2. 認知症とは

認知症とは

認知症の悲惨さ

「もう生きられへん ここで終わりやで」

「そうか、あかんか 康晴、一緒やで」

「すまんな」

「こっちに来い 康晴はわしの子や わしがやったる」

京都認知症母殺害心中未遂事件 2006年2月

知られていない認知症介護の闇

介護する方が精神的にぎりぎりまで追い詰められ母親と無理心中をしたことや、ネットや掲示板のリアルな書き込みなどを見ていると、そのあまりの悲惨さに、なにも見なかったことして過ごそうとする自分に気づいたり、妙に考え込んだりすることもあります…

”介護殺人”当事者たちの告白

介護に疲れた…介護家族の悲劇と苦悩

有名な「京都認知症母殺害心中未遂事件」のその後

介護殺人

こういった介護殺人は、今でも年間30~40件起こり続けています!

ただ要介護者の人口は400万人(要介護度1以上)と半端じゃなく多いので、この数字が本当なら、怒られるかもしれませんが、見方によっては(うつ病に対する自殺率とかを考えると)介護する方が頑張っているなあ、と見ることもできるのかもしれません。

※一方で、数字として上げられている介護殺人の数は氷山の一角にすぎないという専門家の指摘もあり、私もその可能性は高いと思っています。

介護殺人。遺族の意向で事件化されない、「封印された死」の真相

「介護殺人」の画像検索結果

認知症掲示板 & 動画

<ブログ記事> 認知症・アルツハイマー掲示板からの抜粋

<ブログ記事> (動画)アルツハイマー病を患った人たちとその家族

※内容的にきついものも含むので、認知症患者さん本人が簡単に見られないようパスワード制限かけています。パスワードはこの文中にあります。

残された少ない時間

新薬承認までの長い道のり

よくテレビ番組などで希望を与えるような新薬開発状況が放映されたりしますが、たとえ今、改善可能な薬が開発されたとしても、そういった薬が承認を得て使用可能になるには数年単位の時間がかかります。

残念ながら、進行の早い若年性アルツハイマー患者は、新しい薬を待つ時間はありません!

<ブログ記事> 若年性アルツハイマー病の進行について調べてみた

承認試験の異常な失敗率

治験などに参加して希望をつなぎたいと思っても、承認試験の失敗率を見ていると、そこに大きな期待を寄せることができるとは、とうてい思えません。

記事 アルツハイマー新薬、フェーズ3の高い壁…過去16年、成功確率わずか3.1%

※フェーズ3 = 治療薬の承認試験の最終段階

第一相臨床試験からの開発薬の成功確率は、がんの治療薬で約20%、アルツハイマー治療薬は1%以下です!

論文(英語)

アルツハイマー病薬の開発、従来の問題が必要とすべき新しい優先事項

1984~2014年のアルツハイマー病薬剤開発の検討・問題点

アミロイドを未発症患者の治療開始のバイオマーカとして裏付ける証拠はない。重要な薬物が見逃されている可能性。

そして、その1%という難関をくぐり抜けて合格した認知症薬であるガランタミンやメマリーでさえも、回復どころか進行抑制さえも持続的にできるわけではなく、その抑制期間も1~2年とアリセプトとほとんど差がないものです。

個人探索の難しさ

また、他の手法を探るにしても、一般の方がエビデンスという言葉を知らないところからスタートし、怪しいネット情報をかき分けていって、独自に本当に効果のある医療情報を探り当てるには、それなりの年月がかかります。

ましてやアルツハイマーの場合ガンとも違って、そもそも発症の仕組みがよくわかっていないため、専門家でさえ本当に有用な情報を選別するのは至難の業です。

これだけ認知症患者さんがいるのですから、当然専門医や研究者のご家族の方で認知症になられた方も多く存在すると思います。

しかし、例えば本屋さんへ行っても、ネットを探索しても、医者がガンや慢性病を克服したという情報は数多く見つけることができますが、認知症に関しては研究レベルで期待がもてるといった話ばかりで、実際に「私は認知症を克服した」という類のものを見たことがありません…

これは一般の方よりもはるかに専門知識を持つはずの医者や研究者でさえ、回復や維持する治療法を見つけていないことを示唆しています。

そこで一般の方が有効と思われる治療方法を見つけだすというのは、当たらないくじをひこうとしているようなものではないでしょうか。

仮に多少なりとも効果的な改善方法を見つけたとしても、その頃には、すでに回復や抑制の難しい状態に進行しまっている可能性が高いと思います。

わたし自身にも同じようにいえる部分があり、アルツハイマー病と疑われたもっと早い段階に今の知恵があれば、今ごろ母は完治していたのではないかと強く信じています。(このブログを始めようとした動機にも関わっています。)

認知症という病気のやっかいさ

感覚が役に立たないとき、理性が役に立ち始めるのだ。

ガリレオ・ガリレイ

直感が通用しない認知症

当ブログで取り上げられる改善策は、一定の医学的理由を重視しています。

わたし自身もそうでしたが、自分たちは五感で感じれるものだけで判断する習慣が身に染みついており、とかく病気に関しても目に見える症状や感覚をあてにして考えがちです。

例えば、「お腹の調子が悪いな?」とかであれば、「昨日食べすぎたせいかな」などといった感覚的なフィードバックを働かすことができます。

自分も当初、持病については、頼れる医学情報がそもそもなかったため、体感を拠りどころに治療方法を模索していたようなところがあります。

しかし、認知症は違います。

認知症は、そういう直感を当てにできるような種類の病気ではまったくないのです!

そもそも脳には痛みの受容体がありません。

(ガンの場合にはまだ内蔵痛覚、深部痛が存在します。)

「なんだか、最近物覚えが悪くなったなあ」と思うのは、

痛みを感じない無痛症の人が、歩いてみて

「なんだか、最近ぐにゃぐにゃ曲がって歩きにくいなあ」と言っているようなものです。

20年前から始まっている

認知症の直接的な原因とされているアミロイドプラークやタウタングルは、発症の20年以上前から脳の中で蓄積を始めていると言われています。

これは言い換えれば20年間、体感では脳の異常を感知できなかったということです。

https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02931_04

ガンにしてもエイズにしても、遅れて発症するタイプの病気は、そのすぐに発症しない性質がゆえに被害の拡大を招いていると思いますが、それに加えて認知症は病識(病気だという自覚)がない、そして回復しないという不可逆性が、本当に輪をかけてやっかいなものにしています。

一度壊れると回復できない脳

また、認知症には痛みがないというだけではなく、一度、脳の神経細胞が壊れてしまうと基本的に回復しないという特性があります。

これが、肝臓や筋肉であれば、損傷を受けても細胞が修復活動を行ってくれます。

そして腎臓のように回復が難しい臓器であっても、ダメージを受けていない部位が代償性をもつため、なんとかやっていくことができます。

脳の場合、その機能がネットワークとして協調して働くため、回復が難しいだけでなく、そのネットワーク機能が一度大きく壊れてしまうと、他でその機能を代替することが非常に困難になります。

※海馬、海馬歯状回など脳の部位によっては神経幹細胞から新しく細胞が作られることがわかっきてはいますが、それらは非常に限られたものであり、怪我が治るような回復力があるわけではありません。脳の神経可塑性については期待を寄せていますが、これらを活用していくには複合的な戦略と相当な本人の努力が必要です。

記憶の回復可能性は原理的にありえない

また仮に神経細胞が回復したとしても、記憶を担うシナプスの結合自体は回復が不可能なため、シナプス自体が損傷を受ければその箇所の記憶が戻ってくることは原理的にありえません。

これは、ちょうどコンピューターのメモリが壊れてしまえば、メモリを新品に変えることはできても(脳ではそれもできませんが)元にあったデータの復活はできないようなものです。

この修復不可能性は技術的な問題ではなく物理法則に準ずるので、回復治療の到来を願うのはいわば死者の復活が可能になる技術を望むようなものなのです。

言いかえれば、少なくとも神経細胞の死に伴う記憶や思い出の喪失に関しては、病気の進行であるというよりも、(不可逆という意味で)小刻みに死んでいっているといった捉え方が実態に近いと思います。

自分のことに話を戻しますが、母が自身で判断することの難しに加えて、家族や外部からの観察となればなおさら困難です。そこで当初、医療データ(エビデンス)を元にした治療をしていく必要性を感じました。

しかし、客観性を厳格に適用するなら、当時は、アリセプトしか選択肢がなく、多くの方がご存知のように、これはせいぜい進行を1~2年間抑制する効果しかありません。

掲示板パスコード 2289

3 認知症治療について

Translate »