Contents
神経成長因子 NGFの医学的効果
大量の成長因子NGFの源は、ヘビの毒や男性の生殖器官に存在している。
これは遺伝子発現の奇妙な進化をあらわしているのかもしれない。
NGF発見のノーベル賞受賞神経学者 リータ・レーヴィ=モンタルチーニ
概要
NGF(nerve growth factor 神経成長因子)
神経成長因子NGFはBDNFと並んで、認知症患者、アルツハイマー病患者にとって重要な神経栄養因子のひとつ。
イタリアの神経学者 リータ・レーヴィ=モンタルチーニによって発見された。
彼女は77歳にNGFを発見した業績で、同僚のスタンリー・コーエンとともにノーベル生理学・医学賞を受賞している。
103歳で亡くなったが、存命中のノーベル賞受賞者した中で最も長生きしたそうだ。
そして、このインタビュー動画での年齢は98歳!
この年齢にして、この受け答えの明晰さ!!
彼女は神経栄養因子NGFを毎日点眼していたそうだ。
NGFは認知機能を高めるだけでなく長寿にも貢献してくれるのかも?
NGFの生理学的役割
NGFは、中枢および抹消においてコリン作動性ニューロンを含む、特定の細胞の特定の細胞タイプの分化、成長、生存および可塑性を調節する。
ミエリン鞘の修復
認知症、アルツハイマー病患者にとってのNGFの直接的な重要性のひとつは、NGFがニューロンの軸索の成長、維持し、また軸索をコーティングしているミエリン鞘を修復することにある。
※アルツハイマー病の直接的な障害の起因は、海馬のミエリン鞘が脱落しそれが広がっていくものという説がある。
NGFが作用する脳の前脳基底部は、アルツハイマー病患者の脳でミエリン鞘が脱落し激しく障害を受ける場所でもあるため、何か関連があるのではないかとされていた。
高齢者においても海馬のNGFは低下しているとされている。
エピソード記憶の改善
NGFを直接脳内へ注入してNGF受容体を刺激すると、脳血流が増加しエピソード記憶が改善させることが研究で示されている。
ニューロトロフィンシグナル伝達は、アルツハイマー病患者の(楔前部の)アミロイド毒性に対して、弾力性、回復力をもつ。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24529280
BDNFとNGFの違い
NGFがBDNFに先立って発見されていて、NT-1と呼ばれていた。BDNFは次いでNT-2
抹消神経の発達
NGFもBDNFと同様、神経細胞を生存させたり、神経突起を伸ばしたり、神経伝達物質の合成を促進したりと重要な役割をもつ。
またNGFは中枢神経だけでなく、末梢の感覚神経や交感神経の発達、増殖機能維持にも深く関わる。(BDNFにはない)
NGF過剰のデメリット
知覚過敏
NGFが末梢において過剰にあると、知覚過敏、特に熱に敏感になる。
そのため、NGFと結合し排出することで痛みを緩和させる抗体医薬(抗NGF抗体)があったりもする。
自己免疫への悪影響
大雑把に言うと、NGF、BDNFの両方が脳の前脳領域に作用しているが、NGFはそれに加えて末梢神経や免疫系にも作用するといった感じ。
そのため過剰なNGFは自己免疫を悪化させるかもしれない。
HPA軸を活性
NGFは、バソプレシンの分泌を増加を介して、HPA軸を刺激する。
NGFは慢性炎症、脳損傷に対する炎症反応の一部でもある。
NGFの変換障害
proNGFとmNGF
NGFには前駆体型(proNGF)と、成熟型(mNGF)があり、proNGFからmNGFへと変換される。どちらも生物学的な活性をもち、神経栄養効果を誘発する。(効果はmNGFが強力)[R]
コリン作動性ニューロンは成熟型(mNGF)を必要とする。
mNGFはMMP9によって分解される。アルツハイマー病ではMMP9がアップレギュレーションされている。[R][R]
proNGFによるニューロン機能不全
高いproNGFは、アポトーシス促進のシグナル伝達を誘発し、さらにmNGFの受容体結合とその軸索輸送に影響を与え、前脳基底部のコリン作動性ニューロンの逆行性萎縮をもたらすことがわかっている。[R][R]
そのためNGFの前駆体であるproNGFをmNGFに変換ができないと機能不全のニューロンが産生される。
アミロイドβによるproNGFの変換阻害
アミロイドβがNGFの成熟を妨げることが報告されている。一方でNGFはアミロイドβの生成を減らすことができる。[R]
アミロイドβは、α7ニコチン性アセチルコリン受容体に対する作用を介して、コリン作動性機能不全を引き起こし、NGFシグナル伝達(NGFとproNGFの不均衡)に影響を与える。[R]
アルツハイマー病患者のNGF変換障害
アルツハイマー病患者の皮質、皮質下では成熟型のNGFの増加が見出されている。そのことからNGFそのものの不足ではなく、このNGFへの変換能力に欠陥がありNGFのシグナル伝達の調節不全、受容体の問題によりシナプスの障害が引き起こされている可能性もある。[R]
認知症・アルツハイマー病においては、単純にNGFを増やすというよりも、proNGFをNGFに変換させる比率の正常化が重要
脳脊髄液内のproNGFは軽度認知障害を100とすると、aMCIで155%アルツハイマー病で170%増加。
NGF代謝の遺伝子治療を施した臨床試験で、アルツハイマー病患者の障害を受けていた細胞に回復が見られた。しかもその効果は治療後も10年続いた!
糖尿病
糖尿病も、proNGFとNGFの比率のバランスを変化させることがわかっている。
アルツハイマー病患者の海馬および嗅内皮質におけるproNGFが、糖化および脂肪酸化の最終生成物によって段階的に改変されている可能性。[R]
NGFを増加させるには
むずかしいNGF創薬
NGFもBDNFも脳関門は通過しないため、NGFを静注しても脳へは届かない。
そういったドラッグデリバリー(薬剤をどうやって標的へ届けるか)の問題があるため、NGFを認知症の医薬品として開発するのは非常にむずかしい。
直接脳内注入
創薬研究では脳へ直接注射する方法が検討されており、実際にアルツハイマー病患者への投与例もあるが、技術的な課題だけではなく体重減少と神経因性疼痛の副作用により早期に終了している。[R]
アルツハイマー病女性患者の脳に直接NGFを投与して、認知機能に関わるコリン作動性の悪化を抑制した症例。[R]
鼻腔・点眼
鼻腔や点眼からのNGF送達は脳内への注入に比べて、侵襲性が低い。[R]
アルツハイマー病マウスモデルでのNGF鼻腔投与において、疼痛反応を示さずに効果を示した研究がある。[R]
驚くべきことに、マウスモデルの実験では認知機能の回復が示されているにも関わらず、ヒトでの臨床試験ではまだ検証されていない。[R][R]
幹細胞媒介の治療
神経幹細胞移植によるアルツハイマー病の臨床的な効果は得られていない。[R][R]
ウイルスベクター
AAV2-NGF アルツハイマー病患者10名への2年間の投与
忍容性は良好だったが臨床結果、バイオマーカーには影響がなかった。[R]
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29582053/
NGF模倣薬
LM11A-31 p75受容体を標的とするNGFの小分子模倣薬[R]
NGFのカプセル化(ECB)
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17963752/
NGFを自然に増やす3つの経路
多くのNGF創薬が研究されているが、こういった技術を使えない我々がNGFを増やすには、地道な方法が重要になってくる。幸いNGFを自然に、または入手可能なツールで増加させる方法は多く存在し、工夫次第で治療レベルに達する増加を図ることができる。
1 運動やマッサージなど、元々ヒトがもっているNGFの活性メカニズムを利用する。
2 NGFのシグナル伝達経路を刺激(cAMP/PKA経路、ERK、NF-κB)するサプリメントや医薬を摂って間接的にNGFを増やす。
3 脳への直接刺激、脳関門を通過するNGF促進化合物の投与、LLLTなど。
足マッサージがNGFを増加させて認知機能を改善させるというテレビ番組があったらしいが、NGFは脳関門を通過しないためNGFのシグナル伝達経路を活性するなどの間接的な経路刺激による効果であるものと思われる。
NGF合成促進化合物
カテコール化合物
レボドパ、カテキン、ドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリン
キサンチン系誘導化合物、刺激薬
フェネチリン
カフェイン、パラキサンチン、テオフィリン、テオブロミン
プロペントフィリン
1,4-ベンゾキノン類
ユビキノン-1、ビタミンK2
ヘリセノン
ヤマブシタケ (今のところヤマブシタケ以外では見つかっていない。)
NGFを増やす7つの戦略
1 運動
有酸素運動
糖尿病性神経障害と診断された患者への有酸素運動および筋力トレーニングの両方が、NGFを増加させた。筋トレよりも有酸素運動でより有意な改善を示した。[R]
中程度の強度のトレッドミル運動がラットのNGF発現を刺激し、神経細胞の再生に影響を与える。[R]
筋トレ
ラットへの8週間の筋力トレーニングにより、NGFが有意に増加 [R]
激しい運動
オリンピック選手のNGF血中濃度は平均よりも有意に高い。
ヨガ
一日20分で効果あり [R]
2 サプリメント・栄養因子
ヤマブシタケ(重要)
ADマウスモデルにヤマブシタケの抽出成分Hericium erinaceus菌糸体を投与、脳のアミロイドβ蓄積を弱め、インスリン分解酵素レベルが増加、大脳皮質および海馬のミクログリアおよびアストロサイトの数が減少、proNGFとNGFの比率を変化させ海馬神経新生が促進した。[R]
イチョウ葉エキス
イチョウ葉抽出物EGBがラットのNFG、NT-3を有意に増加させる。[R]
イチョウ葉から単離されたイソラムネチンL.は、神経成長因子NGFを増強し、神経突起伸長を増強した。(60のフラボノイドのスクリーニング)[R]
アセチル L カルニチン
低酸素症による細胞障害の誘発をアセチルLカルニチンが用量依存的に有意に弱める。NGFおよびチロシンキナーゼをアップレギュレートする。in vitro [R]
リチウム
ウアバインによってBDNF、NGF、GDNFの障害を受けたラットが、HDAC阻害効果をもつリチウムを用いた治療によって逆転。[R]
PQQ
PQQがラットのNGF合成と分泌を刺激する。[R]
PQQは血液脳関門をほとんど通過せず、末梢神経のNGFを増やすことはできるが皮質のNGFを増加することができない。
装飾された医薬PQQ(oxapyrroloquinoline; OPQ)が脳内のNGF濃度を高めることができる。
5種類のNGF生産促進化合物
fellutamide(FE)類 ラット脳、アストログリア細胞でもNGF生産を促進
pyrroloquinoline quinone(PQQ)類 広範囲のNGF産生
kansuinin A(KA) 100倍のNGF産生能、最も強力なNGF活性剤
ingenol triacetate(IT) 広範囲、高濃度でNGF活性の低下が見られない。
jolkinolide 狭い範囲でのみNGF生産
gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/gakui/cgi-bin/gazo.cgi?no=212317
バコパ・モンニエリ
ERK1 / 2、NF-κB経路を介して、NGFを増強[R]
酪酸塩
酪酸ナトリウム、リチウム、バルプロ酸は躁病モデルマウスのBDNF、NGF、GDNFレベルを増加させる。[R]
ローズマリー(カルノシン酸)
ローズマリー抽出物のカルノシン酸はNGF産生を増強する。[R]
ケルセチン
ケルセチンはPC12細胞のNKCC1活性化を介して、用量依存的にNGF誘発性神経突起伸長を刺激する。[R]
亜鉛
マウスへの亜鉛投与による高いNGF濃度[R]
銅と亜鉛はNGFのシグナル伝達効果を模倣する。[R]
無作為化臨床試験 亜鉛補給は糖尿病患者のNGF濃度に影響を与えない[R]
その他候補
- ビタミンD3
- メラトニン
- DHEA
- フペルジンA
- 明日葉
- ヨヒンベ
- クリシン
- ロイヤルゼリー
- レーマニア
NGFを増加させるその他のサプリメント
- ミルクシスル
- DHA
- ビタミンA
- アルコール
- ホスファチジルセリン
- ゴツコラ
- αGPC
- ウリジン
- コリン
- フォルスコリン
- ゲニステイン
詳細、摂取方法、推奨サプリメント等について
3 proNGFを抑制する薬・サプリメント
抑肝散
抑肝散はNGFを増やし、proNGFを減少させる。
www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/144/Supplement/144_S1/_pdf
フルオキセチン
フルオキセチンはp38マイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(p38-MAPK)の活性化を阻害し、pro-NGFの発現を有意に阻害した。[R]
緑茶カテキン EGCG
NGFとproNGFの不均衡を緩和
4 非薬物療法
低周波電気灸
academic.oup.com/biolreprod/article/63/5/1497/2723659/Effects-of-Electro-Acupuncture-on-Nerve-Growth
linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S1566-0702(10)00067-6
サウナ・HSP入浴法
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18561899
5 恋愛
NGFはコルチゾールを増加させ、(ACTHを介して)幸福感を誘発する可能性がある。
恋愛の初期のロマンチックな感情の強度とNGFには正の相関が確認されている。NGFの増加は恋に陥った時の感情と関連している。[R]
つまり恋愛をするとNGFが増える!
だが、通常はNGFとともに上昇するコルチゾールが、NGFを阻害するため長続きはしない。(コルチゾールは知られているように炎症ホルモンでもあるため、これ自体が持続するのは危険)
実際、12ヶ月以上恋愛感情が続く人たちでは、NGFは低下している。そういった人たちは、恋愛初期の大量のNGFによる神経可塑性、神経新生によって、永続的な記憶を形成したがために、長期の恋愛感情が保たれているのではないかという説がある。[R]
「愛が勝つ!」というのは、生化学的には「NGFが勝つ!」なのかもしれない。(笑)
6 NGFを増強する薬剤
セレブロリシン (Serebrolysine)
proNGFとNGF両方が増加、比率調整を行っている可能性。[R]
イデベノン (Idebenone)
経口摂取によるNGF活性 イデベノンおよびプロペントフィリン[R]アトルバスタチン (Atorvastatin)
シンバスタチンおよびアトルバスタチン、低用量、高用量の両方において、BDNF、VEGF、NGFの発現を有意に増加させた。[R]
チロシンニトロ化の阻害
セレギリン (Selegiline)
パーキンソン病治療薬 別名 デプレニル(Deprenyl)
セレギリンはNGF合成を増強し、興奮毒性および虚血性損傷から中枢神経系ニューロンを保護する。[R]
セレギリンは、BDNF、NGF、NT3遺伝子発現を増強[R]
ヌーペプト(Noopept)
NGFスプレー
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19355851
プロペントフィリン propentofylline
アデノシン濃度を上昇させる。cAMPを分解するホスホジエステラーゼの抑制
アルツハイマー病患者、血管性認知症患者の痴呆症状を改善、進行を遅らせる。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9716243
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9298634
プロペントフィリンは聴覚刺激に対する脳の代謝応答を増強する。[R]
ホルモン
エストロゲンとプロゲステロン
エストロゲン、プロゲステロン投与による卵巣摘出マウスへの短期治療は、子宮NG
F mRNAを増加させ、NGFレベルを完全に正常なマウスと同様の濃度に回復させた。
これらの結果は、生殖ホルモンのシステムによる変化がNGFのシグナル伝達および調節能力を有することを示している。[R]
7 概日リズムを整える
NGFの日内変動は、光によって位相的に調節されている。
NGFは炎症反応、コルチゾールの増加ともつながっているため、NGF活性は概日リズムを考えて治療戦略を組み立てるべきかもしれない。
NGF、BDNFとも視交叉上核において合成され、概日リズムの調節に関与している。
NGFはVIP合成を刺激し、VIPIニューロンに保護的に働く。
BDNFは深夜から朝にかけてピークを迎えるが、NGFは8時と、20時にピークを示す!
NGFもアセチルコリン同様、ただとにかく増やせ!とかではなく、メリハリが必要
また、光に含まれる近赤外線の刺激により脳内の経路が活性化され、高レベルのNGF増加に結びついている可能性も示されている。
※日光に含まれる近赤外線は、皮膚面からの頭部照射で新皮質まで浸透する。
つまり適切な時間に日光を浴びることで、概日リズムという間接的経路だけでなく、近赤外線効果による直接的な経路でもNGFを増やす効果がある可能性がある。
朝日を浴びよう!
NGF増強 完全プラン
・朝起きて緑茶を飲み、恋人と一緒に太陽の下でランニング。
・その後サウナに入ってヨガとマッサージを行う
これで、7つのNGF増強策をすべて盛り込める(笑)
参考サイト
en.wikipedia.org/wiki/Nerve_growth_factor
www.tmig.or.jp/J_TMIG/genome300/NGF.html
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26825093
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23095849
www.eurekaselect.com/140506/article
selfhacked.com/2016/03/27/all-about-nerve-growth-factor-and-50-ways-to-increase-it/