アルツハイマー病患者の敵は「単純さ」なのか?

不活性な「平衡」状態へ急激に崩壊していくのを避けることが、生物をこれほど不思議な存在にしている。

エルヴィン・シュレーディンガー

 
「アルツハイマー病ってそもそも何なんだろう」という問いを、読者の方から投げかけられて、少し考えてみた。
 
普通に答えようとすると、「アミロイドβがー」「タウタンパクがー」、みたいな話になるのだが、たぶんその方は、そういうことを聞こうとしていたのではないと思う。
 
「アルツハイマー病とは何ぞや」という問いは、切り口が広いのでいろんな答え方があると思うが、ちょっと自分の興味にひきつけて、違う角度から思ったことを書いてみたい。
 
 
 
最近、たまたま読んだ論文で(内容は難しすぎるので結論だけだけど(汗))面白いと思ったものがあって、アルツハイマー病患者の脳では、情報エントロピーが減少している(脳内の無秩序の度合いが減少している)というものである。
 
 
 画像、イラストなどを保持する外部ファイル。オブジェクト名はTOBEJ-4-223_F2.jpg
 
 
その前に「エントロピーって何だ?」という人は以下のサイトを一読してほしい
 
「哲学的な何か、あと科学とか 」
 
※とりあえず当記事では、エントロピーを専門的な定義ではなく通俗的な無秩序という意味で使うことにする。(汗)
 (本当は無秩序というよりも、乱雑さ、均質化という捉え方がより正確)
 
 
この宇宙にある、あらゆる物質のエントロピーは、時間とともにどんどん増大していく。(熱力学第二法則)
 
「entropy order chaos」の画像検索結果
 
もちろん宇宙や惑星のみならず、生命も、人間も、身体、一個の神経細胞でさえほっとけば無秩序へ向かい、最終的にはすべてが均質化し何も生起しない状態(宇宙の死)へと向かう。
 
※ただし宇宙全体が開放系であれば違う可能性も出てくる
 
※かなり余談だが、熱力学第二法則は物理の基本法則なので、どうやっても逃れられない。にも関わらずそのエントロピー増大に逆らって際限なく拡大を目指す思想をエクストロピズムといい、その信者を「エクストロピアン」信じない人を「デスイスト」と呼ぶ(笑) 自分はどっちだというわけでもないのだが、単にこういうスケールの大きい考え方が大好きである。(宇宙のエントロピー増大による熱的平衡が訪れるのは早くても数百兆年後!エントロピー増大対策関連法案が国会で審議されるのは早くても1000億年先の話だろう(笑))
 
 
我々人類や生命は秩序を作り出し、一見、エントロピーの増大に逆らって生きている。(ように見える)
「entropy order chaos」の画像検索結果
 
実は何かを食べるという行為は、負のエントロピー(秩序)を受け取って、自分自身が無秩序になってしまわないことを防ぐ行為でもある。(エントロピーの増大を防ぐ)
 
生命同士で負のエントロピーの奪い合いをしているとも言えるが、偉大なる太陽から!莫大な低エントロピーのおこぼれに預かっているため、地球だけを見ればエントロピーは低く抑えられている。(地球の無秩序化を防ぐことができている)
 
 
 しかし、太陽と地球の関係で見るとエントロピーはやはり増大しているのである。
 
 「entropy sun」の画像検索結果
 
 
 
そして老化とは、このエントロピーの増大に抗しきれなかった、とも言える。
エントロピー増大の法則という名の風化作用に、徐々に負けていくプロセス、それが老化なのである。  福岡 伸一
 
 
 
話を戻すと、最初に紹介した論文では、アルツハイマー病患者の脳をMEG脳磁図(脳の電気的な活動によって生じる磁場)で計測したエントロピーは熱力学のエントロピーではなく情報エントロピーである。
 
情報エントロピーと熱力学のエントロピーには深い関係があり、それらがどの程度に同じものなのかという点について議論はまだ別れている。
 
※定数倍を除いて式がまったく同じであるため、情報エントロピーをひっくり返して、存在するものすべてが実は情報にすぎないのではないか?という説もある!
 
 
情報エントロピーとは簡単に言ってしまうと
 
・普通の出来事の起こりにくさ(レアな出来事の起こりやすさ)
・選択肢の数
・不確実さ(わからなさ)
 
の度合いである。
情報エントロピーが増すとは、それらの度合いが増すということになる。
 
 
以上の定義をあてはめると、
アルツハイマー病患者の脳内では情報エントロピーが低くなっているので
 
・普通の出来事ばかりが起こりやすい。(突発的なことは起こらない)
・選択肢が少ない。
・確実である。決定されてしまっている。
 
という状態になっているのかもしれない。
 
 
一般に熱力学エントロピーと情報エントロピーは一致しないが、 熱力学エントロピーが増大すると、情報エントロピーが減少することもあると言われている。
 
もし、そうであれば老化現象と矛盾はなく熱力学的なエントロピーの過剰な増大が発生しており、そのために情報エントロピーが低く抑えられたままだということなのかもしれない。
 
 
ちなみに、事故などで損傷を受けた脳を脳磁図によって計測すると、アルツハイマー病患者の脳とは反対に、情報エントロピーは増大している!
 
 
 
 
エントロピーは増大するというような法則を持ち出さなくても、みんなも反対のイメージを持っているのではなかろうか、「アルツハイマー病患者の脳の中の情報はごちゃごちゃになってしまっている」みたいな。
 
しかし、実際にはアルツハイマー病患者の脳の情報の秩序・規則性は高いのである!

「動的平衡2」の画像検索結果

わざと仕組みをやわらかく、ゆるく作る。そして、エントロピー増大の法則が、その仕組みを破壊することに先回りして、自らをあえて壊す。壊しながら作り直す。

この永遠の自転車操業によって、生命は、揺らぎながらも、なんとかその恒常性を保ちうる。

壊すことによって、蓄積するエントロピーを捨てることができるからである。 

「動的平衡2」 福岡 伸一

 
ここから、アルツハイマー病とは何かという話につながってくるのだが、ひょっとするとアルツハイマー病とは、外部環境から情報として入ってくる情報エントロピーをうまく処理することができない病気なのではなかろうか?(もしくはそういう考え方は可能だろうか?)と思ったのだ。
 
 
わかりやすく言い換えると、秩序のある情報が脳に入ってきた時に、それらが脳の中で複雑に入れ混じって混乱をきたしているどころか実は反対のことが起きていて、情報の規則性を噛み砕けず未消化のまま(低エントロピーのまま)脳に残ってしまうというようなことが起きているのかもしれない。
 
 
説の名前を忘れてしまったが、大昔に「精神疾患なるものは存在しない。個人の側に問題があるんじゃなくて、外部環境と脳内の情報が一致しないことに問題があり、むしろ外部環境の側に問題があるんじゃないの?」みたいな仮説が心理学会で唱えられたことがあった。 ※今ではそんな単純じゃないよ、と否定されている。
 
もし、脳内と外部環境の情報の不一致という観点だけを借りて「他の多くの精神疾患においては、脳内の配線接続のズレによって、脳と外部環境の不一致さが生じる」といえるのなら、
 
対比的にアルツハイマー病や認知症の場合は「過剰な秩序(低いエントロピー)が社会の複雑さに対応できない、その単純対複雑のギャップが問題を起こしている」という対比も可能かなと、思ったりもした。(もっと入り組んでいるのが実情だろうが)
 
 
「エントロピーから読み解く生物学」の画像検索結果 人間は体を作る物質は、物質として不均一性を保っているが、それだけではなく、体の秩序という意味で、別のレベルでの不均一性を保っている。
 
遺伝情報という形でも、自己の体の設計図を保持していて、この不均一性は子孫に伝えられる。
 
さらにエントロピーの放出を集中して行うのが脳であり、その過程で思考や記憶という「情報」つまり不均一性が生み出される。

記憶も不均一性のひとつであるから、思い出は、死んだ人の残した不均一性と考えられる。 

「エントロピーから読み解く生物学」佐藤 直樹
 いずれにしても、もし
「アルツハイマー病とは脳内の情報エントロピーが低い疾患であり、情報エントロピーの増大を促すことで改善につながる」
という仮定が採用できるなら、
 
情報を積極的に加えていき情報をもっと無秩序化する方向へと促すような活動が、有効な改善策を考える上でのヒントとなりはしないだろうか。
 
 

「確実性の終焉」の画像検索結果

ごく一般的に言って、非平衡システムの構造が安定していることはまずない。ゆらぎが大きく育ち、ある臨海規模を超えると、どのような構造も新しい体制へと移行していく。

このことは、システムの動態に<質的>な変化が起こることでもある。そして、新たな動的体制へと移行することで、エントロピー生産能力を回復する。

このプロセスは、広い意味で生命そのものであるとみなすこともできるだろう。

生命は、つねに先へと進んでいく。

「確実性の終焉」イリヤ・プリゴジン

 ここで、もう一度アルツハイマー病患者の脳内が情報エントロピーが低いということがどういうことかをおさらいしてみよう。
 
・普通の出来事ばかりが起こっている。
・選択肢がない。(少ない)
・確実である。決定されてしまっている。
 
↓↓↓
 
情報エントロピーを増やすためには、これをこのままひっくり返してあげればよい。
 
・新しい出来事を発生させる。
・選択肢を増やす
・不確実な(ギャンブル的、予測不能)要素を付け加える。
 
 
ここでMENDプログラムを持ち出すと、論点先取のように受け取られるかもしれないが、MENDプログラムにはそれがすべて揃っている!
 
MENDプログラムの作用機序からみた改善の可能性を一旦脇においたとしても、MENDプログラム自体のもつ新しさ、選択肢の多さ、不確実さが脳の情報エントロピーを増加させることは間違いない。
 
 
複雑さの定義にもよるが、情報エントロピーが増大しすぎて均質化してしまうと複雑度は逆に減少してしまう。
 
そこで、MENDプログラムは複雑すぎると思う人が多いかもしれないが、アルツハイマー病を改善する方法は知られているだけで数千以上あり、可能な組み合わせパターン数は宇宙に存在する素粒子の数を余裕で超える。
 
その可能性から考えればMENDプログラムはオリンピック選手並みに選抜されており、多様度はまだまだ足りない(十分に低エントロピーである)といえるかもしれない。
 
 
ブレデセン博士は、MENDプログラムの実行率を高めることで、プリオンネットワーク全体が働き出し改善の閾値効果を見せると語っていたが、イリヤ・プリゴジンが語るような「非平衡システム(散逸構造)の質的変化により、脳のエントロピー生産能力が回復する」という説明の仕方から何か考えられはしないだろうかとも思ってみた。
 
生体内の代謝における各レベルの散逸構造

代謝過程レベル1

高分子化合物を単量体に分解したり、単量体から高分子化合物を合成する過程

代謝過程レベル2

単量体を分解して他の物質に変換したり単量体を合成する過程 解糖系など

代謝過程レベル3 

基本代謝物質の相互変換過程 クエン酸回路など
 
 階層が上がるほど、偶然に支配される程度が高まり、物理学で扱う散逸構造による自己組織化に近くなってくる。
 
「エントロピーから読み解く生物学」より
 

「脳を最適化する」の画像検索結果認知機能は、クロスワードを一回でも多く解くことではなく、新規性、多様性、チャレンジ性に富んだ方法で、認知的な許容範囲を延長して広げることにある。

ブレインフィットネスガイド「脳を最適化する」
また、最近、認知症に関連して認知機能を強化、改善させていく本を読みまくっているのだが、どの本でも共通して述べているのは、その改善策が何であるかよりも、改善策に「新規性」と「多様性」があることが改善や予防効果を見せるとのこと。

これって、そのまま以下のように当てはめられないだろうか?

・新規性 → レアな出来事を発生させる。
・多様性 → 選択肢を増やす
・チャレンジ性 → 不確実な(ギャンブル的、予測不能)要素を付け加える。
 
 

 また「新規性」「多様性」はすべて対象をより複雑化させる。

 
認知予備力を鍛えるとは、単にシナプスの結合を増やすといったレベルの考え方だけでなく、複雑化、多様化を促し、エントロピーを増大させ排出するという、もっとマクロな視点から考えてみてもいいのではないかと思う。
 
そして、この「新規性」「多様性」を演繹的に考えることが許されるなら、脳トレだけでなく、食事であったり、運動療法、音楽療法などといった他のことにも適用してみることで、適度なエントロピーを維持し、認知機能の改善につながってくれるかもしれない。
 
 
ただ、どのように対象物に新規性を加えるのか、または多様性を加えていくのかによって、逆説的だが、かえって新規性も多様性も損なわてしまう可能性もある。
このことについての説明は長くなるので、また別途記事を作っていきたい。
 

 お城の石垣は、大小さまざまな大きさ、形の石が組み合わさってできていて、それによって、地震にもびくともしないものになっている。

「エントロピーから読み解く生物学」佐藤 直樹

 
ということで、まとめに入る!
 
「アルツハイマー病とは何か?」
 
→ 脳の情報エントロピーが消化できず低いままでいる病気
 
と答えておこう。
 
 
 
「そして改善するには?」
 
→ 情報エントロピーを増やして排出させること
 
 
「そのためのキーワードは!」
 
「新しいこと」→「驚く」
 
「多様性」  →「選択肢を増やす」
 
「チャレンジ」→「予測が難しい活動をする」
 
 
十分まとまっていると思うが、これらをさらに一言でまとめてしまうと
 
「適度な複雑さ」
 
となるかもしれない。
 
  
反対に、アルツハイマー病患者の敵を一言で言うなら、
 
「過度な単純さ」
 
かもしれない。様々な意味において、、
 
   
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