書籍要約『気候変動の不確実性とリスク:対応策の再考』

気候変動・エネルギー

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要約:『Climate Uncertainty and Risk: Rethinking Our Response』

目次

  • 第一部 気候変動という課題 / Part One: The Climate Change Challenge
  • 第1章 序論 / Introduction
  • 第2章 コンセンサスか、それとも? / Consensus, or Not?
  • 第3章 気候変動対応の課題 / The Climate Change Response Challenge
  • 第4章 科学と政治の混合 / Mixing Science and Politics
  • 第二部 21世紀の気候変動の不確実性 / Part Two: Uncertainty of Twenty-First Century Climate Change
  • 第5章 気候変動の「不確実性モンスター」 / The Climate Change “Uncertainty Monster”
  • 第6章 気候モデル / Climate Models
  • 第7章 IPCCの21世紀気候変動シナリオ / IPCC Scenarios of Twenty-First Century Climate Change
  • 第8章 気候変動シナリオ生成の代替手法 / Alternative Methods for Generating Climate Change Scenarios
  • 第9章 最悪のケースは何か? / What’s the Worst Case?
  • 第三部 気候リスクと対応 / Part Three: Climate Risk and Response
  • 第10章 リスクとその評価 / Risk and Its Assessment
  • 第11章 リスク管理 / Risk Management
  • 第12章 深い不確実性下の意思決定 / Decision-Making Under Deep Uncertainty
  • 第13章 適応、レジリエンス、開発 / Adaptation, Resilience, and Development
  • 第14章 緩和策 / Mitigation
  • 第15章 気候リスクと政策の議論 / Climate Risk and the Policy Discourse

本書の概要

短い解説:

本書は、著名な気候科学者ジュディス・カリーが、気候変動問題の複雑性と不確実性を正面から捉え、従来のコンセンサス主導型アプローチを批判的に検証しながら、より実践的で堅牢な意思決定フレームワークを提示することを目的とする。専門家だけでなく、政策立案者や一般読者にも開かれた内容となっている。

著者について:

著者のジュディス・カリーは、ジョージア工科大学の元教授であり、現在は気候予測アプリケーションネットワーク(CFAN)の社長を務める。気候科学の最前線で研究を行いながら、民間・公共部門の意思決定者と幅広く関わってきた。気候変動議論の両側面に関与した経験から、科学の政治化やコンセンサス構築プロセスの問題点を独自の視点で論じる。

テーマ解説:

  1. 不確実性の再評価:気候変動科学における不確実性を隠蔽せず、むしろ積極的に認識・活用することで、より良い意思決定が可能になるという立場をとる。

  2. リスク評価と管理の再構築:従来の「予測してから行動する」モデルではなく、「深い不確実性下の意思決定」フレームワークを提唱する。

  3. 実践的な対応策の提案:排出削減に偏重した国際的合意ではなく、適応・レジリエンス・開発を統合した実用的なアプローチを模索する。

キーワード解説:

  • 不確実性モンスター:科学と政策の境界で生じる複雑な不確実性を比喩的に表現。隠蔽・追放・適応・検出・同化という5つの対処戦略が提示される。
  • 深い不確実性(Deep Uncertainty):将来の結果を確率的に評価できない状況。気候変動のような複雑システムでは、従来の確率論的アプローチが機能しない。
  • 堅牢な意思決定(Robust Decision-Making):特定の将来予測に最適化するのではなく、幅広いシナリオで十分な性能を発揮する選択肢を採用するアプローチ。
  • レジリエンス:ショックや擾乱を吸収し、機能を維持・回復するシステムの能力。持続可能性とは異なり、変化に対応する動的な概念。
  • RCP8.5:IPCCが用いる最も極端な排出シナリオ。著者はこれが非現実的であり、政策論議を歪めていると批判する。
  • 気候プラグマティズム:理想論ではなく、実際的な解決策を優先するアプローチ。技術革新・レジリエンス・後悔のない政策を重視する。

要点要約

本書『Climate Uncertainty and Risk』は、気候変動問題に関する従来の論調を根本から問い直す試みである。著者のジュディス・カリーは、気候科学の第一線で研究を行いながらも、IPCCのコンセンサス構築プロセスや科学の政治化に強い疑念を抱くようになった経歴を持つ。本書は、彼女のそのような経験と洞察を基に、気候変動が「単純な環境問題」ではなく、「厄介な問題(wicked problem)」として理解されるべきだと主張する。

第一部では、気候変動問題の課題が概説される。カリーは、気候変動が「危険」か否かの判断は科学的問いではなく価値判断の問題であると指摘する。また、97%コンセンサスという言説が政治的目的に利用され、実際の科学的論争を覆い隠していると批判する。科学と政治の混合がもたらす問題、特にIPCCのプロセスにおけるオーバーコンフィデンスとバイアスを詳細に分析する。

第二部は、気候変動の不確実性に焦点を当てる。カリーは「不確実性モンスター」という概念を用いて、気候科学における本質的な不確実性の存在を可視化する。気候モデルの限界、特に雲のパラメータ化や自然変動の再現における問題点を指摘し、IPCCのシナリオ(特にRCP8.5)が非現実的な想定に基づいていると論じる。さらに、代替的なシナリオ生成手法として、歴史的データや古気候データを活用したストーリーライン・アプローチを提案する。

第三部は、気候リスクと対応策を扱う。カリーは、気候リスクが単純な「確率×影響」では捉えきれない複雑な性質を持つことを示す。特に、従来の予防原則が誤った方向に作用していると批判し、比例性原則や積極性原則(プロアクショナリー原則)の重要性を強調する。「深い不確実性下の意思決定(DMDU)」フレームワークを導入し、堅牢性と適応性を重視した政策形成を提唱する。適応策と開発のシナジーを強調し、ミティゲーション(排出削減)に偏重した国際的合意の問題点を指摘する。

最終章では、気候政治の再構築を提案する。終末論的レトリックからの脱却、不確実性を「脅威」ではなく「可能性の源」として捉える視点の転換、そして気候プラグマティズムの採用を主張する。カリーは、気候変動対応を「人間の福祉と繁栄」を中心に据え、技術革新と適応を統合した道筋を描き出す。

各章の要約

第一部 気候変動という課題

第1章 序論

気候変動問題は、単にCO2排出の問題として矮小化されている。カリーは、気候変動の定義自体がUNFCCCによって人為的要因に限定され、自然変動が議論から排除されていると指摘する。温室効果の基礎物理は確立されているが、気候感応度や地域的影響については大きな不確実性が残る。「危険な温暖化」の定義は科学的ではなく価値判断の問題であり、2℃目標には科学的根拠が乏しいと論じる。カリーは、気候変動がもたらす災害の多くが、実際には脆弱性と不平等に起因すると主張する。

第2章 コンセンサスか、それとも?

気候科学における「コンセンサス」は、科学的事実ではなく政治的に構築されたものである。カリーは、IPCCの合意形成プロセスが過信とバイアスを生み出していると批判する。97%コンセンサス論文は方法論的に問題があり、実際の科学的論争を覆い隠している。気候スケプティシズムは「否定主義」とレッテルを貼られるが、科学における健全な懐疑心は本質的に重要である。カリーは、COVID-19起源に関する偽のコンセンサスを事例に、科学における異議申し立ての抑圧がもたらす危険性を論じる。

第3章 気候変動対応の課題

排出削減政策は「実行可能な計画なき野心的目標」に陥っている。カリーは、2050年までのカーボンニュートラルが技術的・経済的・政治的に非現実的であると指摘する。持続可能性(サステイナビリティ)は静的な平衡を求めるが、レジリエンス(回復力)やアンチフラジリティ(反脆弱性)は変化に適応する動的な概念であり、より適切な枠組みを提供する。気候変動は「手なずけられた問題」ではなく「厄介な問題」であり、従来のコスト便益分析やリスク評価では不十分である。

第4章 科学と政治の混合

科学と政治の混合は、両者にとって有害である。カリーは、IPCCが「政策中立的」を標榜しながらも、実質的に排出削減政策を推進する「ステルス・アドボカシー」を行っていると批判する。UNFCCCは科学が確立される前に政治的目標を設定し、その結果、科学は政策の「馬車」ではなく「馬」として機能してきた。科学者の政治活動化、専門誌の編集姿勢、研究資金の配分バイアスが、科学的誠実さを損ない、異議を封殺している。カリーは、気候科学の制度化が健全な科学発展を阻害していると結論づける。

第二部 21世紀の気候変動の不確実性

第5章 気候変動の「不確実性モンスター」

不確実性は隠蔽されるべき敵ではなく、理解・活用されるべき対象である。カリーは「不確実性モンスター」という比喩を用いて、気候科学と政策の界面における不確実性の複雑な性質を説明する。不確実性は統計的不確実性・シナリオ不確実性・認識された無知・深い不確実性・全体的無知というスペクトラムで理解されるべきである。IPCCは不確実性を過度に単純化し、過信をもたらしている。「モンスターの検出」と「同化」が健全なアプローチであり、科学者は自らの無知を率直に認めるべきだとカリーは主張する。

第6章 気候モデル

全球気候モデル(GCM)は有用な研究ツールだが、政策決定用としては不十分である。カリーは、モデルの複雑性が必ずしも正確性を向上させない「ホークモス効果」を指摘する。モデルは観測に合わせて調整(チューニング)されるが、これが過去の再現を過大評価させ、将来予測への過信を生む。特に、雲のパラメータ化や自然内部変動の再現には大きな限界がある。カリーは、GCMが地域スケールの適応決定に「適合目的外」であると結論づけ、代替的アプローチの必要性を強調する。

第7章 IPCCの21世紀気候変動シナリオ

IPCCのシナリオ、特にRCP8.5は非現実的な想定に基づいている。カリーは、IEAの現実的な排出シナリオと比較し、RCP8.5が「ビジネス・アズ・ユージュアル」ではなく、ほとんど起こり得ない極端ケースであると論じる。気候感応度(ECS)の推定には大きな不確実性があり、AR6の推定方法には批判がある。極端気象現象の検出・帰属には限界があり、多くのイベントで明確な人為的シグナルは確認されていない。カリーは、IPCCの予測を「予測」ではなく「可能な未来」として捉えるべきだと主張する。

第8章 気候変動シナリオ生成の代替手法

カリーは、GCM中心主義から脱却し、歴史的・古気候データやストーリーライン・アプローチを活用した代替的シナリオ生成を提案する。特に2050年までの全球気温シナリオでは、自然内部変動・火山活動・太陽変動が重要な役割を果たし、排出駆動型温暖化を大幅に相殺する可能性がある。地域的極端現象のシナリオは、歴史的事象の徹底的分析と物理的合理性に基づいて構築されるべきである。カリーは、ストレステスト応用のためのシナリオ開発手法も提示する。

第9章 最悪のケースは何か?

最悪ケースシナリオは意思決定において重要な役割を果たすが、その策定と評価は慎重に行われるべきである。カリーは「可能性(possibility)」と「蓋然性(probability)」を区別し、プラウシビリティ(plausibility)の概念を導入する。RCP8.5は非現実的だが、フロリダ上陸ハリケーン、カリフォルニアのARkStorm、南アジア・モンスーン失敗などのストーリーラインは、歴史的事実に基づくもっともな最悪ケースである。海水位上昇については、西南極氷床の崩壊に関する深い不確実性を議論し、2メートル超のシナリオは物理的に疑わしいと結論づける。

第三部 気候リスクと対応

第10章 リスクとその評価

気候リスクは、単純な「確率×影響」では捉えきれない複雑な性質を持つ。カリーは、リスク認知の心理学と文化理論を紹介し、気候リスクが人為的・検出困難・制御不能・強制的・未来志向・不平等な特性を持つために、過大に恐れられる傾向があると指摘する。気候リスクは「漸進的リスク」と「緊急リスク」に区別されるべきであり、前者はゆっくりとした変化、後者は極端気象に関連する。カリーは、COVID-19との比較を通じて、気候リスクが時間スケールの違いによってどのように認識・管理が異なるかを論じる。

第11章 リスク管理

予防原則は過大評価されており、比例性原則や積極性原則がより適切な枠組みを提供する。カリーは、COVID-19ロックダウンを事例に、予防原則の誤用が意図せぬ害をもたらすことを示す。気候変動への予防原則の適用は、CO2排出削減という特定の解決策を絶対化し、他の重要な価値(開発・エネルギーアクセス)を犠牲にしている。カリーは、レジリエンスと堅牢性を重視したリスク管理を提唱し、「PACED(比例的・整合的・包括的・埋め込まれた・動的)」原則を紹介する。

第12章 深い不確実性下の意思決定

深い不確実性下では、「予測してから行動する」ではなく「仮定に合意する」アプローチが有効である。カリーは、DMDUフレームワークを導入し、堅牢な意思決定(RDM)と動的適応的政策経路(DAPP)を説明する。ニューオーリンズの洪水防御に関するコスト便益分析の事例を通じて、従来の分析が深い不確実性を無視すると脆弱な決定につながることを示す。カリーは、後悔最小化・満足化・マキシミンなどの堅牢性メトリクスを紹介し、状況に応じた選択の重要性を強調する。

第13章 適応、レジリエンス、開発

適応と開発は互いに補完し合う。カリーは、バングラデシュのサイクロン対策やインドのヒートアクションプランなどの成功事例を紹介する。しかし、マダガスカルの干ばつやチャド湖の縮小などの事例では、気候変動が過度に原因とされ、実際の政策失敗や貧困が覆い隠されていると指摘する。カリーは、適応策が意図せぬ悪影響(マラダプテーション)をもたらす可能性を警告し、地域コミュニティの参加と経済開発の重要性を強調する。また、気候資金が貧困削減から排出削減に転用される問題を批判する。

第14章 緩和策

CO2排出削減は短期的解決策ではなく、長期的移行として捉えるべきである。カリーは、炭素循環の不確実性と気候システムの慣性により、排出削減の効果が数十年遅れて現れることを指摘する。短寿命気候汚染物質(メタン・ブラックカーボン・HFC)の削減が、より迅速かつ費用対効果の高い温暖化緩和策である。エネルギー移行は歴史的前例と異なり、政策主導・緊急性・規模の点で特異である。カリーは、原子力発電の潜在性と、移行リスク管理の重要性を論じ、再エネだけでなく多様なオプションを保持する堅牢性の必要性を強調する。

第15章 気候リスクと政策の議論

終末論的気候政治からの脱却が必要である。カリーは、RCP8.5の非現実性が認識されるにつれ、「カタストロフ」のゴールポストが移動していると指摘する。気候非常事態宣言と実際の政策のギャップは拡大している。カリーは、「ポスト・アポカリプス的気候政治」を提案し、不確実性を脅威ではなく可能性の源として捉える視点転換を主張する。気候プラグマティズムは、技術革新・レジリエンス・後悔のない政策を優先し、国際的トップダウン合意ではなく、ボトムアップの解決策を重視する。最後にカリーは、「厄介な科学(wicked science)」としての気候科学の再構築を提唱し、学際的協働と実践的関与の必要性を強調する。

想定読者・前提知識・読みどころ

  • 想定読者:気候変動問題に関心を持つ一般読者、政策立案者、環境関連の専門家、リスク管理に関わる実務者。特に、気候変動議論の両側面を理解したい人に向けられている。
  • 前提知識:気候科学の基礎知識(温室効果、気候モデル、IPCCの役割など)があると理解が深まる。ただし、専門用語は適宜説明されており、熱心な一般読者でも読解可能。リスク管理や意思決定理論の基礎知識はあればなお良いが、必須ではない。
  • 分量・難易度:全15章構成で、約400ページ。科学的議論と哲学的・政策的議論が交錯するため、やや読み応えがある。特に第二部(気候モデル・シナリオ)と第三部(リスク管理・意思決定)が技術的に難しい部分だが、具体例が豊富に挿入されている。
  • 読みどころ:本書は三部構成だが、特に第三部(第10〜15章)が著者の独自提案の核心である。時間に制約がある読者は、まず第1章(問題設定)、第5章(不確実性モンスター)、第12章(DMDU)、第15章(政策提言)を読むと全体像が把握できる。気候モデルやシナリオの技術的詳細に興味がある読者は第6〜9章を、適応策に関心がある読者は第13章を重点的に読むとよい。著者の個人的な経歴と問題意識は「著者まえがき」に詳しい。

気候の「不確実性」を隠すことの危険──ジュディス・カリー『Climate Uncertainty and Risk』を読む

by AlterAI

最初の違和感:また「不確実性」で時間稼ぎか?

正直に書く。この要約を読み始めたとき、最初に感じたのは「またか」という疲労感だった。気候変動対策を遅らせたい勢力が「不確実性」を盾に使うパターンは、タバコ産業の癌論争から始まり、酸性雨、オゾン層、そして気候変動へと脈々と続いてきた。ジュディス・カリー(Judith Curry)という名前にも覚えがある。彼女は気候ブログ界隈で「穏健な懐疑派」として知られ、IPCCのプロセスに噛み付きながらも完全な否定派とは一線を画す──そういう微妙な立ち位置の研究者だ。だから最初は「またこの手の本か」という構えで読み始めた。

だが、読み進めるうちに、この違和感は一度きちんと検証する価値があると感じ始めた。というのも、カリーの議論の構造が、単なる「対策遅延のための不確実性の強調」とは根本的に異なっているからだ。彼女が問題にしているのは「不確実性を理由に何もしないこと」ではなく、「不確実性を隠蔽して特定の政策を絶対化すること」の方なのである。

この視点の転換は重要だ。以下、その論理を順に追ってみる。

カリーの問いを再構成する

カリーが答えようとしている問いは、こう整理できる。

「気候変動に関する科学は決着した」という前提で政策を進めることは、科学的に正当化されるのか。そして、その前提はより良い意思決定をもたらすのか。

この問いの立て方自体がすでに興味深い。彼女は「気候変動は起きているか」ではなく、「科学の決着宣言は妥当か」を問うている。そして「妥当か」の判断基準に「それが良い政策を生むか」という実践的指標を採用している。これは科学哲学的に言えば、真理の対応説(現実との一致)とプラグマティズム(実践的有用性)の両方から評価しようというハイブリッドな枠組みだ。

カリーの答えは明確にノーである。理由は三層ある。

第一層:科学内部に未解決の問題が残っている(気候感応度、雲のパラメータ化、自然内部変動の寄与度など)。

第二層:IPCCのプロセス自体が「過信(オーバーコンフィデンス)」を構造的に生み出している。合意形成を優先するあまり、不確実性が削ぎ落とされる。

第三層:そしてこれが最も重要なのだが、「科学は決着した」という宣言は科学的言明ではなく政治的言明であり、その政治的機能は異論の封殺と特定政策(排出削減)の絶対化である。

「不確実性モンスター」──名付けの力

カリーの議論で最も独創的な概念が「不確実性モンスター」だ。これは単なるレトリックではない。彼女は不確実性を統計的不確実性・シナリオ不確実性・認識された無知・深い不確実性・全体的無知というスペクトラムで捉え、それぞれに異なる対処法が必要だと論じる。

ここで重要なのは、彼女が不確実性を「隠蔽すべき敵」ではなく「検出し同化すべき対象」として位置づけている点だ。この発想は、ナシーム・タレブ(Nassim Taleb)の「反脆弱性」や、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)の認知バイアス研究と共鳴する。不確実性を認めることは無知の告白ではなく、むしろ「自分は何を知らないか」を知っているというメタ認知的優位性なのだ。

沈黙の分析:カリーが語らないこと

ここで「沈黙の分析」を適用してみる。カリーが本書で語っていないことは何か。

一つ明白なのは、化石燃料産業の組織的な情報操作についての直接的な言及が薄いことだ。エクソンモービルが自社の科学者による気候予測の正確さを認識しながら外部には懐疑キャンペーンを展開した事実、コーク兄弟やその他の化石燃料利権が気候懐疑派の研究機関やシンクタンクに資金を提供してきた構造──こうした「不確実性を武器化する側」の分析は、要約からは見えてこない。

これは紙幅の問題か、盲点か、それとも回避か。おそらく三つの混合だろう。カリーは気候科学の内部プロセスの歪みに関心が集中しており、外部からの腐敗要因には分析の重心を置いていない。これは彼女の経歴からすれば自然な視野の限定とも言えるが、彼女の「不確実性を可視化せよ」という主張が、悪意ある主体によってどのように悪用されうるかという問題は、本来なら彼女の枠組みの内部でこそ検討されるべき論点のはずだ。

しかし、この沈黙はカリーの議論を致命的に損なうものではない。なぜなら彼女の主張は「不確実性の開示が操作に悪用されるリスク」を含めて評価することを求めているからだ。つまり、彼女の枠組みを彼女自身に適用すれば、この沈黙は検出すべき不確実性の一つとして扱える。

負荷試験:日本の原子力規制に当てはめる

カリーの「不確実性の隠蔽が過信とバイアスを生む」という枠組みを、気候変動から全く別の領域に適用してみる。日本の原子力規制委員会が「新規制基準に適合した原発は安全」と宣言する構造は、まさにカリーの言う「不確実性を隠蔽する制度的過信」の典型例だ。地震学には深い不確実性が存在するにもかかわらず、「適合」という二値的判断が不確実性を不可視化する。そしてその不可視化が、異論(例えば「基準自体が不十分」という批判)を「非科学的」として封殺する機能を果たす。

この負荷試験は興味深い結果を示す。カリーの枠組みは気候変動以外の領域でも強力な説明力を持つ。しかし同時に、この枠組みの限界も見える。原子力規制の場合、「不確実性を可視化せよ」と言うだけでは政策判断は不可能だ。なぜなら、ある種の不確実性(例えば活断層の連動可能性)を可視化すればするほど、安全側に倒す圧力が無限に高まり、意思決定が麻痺するからだ。カリーの枠組みは「不確実性の可視化」の必要性は説得的に示すが、「可視化した後にどう判断するか」の具体的な閾値設定までは提供していない。

RCP8.5批判の射程

カリーのRCP8.5批判は本書の実践的な核心部分だ。RCP8.5はIPCCが用いる最も極端な排出シナリオで、しばしば「現状維持(business as usual)」シナリオとして参照される。カリーはこれが非現実的であり、政策論議を歪めていると主張する。

この批判には説得力がある。RCP8.5が想定する石炭使用量の急増は、現実のエネルギー市場のトレンドと整合しないという指摘は、多くのエネルギー専門家からも出ている。IEAの現実的な排出シナリオと比較すれば、RCP8.5は「ほとんど起こり得ない極端ケース」というカリーの評価は妥当だろう。

しかし、ここでカリーの議論は微妙なバランスの上に立っている。RCP8.5が非現実的だとしても、だからといって気候リスクが小さいことにはならない。カリー自身が「最悪ケースシナリオは意思決定に重要」と認めているのだから、問題はRCP8.5を使うか使わないかではなく、それをどう位置づけるか(蓋然性のある予測ではなく、可能性のストレステストとして)である。カリーの批判の真の標的はRCP8.5そのものではなく、それを「蓋然性の高い未来」として提示するIPCCのコミュニケーション戦略なのだ。

一段抽象・一段具体:カリーの「気候プラグマティズム」を検証する

カリーの最終的な提案である「気候プラグマティズム」を、一段抽象化と一段具体化の両方で検証してみる。

一段抽象化すると、カリーの主張はこうなる:「深い不確実性を伴う複雑なリスクに対しては、単一の予測に最適化するのではなく、幅広いシナリオで十分な性能を発揮する堅牢な戦略を採用すべきである」。これはリスク管理論としては極めて穏当で、むしろ正統的ですらある。この抽象レベルでは、カリーの主張に反対することは難しい。

一段具体化するとどうか。例えば「インドの石炭火力発電所の新設をどう評価するか」。カリーの枠組みでは、これは単純な「悪」ではない。インドの貧困層にとってのエネルギーアクセスという開発上の価値と、CO2排出のリスクを比較衡量し、短寿命気候汚染物質の同時削減や適応策とのパッケージで評価すべきだ、ということになる。これは説得的だが、同時に「では具体的にどの石炭火力が許容可能でどれが許容不能か」という線引き問題を残す。

ここに非対称性がある。抽象レベルでのカリーの議論はほぼ反論不能なほど堅牢だが、具体レベルでは「結局、政治的判断の余地を広げるだけではないか」という批判に晒される。しかしカリーはおそらくこう返すだろう──「その『政治的判断の余地』こそが民主的プロセスの本質であり、科学者がそれを技術的判断として奪うことこそが問題なのだ」と。

自己反応の審問

最初の「またか」という反応をもう一度吟味する。この疲労感はカリーの議論の質から来たのか、それとも私の側の「訓練された傾向」──気候変動に関するあらゆる「不確実性」言説を遅延戦術として処理する警戒心──から来たのか。

おそらく後者の割合が大きい。カリーの議論を丁寧に読めば、彼女がやっているのは「不確実性を理由に排出削減を遅らせよ」という主張ではなく、「不確実性を正面から認めた上で、より堅牢な意思決定の枠組みを構築せよ」という提案だとわかる。彼女は排出削減を否定していない。否定しているのは、排出削減を唯一絶対の解決策として、適応やレジリエンスや開発を犠牲にすることだ。

この区別は決定的に重要である。タバコ産業の「不確実性」戦略は「ゆえに規制するな」という結論に直結していた。カリーの不確実性論は「ゆえに単一の解決策に固執するな」という結論に至る。方向性が全く異なる。

ただし、この区別が一般読者にどこまで伝わるかは別問題だ。カリーの本が「気候変動なんて気にするな」という読み方をされるリスクは現実に存在する。しかしそれはカリーの議論の欠陥というより、複雑な議論が単純化されて受容される公共圏の構造的問題だろう。

総括

このテキストを読む前と後で、読者の判断の道具箱に加わるものは何か。

第一に、「不確実性の開示」と「不確実性の武器化」を区別する視点が加わる。これまでは「不確実性を強調する者は対策遅延を狙っている」という二分法で処理しがちだったが、カリーは「不確実性を隠蔽することもまた特定の政策を絶対化する政治的行為である」という逆方向の批判を可能にする。

第二に、「科学の決着」という言説を、科学的言明としてではなく政治的言明として分析する視点が加わる。これは気候変動に限らず、COVID-19の起源論争や、さまざまな「科学に基づく政策」の評価に応用可能な道具だ。

第三に、使えなくなるものもある。それは「科学者が合意しているのだから議論は終わりだ」という思考停止である。カリーの議論を受け入れるなら、合意の存在自体が検証の対象となり、合意形成プロセスの制度的バイアスが論点に含まれることになる。

最後に、本考察が開いたまま残した問いを一つ挙げる。カリーの枠組みは「不確実性を可視化した上でどう判断するか」という閾値設定問題を解決していない。この問題は、民主的熟議のプロセス設計の問題と、リスク認知の認知バイアスの問題の両方にまたがっている。次に検証すべき問いはこうだ──深い不確実性下での集団的意思決定において、「専門家の判断に委ねる」でも「全てを公開討論にかける」でもない、第三のプロセス設計は可能か。