、ボトムアップ型のスモールグループ・個人はホーリズム的な思想が先に来ていたというよりも、より現実的な方法を模索した結果、統合的アプローチにたどり着いた、または向かっているという印象があります。

正義の問題

高貴なる嘘 vs 正義

ただ、この思想的な対立の視点も興味深くはあるのですが、私自身は今回の問題が正義と不正、何が真実なのかという問題として見なさざるを得なくなりました。それは後者のボトムアップ型のグループが提示する疑問に対して、トップダウン型の組織・個人が議論・対話を拒否するだけでなく、あろうことかメディアやファクトチェッカーなどあらゆる方法でもって誹謗中傷、資格剥奪などの脅迫で応じたからです。

どちらかと言えば普段、私は、物事を一方的に「正義」だとか「悪」という言葉で表現することをためらうタイプの人間です。しかし、今回の問題に対しては明らかにファウチを始めとする関連組織の側に「不正義」があり、間違っているとはっきり言わなければならない、迫害を受けている医師たちを支持するという明確な声をあげねばらならない、そのように感じています。

「私はあなたと意見が合わないかもしれないが、あなたがそれを言う権利を守るためには死ぬまで戦う」というのが、リベラリズムと言論の自由の指針であり、私が猛烈に守ってきたものであった。- David Smith

これは十分に保守的な推定なのですが、検査&早期治療、多剤併用を用いるだけでも、コロナウイルス感染症で亡くなられた方の半数が助かっていたと見積もられています。言い換えればトップダウン型の失策と不正により彼らは不必要に死んでいったとも言えます。マスクだけではなく、リスク者の層別化、栄養の最適化や慢性疾患予防など統合的な政策を実施していれば、弊害の大きいロックダウン的な方法も最小限で済んでいた可能性が高いでしょう。その詳しく理由や証拠は他の記事で述べていますが、マクロスケールで見ても失策が相対化できる余地は失われています。

無限にでてくる課題

他にも、例えば異なる分野の専門家同士がどのように意思疎通を行い、交流を行うのかというようなことも学術的に論じられてはいますが、その重要性にも関わらず、専門家自身にほとんど見過ごされている(知りさえしない)と思います。

どこまで課題が出てくるのかわかりませんが、このような原理的、不確実性領域の問題、課題は、ネットサーフィングで目にすることはほとんどありません。今回のようなパンデミックでは土台レベルの問題が吹き出してきたため、学問の教理がどのように成り立っているのというレベルまで掘り下げて理解する必要が生まれてきたように思います。

そして、これらのことを知らなければ解決を図ろうとする前に、どこに問題があるのか、なぜそれが問題となるのかといった根本的な理解も難しくなってくるのではないでしょうか。

この根本に関わる領域に対する個人的な関心は、私に一般的な医師や専門家でさえあまり意識しない特殊な視点を与えてくれたように思います。そのことは自然と、パンデミックに対する特殊解を導き出すことにつながったのかもしれません。この独自の解はけして洗練されたものではありませんでしたが、Peter McCullough博士、Pierre Kory博士そしてRobert W Malone博士など、その解を磨き上げた真の専門家を見つけ出すための大きなヒントになりました。

最終的にはこの解は特殊解ではなく実は最適解だった、もしくは最適解に近づいているという印象をもつようになりました。

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