7. 趣旨説明

趣旨説明

「私のやり方は、言うべき正しいことを最大限の骨を折って探し出し、その後、最大限の軽率さで言ってのけることである。」

バーナード・ショー

注意事項とお願い

当ブログは一言でいうと、日々の体験記というよりも、その半分は、母のアルツハイマー回復のための試行錯誤をまとめたノート・備忘録を他の方にも読んでもらえるように加筆整理したものです。

多くの人に知られている情報、基本情報や専門用語の説明など、ちょこっと検索して国内の他のサイトでより良い説明が得られるものは、簡単にまとめることはあっても、一から詳しくは書かないことにしています。

わからない語彙や理解できない記述などがありましたら、他のサイトを検索してみてください。

具体的であることのリスク

いかなる問題にあっても、具体的という事は、最後の、しかして最良の結論だ。

石川啄木

また、このブログサイトは、一般的に知られていない踏み込んだ情報も多数扱っています。

実践的、具体的な記述を心がけていますが、そういった具体性のある情報は役立ちやすいのですが、同時に部分抽出されて基本理念が伝わらない可能性、単純に間違っている可能性、古びる可能性も高くなります。

治ることに貪欲であれ

また、わたし自身あまり自分の思想や考えを保持することにこだわっていないので、間違っていると思えば、その都度さっさと訂正しますし、そのことの責任追及にも(それが他者であろうと自分であろうと)興味がありません。

意見を変える人は信用できないというのが世の中の通念でしょうが、これだけ複雑化、カオス化した知識世界を真面目に幅広く探求していけば、個別的な意見や見解は変わっていくのが当たり前です。

治ることに対して貪欲であろうとすれば、むしろ個人の頑固な思想や信念は邪魔になります。(自らの信念を否定する仕組みが自己言及的に内在していれば、その信念はあっていいと思っています)

ゆるい一貫性をもつ

また個人の問題としてではなく、対外的に信用性をもたせようとして意見の整合性を考え出すと、本音や本当のことも隠されてしまう傾向が生まれます。

語ることは抽象的な意見ばかりとなって、◯◯の答弁のような、役に立たない、誰の生命も助けないような発信となってしまっては本末転倒です。

できるだけ情報源も明らかにしていきますので、詳細や正否については原文等を当たっていただき、常に疑いつつ、また最新の情報を読んでいただけたらと思っています。

※当サイトも、情報を収集中であり、MENDプログラム自体もどんどん進化していってます。ブログ記事が完成することはなく、常に書き換えているぐらいに思ってください。

免責事項はこちら

多くの改善策は氷山の一角

情報が不足しているわけじゃないよ。考えが及ばないだけだ。

小説「すべてがFになる」 森博嗣

「ice berg of tip option」の画像検索結果

また、すべての情報について、必ずしも明示的には(あなたは、これと、これさえ摂ればいいみたいな)書いておりません。

これは、自分が発信する立場になって痛感したことですが、核心的に重要な情報にも様々あり、問題なく記述できるものもたくさんある一方で、

リスクが高いもの、個人差が大きいもの、法律に抵触するもの、証拠が弱すぎるもの、個人で入手が困難なもの、価格が現実離れしているもの、非生産的な批判を招きやすいもの、理解が得られにくそうなもの

、等々いくら、正しい、効果があるだろうと思っても具体的にだったり、誰でもわかるようには書けない治療手段も少なくなく、ついそのあたりは書き方には慎重になったりもします。

目につく食品由来のサプリメント

そういう視点から、世の中で広まっている認知症の改善情報を眺めると、フェル◯ードだったりプラズマ◯ーゲンだとか、ココナッツオイルだとか、妙に食品由来の抽出成分をちょっとひねった新しいものが目につくようにも思います。

食品由来の成分に多くの認知症改善が期待できる成分が含まれていることは事実です。

しかし一方で、

食事や運動、睡眠はないがしろにされ、

ビタミンのような当たり前っぽいものは軽んじられ、

化学合成品はなんとなく身体に悪いという思い込みがあり、

適応外の医薬は、はなから選択肢にあがってこない…

すべては知識の欠如によって、目の前にある選択肢を捨てている、

としか思えません…

マーケティングによる選抜

そして日本で目につく認知症の改善策は、実質的な効果があるからというよりも、法律的、マーケティング的な理由から、微妙に効果がある情報として一部だけのものが浮き上がっているいるようにも感じられれます。

その他の多くの改善策は、論文や専門家の記述の中に埋もれており、このサイトはそういった一般的には知られない情報を、少しだけ手に届きやすいように掘り起こしています。

専門性というフィルター

しかし最終的には、その方が個人で調べて判断しなければならず、「選択には知識や理解が必要」ということが、実はある種の「安全フィルター」になっているということも理解してもらいたいと思っています。

そういうわけで、当サイトの記事が「わかりづらい」と思ったら、それは管理人の伝達能力不足ではなく「安全フィルター」です…ということにしてください(汗)

信頼よりも理解が大事

何事であれ、最終的には自分で考える覚悟がないと、情報の山に埋もれるだけである。

羽生善治

自ら考えて行動する人へ

本来、わたしの意図するところは、そのまま具体策を採用してもらうということではなく、「アルツハイマー病発症後であっても、やり方と努力次第では回復や進行抑制につながる

といったことを、”自ら考えて”治療法を探している人に伝えたい、という思いがベースにあります。

考えようとせず結果だけを求めようとする方略には、3つの致命的なリスクがあります。

1 選択肢が極端に限定される

「limited choice」の画像検索結果

まず、なにが正しいかという判断をしていく時、その理由や原因を自分で考えて理解できないとなると、第三者の判断に頼ることしかできなくなってしまいます。

そうなると一般的には「~の有名な先生が言っている」とか「みんながしているし」「~の大学がー」といった、権威や世間の評判のようなものに頼りがちです。

頼れるなら頼ったらいい

ただここで、わたしは「権威などに頼ってはいけない!」みたいな道徳感を語りたいわけでもありませんし、その種の判断の仕方にも一定の合理性はあると思います。

むしろ「それで助かるなら、わらでもすがれ!」というプラグマティックな(実際的な)考え方をもっているぐらいです。

100倍の選択肢

しかし、理解する努力をまったく放棄してしまうとその改善策の正否の判断能力以前に、そもそもどういった改善方法があるのか、その選択肢が最初からきわめて限られてしまいます。

けして誇張ではなく、その”まともな”選択肢の数は、情報を探ることができない人とそうでない人で50~100倍の開きがあると思ってください。

他にもある山ほどの改善策、進行抑制策は、そのほとんどが自分で考えて探っていくことで初めて見つかるものです。

特に、手間のかかるものや、特殊なものほど、知識に裏付けがあって初めて安全性や効果を確信し実行することができます。

「運動が大事だとはわかっているけど…」という人の99%は、わかっていません!

認知症に効果がある適応外薬のほとんどは、たとえ信用できる人から「いいよ」と教わったとしても選択肢に入れられないでしょう。

広がる第三者の選択肢

あと誤解されがちなのは、自分で考えるというは、第三者の情報を頼らないということではないのです。

事実はその逆で、第三者の立場や肩書ではなく、その語る内容を判断する能力があるため、第三者的情報の選択肢自体も大きく広がるわけです。

教義の疑問を教祖にきいてみる

翻って考えると、アルツハイマーに関しては特にそうなのですが、一般的な常識の元でそもそも治らないとされている疾患なわけです。

それを、その常識の枠内である標準医療や新聞テレビなどのメディアなどを参考にしようとしても、「自己矛盾していないか?」と素朴に疑問を思ったりすることもあります。

2 コアな情報ほど、そのまま表には出せない

「secret information law」の画像検索結果

最も必要としている物や情報は、最も入手しにくい。

マーフィーの法則

そして二つ目、これは日本で情報を提供する側の宿命とも言えますが、誰であろうとAという治療方法を実行すれば、認知症が治ると思っていても、それをブログで、少なくとも、そのまま書くことは薬事法や医師法などの法律によって規制されています。

そして、わたしは医療者としての資格も持っていませんので、より多くの法的制限のもとでしか情報を発信することができません。

法律的な制約

「認知症予防に良い食事」ぐらいであれば許容範囲なのかもしれませんが、当ブログは、具体的な医療情報に光をあてて掘り起こしていることも多いため、やはり表現には注意を配っています。

そのため有用な情報を掘り起こす努力はしていますが、病院での処方のようにフローチャートに従ってこうすればいい、とまで情報を噛み砕くことはできません。

(逮捕を覚悟すれば別ですが、そしてわたしも世捨て人っぽいところもあるので(汗)だれかの命が助かるならいいかぐらいに思っていましたが、冷静に考えればそれによってこのサイトも閉鎖され、結果、不利益が増大してしまいます。)

消費社会の罠にひっかからない

これは我々が日本社会に住む以上、仕方のないことで、この「伝達障壁」は、読者の側が自分で理解し判断することでしか、乗り越えることができません!

一般的には、ビジネス的に有利な立場に立ちたいというインセンティブぐらいしか、第三者がリスクをわざわざ犯してまで、法律のぎりぎりをつく表現をとろうとはしないんじゃないでしょうか。

もしそうだとすれば、無理解のまま情報を探っても、消費者からお金を奪いやすい改善策ばかりが、半ば必然的に目につくことになります。

(認知症適応外の医薬品について専門的に詳しく書かれたサイトや記述も一部ありはします。少し余談ですが、それらも専門的な記述であるからこそ法に触れずに書くことが可能であり、そこでぎりぎりの善意が示されているように思います。当サイトはそういう方に感化されて一歩、歩を進めている面もあるかと思います。)

価格と効果は相関しない

もちろん、お金がかかるからダメだ(効果がない)とは言えません。ただこれまで5桁代の医療論文を読んできて、3桁代の改善策を実体験で確かめてきていますが、価格の高さと効果の高さはほとんど比例(相関)しません。

価格が高くて効果があるものもたしかに一部ありますが、それ以上に低価格または無料でより効果がある改善策がごろごろ転がっています。

「価格が高い=効果がある」という思い込みをもっている人が非常に多いため、あえて言いますが、価格と効果はまったく連動しません。仮に関連があるとしても、むしろ逆相関で低価格になるほど効果的な改善策が多いという印象をもっています。

3 自ら間違いを軌道修正できない

「軌道修正」の画像検索結果

多くの方はこういった健康サイトを読む際に、このサイトは信頼できるのだろうか?という観点で読まれる方が多いと思います。

驚かれるかもしれませんが、当サイトやMENDプログラムというのはその本質上、信頼してやってみようというサイトではないのです。

これがサプリのようなものなら飲むか飲まないか、買うか買わないかという判断を信頼によって行われるかもしれません。

しかし、当サイトで紹介する多くの改善策は個人で考えて行うアナログな要素が大きいため、信頼してお任せするといった姿勢で行うと守るべきポイントを外し、重要ではないことに過度にこだわったりする傾向があります。

よし、やってみようとスタートを切るところまでは盲目的な信頼もありかもしれませんが、それだけでは必ず途中で挫折します。

ここはむずかしいところで、自分自身も認知症とアルツハイマーの違いもわからないところからスタートしていますし、過去を振り返ると、散々稚拙な間違いをやってきています。

あまりこういったことを言いすぎて読まれた方がひいたり、理解に時間をかけすぎて、早期治療の機会を失ってしまいはしないか、というジレンマもないわけではありません…

軌道修正を繰り返すスキルが必要

上から目線で物を言うようで恐縮ですが、間違うこと自体に問題があるというよりは、そのまま教科書的に鵜呑みにしてしまうタイプの人は、間違ったことにいつまでも気づかず、同じことをし続けてしまう、または重要な改善策やポイントを外してしまう、傾向があります。

つまり、考えずに実行しようとする人は、自分で間違いを軌道修正できないというところに問題の根幹があるのかなという気もします。

根本原因が、努力の有無にあるのではなく、性格や気質的なものに由来するのだとすれば、むしろそういった方へ声をかけるべきではないのかもしれません。。これは、見極めができていない自分の課題という気もします。

ブレデセン・プロトコルは最後の希望

「あたなが、アルツハイマー病から回復を始める人々を実際に目の前にしてしまえば、人々が職場に復帰することを見てしまえば、人々が再び彼らの家族の一員として戻ることを目にしてしまえば… あなたは、自分が見たものを拒否することはできなくなります。」

デール・E・ブレデセン

なぜかスルーされるブレデセン・プロトコル

わたしは、社会発信に興味を覚えるタイプでもなければ、社会正義に燃えているわけでもありません。

ただ、介護する家族の方の「一体なんのために生きているのだろう」という言葉を耳にしたり、あれほど聡明であった人が一年も経たずに廃人となってしまう様を見てしまうと、自分の感情が揺れ動いたりすることも事実です…

気になってしまうのは、散発的な記事は目にするだけで、ブレデセン・プロトコルの核心的な意義に、まだ誰も気づいていないように見えるため、自分の身の丈を大きく超えている課題にも関わらず

「うーむ、これって、自分が言いたてないと、だれも注目しないのでは?」

という気持ちもあったりもします。

「small step big goal」の画像検索結果

一人ブレデセン・プロトコル

自分の母が偶然ではなく、複雑であるとはいえ他者に提示できる”明確な方法論と具体的な改善策で”助かったということは、他の方も同じアプローチをとることで助かる可能性は大きく高まると思っています。

(どこまでも被験者数1名(n=1)として現代医療の側からは否定されるでしょうが)

それを自分はわかっていてずっと黙ったままでいるのか?(ブログ発信に大きなコストがかかるわけでもないし)という罪の意識、というと大げさな気もするのですが、認知症患者さんを見るたびに毎回変な後ろめたさを感じてしまう、それを払拭したいという複雑な感情もあるのかなという気もします。

こういう感情をもつのは、ReCODEプロトコルのように多因子へ働きかける治療アプローチでない限り認知症が回復する可能性はない、つまり現代医療に望みはないということをわたしが確信していることの裏返しなのかもしれません。

単一アプローチに希望はない

これだけ書いといてなんですが、多くの業者が発する「これをすれば治る」的な安易な言葉が嫌いなので、効果のほどについては、わりと控えめな表現をとっているつもりです。

しかし、ひとつだけ断言できるのは、現代の単一アプローチによる取り組みでは、認知症問題の解決の見込みはない、ということです。

※20~30年先のシンギュラリティー、ナノボット医療、IPS細胞治療の実用化まで含めるとさすがにわかりませんが、ブレイクスルーがあるとすれば、そのレベルのイノベーションが必要でしょう。

※発症前の認知症予防策であれば、もう少し早い段階に訪れると思いますが、現在の認知症予防の医療研究の内容を見ているかぎり、それが根本的な解決にむすびつくには程遠いように思えます。

今現在行われている治験段階の薬剤だけでも100を超えるので、さすがにすべてには目を通せませんが、現在あちこちの大学や研究所で開発研究されている薬など、そのほとんどが実質上アミロイドかタウをターゲットとしたものです。

一部の例外も結局は36以上ある認知症原因のせいぜい2つか3つを埋めるものばかりで、認知症代謝障害の複雑さを鑑みた時やってることが正気の沙汰ではない、と思うほどです。

多因子説が多少なりとも検討されたうえで合理的な理由から棄却されているのならまだ納得もできますが、あるのは多因子説に対する実証性に関しての批判だけで、アルツハイマー病という病気の本質から考えられた内在的な批判は自分が知るかぎり皆無です。

認知症発症以前の予防的な措置であれば36の穴も小さく、そういった薬剤が全体を引き戻してくれるといった可能性もあるかもしれません。

しかし認知症発症後、つまりいくつもの代謝や因子のネットワークがこじれてしまった後になってから、そのような単一標的型の薬をいくら投与してみたところで、根治回復にまでいたるとはとうてい思えません。

最後の希望

わたしからすると、認知症患者さんが新しい薬を待つという行為は自殺行為にしか見えないのです。

ブレデセン博士が提示している多面的アプローチが、今、我々が与えられている手札の中で、認知症にまともに対抗できる唯一の方法であり、認知症患者さんにとっての最後の希望でもあると強く思っています。

誰も知らないアルツハイマーサバイバー

Everyone knows a cancer survivorbut no one knows an Alzheimer’s survivor.

だれもがガンで生き残った人を知っている。

だが、だれもアルツハイマー病で生き残った人を知らない。

おそらくほとんど人にとって、仮に不治の病を患い、その後なにか独自の治療を行ったことで回復したとすれば、自分が選択した治療法の正しさを疑うのは、非常にむずかしいでしょう。

脳はあらゆるトリックを用いて、個人の経験を一般化させようとします。手練れた医者や研究者でもプラセボを見抜くことはできません。

奇妙に聞こえるかもしれませんが、これまで自分がずっと行ってきた改善策に、絶対と思えるような確信を持ったことは一度もありません。

(全体の方向性としては間違っていないだろう、という確信はありますが。)

若年性アルツハイマーサバイバー

ただ、少しでも治る方向へと軌道修正を幾度となく繰り返してきた結果、母は認知機能を維持し、医者から驚かれ、そして周囲を冷静に見渡すと、真の意味での若年性アルツハイマーサバイバーが、誰もいないことに気がついたようなところがあります。

もし母の病気がガンで生き残ったとかであれば、私は単に運が良かったケースかもと考えていたかもしれません。また、ブレデセン博士の論文を読まなければ、このように発信しようと思うほどには確信をもてなかったとも思います。

アルツハイマーサバイバーに明確な定義はありませんが、完全に回復を果たすという意味ではおそらく文字通りゼロでしょう。これはわたしの母も例外ではありません。

「no alzheimer survivor」の画像検索結果

わたしたちはここにアルツハイマー生存者の写真を掲載するつもりです…

もしいたのならばですが。

予防不可、治療不可、回復不可

また、アルツハイマー病には誤診の例や亜型が多く存在し、特殊ケースによっては長く生きるケースもあるようですが、典型的なアルツハイマー病で平均余命を大きく超えて生活能力を維持し生きることができるという意味であれば、わたしの知る限り、国内に3万8千人いる若年性アルツハイマー病患者で、おそらくゼロです。

サイトや書籍で紹介されいているアルツハイマー病回復例、進行抑制例のおそらくほとんどすべてが、亜型かMCI段階での早期介入だったか、誤診のいずれかだと思っています。

※実際の患者数と、その中でインターネット上探索可能な方の割合には一定の比率があるため、(ちょうどamazonのレビュー数からおおまかな購買者数が予測できるように)の逆算すればもちろん誤差はあるものの潜在的な患者数の予測は可能です。

いまだ存在しないブレデセン・プロトコル実行者

アルツハイマーサバイバーがいないということだけでなく、ブレデセン・プロトコルも公表されて1年以上が経過しますが、それに類する考え方の元に、体系的に実行している人も、(その人がそれによって改善しているかどうかと関係なく)やはりネットで探して見る限り見当たりません。

「ブレデセン・プロトコルを自分なりにやっています」という方は割にいらっしゃるようなのですが、その多くの方は自分の好みや、良さそうと思ったところだけピックアップされていて、検査も受けておらず、まったく治療レベルに達していないようにも見受けられます。

どう数字を甘めに推定しても、この二つの要素をかけ合わせて残る人はわたしの母しかいないのですが、その評価計算は他の方におまかせしたいと思います。

21世紀の医療

「これは21世紀の薬です。単一の薬物で慢性疾患を克服しようとする20 世紀の治療法ではありません。21世紀の薬はプログラム治療となるでしょう。」

デール・E・ブレデセン

単一標的型治療の終焉

単一ターゲット型の治療に潜む問題は、気がついてみればなんでそんなことに気が付かなかったのだという呪縛じゃないでしょうか。

わたし自身もこういった点については、MENDプログラムの潜在的な価値と意義に十分には気がついていないんじゃないか、と思うことがあります。

「mend alzheimer muses」の画像検索結果

従来の疾患原因が何であるかを還元的に細胞レベル、分子レベルで特定し、そこから処方を考えていく20世紀型の医療アプローチ(医者も研究者もそれらを特定のアプローチとさえ考えていない)が、多くの病因が関与する複雑系の慢性疾患に通用していないことは明白な事実です。

MENDプログラムのような大きなデータセットをながめて、下流から上流(上流から下流も含めて)に向かうマルチモーダルな治療アプローチは、アルツハイマー病治療にとどまらず、レビー小体、パーキンソン病などの神経変性、複雑系が関与するほとんどの慢性病などへもすぐに応用が可能ですし、実際そういった動きは海外ですでに大きな始まりを見せています。

人工知能のIBMワトソンが有名ですが、こういった多く因子のデータセット解析は人工知能との相性が良いため、人工知能医療が本格化すれば医療業界の様相がガラッと変わるであろうことは想像に難くありません。

世界に慢性疾患患者が20億人以上存在することを考えれば、これがどれだけ大きな革命的なポテンシャルをもっているか、今の医療常識にとらわれていない専門家であれば簡単に理解ができるはずです。

とはいえ、あまりに話を広げると、目の前の現実に苦しんでいる患者さんを助けることがぼやけてしまうため、ブレデセン博士もその点については少し言い控えられているのかな、と勝手に想像したりもしています。

エビデンスに縛られる医者と研究者

おそらく医者や研究者は、もっと確実なエビデンスがでてくるまで手を出さないでしょう。それにはどんなに早くても数年後、しかしその数年後であっても、ごく少数の方が取り上げる程度な気がします。

されにそれから有効性が認められて日本で認可されるまでとなると、あと10年以上はかかるんじゃないでしょうか。

加えて、仮に10年後に公共的な位置づけがなされたとしても、医療リソースの問題で限定的な広がりしか見せないだろうとも想像しています…

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