書籍要約『どこでもない場所へのミスガイド』2006

散歩・ウォーキング都市サバイバル

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英語タイトル:『A Mis-Guide to Anywhere』

著者:Stephen Hodge, Simon Persighetti, Phil Smith, Cathy Turner, Tony Weaver

出版年:2006

日本語タイトル:『どこでもない場所へのミスガイド』

著者:ホッジ、スティーブン; ペルシゲッティ、サイモン; スミス、フィル; ターナー、キャシー; ウィーバー、トニー

出版年:2006

目次

  • はじめに / Introduction
  • 場所を変える / Changing Places
  • 静的漂流 / Static Drift
  • 女性が一人で歩くことが少ない場所を歩く / Walk for women in a place where women don’t often walk alone
  • 展示する人 / The Exhibition-ist
  • ブロック / Block
  • サファリ / Safari
  • 疫病と生存 / Plague and Survival
  • 博物館の通り / Museum Mile
  • 個人地図帳 / Personal Atlas
  • 島と葉 / Island and Leaf
  • 墓地と身体 / Cemetery and Bodies
  • 窓の映画 / Window Cinema
  • ショッピングの問題 / The Problem of Shopping
  • 境界線 / Edges
  • 憂鬱な時のための散歩 / Walk for When You Are Feeling Blue
  • 知っていた都市への帰還 / Return to a City You Used to Know
  • 漂流の記録 / Drift Record
  • 散歩の準備 / Ready to Go for a Walk
  • どこでもない場所 / Anywhere
  • 都市の博物館 / Museum of the City
  • 大衆 / Masses
  • 忘れられた場所 / Forsaken Places
  • 故郷への帰還 / Return to Hometown
  • 都市の書き込み / Writing on the City
  • 神話地理学的地図 / Mythogeographical Mapping
  • 比喩的空間のための散歩 / A Walk for Metaphorical Space
  • 別の場所 / Elsewhere
  • 移動と知覚 / Transport and Perception
  • 神話地理学的スライドショー / Mythogeographic Slide Show
  • 世界を一つの通りで見つける / Find the World in One Street
  • 言語の痕跡 / Language Traces
  • 参考文献 / Selected Bibliography

本書の概要

短い解説:

本書は、日常的な移動や散歩を「ミスガイド(誤った案内)」として再解釈し、都市空間を異なる視点で体験するための実践的提案集である。歩くこと、見ること、感じることを通じて、ありふれた場所に潜む未知の可能性を発見することを目的とする。

著者について:

ライツ&サイト(Wrights & Sites)は、イギリスのエクセターを拠点とするアーティスト集団である。彼らはパフォーマンスアート、建築、地理学、心理学の知見を融合させ、都市空間の体験を再構築する実践的なプロジェクトを展開している。本作は彼らの代表的な著作の一つであり、前作『An Exeter Mis-Guide』の成功を受けて、より普遍的な視点から執筆された。

テーマ解説:

  1. 脱・日常化の実践:慣れ親しんだ空間を、意図的に「誤った」方法で歩くことで、新たな発見と意味を生成する方法論を提示する。

  2. 主観的な地理学:客観的な地図や案内に頼らず、個人の記憶、感情、連想を軸とした「神話地理学」的アプローチを提唱する。

  3. 参加型の都市体験:読者を単なる観覧者ではなく、能動的な実践者として位置づけ、自らのミスガイドを作成することを奨励する。

キーワード解説:

  • ミスガイド(Mis-Guide):意図的に「誤った」方法で場所を体験・案内する実践。正しいルートや効率的な移動を否定し、偶然や逸脱を重視する。
  • ドリフト(Dérive):状況主義インターナショナルに由来する概念で、目的を持たずに都市を漂う行為。計画性を放棄し、環境の誘惑に身を委ねる。
  • 神話地理学(Mythogeography):客観的な地理情報ではなく、伝説、噂、個人的な連想、感情的な体験に基づく主観的な空間認識の方法。
  • エッジランド(Edgelands):都市と自然、開発地域と未開発地域の境界領域。見過ごされがちな場所に潜む豊かな体験の可能性。
  • ワームホール(Wormhole):物理的・時間的・感情的に異なる場所を瞬間的に結ぶ比喩的な通路。ある場所から別の場所へ意識を飛ばす手法。

要点要約

本書は、日常的な移動を芸術的・哲学的な実践に転換するための提案集である。著者らは、現代人が無意識に通過するだけの空間を、意図的に「誤った」方法で歩くことで、新たな発見と意味を生成することを提唱する。車での通勤や買い物といった日常行動の中に、偶然性や逸脱を導入することで、ありふれた風景が全く異なるものとして立ち現れる。

本書の核心は、「ミスガイド」という概念にある。これは従来の旅行ガイドや地図が提供する効率的・正確な情報を意図的に逸脱し、主観的・偶然的・遊戯的な方法で場所を体験する実践である。著者らは、都市空間を固定的な物理的構造としてではなく、記憶、感情、想像力が交錯する動的な場として捉え直すことを提案する。

本書を通じて一貫して強調されるのは、歩行という最も基本的な移動手段の再発見である。歩くことは単なる移動ではなく、思考し、感じ、世界と関わる方法そのものだ。著者らは、観光地や有名な名所ではなく、見過ごされた路地、境界領域、建設現場、廃墟といった「非-場所」にこそ、都市の真の豊かさが潜んでいると主張する。

さらに本書は、個人の実践を超えて、共同体的な体験や政治的な実践へと視野を広げる。歩行を通じた記憶の共有、都市空間の再解釈、消費社会への批判的距離感など、ミスガイドは単なる遊びではなく、現代社会に対する創造的な抵抗の方法としても機能する。著者らは、読者自身が自らのミスガイドを作成することを積極的に奨励し、本書を一方的な指示書ではなく、開かれた対話の場として位置づけている。

各章の要約

はじめに

本書は、日常の移動を芸術的・哲学的な実践として再解釈する「ミスガイド」の提案から始まる。著者らは、通勤や買い物といった習慣化された移動を「非-場所」としてではなく、発見と創造性の場として捉え直すことを促す。特定の場所(エクセター)を対象とした前作から、より普遍的な「どこでもない場所」へと視野を拡大し、読者自身が自らのミスガイドを作成することを奨励する姿勢を示している。前著の成功を受けて、本書は特定性と一般性の間のダイナミズムを探究するものとして位置づけられる。

場所を変える

この章では、都市空間の歴史的・地質学的層を読み解く実践が紹介される。道路工事は不便ではなく「無料の野外展示」として捉え直され、穴から都市の過去を覗き見ることができる。また、記念碑に刻まれた沈黙の名前を声に出して読むことで、忘れられた物語を甦らせる提案もなされる。前章で示された日常的空間への注意の向け方が、具体的な実践方法へと展開されている。

静的漂流

「静的漂流」は、物理的に移動せずに、その場で空間体験を変容させる方法を探求する。宇宙空間を想定した「スペースウォーク」の構築や、DNAの塩基配列から散歩の指示を生成するなど、創造的な遊びの提案が含まれる。また、SimCity™のような仮想空間で新しい都市戦略を試すことも推奨される。この章は、物理的な移動と精神的な移動の境界を曖昧にし、前章の実践をより抽象的・概念的な次元へと拡張している。

女性が一人で歩くことが少ない場所を歩く

この章は、ジェンダーと公共空間の関係に焦点を当てる。女性が一人で歩くことが少ない場所を歩くことで、身体的安全感の境界を意識的に探求する実践が提案される。「快適ゾーンの端まで押し進め、その境界を意識し、さらにもう一歩踏み出す」という指示は、身体性と社会的規範の交差点を浮き彫りにする。前章の概念的な拡張に対して、本章は具体的な社会的制約と身体体験の緊張関係を扱っている。

展示する人 / The Exhibition-ist

美術館や博物館、さらにはデパートやスーパーマーケットでの体験を活性化する方法が提示される。展示物を無視して空間構成や他の来場者を観察する、一点に集中して見続ける、床に物を落として低い視点を得るなどの戦略が含まれる。この実践は、展示空間を受動的な観覧の場から能動的な探究の場へと転換する。前章で扱われた身体的・社会的制約に対して、本章では制度的空間内での創造的逸脱の可能性が探求されている。

ブロック

都市の小さな街区を選び、あらゆる可能な方向に何度も歩くことで、街路自身が歩行者を導く感覚を体験する実践が提案される。この反復的な歩行は、空間の慣れを逆手に取り、かえって新鮮な知覚を生み出す逆説的な方法である。前章の施設内実践を、より開放的な都市空間へと拡張し、微視的スケールでの徹底的な探索を促している。

サファリ

「サファリ」という言葉の語源(スワヒリ語で「旅」)とその植民地主義的・消費主義的変質を批判的に検討した後、都市空間における現代的な「サファリ」の可能性が問われる。スーパーマーケットへの買い物をサファリと見なす視点や、歩行の特権性と世界的な移動の不平等のパラドックスが考察される。前章までの遊戯的実践に対して、本章はより政治性を帯びた問いを投げかけ、ミスガイドの倫理的次元を浮き彫りにする。

疫病と生存

ゾンビ映画のメタファーを用いて、現代都市生活からの「生存」戦略が提示される。モールやゲーテッドコミュニティを避け、集合的欲望の表現に参加し、移動し続けることの重要性が説かれる。「生きている人間が中にいる」という映画の看板を自らの袖に着けるという提案は、都市空間における孤立と連帯の両義性を象徴している。前章の政治性をさらに深化させ、都市生活の疎外に対する創造的抵抗の方法が示される。

博物館の通り

特定の地域の通り名を記憶からリストアップし、実際に歩いて確認する実践が提案される。この単純な行為は、日常的に通過するだけの空間に新たな注意を向けさせ、見落としていた細部やパターンを発見する契機となる。前章までの実践をより日常的・具体的なレベルで応用し、誰にでも即座に実行可能な方法を提供している。

個人地図帳

読者自身の「ミスガイドされた地図帳」を作成するための包括的な提案がなされる。公共交通機関の失敗で中断された旅、恋人との出会いと別れ、特別な日々を過ごした場所など、個人的な出来事を空間に投影する地図の作成が推奨される。この地図帳を友人に貸したり、図書館に密かに置いたりすることも提案されている。前章の記憶想起実践を体系化し、個人の物語を空間に刻み込む方法を提示している。

島と葉

島に行き、その地図を購入し、落ち葉を拾って葉脈を地図に描き、その葉の形を歩くという具体的な実践が示される。この行為は、自然の形態を都市空間や地理空間に投影することで、全く新しい経路と体験を生成する。前章の個人的記憶の地図化を、より偶然的・有機的な方法へと拡張している。

墓地と身体

ミュンヘンでの体験を基に、墓地と身体が集まる場所(公衆浴場など)の間を歩く実践が提案される。この散歩は「移動するメメント・モリ(死を忘れるな)」として機能し、死と生、不在と存在の間を意識的に往還する。前章の自然形態と空間の融合に対し、本章は生と死の根源的なテーマを扱い、ミスガイドに深い哲学的次元を付加している。

窓の映画

都市の窓を映画のスクリーンとして見る実践が提案される。窓の中の生活を映画鑑賞者のように観察したり、監督の役割を演じてパンニングやズームを想像したりする。この行為は、私的空間と公共空間の境界を曖昧にし、日常風景に物語性を付与する。前章の生死的テーマから一転して、より軽やかな遊び心を導入し、日常の微細なディテールへの注意を促している。

ショッピングの問題

ショッピングがミスガイド活動になりうるかという問いが考察される。女性のドリフトがデパートでの消費行動として回収されてきた歴史的経緯を批判的に検討し、窓辺の展示を物語として読む、異なる人物のための服を試着する、都市への贈り物を買うなどの代替的実践が提案される。前章の観察的実践を消費空間へと拡張し、資本主義的空間における創造的逸脱の可能性と限界を探っている。

境界線

都市の境界線(陸と水、異なる地表、道路の変わり目、国家間の国境など)を探索し記録する実践が提案される。境界線が明確かどうかを観察し、安全であれば飛び越え、曖昧な移行帯(リミナル・テリトリー)を楽しむことが推奨される。前章の消費空間批判を地理的・政治的なスケールへと拡張し、空間の区分け自体を問い直す視点を提供している。

憂鬱な時のための散歩

気分が優れない時に、全ての細部に注意深く目を向ける散歩が提案される。葉の一枚一枚、建物の形状、雲の動きなど、あたかも初めて見るかのように事物に注意を払うことで、気分の回復を図る。詩人パトリック・カヴァナの「畑を知ることは一生の経験」という言葉が引用され、深い注意の実践が説かれる。前章の境界探索に対し、本章は内的状態と向き合う実践を提供し、ミスガイドの治療的側面を浮き彫りにする。

知っていた都市への帰還

かつてよく知っていた都市に、誰にも知らせずに暗くなる頃に到着し、通りを忍び歩く実践が提案される。知っている人の窓の下を通り、重要な場所を訪れ、記憶を甦らせ、チョークで印を残すなど、不在と存在の間を漂う。前章の個人的体験を、より劇的・儀礼的な実践へと昇華させ、都市との個人的な和解のプロセスを描いている。

漂流の記録

著者たちの実際のドリフト体験が詳細に記録されている。駅の幾何学的なロビーに横たわり、目隠しをして都市の端まで運ばれ、放棄された遊園地を発見するなど、偶然性と発見に満ちた旅が描かれる。カメラクルーとの遭遇やショッピングモールからの追放など、実践に伴う現実的な障害も記録されている。前章の個人的実践を集団的・記録的次元へと拡張し、ミスガイドの具体的な可能性と困難を示している。

散歩の準備

ソロー『ウォーキング』からの引用で、散歩への真の準備とは「父や母、兄弟姉妹、妻や子や友人を離れ、二度と彼らに会わない覚悟ができていること」とされる。この過激な言葉は、日常の束縛からの解放としての散歩の本質を浮き彫りにする。前章の実践的記録を、哲学的な深みへと導く章となっている。

どこでもない場所

「どこでもない場所」とは、西欧の請負業者に撃たれることなく通りを歩ける場所、許可なく建物を再編成できる場所、立ち止まっても尋問されない場所など、理想的・ユートピア的な空間として描かれる。本書全体のタイトルを回収し、ミスガイドが現実の制約に対する創造的抵抗の実践であることを再確認する。前章のソロー引用を現代的・政治的に再解釈し、本書の社会的メッセージを総括している。

都市の博物館

マンチェスターのUrbis博物館での実践が報告される。路上で拾ったオブジェクトを「偶然の博物館」として展示し、それを再び街に戻すという循環的実践を通じて、博物館の静的性質が批判的に問い直される。前章のユートピア的理想を具体的な共同実践へと変換し、ミスガイドの社会的・参加的な可能性を示している。

大衆

(この章のテキストは不完全であり、具体的な内容は不明瞭であるが、都市空間における群衆や集合性に関する考察が含まれている可能性が高い。)

忘れられた場所

雪や砂嵐の後、誰も足を踏み入れなかった場所を観察し、雪が溶けた後にそれらの見捨てられた場所を訪れる実践が提案される。しかし、「空腹の亡霊」にあまり長く餌を与えてはならないと警告され、訪問は一時的なものにとどめるべきとされる。前章の集団的実践から一転して、より孤独で瞑想的な実践へと回帰している。

故郷への帰還

故郷に戻り、子供時代の友人や自分の子供と一緒に古い場所を訪れ、子供時代の散歩をなぞる実践が提案される。その後、現在住んでいる都市に戻り、故郷での体験を新しい散歩の方法として応用する。前章の忘れられた場所への関心を、個人的な歴史と現在の生活を結ぶ実践へと展開している。

都市の書き込み

都市のポスター、ゴミ、落書き、会話などに書かれたテキストを探し、それを使って通り名を変更する実践が提案される。この行為は、都市の公式な命名システムを攪乱し、市民による意味生成の可能性を開く。前章の個人的記憶を、より公共的・言語的な次元へと拡張している。

神話地理学的地図

都市の神話地理学的地図を作成する包括的な方法が提示される。映画のロケ地、強い雰囲気を持つ場所、架空の人物の出現場所、地下のアイデアの流れなどを地図に描き込む。また、商業地図製作者が著作権侵害対策として架空の通りを描く慣行に言及し、読者自身が新しい通りを発明することを推奨する。前章までの様々な実践を統合する方法的枠組みを提供している。

比喩的空間のための散歩

比喩表現(「坂道を上る」「袋小路に陥る」「橋を燃やす」など)を文字通りに歩行実践として解釈する遊びが提案される。言語と空間を交錯させることで、日常的な比喩が新たな物理的体験として立ち現れる。前章の地図作成実践を、より言語的・概念的な遊びへと展開している。

別の場所

「ワームホール」の概念を用いて、地理的、地質的、歴史的、想像的、個人的連想による様々な次元での場所移動が考察される。通りすがりの人の訛り、建築に使われている石、特定の建築様式などが、瞬時に別の場所へと意識を飛ばすトリガーとなる。前章の比喩的実践を、多層的な空間認識の理論へと拡張している。

移動と知覚

歩行以外の移動手段(電車、バス、自動車、飛行機など)における知覚の変化が考察される。速度の変化がいかに空間認識を変容させるか、目をシャッターのように使って異なるイメージを比較する方法、移動を映画の物語として構成する方法などが提案される。前章の多層的空間認識を、異なる移動速度という具体的条件と結びつけている。

神話地理学的スライドショー

休暇の思い出を共有する方法(ビデオ上映、ウェブ上の写真、スクラップブック)を、自らの地域の神話地理学を共有する方法として応用する提案がなされる。ビデオや写真、地図を作成し、信頼できない物語や主観的連想を記録し、友人と共有する「祝祭」としての実践が描かれる。前章の移動体験を、コミュニティでの共有と祝祭的実践へと昇華させている。

世界を一つの通りで見つける

一つの通りの中に世界全体を見出す実践が提案される。通りの名前、店舗、人々、言語の多様性などを通じて、グローバルな接続性を局所的に体験する方法を探求する。前章の共有実践を、より微視的で集中的な観察へと収斂させている。

言語の痕跡

自分自身の言語の痕跡を都市の中で探す実践が提案される。標識、バス停での会話、製品の表示、メニュー、落書きの中に自分の言語を見つける旅が描かれる。言語が存在しない場合でも、木の枝の形や水の音、カモメの鳴き声の中に言語の音を「(誤って)聞く」ことが提案される。前章の世界の発見を、言語というより抽象的な次元へと拡張している。

エピローグ/結論

本書は「苦い世界を混乱した歩行によって再構築するユートピア的プロジェクト」として総括される。ミスガイドは目的地なき旅のための渡航文書であり、ミスガイダンスは「公園の中の散歩」であるとされる。著者らは、読者が自らのミスガイドを創造し、本書を超えた実践を展開することを最終的に促している。各章で提示された多様な実践を、一貫した理念へと統合しつつ、開かれた未来へと接続している。

想定読者・前提知識・読みどころ

  • 想定読者:都市空間、芸術実践、心理学、地理学、パフォーマンスアートに関心のある読者。日常の散歩を創造的活動へと転換したいと考えている人々。アーティスト、建築家、都市計画家、教育者、そして単に散歩を愛する全ての人。
  • 前提知識:状況主義インターナショナルやドリフトの概念に関する基礎知識があると理解が深まる。しかし、本書は独立した実践書としても機能するため、専門的知識は必須ではない。英語のテキストを読解できる能力が必要。
  • 分量・難易度:約120ページと比較的コンパクトだが、各提案の背後にある哲学的・芸術的含意を十分に理解するには深い読解が求められる。実践書としては軽快に読めるが、理論的次元を掘り下げようとすれば多くの時間を要する。
  • 読みどころ:まずは「はじめに」と「エピローグ/結論」を通読することで、本書の全体像と理念を把握できる。関心に応じて、「女性が一人で歩くことが少ない場所を歩く」(ジェンダー論的関心)、「ショッピングの問題」(消費社会批判)、「神話地理学的地図」(方法論的関心)などから読み始めることも可能。各章は独立して読めるが、通読することで段階的に実践の深度が増す構成となっている。「散歩の準備」章は、本書全体の精神的基盤を提供する中核的な章であり、特に重視すべき箇所である。


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